8-19.箱庭一武闘会(準決勝2)
転生したら転生してないの俺だけだった
〜レムリア大陸放浪記〜
8-19.箱庭一武闘会(準決勝2)
「これは今年も拳聖様が優勝か?」
群衆がざわめく。拳聖?聴いてないぞ。
おかしいと思った。
体格に劣るコボルトが村長を務めるなど、余程何かがあると思ったが、拳聖とは想定外だ。
拳聖はレムリアの格闘技の世界で、多くの人々に認められた至高のステータスで、技術が最高値まで高められた拳王のうちで、精神的にも成熟し尊敬を集める者のみがそう呼ばれる。
特に選考委員会や認定して位を授与する仕組みはないが、自称拳聖では恥ずかしくて名乗れない。
自然にそう呼ばれる様になるものなのだ。
見かけたノモの家来の一人に聞いたのだが、去年で10連覇を成し遂げたノモは、殿堂入りとして引退する事になっていたが、息子の怪我により急遽参加する事になったそうだ。
久々の外部からの客人参加に、負けるわけには行かないと、燃えていると言う。
リングに静かに佇む姿は、それ程威圧感がない。
その戦法はあくまでも自在で、相手の動きに合わせて、いつの間にか勝っていると言う。
一方の影夫は最初から空中に浮いていた。
都で何回か大会に出た事があるそうだが、この村に姿を表すのは初めてだった。
試合開始数分で、
「参った」
ノモがギブアップした。
いつの間にかノモの体には無数の針が刺さっており、
筋肉を動かす事が出来なくなっていた。
もちろん竹針だ。
ノモのセコンドが足を引きずって駆け寄り、父の体から竹針を抜いていく。参加辞退したノモの息子だろう。
「お!これはどうだ?」
針を抜いて行った両腕をぐるぐる動かしながら、ノモが叫ぶ。
「長年わしを苦しめて来た、肩こりが治っている」
「腰痛も治療しておひまひた」
影夫が降りてくる。口には吹き筒を咥えているが、針はどこにしまっていたのだろう?
審判が確認したところ、竹針は口に含んでいた様で、吹き矢で一般的に用いられる毒は塗られていないとの事。毒があれば反則だが、そもそも大工さんが釘を口に含んで金槌を打っていく様に、口に入れているので毒があれば自分にダメージがある。
「あなたにも」
シュッという様な音がして、セコンドの足に針が刺さる。
「完全に治っている」
息子はぴょんぴょん飛び跳ねており、何でもない様だ。
「失礼ながら、医聖殿とお見受けする」
ノモが尋ねる。
「その様な大した者ではありません。一介の医学生です」
影夫はそのまま控え室に退場してしまった。
ちなみに影夫にはセコンドがいない。
オコは目をキラキラ輝かせている。弓の名手であるオコにとって、同じ射的系の吹き矢の技は、心に刺さるものがあった様だ。
「弓を組み立てる手間がない。携帯性もいい」
オコがダガムリアルから授かったオルコンの弓は、その名の通り希少金属で出来ており、スイスアーミーナイフ(見た事がない人は検索してほしい。俺たちの世代、ナイフを買う事は余程の不良でなければなかったが、若者がこの小さな十得ナイフを購入するのは通過儀礼の様なものだった)をそのまま何倍にも拡大した様な外観で、普通の人には片手では持ち上げられないくらい重い。オコは軽々とこの弓を持ち運び、組み立てて戦に臨むが、最近ではマジックポーチにしまっている様だ。
敵の襲来時にこれをポーチから取り出し、組み立てて矢をつがえる(7本まで同時に射てる)のに、2-3分かかる。これでは俺を守れない時がある。とオコは常々携帯出来、さっと射る事が出来る飛び道具を探していた。
「これだわ!」
オコは既に試合に勝つことよりも、この有望な武器を使った技を習得する事に神経が集中している。
「どう思う?」
オコがパーサに質問している。
決勝は翌日、祭りのクライマックスに行われるので、俺たちは天幕に戻っていた。
「なかなかおもろい武器だがね。アシなら筒なしで飛ばせるけどな」
パーサは最終兵器彼女なので、口に含んだ弾をスイカの種を飛ばす様に吹き出して装甲兵の盾をぶち抜く位は平気で出来るが、人間にはそんな事は出来ない。
「今から竹筒で練習するきゃ?」
今回は金属製の武器は使えない。と言うより本来有効過ぎる。と言う理由で木製の弓矢の使用がこの大会では禁じられており、多分次回からは吹き矢も禁止になるだろう。
「飛び道具を禁ず」
とすれば簡単だが、木製の球を投げるもの、投げ矢を使うもの。極めつけはブーメランの達人、と言うユニークな戦い方をする参加者が予選にはおり、それなりに観客を沸かせていた。
スポーツ大会ではなく、お祭りの余興である為、興行性は大切なのだ。
パーサはノモに機械である事を看破されてしまったので、大会には参加出来なかったが、参加者の特徴を色々メモして、自分ならどう戦うかを考えて楽しんでいる。
主人をどうやって守るか?
それを考えるのが、パーサとオコにとっては何よりも楽しい娯楽なのだ。それが侍女道と言うものらしい。
「吹き矢は大会の後、影夫に教えて貰いましょう。筒はダガムリアルにミスリルで作って貰おっと」
なんかもう勝つ気でいる。
「ふーん…。防ぐだけなら、傘があればええかしゃん?」
防弾傘などオルコンの薄板でも使わない限り実用的ではないが、目眩しに使うなら中米系マフィアの支部を一瞬で瓦解させた、あの伝説のメイドの様には使えるだろう。
「傘は余り上手くないな。傘に矢を集めて本体は別に攻撃しても、影夫は見抜くでしょう」
影夫は宙に浮いているので、オコの動きは上から丸見えなのだ。
「じゃあ叩き落とすしかないがね。ノモさ、紙は使ってええのきゃ?」
「紙か?紙は木から作るから構わんが、紙であの竹針を叩き落とすと?」
レムリアでは既にパルプ紙が実用化されている。
「これ使っていいかしら?」
控え室積み重ねられた用済みの武闘会予選のポスターを何枚か貰う。壁に貼り出す為の大きな紙だ。
俺の生まれた惑星では
「B紙」
東京星では
「模造紙」
と呼ぶB0(ゼロ)大の紙だ。
オコとパーサ二人で楽しそうに体重を乗せて折り畳んで行く。
何枚かのポスターを重ねて、根元を糸でくくる。
ああこれで大阪名物のアレ喰らったら痛いじゃすまんだろうな。
もうお気づきであろう。
二人が作った一対の紙製新兵器は、
巨大なハリセンだった。




