7-10.パトニカトル
転生したら転生してないの俺だけだった
〜レムリア大陸放浪記〜
7-10.パトニカトル
「ああ、よく来たんだよ。おやシャチョさん。お土産かい。蓬莱の米酒とは珍しい。これを作る時は杜氏たちと随分研究したもんだよ。ありがとね、懐かしいんだよ」
流石酒の神だけあって、日本酒の誕生にも立ち会っていたらしい。しかし怪しい外国人の客引きみたいな呼び方だなあ。
「これはね、お湯に容器を入れて、人肌に温めると美味しいんだよ」
酒の瓶を巫女に渡す。
親か兄弟が現存している泉の巫女は、全て帰って来た。例外はチョコラトルで、ヤクスチランでは教義に殉じて遂に帰って来なかった事になっている。だがチョコラトルはオルフェの説得により、名をユーリケと変えて国外に住んでいて、もう直ぐオルフェとの子供が生まれる。
この事を知っているのは、両親とパトニカトルだけである。
今パトニカトルの元には2人の巫女がいる。
他の娘達も、なんだかんだ里帰り感覚でパトニカトルの神殿にやって来るが、この2人は親が生きていた中では一番年長なので、帰って来た時にはギリギリ間に合った。と言う感じで、90過ぎの親は娘の手を握って、幸福に包まれながら冥界に旅立ったとか。
娘の方はまだ15、6歳のままなので、浦島太郎状態で知人も居らず、結局パトニカトルの神殿に住み着いたと言う。
あと数人、親を介護している娘達も居るそうで、これから神殿は賑やかになりそうだ。
お酒無しでは居られないパトニカトルが早速宴会を始めたので本題に入るのが大分遅れたが、ようやく俺は話を切り出す事が出来た。
「パトニカトルさんは、ムー大陸に居られた事もあったんですか?」
「ムー?ムーって何だっけ?」
そこからかい!
まあボケでも何でもなく、本当に忘れてる様だった。
「ほらおじいちゃん、ヤクスチランの北に、大きな陸地があったでしょ?」
オコがボケ老人扱いしている。
「陸地?レムリア以外に?あああったあった。アトランティスなあ。あれ沈んだんだよ」
「そんな遠くじゃなくて、割と近くに、やっぱり沈んだ陸地が無かった?」
「昔はこの星にも沢山大陸があったんだよ。レムリアやアトランティスだけじゃなくて。でもその中にムーなんて無かったんだよ」
あれ?別に記憶が混沌としている訳ではなさそうだ。
「大氷原の北の海に大きな島があるでしょう?」
ステルが質問を変える。
「あそこにはなぜ行けないの?ステルが行こうとしたけど、ぼよんって戻された」
「あはは、ぼよんか。ぼよんだよね」
パトニカトルは気に入ったらしく、何度もぼよんぼよんと繰り返している。
「あそこは行けないんだよ。マウリア島にはね」
マウリア島って言うのか!俺と師匠とコンコンと社長がそれぞれ記憶回路をフル作動させている。
「知らんなあ」
「聞いた事ないなあ」
「どの街の図書館でも見た事ない」
「該当なしだね」
みんなお手上げだ。
「有名な場所なんだよ。大昔に戦争があってね」
大昔ってパトニカトルが言う所を見ると、百年や千年ではないだろう。
「今は誰も住んでないよ」
「やっぱり放射能とか?」
と俺が言うと、
「放射能が何だか知らないけど、大昔の戦争で、大魔王があの島に封じられたんだよ」
大魔王?それは一体?
「なんか近寄らない方が良さそうだなあ」
「だから誰も近寄れない様に、結界が張ってあるんだよ」
「その島行って見たいのよ」
オコが目をキラキラさせている。好きなんだよな冒険。
「うーん。行ってもあまり面白く無いんだよ。海を越えて行けば行けるけどね。空からはぼよんだよね?はっはっは」
パトニカトルはステル(子猫)をリバウンドしたお腹に乗せて、ぼよんぼよんと遊んでいる。ステルもきゃっきゃきゃっきゃと大喜びだ。
「昔ちょっと忘れ物して、あの島に行った時は冬だったよ。凍ってたから歩いて」
やっぱり。
「途中で氷が無くなるでしょう?」
「うん、あとは泳いだ」
「大きい海の生き物、いっぱいいるでしょ?」
ステルがびっくりして聞いた。ステルなら退治も出来るが、他の仲間を守りながら先に進むのは難しい。
「生き物?特に居なかったけど?」
パトニカトルは太古の神だから、怪物達も近寄らなかったのだろうか?
「忘れ物したって、パトニカトルさんは前にも行った事があったのですか?」
「行った。と言うか、あの島作ったのは神々だからね」
人工、いや神工の島か。
「じゃあ天帝おじいちゃんも、その島知ってるの?」
「もちろんなんだよ。でも聞いても教えてくれないだろけどね」
「どうして?おじいちゃんはステルには何でも教えてくれるよ?」
「それはこの島の事が、"神々の秘密"だからなんだよ」
「でもパトニカトル喋っちゃったじゃん」
オコが核心を突く。余計な事を…。
「あっしまった!」
パトニカトルが口を手で塞ぐ。でもニコニコして
「『パトニカトルの酒の上での事』聞かなかった事にしてね」
酒の神は人々に楽しみを与えるが、酒の上での様々な失敗ももたらす。強い酒を飲ませて敵や怪物を倒す話はスサノオやヤマトタケル始め世界中の神話にあるし、ノアがワインで酔っ払って、神が呼びかけたのにフルチンで寝ていた話も旧約聖書にある。
酒の魔力を武器にセレブ婦人層に絶大な支持のあったデュオニソス教は各地で禁止されたが、酒の神デュオニソスが何時の間にかオリンポス十二神の一角に食い込むほど、暗然たる力を持っていた。パンと葡萄酒で儀式を行うキリスト教の布教の拡がりが速かったのも、デュオニソス教と言う下地があったから。と言う学説もあるし、後発のイスラム教が飲酒を禁じたのも、逆の意味での影響だと言われる。
ヤクスチランでは、
『パトニカトルの酒の上での言はあてにするな』
と言う格言があり、文字通りの意味と、オフレコで秘密情報をリークする時にも用いられていた。
「もう一つだけ。その大魔王を封じた神はあなただったのですか?」
師匠がダメ元。と言う感じで聞いた。
「さあ…。旧い神はあんまり力は無くても、大事な時に立会いを頼まれる時があるもんなんだよね」
それだけ言って、以後一切この話題をパトニカトルは口にしなかったが、最後別れる時に
「そう言えば、あのわんちゃんのお姉ちゃん、今日いないねえ。元気なのかい?」
と言った。
「パーサなら兄のアヌビスと休暇中ですよ」
「そう。あの子がいたら、わざわざここまで来なくても良かったかもしれなかったんだよ」
??アヌビスと何か関係が?
いや違う。
そうか!




