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11.

 鬱屈になってしまった勇者の鍛錬が終わるとカレンは宿に向かった。

 木造建ての質素な造りの宿屋で扉を開けて中に入ると受付には可愛らしい看板娘……ではなく見るからにむさっ苦しいおっさんが出迎える。

 40代の髭面で王城にいる兵士よりよっぽど怖い顔をした店主、名をガランドといった。


「おう、カレン。ようやく来たか」

「ガランドさん、彼はどうなっている?」

「まだ寝ているよ」


 カレンは彼がまだいると聞いてホッとする。


「全くこっちとしてはお前さんを泊めるのも客足を遠のかすのに勘弁してほしいぜ」

「安心していい。客足が伸びない理由は全く別問題だ。それで頼んでいた方は?」

「そっちも出来る限り集めて置いたよ」


 ガランドは表では宿屋の店主だが、裏では名の通った情報屋だ。

 王都の情報であれば知らぬ事なしと自称しているぐらいの情報通で、高い見返りと交換で情報を売っている。

 カレンとは幼少期からの付き合いで何度かお世話にもなっている間柄だ。


 因みに情報量の殆どが赤字続きの店の返済に充てられているらしい。


「それで彼について分かった事は?」

「転移してきたばかりの勇者様だからな。人物像についての情報は掴めなかった。裁判の方は完全に黒だな」

「そうか。まぁ陛下の関わる裁判だしな」

「ああ、言い方が悪かった。裁判の記載されている情報だけを見ると黒だ」

「どういう事だ?」

「裁判の記載には彼の仲間だった者達の証言、目撃証人、金銭の消失と証拠が完全に揃っていた。これだけの証拠があれば誰だって有罪判決を行うだろうな」


 裁判の記載は宿屋の店主がおいそれと見ることのできる代物ではないが、カレンは当然何も言わない。

 それよりもガランドの告げる次の言葉が気になった。


「だがその資料を基に関係者を当るとどうも胡散臭い」


 ガランドの調べでは彼の仲間だった内二人は行方不明、一人が奴隷になっていて、目撃証人の一人カジノの責任者は牢獄中に謎の変死を遂げている。

 他にも一兵士にしては過剰な退職金を貰って故郷に帰った者や羽振りの良くなった商人などといった裁判を境に怪しい者が多数出ているという。


「これはあくまで俺の推測だが、あいつはこの国に嵌められたんだろうな」

「つまり裁判は冤罪……」

「あくまで俺の推測だと言っているだろう。ただ単純にそういった事と重なっただけで実際に罪を犯している可能性だってあるんだ。俺に言えるのはここまで、あとは本人の人となりを見てみない事には判断のしようがないな」


 ガランドの意見にカレンは決断を急ぐのを止めた。


「……もし冤罪なら私達は彼を勝手に異世界に呼んだ上に身に覚えのない罪を着せて酷い目に遭わせたことになる」

「ああ、裁判の後は国から完投されたっていうんで店屋は品物を売らず、冒険者ギルドは依頼を受けさせず、街の連中は昼夜問わず嫌がらせをしていたようだ。生きるだけでもしんどい生活だ。寧ろよく一月も生きていられたよ。死にたいと思うのは予想できる行動だな」


 カレンは昨日の大地の姿を思い出す。

 ガランドのいった事が全て事実ならあれだけの変貌も頷けた。


「それでお前さん、あんな面倒の種を拾ってきてどうするんだ? 生憎宿を貸す以外面倒を見る事は出来ねえぞ」

「分かっている。ガランドにこれ以上迷惑をかける気はない」

「ならいい」


 必要な情報は聴けた。

 カレンはガランドに報酬を渡すと大地のいる部屋へと向かった。


(……人の気配がする。どうやら起きてはいる様ね)




 ◆




 カレンが大地を運んでベッドに寝かしつけられてから日頃の疲れがどっと押し寄せてきたのだろう、丸一日ずっと眠ったままだった。

 寝ている間にカレンが無理矢理口の中に万能豆を放り込んだお陰で餓死する事はないし、身体の傷も既に完治してしまった物以外は全て治っている。

 残っている疲れは全て精神面の疲れであり、一晩寝るだけの精神的負荷を大地が受けていたことに他ならない。 


 大地は目が覚めると軽くなった身体を起き上がらせて部屋の中を見回した。

 見回して自分が知らない部屋に寝ていることに落胆した。


 大地は気絶させられる前の事はおぼろげだが覚えていた。

 気絶するまであった身体の痛みと空腹感の消失、生命力の低下が無くなっている。

 あの女が自分をここへと運び、いらない介護を行ったのがすぐに分かった。


「あの女は……いないな」


 ベッドから抜け出して寝室を出てもカレンの姿はどこにもなかった。


 脱出不可能な部屋に幽閉しているのか、はたまた監視する価値がないと助けるだけ助けて放置されたか。

 どちらにしろここに留まっている理由はない。

 大地は脱出を図ろうとして、


「入るぞ」


 扉が開け放たれ、カレンが部屋の中に入ってきた。

 既に大地が起きているのを知っていたかのような反応に大地は監視カメラでも仕込まれているのかと疑った。


「随分と寝ていたみたいだな」

「ああ、お陰様にすこぶる元気になっちまった」

「それはよかった。それなら簡単には死なないだろう」

「そうだな、餓死するにはあの苦しい空腹をまた味わわないといけない。お蔭さまでそこまでして死のうとは思わなくなったよ」


 カレンが帰って来てしまった以上誰にも知られずに立ち去ることは出来なくなった。

 なら無視するよりカレンの思惑を知るべきだと大地は部屋に置かれた椅子に座った。


「……なんでだ」

「なにが?」

「なぜ助けた? お前は戦闘職の指導官なのは知っているが、直接的な接点はなかった。助ける理由がないだろう?」

「理由がなければ助けてはいけないのか?」

「なんの見返りもなく助けるとは思えないのでな」


 この世界に無償で人助けをするような奴はいない。

 何かしらの思惑があって助けた筈だが大地にはその理由が分からなかった。


 今の大地は金も、万能豆も、農具すら持っていない。

 戦闘職でもないので労働力としても使えない。

 助ける価値と言えば勇者である事だろう。

 農家の勇者であるから生かしておけと国に命令されている可能性が濃厚だ。


「私の目の届く場所で死にそうになっていて目覚めが悪かったから助けた。これでいいか?」

「だったらもう俺がここにいる意味はないな」

「なぜそうなる。まぁ待て。路地裏であんなことになっていたんだ。ここを出てもやる事もやれる事もないのだろう? だったらなんであんな風になったかぐらい聞かせてもらっても罰は当たらないんじゃないか」


 助ける見返りを求めた訳ではないと聞いた瞬間、こいつはとんでもない要求または企てをしようとしていると結論付けてすぐさま部屋から出ようとした。

 こういういかにも無害を装ってくる輩が一番質の悪い部類だ。

 話す事はないと扉に向かおうとした大地をカレンは押し留める。

 無造作に肩を押さえられた手から尋常じゃない圧がかけられ大地の行動を一切許さなかった。

 何をしても払い除けられる気がしない。


「……分かった少し話すだけだ」


 自力での脱出は無理だと判断した大地はカレンの要望に応えて転移されてから裁判にかけられるまでの詳細を話した。


「でもあなたの今の話を証明する者はおらず、賭博場にいた証人は多数いると」

「あれは委員長の仲間になったレオンの計略だ。功績を取られる可能性のある俺を退場させるために自分の手の者を傍に置いて俺の行動から証人を仕立てたんだ」

「……レオンか」


 カレンは大地の話を聞いて考えた。

 話をしている大地が嘘を話している様子はない。

 しかし証拠は何もなく万人が聞けば大地が妄言を言っているとしか捉えられなかっただろう。


 だが万人とカレンでは違う点があった。

 カレンはレオンという男についてはよく知っていた。

 貴族での評判が高く、陛下にも意見を言える立場を持っているので権力を使えば今回の件の偽装ぐらい簡単に行える力がある事。

 それと奴の性格を加味するとあながち有り得ないとは言えなかった事を。


 今でこそ評判は高くなったが、幼少期に禁忌の子だと苛めていたいじめっ子グループの筆頭がレオンだった。

 好きな子を虐めたくなるなんていう子供のような理由ではなく立場の弱い者が泣く様を見て笑う。

 その上当時から自分の立場を理解していたのだろう。

 決して行為が広まらないように大人達の目を掻い潜って陰湿な苛めを何度も受けた。

 カレンの記憶にレオンが笑いながら腹を蹴ってきた記憶が鮮明に思い浮かぶ。

 あれから王国の政治にも関わり色々な伝と方法を覚えたはず、今なら人一人追い落とす事も平気で行えるようになっていても可笑しくはない。


 だがそれは飽くまでもカレンの先入観からくる得心だ。


「お前の言い分は分かった。だがすべて憶測の域を出ないな」

「別に信用してもらおうなんて思っていない。俺の境遇は話したもう行ってもいいだろう」


 カレンの返答に大地は特に反応はなかった。

 ただ話す事を話し終えたから立ち上がって今度こそ去ろうと言った感じである。

 しかし再びカレンに止められた。


「まだ信用してはいない。しかし私はお前が世間が言うほど悪い奴だとは思えない。この部屋は私の名で借りている仮宿だから自分の部屋だと思って使ってくれないか?」

「なにを言っている」

「ここの宿なら不出来な輩が来る事もないし、ゆっくり休めるだろう。勿論食事も用意する。私はお前に興味を持った」

「断る。お前が俺を信用できていない以上に俺はお前を信用していないんだ。お前の提案を飲む気はない」


 見ず知らずの他人に優しくするなんて罠に嵌める気しかしない。

 極度の人間不信になっている大地が受け入れられるわけがなかった。


 当然カレンも大地が提案をすんなり飲むとは思っていない。


「用は裏切らない保証があればいいのだろう?」


 大地の瞳がカレンを射抜いた。


「両者の同意により発動できる誓約魔法という魔法がある。この魔法で誓った事は必ず守らないといけない」

「続けろ」

「私は『ダイチに対して一切の危害を加えない』ことを誓う。これなら私の事を信用できるだろう?」

「……もし嘘だったら」

「誓約はステータスにも表示される。私が騙したと思ったらすぐに逃げればいい」


 安全を誓約してくれるのなら態々危険の多い外に出る事を選ぶほど大地はマゾではない。


「分かった。ただし条件がある。契約は五日間だけだ。その五日間でお前が信用できなければ俺は出て行く。それと他人にこの宿に泊まっていることは他言無用にすることも条件に入れろ」

「本当に人を信用していないな。だがいいだろう、その条件も誓約に盛り込もう」


 カレンは棚の引き出しから用紙とインクを取り出した。

 そして手早く用紙に契約魔法陣を書き込んでいった。


「少量の血をインクに混ぜて名前を書いて。そうすれば契約魔法が発動する」


 大地はナイフを手にしてゆっくりと指に突き立てる。

 指先から垂れる血をインクへと落とすと名前を書き込んだ。


 すると誓約書は輝き出すと独りでに宙に浮いた。


 誓約内容を宣言してください。


「私、カレン・レッドチェスタはダイチ・ヒイラギに対して一切の被害を加えず他言しないことを誓う」

「お、俺、柊木大地はカレンが誓約に従っている限り五日間の間この部屋で滞在する事を誓う」


 誓約内容の設定を確認。

 契約期限五日。

 これより誓約を実行する。


 大地はステータスを確認すると誓約の項目が追加されていた。


「これで私はお前に一切の危害を加えないと信用してくれたかな?」

「……ああ、望み通りまだここにいてやる」

「ふふ、絶対にこの五日間にお前の信頼を勝ち取ってやる」


 大地はカレンに上手いこと乗せられたと感じながらこの部屋に滞在する事が決まった。


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