23.
サギュルとの交渉の末、ラディッシュは無事買い取ってもらえた。
更にこれからできるラディッシュも随時買い取らせてもらいたいと言っている。
作ったはいいが処理に困っていた問題が利益込みで解消してくれた。
ガランド様様である。
「でもこの値段はいくらなんでも安すぎない?」
「そう? 俺にはこれでも高く感じたけど」
ただ売った金額がカレンのお気に召さなかったらしく何度も同じことを言われている。
「一箱大銀貨一枚じゃあ全部売っても100枚にもならないじゃない」
大銀貨は一枚で一万だよ。
あれだけのラディッシュで十万円台の売り上げって向こうの世界の数十倍、絶対にあり得ない価格なんだけど。
まぁ、値段交渉の時のサギュルさんの反応もこんなに安くていいのかと言っていたぐらいだし本当はもっと高くていいのだろう。
「なんにしても宿代と食費が自分で払えるようになったのはよかったよ」
「宿代なんて気にしてないから農業で必要な物を買えばいいのに」
「いや、ずっとヒモなのは精神的に来ると言いますか」
「そういうもんか」
今回の金銭はすぐに借りていた宿代や食事、雑貨類の借金を返済するのに使った。
返金する際カレンはどうも農作業用の資金として宛がって欲しかった様だけど纏まった金が手に入ったのにいつまでも借金しているのは気分がよくないので速攻で返させてもらった。
どうせ一週間に一度は収穫していくのでどんどん資金は堪っていくしな。
じゃあ今日も農地の方へ行こうかな。
「おはようございます」
「今日は収穫した場所を耕し直さないとな」
「おはようございますっ!」
「カレン、また草刈頼む」
「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・すっ!!」
「ああ、もうなんだよ!!」
面倒くさそうだったから無視していたけど鬱陶し過ぎて我慢できなかった。
立っていたのは自分と同年代ぐらいの男性でさわやかな笑顔でこちらの顔を凝視していた。
「自分はザギュル様からの指示で手伝いに来たフギャラと言います」
「そんな自己紹介聞いてないし、手伝いなんて頼んだ覚えはないんだが」
「ザギュル様からの指示で農業の手伝いをしろと言われてきました」
「要らないから帰ってくれ」
「ザギュル様からの指示で雑用でもなんでも行って絶対に帰って来るなと言われています」
はっきり要らないって言ってるのに戸惑うどころか笑顔も崩さない。
会話をしている様でこちらの意見など全く聞く耳持たないのが分かる。
「ダイチ、たぶん何を言っても彼はついてくるよ」
「そうだろうな」
撒こうにも目的地である農地の場所も知られているだろう。
「ザギュルから監視しろと言われているか?」
「そんな監視なんてとんでもない」
「じゃあ何のためにお前は来たんだ」
「はい。ザギュル様からダイチ様の農業の手伝いをしながら農業を学んでくるように命を受けました」
うん、面の皮が厚い所為で本当のことを言っているのか言っていないのか判断がつかない。
「お前農家なのか?」
「はい。少し前まで他の場所で手伝いをしていました」
身なりは綺麗だし、手先が荒れたりしていないのでてっきり魔法使いか、商人見習いかと思っていた。
他の農場で仕事をしていたのなら全くの戦力外ともいえない。
こいつを受け入れていいものか?
「ダイチ、ザギュルはガランドの紹介してくれた相手だし、ここはついて来てもいいと思う」
カレンはフギャラを信用するのではなくザギュル、引いては紹介したガランドを信用して受け入れようと言った。
ガランドには宿に泊めてもらってからずっと世話になっているし、昨日話をしたザギュルも一癖ありそうな商人ではあったが、仁義のある人の様に思えた。
確かに目の前にいるフギャラは信用できなくても後ろにいる人間が信用できるのなら受け入れてもいいかもしれない。
「分かったついてこい。ただしこき使うからな」
「よろしくお願いします」
突然人数が増えて三人になったが、特にやることは変わらない。
農場につくと早速収穫して空いた土地を鍬で耕していく。
職業特性で体力の減少がないから休みなくどんどんと鍬を振り下ろす。
暫くして、
「あの、これは何をしてるんですか?」
「何って耕しているんだが」
「耕す?」
もしかして土地を耕す意味が分かっていない?
「ああ、耕すと土が柔らかくなるし、栄養が無くなった土が下に行くし、前の所ではやらなかったのか?」
「はい。土が堅くても種を植えれば勝手に生えてくるんで雑草刈ったらそのまま種蒔きでした」
それだと普通芽すら出ないで終わるんだけど、万能豆は問題なく育つらしい……。
「ちなみに雑用って基本何をやっていたんだ?」
「道具や収穫した万能豆を街まで運ぶことや汚れた服の洗濯、買い出しなんかですね」
雑用が学生のパシリのような内容だった。
一粒で一日の栄養を賄え、穀物系の調味料にもなり、栄養価の低い土地でも簡単に育つ非の打ちどころのないような作物だけど農家を育成するのにはとても不向きな作物なのかもしれない。
「……お前も耕すのをやってみるか?」
「え? やってもいいのですか?」
「ああ、取り敢えず一列やってみようか」
手伝ってもらう気はなかったが、農家なのにこれまで農家らしいことをしていないのが不憫に思えてつい鍬を渡していた。
「えっと、これで土を掘り起こせばいいんですね」
「出来るだけ深めにな」
フギャラは頷くと鍬を真上に振り上げて力一杯振り下ろした。
ザクっと鍬は土を割って食い込んでいく。
それを今度はひっくり返そうと引き抜くが、
「ぶっ!?」
上がった拍子に鍬についていた土を頭から被った。
「大丈夫か」
「はい」
「振り上げすぎると今みたいになるから鍬は顔の上に行かないぐらいで止めた方がいいぞ」
髪にかかった土を払い除けてフギャラはもう一度鍬を振った。
今度は忠告を聞いて顔の前ぐらいまでで止めるようにしたので頭から土を被るような事はなく、3回、4回と後ろに下がりながら鍬を振っていく。
「お、重い」
「手だけで振るんじゃなくて腰を入れて身体で振らないと」
「全然土が上がんない」
「引くときは斜めにした方がいいぞ」
「もう無理、腕が痺れました」
その後、フギャラが弱音を吐くたびに問題点を指摘して作業を続けさせた。
何というか本当に農家か疑うほどのへっぴり腰の鍬の扱いに笑いそうになってしまったが、少しずつ様になってきた頃、鍬を手放して膝をついた。
顔は汗だくになり、肩で息をしている。
手が小刻みに震えている事からも体力の限界だろう事が窺える。
どうも農作業の場合、体力が無限になるのは農業の勇者だけの可能性が高いみたいだ。
倒れられても困るので水分を取らせて木陰で休むようにいい。
その間に鍬を持って残りを耕していった。
「じゃあ次は草取りをしようか」
土を耕し終えた頃にはフギャラの体力も回復した様なので次の仕事を手伝ってもらう。
とは言っても本来の続きである畝立て作りなのだが、耕運機がないのでこれも鍬での作業。
それもただ耕すのではなく土寄せして高さを作るのはフギャラには無理そうだったので予定を変えて草取りにした。
「あの魔法で刈らないんですか?」
「これから取るのは既にラディッシュの芽が出ている区画の草取りで魔法だと無作為に刈っちゃうだろ。だから手作業でやるんだよ」
それに芽の出ていない区画はカレンがもう刈ってくれている。
場所を移動してラディッシュの芽の数を見てフギャラも魔法では無理だと納得してくれた。
二人で中腰になって雑草取りを始める。
間違ってもラディッシュを踏まないように足を置く位置を注意しながら前へと進んでいくと、
「ダイチさん」
後ろから助けるような声がしたので振り向くとフギャラは結構後ろで腰を抑えたまま動けなくなっていた。
「ずっと中腰でいたから腰が固まったか?」
「助けて下さい」
「自力で背筋を伸ばせないか?」
「痛くて倒れそうです」
本当に痛いのだろう。
このまま倒れられてラディッシュを潰されても敵わない。
仕方なくフギャラの元まで戻って作物の植えていない場所まで肩を貸して移動すると無理矢理背筋を伸ばさせた。
フギャラが悲鳴を上げたが、作業を中断させて助けてもらったんだから甘んじて受け入れろと無視する。
そんなやり取りを何回か繰り返して草取りが全区画終わる頃にはフギャラは疲れ果てていた。
「お疲れ」
「ダイチさん、いつもこんな作業してるんですか」
「まぁ、耕すのも草取りも農家なら普通の作業だからな。寧ろ今日は少し進みが悪かったくらいだ」
実際フギャラの作業スピードと構っている時間を差し引くとマイナスだったと思う。
休憩も多かったし。
とはいえ体力の恩恵も無しで初日にしては頑張っていたと思うから文句はない。
「じゃあ明日もこれと同じ量をやるんですね」
「少しずつ身体が慣れれば作業スピードも上がって来るから地道に頑張れ」
「……はい」
今の身体の疲れ具合で明日乗り切れるか不安なんだろう。
そんなフギャラにもう一つ言っておかないといけない事がある。
「それと終わった気でいるかもしれないが、これから煉獄領土を通って街まで帰るんだからな」
そういった瞬間、フギャラは地面に倒れ込んだ。