10.
翌日の早朝。
カレンは重たい足取りで王城の廊下を歩いていた。
向かっているのはいつもの修練場ではない。
国王から呼び出しがかかったため、指導を他の者に任せて貴賓室の方へと向かっていた。
貴賓室は謁見の間よりもこじんまりとした空間で、海外に洩れてはいけない話し合いを行う第二の会議の場所である。
国王並びに上級貴族達が集まって国家の行く末を左右する話し合いが日夜貴賓室内で行われる。
カレンは貴賓室の前へと到着すると扉をノックした後、入室した。
扉の先には国王並びに上級貴族のおっさん方がカレンの事を厳しい眼差しを向けて待っていた。
「よく来てくれた、カレン・レッドチェスタ殿。さぁ、そんなところに立っていないで座りたまえ」
国王の促す先には空席の椅子が一つ。
この椅子に座ったら最後、話が終わるまで立つ事の許されない。
そんな国王の対面に位置する椅子にカレンはすんなりと腰を下ろした。
「では全員揃った事ですし話し合いを再開しましょう」
カレンが着席したのを確信すると進行役の貴族が国王の顔色を伺いながら話を始めた。
「内容は先日の事です。こちらにいるカレンが指導官という地位を利用して勇者セイギ殿のパーティーに加入の申し出を受けた件について」
議題を聞いてカレンは表面に出さないように表情を押さえながらやっぱりか、と心の中で呟く。
本来、カレンはこの貴賓室への入室を許されていない。
王族の血を引いてはいるものの王位継承権から外されているので政治に関われない。
そもそも禁忌の子でもあるカレンの入室を許してくれる者がいない。
なのに今回貴賓室に呼ばれたのは議題の内容がカレン自身に関わる事だからに他ならない。
そしてカレン自身の関わるもので思い浮かぶのは昨日の件しかなかった。
「昨日、鍛錬中勇者セイギと摸擬戦を行い勝利した後にパーティーメンバーに誘われた。間違いないな?」
進行役から言葉を奪ってカレンに質問をぶつけてきたのはガルロス候。
年齢は50を過ぎているので老いを感じはするが、それでも屈強な筋肉が見え隠れしている。
武闘派貴族の筆頭であり、今回の勇者達への人員の委託を任されている。
「仰る通りです。昨日セイギ殿からパーティーメンバーに入ってくれないかと言われました」
「……困るな。勇者様にはきちんとこちらで用意した人員を割り当てるのだから誘惑してもらっては」
「誘惑なんて」
聖魏の申し出は聖魏自身の独断であり、カレンは誘惑をした覚えがないし、あの場できっぱりと断っている。
ガルロス候の言い方は間違っていたが、反論を口にしようとした瞬間からカレンの言葉を遮る様に周囲の貴族達の睨みが飛んだ。
「断っている様だがセイギ殿は全く諦めた様子ではないという。セイギ殿が駄々を捏ねて我々が折れるのを期待しているのではないか?」
「自分は嫌だ嫌だと言いながら陰で篭絡していると、考えましたな」
「まぁ待て。そう結論を急ぐ事はなかろう。レッドチェスタ殿は本当に勇者パーティーに入る気はないのかな?」
話が一方的に進むのを一番歳を取っているレベロン候が止めた。
髪は全て真っ白に変わり、顔には数えきれないほどの皺が出来ていて年を積み重ねた人間特有の威厳が宿っている。
その一言には重みがあり貴族達は彼の言葉を尊重して口を噤んだ。
「その通りです。私に勇者パーティーに入る気は微塵もありません。今後ともセイギ殿から申し出があってもお受けすることはしない」
「それを私達に信じろと?」
心からカレンは言っているにも拘らず反論が飛ぶ。
ガルロス候の頭の中では勇者パーティーに入れるというのは非常に名誉な事で断る訳がないと加入を申し込んで玉砕した聖魏とまるっきり同じ思考をしている。
いや、禁忌の子からの一発逆転を考えているもプラスすれば聖魏以上か。
だから端から信じていない。
「もうよい、ガルロス候。実際にカレンがセイギ殿を誘惑したという証拠は何もないのだ。もとより今回は厳重注意だけだっただろう」
このまま続けても平行線だという事を周囲も察して国王ダルファンが二人の間に入った。
ガルロス候はまだ言いたい事がいっぱいあったが、国王であるダルファンを差し置いてまで発現する気はない。
ダルファンの言葉に同意を示しつつ黙った。
「分かったと思うが、お前を勇者パーティーに入れる気はない。儂を含めてな」
「十分理解しています」
「ではセイギ殿が諦めるように行動を心掛けよ」
国王の言葉に多くの貴族が賛同した。
議題が出てから決まっていた結末であったが、貴族というものはこういう無用とも思える行為を必要と思っている。
「ではこの議題はこれで終わりでいいだろう。次の議題に移ろう。カレンはもう戻っていいぞ」
「畏まりました、陛下」
カレンは室内から出ていき、貴賓室内では『勇者セイギに宛がう女性は誰が適格か』という本当に国の根幹を左右する議題なのか分からない話し合いが聞こえてきた。
部屋を出たカレンはゆっくりとした動作で肩を回した。
時間にしたら30分も経っていなかったが、疲労感は鍛錬を一通りこなした後のような重さを感じていた。
貴族達に囲まれたから疲れたのではない。
注意を受けたから疲れたのではない。
生まれてからずっと貴族達の対応はあんなものだ。
生まれてからずっと少しの事で注意を受けた。
いまさらそんな事では疲れない。
この疲れは――――
「カレンさん、やっぱり僕のパーティーにはあなたが必要だ」
この男が自分に言い寄る未来が見えていて、心労が途絶える事がないと分かっての事だろう。
「セイギ殿、昨日も言ったが貴方のパーティーに入る気はない。他を当ってくれ」
「あなたが禁忌の子だというのを気にされてですか? あんなの親が負った罪です。あなたには関係ないはずだ」
「私の事を調べたようだが申し出を承諾するのとは全く関係がない事だ」
取り付く島もない様に断っているというのに聖魏は全く堪えていない、というかカレンが断るのは禁忌の子の所為であると決めつけているようだ。
最後に「僕は諦めない」とキメ台詞風に言っているが、カレンの思いは冷める一方だと気づかないのだろうか?
……たぶん気づいていない。いやそもそもそんな事ある訳がないと信じて疑っていないのか。
カレンは聖魏の説得は今すぐすることは出来ないと諦め、またおっさん共に説教されることを覚悟した。
(こんなことになるのなら指導官を安易に受けるんじゃなかった)
勇者達の指導は元々カレンではなくベテランの騎士団長が行う予定だった。
だが勇者召喚直前に他界してしまい、実力と地位、時間のある者で該当するのがカレンだけだった。
もしカレンが断ってしまうと次の指導官候補は実力不足の年寄か、まだまだ指導する域には至っていない若輩者がなっていたため、勇者を召喚するというのにそれは失礼だろうと思って同情から指導官への申し込みを快諾した。
そんななので勇者に取り入ろうという気は全く無く、ただ純粋に異世界から連れてこられた勇者を育てる事しか考えていなかった。
そんなカレンにとって今の状況はうんざりするぐらい面倒くさい物でしかない。
気持ちは完全に削がれてしまった。
それでも勇者達の鍛錬に対して手を抜くような事をしない。
熱心な者に対してはアドバイスをし、手を抜いている者には厳しく接する。
聖魏の勧誘を断ったことをネタにしてからかってくる者は念入りに指導していく。
無茶はしないし、させない。
全員が回復魔法のお世話になれば済むぐらいの疲労と怪我に調整する。
指導者として文句のない内容をこなしていった。
その様子は聖魏が気持ち悪い笑みを浮かべてみているが……。
気持ちの悪い視線に憂鬱な気分が更に深くなってきそうでカレンは勇者の指導が終わるとさっさと修練場から去った。
カレンが去った後、勇者聖魏はニヤニヤしていた。
(フフフ、カレンの奴、口では否定しつつ随分と俺の事を意識していたな)
鍛錬中、カレンが自分を避けて行動していたのは照れから。
仕事に熱心だったのは自分にいい所をもっと見せようとしているから。
からかわれて厳しくするのは本心を言われてしまったから。
聖魏はカレンを見てそんな風に思っていた。
問題なのは自分に魅力がないのではなく、禁忌の子のレッテルによる負い目があるからで、それさえなくなれば喜んで自分のパーティーに加入してくれるだろうと確信している。
その確信が間違いであり、勘違い男が痛い目を見るのは――――意外と早い。