2.
意識が回復した大地はざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開く。
周囲を見ると見知らぬローブを着た男達がこちらを見て盛り上がっていた。
「本当に異世界に来たの?」
後ろから声が聞こえて振り返ると呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。
パッと見ただけでは数が確認できない。
女神が言っていた通りクラスメイト全員が異世界転移に巻き込まれたことを確証した。
それと同時に説明中に眠っていた大地としては世界中に散り散りに召喚されて説明が何だったのか分からないまま異世界生活スタート! にならずにホッとする。
全員同じ場所に召喚されたのなら友人に隙を見て聞く事が出来るから。
大地を含めてクラスメイトの人数は30人。
今日は休みがいなかったので全員いると思われる。
それと大地の位置からでは見えない集団の反対側に担任教師の姿も確認できる。
集団の中で担任教師が一番困惑した印象だ。
大地はクラスメイトを確認した後、改めて周囲の状況に目を向けた。
召喚された部屋は巨大な広間で石造りの壁と巨大な柱だけの殺風景な部屋だ。
ただ下を見ると幾何学模様に掘られた床が、蛍光塗料でも塗られているかのように光を放っていた。
(小説で出てくる魔法陣のようだ)
いや、ようだではなく本物の魔法陣なのだと大地は改める。
選択画面の職業欄に『魔導士』が表示されていた。
そんな職業があるのだから魔法があっても全然可笑しくない。
「ここはどこでしょうか?」
そんな事を考えている内にクラスメイトの一人が集団の中から外れて周囲にいるローブの男達に質問をしていた。
前に出た男は副委員長の持田聖魏。
名前の通り真面目で正義感溢れる男だ。
同学年の中で一番の成績なだけでなく容姿も整っていて、スポーツも万能、リーダーシップもあると言った完璧超人と文句のつけようがない。
女性だけでなく男性からも頼られている彼はこの状況下で率先して前に立つのは何も可笑しくない。
質問を投げかけたのはローブを唯一被ってない胸元まで髭が延びた老人だった。
服装もこの中では一番豪華な物を着ている事から立場が高い人だと判断したのだろう。
最も老人と呼ぶには覇気が凄い。
社長とか大臣とか上に立つ事に慣れた人間の風格を感じられた。
大地はよくそんな老人に質問をできるな、と副委員長のメンタルに感心した。
「ようこそ勇者様方。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますゼフィス・ラングスタフと申します。勇者様達を古の儀式で召喚させていただきました」
召喚したと言われても誰も反応をしなかった。
こういった突然転移された場合、誰か一人ぐらいは戸惑った声を上げそうなものだが。
やっぱり女神に説明を受けているからその辺の整理は済んでいるのだろう。
持田が質問をしてから誰も話に参加しない。
ここでの対応を持田に任せるらしい。
生徒に隠れているが、一緒に転移した教師はそれでいいのか?
「挨拶はいいので質問に答えて下さい」
「まあまあ、そう慌てずに。色々と込み入った事情があります故、まずは場所を移動されましょう。ここでは少々話すには暗すぎるでしょう?」
そう言ってゼフィスは扉の方に視線を促した。
先程まで足元の魔法陣が光っていたのでまだ明るかったが、今は光は消えてしまっている。
松明の火などでかろうじて周囲が見えるが、正直薄暗い。
ゼフィスの言う通りこの部屋で話すには少々不便だろう。
持田もそう結論付けてみんなに案内に従う様に勧めていた。
クラスメイトからは反論する者はおらず出口に近い人からどんどん部屋を出ていった。
大地もその流れに乗って部屋を出る。
部屋を出ると外の景色が見える廊下を歩くことになって中世ヨーロッパのような町並みが目の前に広がった。
この場所だが教皇と言っていたので教会ではないか、と大地は想像していた。
だがその認識は間違っていたようだ。
なぜなら大地の目の前にメイドさんが姿を現したからだ。
カフェや喫茶店の大学生のエセメイドや家政婦のおばちゃんのような年齢のメイドではない。
若い生メイドが道の端に移動して頭を下げていたのだ。
教会ならこの場で現れるのはシスターだろう。
それはそれで見てみたいが、今は目の前にいる本物のメイドさんだ。
大地はようやく異世界転生が本当なのだと実感する。
それは他の男子にも言える事で皆一様にメイドさんを凝視していた。
中には欲望が隠しきれていない者も出ている始末で、男子を見る女子の視線は冷え切っていた。
ゼフィスに案内されたのはクラスメイト全員が入ってもあまりある程の大広間な部屋だった。
この部屋は先程の部屋とは違い煌びやかな作りをしていて素人目にも高価な彫刻や壁画が置かれているのが分かった。
クラスメイトの大半は都会を初めて見る田舎者の様に部屋の中をキョロキョロ見ながら入室した。
中に入ると正面の玉座に腰掛ける偉そうな爺さんが値踏みするような目を向けている。
「ほう、こやつ等が古の勇者達か」
全員が入り終わったのを見計らってこちらまで声が聞こえる声量で先頭を歩いていたゼフィスに確認を行った。
異世界召喚を行ったのを知っている人間ならそんな質問の必要はないはずだ。
それを態々行ったのは自分がゼフィスよりも上の人間だと間接的に伝える為だろう。
「ワシはこの国の王、ダルファン・エドワルド5世である」
相手はこの国の王様らしい。
言葉が上から目線感半端ないな。
王様はそれだけ言うと横に立っていた男が引き継ぐように口を開いた。
「私はこの国の宰相を務めているホールドと申します。さて、あなた方はいきなりの状況にさぞ混乱されているでしょう。私の方から今回の経緯について話しましょう」
宰相からの話を要約するとこうだ。
現在、この世界は大きく分けて三つの領土に分けられる。
人間領、魔人領、それと死の土地”煉獄領土”である。
人間は南一帯を、魔人は北一帯をを支配下にしており、人間と魔人は領土をめぐって何百年と戦争を続けている。
魔人は人間よりも強力な力を持っている。その代わり繁殖能力は低いため人間は数の力でその差を埋めて対抗していたそうだ。
だがそれだけでは対処できない異常事態があるという。
それが魔王誕生だ。
魔王は何十年、下手したら何百年に一体誕生するかどうかの存在だが、その力は通常の魔族よりも更に強大な力を持って生まれる。
魔王の力の前では普通の人間がいくら束になっても勝つ事ができないらしい。
だから魔王に対抗する存在として伝承に則って、勇者召喚を行った、というのが事のあらましだ。
「どうやら女神の言う通りのようだな」
「あなた方は、女神ヘファナ様にあわれたのですかっ!?」
「魔王が誕生し、人間が劣勢になるだろう事は聴きました」
「では魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂けると」
宰相は持田の言葉に魔王打倒に協力的な印象を受けて嬉々した様子を受ける。
大地としては素直に協力するのはいかがなものかと思っているが、どうせ最終的には手伝わないといけない流れになるのだろうからとここは副委員長に面倒な会話を任せようと考えていた。
そんな中、宰相と持田の会話に抗議する様に割って入る者が現れた。
「そんな都合がいい訳ないだろ」
「そうだ。命を賭けて戦わせられるのにタダ働きしろってのかよ」
「……所詮俺達にとっては余所の世界の事情だ。本来なら自分達で対処できないのなら潔く敗北を認めるのが筋だろう。それを協力しろというのならそれ相応の対価が必要だと思います」
怒った様子で前に出るのは武堂甲斐、市丸信政、毛利栗永の三人。
成績面で上位カーストの持田とは対照的に武堂はスポーツ面で上位カーストの人間だ。
その横の二人は武堂の取り巻きでいつも近くに侍っている。
ただお気づきだろうか?
彼らの言葉は協力を拒否するのではなく協力をしてもいいけど報酬を寄越せと言っているだけなのだ。
大地からしたら内心この状況に大喜びしているのが見て取れる。
国王はその辺はどうなのだと宰相の方を向いた。
「我々も無償で助けてくれとは言いません。存分な報酬は与える予定です」
その言葉に武堂含む多くの男子が握りこぶしを作っていた。
「戦いに必要な道具はこちらが持ちますし、それ以外の方にも援助金を用意しています。功績を出されましたらその都度報酬も出します」
「……ちゃんと支援してくれるって約束するんならいい。だが覚えておけよ。俺達はあんたらの傀儡になるつもりはない」
国王と宰相相手に凄い上から目線で言っているけど不快にさせて援助が取り下げられる可能性を考えないのだろうかこいつらは……考えていないんだろうな。
それに周りの奴らも武堂をキラキラした目で見ていて賛同するのが当然の流れが出来ている。
「みんなもそれでいいか?」
武堂が集団の中に戻り持田が他のクラスメイトに確認するように声を掛ける。
クラスの二大上位カースト二人が協力すると言った状態で反論する者はいなかった。
大地も反論はない。
この話で一番デメリットの多いのは戦争に直接出向かないといけない戦闘職を選んだクラスメイトで、大地の様に非戦闘職を選んだ者はクラスメイト達の勝利を祈りながら安全な王都で待っていればいいと考えているからだ。
持田は反論がないのを見て国王に向き直る。
国王は視線を受けて次の話を始めた。
次の話はこの世界での今後の生活についてだ。
説明で伝承に従って勇者召喚を行った、と言っていた時から薄々気がついていたが、この世界で勇者召喚が行われたのは初めてではない。
その辺の事情は過去の記録として残っているらしくすでに大まかな内容は決まっていた。
「では皆さま、ステータスと唱えて自分の現状を確認してください」
宰相に促されてあちらこちらからステータス、と唱え始める。
大地も同じようにステータスと唱えた。
すると視界にパソコンのプラウザのように視界に大きくアイコンが表示された。
柊木大地
職業:農家 Lv1
装備:異世界の衣服
まるでゲームでもしている様で大地はじっくりステータスを見る。
でも内容は二行だけなのですぐに視線を宰相の方に戻した。
「全員確認できましたか? そこに職業が表示されていると思います。まずは皆さまを職業で分けさせてもらいます」
「職業によって生活が変わるという事ですか?」
「はい。皆さまはまだLv1でしょう? 職業別に専属の指導者をこちらで用意していますので最初はその指導者の下で指導を受けることから始める予定になっております」
宰相の説明を聞いてみんな納得がいった。
大地としても戦闘職と同じ生活をしろ、と言われても困る。
きちんと先輩農家の元で研修期間を貰えるのは願ってもなかった。
「では指導者を紹介しますので該当する職業の方は指導者の下へ行って下さい」
宰相はそう言って先程までずっと無言で部屋の隅に立っている人達に視線を向けるように促した。
「ではまず聖職者を選ばれた方の指導者は、先程案内を務めた教皇のゼフィスと補佐官のリリーランです」
紹介されてゼフィスが前に出る。
その隣に立っている女性がリリーランだろう。
シスターの服装に似合った清楚な見た目でとても美人だ。
女性の指導官に聖職者を選んだ男から歓声が上がる。
逆に女性からは落胆の声が聞こえた。
やっぱり男なら若くて美人な女性、女性ならイケメンな男性が指導官であって欲しいという願望があるものだ。
一発目にその落差を目の当たりにして、まだ呼ばれていないクラスメイトは緊張した面持ちで次の指導官に視線を向けた。
次の指導者は二十代の男性で顔は優男のイケメン顔だ。
当然、女子の方が色めき立っている。
「では次にクリストファ・ローリー。指導職は魔法です」
指導職が発表された瞬間、黄色い声援と野太いブーイングが上がる。
女子はいつも男子を子供みたいに見ているが、この時の歓声は男子のブーイングを掻き消すものであった。
続いて鍛冶職は40代の暑苦しいおっさんで男女共に撃沈。
政治経済職はインテリ系のイケメンだったが、すでに既婚者。
薬剤職は年配のおばあちゃんで魔法職のイケメンよりも魔女感が強い風貌だった。大層男子はがっかりしたかと思うが、あまりに根暗な魔女といった感じの強い婆さんに薬剤師を選んだ男子は落胆より先に恐怖が先行していた。
……と次々と紹介されていく。
「では次に」
「騎士団長のカレン・レッドチェスタだ。君達の戦闘指導を担当する」
宰相の言葉を遮る様に立ったのは女性だった。
赤髪の短髪に、切れ長の目がこちらを鋭く見ている。
女性にしては高い身長と引き締まったスタイルで一点の曇りもなく胸を張って立っているので凛としていて綺麗の前に格好いいという印象を与える。
口調も男っぽい感じに喋るので余計にそう感じるな。
騎士団長と言ったら男性を想像する者がほとんどだった中での女性(美人)の登場に戦闘職を選んだ男子は小さくガッツポーズを取っていた。
大地もこんな指導官なら戦闘職でもよかったかも、と思わず考える程美人だった。
「この中に職業が勇者の者はいるか?」
戦闘職を選んだクラスメイトが動く前にカレンが呼びかける。
前に出ようとしたクラスメイトの足が止まり、持田だけが前に出た。
どうやら彼は勇者を選んだらしい。
「俺は職業勇者です」
「さっき前に出てた子か。……一人だけか? あとは勇者以外の職業なんだ? どうせ後で確認を取るのだから隠したりしないように」
カレンさんの呼びかけに誰も反応をしない。
どうやら勇者を選んだのは彼だけのようだ。
「あの、勇者は一人だけではないんですか?」
「基本的に一人だけだという事ですが、過去には勇者が複数人召喚された例がありますので確認しただけですのでお気を悪くしないで下さい」
持田が本当か宰相に確認を取り、宰相は前例があると肯定した。
職業を選ぶのが最後になった大地の選択欄にも勇者が表示されていたので複数人に勇者が表示されていても何ら不思議な事はない。
そのことを知らなかった持田は若干ショックを受けていた。
「断っておくが、勇者だからと言って手を抜く気はない。ついてこれなかったら置いていくからそのつもりでいろ」
そう言ってカレンは元の場所に戻って沈黙した。
話が終わったようでおずおずと戦闘職の者達が彼女の元へ歩んでいった。
戦闘職はクラスの半数以上が選択している職業だったようで大地の周りに人がいなくなる。
というか二人だけだ。
記憶している職業で残っている物が思い浮かばないので、次で農業が呼ばれるだろうと自分の指導官を待った。
「皆さま、自分の指導者の元に行けましたか?」
しかし次の指導者紹介はなかった。
カレンの隣にもう人がいない時点でもしかしたらの予感はしていた大地であったが、これには流石に反応しない訳にはいかない。
「「あの」」
大地と声が重なった。
大地が声のした方を見ると自分と同じように一人になっている委員長、白薔薇亜里沙が同じようにこちらを見ていた。
やや茶髪がかった首元まで延びる長髪に、くっきり二重の大きな瞳、体格に見合うだけのふくよかな胸元、男女問わず美人と認める非公式の男性専用学校美少女ランキング第一位が彼女、白薔薇亜里沙だ。
彼女の魅力は外見だけでない。
勉強は学年5位以内には必ず入っているし、運動神経も運動部ほどではないにしろ決して運動音痴という訳ではない、面倒見がよく責任感も持っている。
ここまでは持田と同じだが、真面目過ぎる持田と違って温かい雰囲気で親しみやすい。
その差で持田を押さえて委員長に選ばれている。
今まで持田や武堂が目立っていたが、本来なら彼女も前に出て発言しても何ら可笑しくなかったと思う。
向こうも大地を見て驚いた表情を浮かべたが、すぐに視線を戻して先程の言葉の続きを口にした。
「まだ指導者がいないのですが、私はどうしたらいいのでしょうか?」
「指導者がいないのですか? ……まさかですがあなた様の職業は”農家”でしょうか?」
「はい」
どうやら亜里沙も大地と同じ農家を選んだらしい。
学園一の美少女と同じ職業であることを嬉しく思う。
しかし農家であることを確認する宰相の反応にもしかして農家は指導者もつけてもらえないハズレ職業だったのか、と大地は不安になった。
農家は選択した職業の中では戦闘に関係ない上に関連する武器やアイテムにも関与しない一般人の職業。
ラノベでは俺tueeeの主人公でもない限り脇役の職業で、作品によっては迫害されたりする。
この世界もそういう世界で指導者すらつけられないのではないか。
そう思ったが、
「皆の者、今回は農業の勇者様がおられたぞ」
「「「「おおおおーーーーっっ!!!!」」」」」
場内は持田が勇者だと分かった時以上に湧いた。
先程まで場内にいても置物の様に微動だにしないでいた者達の反応はどう見ても冷遇職に対しての反応ではない。
「で、ではあなたさまも農家なのですかっ?」
何どういう事、と反応に戸惑う大地に宰相は恐る恐るといった体で質問してくる。
大地は訳も分からずに頷くと、
「今回の勇者様は農家が二人もおられるぞっ!!」
「「「「「おおおおーーーーっっ!!!!」」」」」
またも場内が盛り上がった。
国王陛下まで拍手を送ってらっしゃる。
一体何が起こっているのか大地は理解できなかった。
ただ委員長の表情がさも当然といった物であったことから何か事情があるという事だけは理解する事が出来たので質問する事はしなかった。
取り敢えず今は事情を知っていそうな委員長に任せようと、大地は会話を丸投げした。
「それで指導者は」
「申し訳ありません。農家の勇者様を指導できる者がいないので指導は無しとなります」
「それじゃあすぐに現場へ送られるの?」
「そうなります」
指導なしでいきなり現場に行くと聞いて大地は不安になった。
将来の為にネットなどである程度、農業を学んでいたが、知識は所詮知識。
作物は生きている。
ゲームみたいにこういう行動をしたら必ず美味しい野菜が出来る訳じゃない。
この世界で直に作物を育てている農家がついているのといないのとでは今後の苦労度合いが変わってくる。
(指導できる者がいないって教える身分の者がいないって事か?)
もしそうなら自分で指導者を探そうと大地は決意する。
「こちらの方で仲間や道具の用意をして置きます。詳細は後日で」
「分かりました」
委員長と宰相の話は終わったようだ。
聞いた限りではまた明日にでも呼ばれて説明を受けるって事かな?
委員長に説明プリーズの視線を送ったが、無視された。
「では指導者との顔合わせが済みましたので休息の時間にしましょう。この大人数を賄えるだけの部屋を用意できておりませんのですみませんが、複数人で一部屋になります」
宰相は委員長との話を終えるとクラスメイト全員に向かってそう呼び掛ける。
クラスメイト達は宰相の言葉に従い4~5人で集まり、用意された来賓部屋で休む事となった。