21.
「結局、盗人は来なかったな」
「そうだね」
ラディッシュの食い荒らしのあった日から農作業の時間を削って周囲に罠を設置したり、連日交代で寝ずの番をして見張りをして犯人を見つけようとしたが、第一陣を食い荒らした犯人は現れる事はなく第二陣のラディッシュは無事に収穫時期を迎えた。
「それじゃあ収穫を始めようか」
第一陣を食い荒らした犯人を野放しにするのは癪だが現れない以上いつまでも構ってはいられない。
何と言っても異世界転移して育てた野菜の初収穫だ。
早速腰を下ろして手前に生えているラディッシュの葉に手を掛けて引っこ抜いた。
「これは」
「これがラディッシュか」
「違う! ……違くないけど違う」
大地が引っこ抜くと予想していた通り赤い実がついていた。
しかしその形がおかしい、球体じゃない!?
ラディッシュは本来出来上がると赤いビー玉の様な球体が出来る。
長細いタイプやビックサイズになるのもあるが、今回選んだ種は球体になるラディッシュの種だった。
だが今引っこ抜いたラディッシュは球体というより瓢箪である。
ラディッシュと呼ぶにはあまりに不出来な物が出てきてもはやラディッシュだと否定したくなる衝動に大地はかられた。
「他のはどうだろう」
たまたま引っこ抜いたのが形が悪かっただけかもしれないと次々と手元に生えているラディッシュを引き抜いていく。
しかし残念ながら大地の理想とするような形をしたラディッシュは一つもなかった。
「全滅か。どうみても成長不良だよな。原因は……土壌だよなやっぱ」
地中から出ている葉っぱはぴんぴん育っていたので忘れそうだが、この土地は煉獄領土。
何もしないと作物が育たない環境最悪の栄養価の土地だ。
この結果はある意味当然だったかもしれない。
状態の悪さに落ち込んでいるとカレンが首を傾げた。
「何をそんなに落ち込んでいるんだ」
「何ってこれ形が変だろ?」
「形は聞いてたのと違うけど別に味が変わるわけじゃないでしょ」
「う~ん、たぶん食えると思う」
「食えるなら形が変でも気にしないよ」
そう言って嬉々としてラディッシュの収穫を再開するカレンの姿を見て大地は自分の考えが間違っていた事に気づいた。
ここは作物が市場に出回っているような世界ではない。
形が変、色が変、味が変。
そんな少しの差で価格に直結するような食文化の発達はしていない。
性能のいい万能豆が唯一の作物という世界だ。
ならカレンの言う通り多少形が変でも食べられる事が出来るのならこの世界の人なら新たな作物として歓迎されるという事ではないだろうか。
「これが終わったら試食しようか」
「ああ、早く取って帰ろう」
普段よりもテンションの高いカレンと一心不乱にラディッシュを抜いていく。
株間が5㎝も離れていないので軽く万を越えているので半日掛かりで収穫をして宿に戻った。
「大地の簡単クッキングッ!!」
「わぁ~ッ!!」
宿に帰って来て外口調でなくなったのでカレンののりが凄くいい。
宿に戻るとガランドに頼んで厨房を貸してもらった。
食べ物が万能豆だけでも流石に食堂は存在している。
使われていない所為か少し埃をかぶっていたので掃除は必要だったが……。
「まず用意する物はラディッシュ!」
「今日の主役ね」
「塩!」
「隣街の森で取れる岩塩ね」
「砂糖」
「サトウカブは甘くて美味しいわね」
「お酢」
「これで全部ね」
はい、ちょっと待った。
なんで食べ物皆無なこの世界に調味料があるんですかね。
塩はいいよ、海あるし、岩塩ならこの世界でも取れるだろうし。
問題なのは砂糖とお酢だ。
砂糖の原料はサトウキビ。
つまり作物じゃん。
あとサトウカブって何!?
お酢も穀物や米のお酒をろ過したものだから作物が必要じゃないか!?
そう突っ込んでいた時期が俺にもありました。
まず砂糖だけどまた異世界だということを実感させられた。
まさかのマンドラゴラのカブ版のような生物がいて都合よく砂糖の原料になるらしい。
カブで砂糖ってと思うが、あるのだからしょうがないとしか言えない。
俺はも考えるのを放棄した。
それ以上に可笑しかったのがお酢の方。
これの原料を聞いた時、目から鱗が落ちた気がした。
その原料は…万能豆。
ばっちり穀物でした。
未成年だったから縁がなかっただけで、酒場に行けば万能豆で作った万能酒がしっかりありました。
ついでにこの万能豆さん、お酢だけでなく味噌、醤油も作れる料理面でも万能でした。
「それじゃあまずラディッシュを切ります。袋に入れて塩を一つまみ入れて捏ねます。その間に砂糖、塩、酢を混ぜておきます。それにラディッシュをどんっ、更に混ぜて、後は1時間漬け込んで終了ッ!」
「ダイチ、早すぎるし、分量が分からない」
「で、これが1時間前に漬け込んでいた甘酢漬けのラデッシュです」
「だから早いって」
「食べないの?」
「……食べる」
素直でよろしい。
分量? そんなのいつも適当だよ。
そもそも料理なんてしないし、ラディッシュで覚えてるのこれだけだし。
農業のノウハウは本で読んでいたけど料理の本は読んでいないもん。
出来上がっているラディッシュを二つの皿に分ける。
そして片方をカレンに渡すと自分の分を食べてみた。
「美味しい」
自画自賛になるけど普通に美味しく食える。
この世界に来てから万能豆ばかりだったから久々の豆っぽくない味に感動すら覚える。
カレンの言ったように多少見た目が悪いからと言って失敗と決め付けるのはよくなかったようだ。
「……カレン?」
ラディッシュを食べ終わり隣を見るとカレンが固まっていた。
もしかして口に合わなかったか?
外国人の口には合わないことがあるのだから異世界人の口に合わない味だったとしても何ら不思議じゃない。
「納品しましょう」
おっ、動いた。
でも納品?
「この味なら間違いなく売れます。すぐにでも納品しましょう」
「納品って城にか」
「それ以外に何があるんですか」
「いや、商店とか、農協とか」
「この国の食品は全て国が管理してるから店では取り扱ってないわ」
農家は作物を作った場合いくつかの販売方法がある。
一つ目が農協に卸す。
メリットとしては大量に育てた野菜を一括で買い取ってくれる事だろう。
売り場を探す必要もないし、作って売ればいいだけなので収穫後が非常に楽だと思う。
デメリットは安く買い叩かれる。
幅広い農家から仕入れているので一括の値段で売られる上に、売るさいにマージンとして20%ぐらい取られてしまう。
だから広い農地を持っている人ならいいが、狭い農地でせこせこやっている人にはあまりお勧めできない方法だろう。
二つ目は店との専属契約。
こちらは基本高く買い取ってくれる。
契約が打ち切られるまで継続的に資金が入るし、味や品質次第ではブランド品として周りの農家よりも数倍の値段だってつく。
伝統野菜や高級野菜、農協では取り扱っていない野菜を売るのはこの方法がいいだろう。
ただ売り先を自分で見つけないといけないので契約にこぎつけるまでの難易度が高い。
更に契約後、品質を保たないといけない。
素人には手が出しずらい販売だ。
最後が直販売。
農協を通さずに直接八百屋に卸す。
二つ目との違いはマージンが少ないので安く売っても手元に残る金額が多い事だろう。
ただ専属契約同様、売り先を自分で見つけて販売する許可を貰わないといけない。
農家はそういった選択肢の中から作物、総量、費用によって自分に合っている販売方法を選んで売っている。
だがこの世界には農協も八百屋もない。
万能豆しか食べられるものがないのだから商売にならないだろう。
唯一の販売方法は城に持っていき国で買い取ってもらうしかない。
城には正直いきたくないんだが。
「納品すれば纏まったお金が入ってくる。そうすればダイチの欲しいものを買えるようになるわよ」
「っ!そうだな。納品しよう」
カレンに言われてハッとする。
今の生活にかかる費用は全てカレンに支払ってもらっている。
宿代も農機具代も万能豆代もだ。
完全にヒモの生活である。
カレンは全く気にしないといっているが、いつまでもその状態でいるのは絶対に良くはない。
世間体としても男のプライドとしても。
城に近づくのは嫌だ。
なんであんな奴らにせっかく作った作物を売らないといけないんだという気持ちはあるが、どちらを優先するべきか天秤にかけたらすぐに答えは出た。
少しでも金を手に入れて自分の生活費は自分で払うべきだ、と納品を決意する。