17.
農作業の後に鍛錬をする日々に多少の慣れを感じ始めた頃、ラディッシュが発芽した。
双葉が辺り一面に生えている……というわけではなく所々に点々と出だした感じだ。
まだまだ遠くから見たらほぼ土しか見えないから雑草に見えなくもない。
「ダイチ、雑草が出ている。切った方がいいよな!」
「待て待て待て! 切るな! 雑草じゃない。あれがラディッシュの双葉だよ」
隣の鬼教官を本気で止めて今度は近くで確認する。
(双葉に問題はないな。ただ根っこの方が少し飛び出している)
近くで見ても双葉は虫食いもないし色も良さそうに見えるので一見順調そうに見えたが、何個か見て行くとラディッシュの根っこが土から出てしまっている物がある。
死んでいる訳ではない。
根っこの上数mmが出てしまっているだけだ。
(このままの方がいい? それとも土を被せた方がいい?)
大地はプロの農家ではない。
ただ農業に興味を持っていただけの学生だ。
覚えている知識の殆どが本とネットによる知識で実物を育ててはいない。
ラディッシュの育成の知識はあるが、こういった記載のない問題に対しては素人同然だ。
(一回目だし実験体として放置してみるか)
土を被せるだけと言っても多少の時間を消費するやらないでいいのならやらないで済む方がいい。
もし失敗しても被せた方がいいという結果が分かるので大きな損ではない。
「こっちは放置で次の区画に新しいラディッシュを植えよう」
「分かった」
初蒔きのラディッシュが発芽してから1週間後。
最初に植えたラディッシュは順調に……育ってないよなこれは。
失敗、というのも少し違う。
ラディッシュの状態は異常があるというだけで枯れている訳ではない。
ただその異常が葉っぱが小さいままだったり、黄色くなっていたり、茎がヘタっていたり、と正常に育っていないのが一目で分かるものが多い。
総合的に見て弱々しい感じなのだ。
「ダイチ、切るか?」
農業の知識ゼロのカレンの目にも良くないと分かるレベルか……。
このまま育っても異常のある野菜を食べ物にする訳にもいかないし、まだ枯れてないだけでこの後すぐに枯れるかもしれない。
ここが向こうの世界ならさっさと植え替えるべきだと抜いてしまっただろう。
しかしここは異世界、しかも作物の育成環境最悪な場所だ。
このままただ失敗したから終わりにすると何も得られないことになる。
「……いや、様子を見よう」
悩んだ末に今回は一回目だからと理由をつけてこのまま進むことに決めた。
それに今日は三度目のラディッシュの種蒔きを行うつもりで来ていたので予定を変えたくないのもある。
最初の種蒔き以降も着々と農地の整地を行っていたので現在の農地はおよそ4倍に広がっている。
そのうちの四分の一が弱々しいラディッシュを植えた通称A区画。
その隣の一週間前のA区画のような状態なのがB区画。
A区画の発芽した日に種蒔きを行った区画である。
A区画はカレンが魔法で木を切り、草を刈って、俺が鍬で耕しただけの農地だが、B区画には切った木を燃やして作った灰を含ませて耕している。
灰を混ぜた理由?
確かアルカリ成分が多く含んでいるのと酸化作用で炭素や窒素を飛ばしてくれるなどの効果だったはず。
それと植物の育ちにどう関係してるのか?
……とにかく植物にとってはいいことなんです。……鑑定結果は悪のままだから確定ではないけど。
そんなB区画の様子だが今の所順調に発芽している。
A区画よりも元気そうに見えるのは気のせいじゃない……といいな。
で、今回はそれに加えて畝立てを作って水捌けを良くしたA区画の奥に造ったC区画の種蒔きだ。
既に灰を撒いて土とかき混ぜる作業は終わらせてある。
その土を1㎡間隔に溝を作っていく。
「……疲れないけど時間は掛かるんだよな」
農家の職業の恩恵として農作業中の体力消費がほとんどない事は分かったが、疲れないだけで作業時間が早くなるわけではない。
耕運機の畝立てなら数分で終わる作業も人力だと何十分と掛かってしまう。
それに鍬で畝を作るとどうしても畝幅が均一でなくなるので完全な正方形にならない。
委員長の所のように人数が居れば方法があるが、仲間はカレンのみ。そのカレンも周囲の警戒しないといけないので手伝わせられない以上実行できない。
作業員の増員が頭に過るがすぐに顔を振った。
人数が増えるメリットよりもまた貶められるかもしれない不安感の方が大きい。
速度が遅いだけで作業は着々と進んでるんだしこのままでも問題ないと自己完結して畝立てに集中力を戻した。
畝立てが出来ればあとは種を蒔くだけなので筋蒔きにして土を被せたら種蒔き作業は終了。
種蒔きは三回目なのでかなりスムーズになってきたと思う。
「ダイチ、終わった?」
「うん、終わったよ。帰ろうか」
夕暮れ時まで作業をしてカレンと一緒に下宿まで帰る。
「今日は何匹でたの?」
「ネズブル8匹、スネートン2匹、二ビット12匹だね」
「今日は思ったより少ないね」
何気ない会話をしながら下宿の前まで来ると店先でガランドさんと珍しくお客? が来ていた。
「ガランドさん、今帰りました」
「おう。ダイチ、丁度よかった。お前さんの客だ」
「俺に?」
自分に用だと聞いて警戒心がぐっと高まる。
お客だと思った人物は自分よりも低身長な髭もじゃの厳つい顔をした男だった。
何となく見覚えがある気がする。
どこかの酒場で絡んできた奴だろうか?
違うとしてもどうせ厄介毎の類の気がする。
「おお、確かに小僧じゃな。やっと見つけたぞ」
「ダイチ、知り合い?」
「……心当たりがない」
爺さんの反応は俺を知っている様だけど俺は声を聞いても未だに思い出せず、カレンに首を振る。
それを見た爺さんは厳つい顔を更に険しくさせて詰め寄ってきた。
「予想はしておったが、自分で頼んでおいて忘れておったのか!」
「頼む? って何を?」
「注文をしたじゃろが!」
注文と聞いてもピンとこない。
ここ最近の活動を振り返るが注文はおろか自分で買い物に出た記憶すらない。
「人違いじゃあ」
「な訳あるか! 一月前に手斧が欲しいと色々注文を付けてきたじゃろ!」
…………斧?
「………………ああっ!」
思い出した。
一月前の冤罪裁判の前日、確かに俺は斧を注文している。
こちらの世界に転移してレオンの手先三人と行動を共にしていた頃、木を伐採する為の道具が欲しいからと鍛冶屋にいている。
その時対応したのが目の前にいるこの爺さんだった。
「製作が終わってもお前さんは一向に現れんし、連絡先の宿屋にはいない。お主の特徴を必死に思い出して探したんじゃぞ」
「無理して探さなくても……」
「前払いしておるのにそういう訳にはいかんじゃろうがっ!」
正直屑共に大銀貨250枚使った方が印象に残っていてあまり覚えていない。
確か……10枚程度だったと思うが、約束を忘れた俺が悪いんだし金だけ貰ってそのままでもよかったんじゃないかと言ったら怒鳴られた。
言っていることはもっともなのにこの世界の住人でまともに対応された試しがない所為か違和感しか感じない。
それよりも低身長だがゴリマッチョな図太い身体をしたおっさんに凄まれるのは怖いです。
「ダンカン、外じゃなんだ中に入れ。ダイチも」
話が長くなりそうだと感じたガランドが間に入り、大地とダンカンをカウンターまで誘導した。
「話から察するにダイチはダンカンに鍛冶の依頼をしたのに受け取りにいかなかったからダンカンが探し回っていたって事だな」
「そうじゃ」
席についた後、大地とダンカンだけでは話が進まないと判断し、ガランドとカレンも間に入って話を聞いていた。
「依頼をしたのは確かか?」
「頼んだのは間違いないです」
「なんで取りに行かなかったの?」
「依頼したのって裁判の前だったからすっかり忘れてた」