師の丘(1)
転生したら転生してないの俺だけだった
〜レムリア大陸放浪記〜
2-36.師の丘(1)
何だか外が騒がしい。と思って天幕の外に出てみると、数十人の人々が待っていた。
老婆に、この土地と師の丘の事を教えたら銀貨が貰えた事を聞き、集まったらしい。
価値のある情報は殆ど無かったが、銀貨に値する情報は一つだけあった。
風の神の伝説だ。
師の丘の領主は、風の神を信仰していたという。
「その神の名前は判るか?」
「判りません」
「俺は判るぞ!」
遅れて来たため、風の神の情報を先に言われ、ブツブツ言っていた若い男が叫んだ。
「言ってみろ」
「ルドだ!」
「違う!」
パーサが即座に否定する。ルドなら南レムリアの風神だ。3000年前だろうが、シバヤンがこの民を知らない訳がない。
「インチキだ!」
怒った男がパーサに飛びかかろうとしたが、オコに足払いを掛けられ地面に倒れ伏した。
結局それ以上の情報は無かった。
再び丘に登った時には、陽も落ちていた。月明かりに遺跡が浮かび…あがらない。
呆れた事に遺跡は昨日と全く同じ様に砂に覆われていた。
「風の神か…」
日中に強い風を起こして、遺跡を再び砂で覆ったのは、風の神の意志か。
早々に天幕に戻り、夕食をとる。オコが狩って来た山鳥を炙って食べる。ナランダーから持ってきた野菜もマジックボックスから取り出し、鳥ガラスープで煮込む。結構いける。近くの家々からも、食べ物を持ち寄って宴会になってしまった。
最初に会った老婆の息子も挨拶に来た。この辺では皆血族なので銀貨などという大金を稼ぐと、皆に奢らないと災いが振りかかるそうで、風の神の情報をくれた男と相談して、二人で一頭分の羊を潰したそうだ。俺たちもおすそ分けに預かり、羊のケバブを頂いた。懐かしい味だ。ジョウザでオコが厨からくすねてきてくれたのと同じものだ。
小麦酒を作っている農家の人から酒を買い、皆に振る舞った。賑やかな音楽が始まり、人々は踊りだした。だがオコは踊らない。勿論花火もなしだ。
俺たちはプロフェッショナルの芸人だから、投げ銭が期待できない場所では芸はやらない。情報を売りに詰めかけた人々には、一応参加賞として銅貨一枚を渡したが、それが投げられて戻って来るだけだ。ここの人々は貧しいのだ。
夜明け前には皆畑を見に行かねばならないので、宴はそんなに長く続かなかった。早朝の涼しいうちに畑仕事を済まして、眠りにつくライフスタイルはナランダーと同じだった。
皆が帰り着く頃、一人の男が走って来た。
あの、オコに転がされた若い男だ。
「また転がされたいの?」
「とんでもねえ。姉さんみたいな物騒な女には逆らわねえよ。ひとっ走り家に戻って、じっちゃんに話を聞いてきた。風の神の名前は分からなかったが、妙な事にその神はこの辺では滅多に吹かない北風の神だそうだ」
相当の負けず嫌いだ。宴会で話題になったのだが、この男の家はこの辺りでは一番遠く、なので遅れたらしいのだ。いい加減に地元南レムリアの風神の名前を言った自分が許せなかったらしく、走って曽祖父に風神の名前を知らないか聞きに行ったらしい。
「いい情報だ。師の丘の領主が、この地の出身じゃない事がはっきりしたな」
俺は彼に銀貨を渡そうとした。
「要らない。これは俺の誇りの問題なんだ。それに神の名は結局分からなかったし」
いい面構えだ。
「ではお前に一つ仕事を頼めるか?」
「いいとも、なんだ?」
「お前の家はこの辺では一番下流だな?」
「ああ」
「一番上流は?」
「あんたが最初に扉を叩いたばあさんの家だ」
まあ大山脈に近いナランダーから西へ飛んで来たので、そうなるか。二件の家は20km程離れているらしい。
「お前の家からおばばの家まで。川から5km程離れた所に途切れなく木を植えて欲しい」
「どんなに成長の早い木でも大きくなるのに10年はかかるぞ」
「判っている。その報酬を先払いしておく」
俺は大金貨を渡す。
男は目を丸くする。家族5人が50年は遊んで暮らせる金だ。
「これ持って逃げるかもしれないぞ」
「しないよ。そう言う奴なら、さっき銀貨を受け取ってる」
「判った。任せてくれ」
防砂林の有効性は、彼らも判っているのだ。伝説では彼らの住まいはインディーズ川畔の森の中にあり、森を切り開いて畑を広げたらしい。ところがいつの間にか木はなくなり、砂漠の砂が畑を襲い、人々は食べるのにカツカツな畑を維持するのがやっとになった。
「木は、早く育つのもでゃぁじだけどもが、安い雑木にしときゃあよ。仰山苗木が買えるし、ぜぇやぁもく盗む野郎も出るといかんしなぁ」
「おう、ありがとうその通りだ。港のバザールでそう言う苗木を買い付けるよ」
パーサは実は義理人情に厚い性格で、この男の事が気に入ったらしかった。
「あとあんさん、綿実って知ってはりまっか?」
いきなり子狐に話しかけられて男は飛び上がったが、皆が平然としてるので、おっかなびっくりで答えた。
「知ってるよ。うちで使う油用に植えてるさ」
「ここいらの綿実は油絞るんで種が大きいんやけど、種が小そうて、綿毛の多いんがあるんやで。砂が防げるようなったら、そう言う種類の綿実植えると吉や」
「綿毛?何に使うんだい?」
「紡いで糸を作って布を織るんや。あんたも知っとるやろ?コタンて布」
「コタンって綿実の綿毛から作るんか!」
彼らの着る服は基本麻。作業着などはもっと固い木の繊維から作る。コタンなどはせいぜい花嫁衣装に使えたら、いい婿さんだと評判になるくらいの高級品だ。
俺はここの緑化については、シュニアに相談するつもりだった。しかし都の改革で手一杯の国王夫妻に頼んでも、おそらく後回しにされるだろう。助平オヤジ(ボン)の遺産の中に、南レムリアの大金貨があったが、こちらに来るまで価値が分からなかったので両替しないでいた。いい使いどころだ。
いつもの顛末記だが、多少の困難はあったが、男は首尾よくインディーズ河口の港カリチで、大東の貿易船に乗っていた種屋と出会う事が出来た。南方の珍しい植物を探しに来た種屋は、男に羊柴と言う大東西域原産の木の苗木を売ってくれた。暑さや乾燥に強く、防砂林としては最適。葉はいい家畜の餌になるという。
男はこの苗木を少しづつ増やし、やがて流域に長大な防砂林を作った。最初は馬鹿にしていた周りも実際に砂が来ないので畑を拡大出来、男に協力するようになった。
軌道に乗って来たところで男は種屋から綿花の種を仕入れ、インディーズ川流域に木綿産業が生まれた。
男は産業育成の功労者として、国王から表彰されたが、地元では
「木を植えた男」
で通っている。
余談になるが、この種屋は珍しい植物があると採集に行かねば気が済まないたちで、商売と言うより植物学者に近いのかも知れない。
後に不思議な縁で俺も出会うのだが、西南端の未知の土地まで出向き、唐辛子を持ち帰っている。これがこのピリピリ辛い味覚を俺から聞いて興味を持っていたサンディの目に止まり、やがて南レムリア全土に栽培が始まった。この新しい香辛料を使った料理は南レムリア全土に広く受け入れられ、最初に上陸した港に因んで
「カリー」
と呼ばれるようになった。
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