7-5.招魂術
転生したら転生してないの俺だけだった
〜レムリア大陸放浪記〜
7-5.招魂術
「準備出来ました。皆さんも立ち会って下さい」
イグルーが呼びに来た。
地下壕の中は綺麗に掃除してあったが、空気は淀んでいて、ちょっと冷蔵庫の中みたいな感じだった。
壕内には20体程のご遺体が、白い布に包まれて安置されていた。
これだけしかいないのか…。
殆ど他民族と交流する事なしに、こんな少数で集落を維持は出来ないだろう。たしか元々は100人以上は居たと聞いた。
それが厳しい自然の中での暮らしで徐々に減って行ったのだろう。
今後はヤクスチランとワタリガラスとの共同事業で、ここはワインの貯蔵庫、やがては貿易港として繁栄する事になると思う。
そのためにも今この20数人を死なす訳には行かない。
布はエジプトのミイラの様に巻き付けられていたが、何か固いもので覆われ、包帯と言うよりギプスのようだった。
「部長!早く治って下さい」
とか部員が寄せ書きするやつね。あれ本当はギブスじゃなくてGipsなんだよな。
寄せ書きは無かったが胸の所にヤクスチラン文字で、それぞれの名前が書いてあった。
白い大小様々なミイラ。
エジプトの人はキリスト教徒より先に死者の蘇りを信じていたので、
「魂が現世に戻った時、体が無いと困る」
と考えミイラを作った。と言う。ナイラスのミイラ技術も同じ考えに基づいていたのだが、その大元であるアヌビス神が作った父オシリスのミイラは、もっと切羽詰まった状況で作られた。バラバラにされた父オシリスの破片を集め、縫合してミイラを作り、魂を呼び戻したのだ。手術は成功しオシリスは蘇るが、結局オシリスは黄泉に降って冥界の王となる。本当に成功したのか?ナイラスの神は、魂だけでは存在出来ないのか?
などと哲学的な事を考えていたら、貫頭衣を着たトマレ(マーリン)が入って来た。
イグルーに紙を渡す。
「祝詞が終わったら、この順番に名前を呼びなさい」
まあ祝詞と言うのは意訳だけどね。神(イマー神)への呼びかけの言葉で、呪と言うよりは、やはり寿ぎの性格を持つ強い箴言だ。
アヌビスとトマレは並んで立ち、トマレはレムリア語でイマーに、アヌビスは古代ナイラス語でオシリスに呼びかける。俺は言葉をヤクスチラン語に訳した。
「ここに集う全ての者が、それぞれの冥王に呼びかけねばならない」
ヤクスチラン神話にもミクトラと呼ばれる冥界神はいるので、イグルーはその神に呼びかける。冥界神は全てイマーの化身なのだ。コンコンやオコは閻魔に呼びかけるし、パーサはヤーマと呼ばれるペンジクの冥王に、俺は行きがかり上、地蔵菩薩に呼びかけた。
こうして魂の帰還を乞う文言をそれぞれが唱え、その後イグルーが、同胞の名前をゆっくり呼びあげる。
一人一人呼び掛ける度に、ミイラがドクンと脈打つ。
そうして最後に
「トマレ」
と呼び掛けるとトマレの体がビクンとなった。
「良かったな、イグルーよ」
トマレはそう呼びかけた後、地に倒れた。
満足か?
今度こそジジイも成仏、じゃ無かった冥界のホームに旅立つ事だろう。
と思ったら、また俺の後ろでオビワン状態のマーリンがニヤニヤ笑っている。
『まだ現世に未練があるのか?』
俺は念話で呼び掛ける。
『いや、実に貴重な実験であった。幾つかの条件さえ整えば、憑依ではなく完全に仮死者の体をコントロール出来る事がわかったのは収穫であった。もう少し習熟すれば、動物にもなれるであろうな』
殆ど転生と変わらない事が出来る。と言う事だろう。俺がレムリアに生まれた赤子に強引に割り込んで転生したのに似ている。だが
『そんな事はレムリア様位しか出来ない技だ。マーリン、神でもないあんたがそれをしたら罰を受けるぞ』
と言ってる時に、トマレの体を抱いたイグルーが跪いて天を仰ぐ。
「マーリン様、誠にありがとうございました。今までの失礼の段、お詫び申し上げます。貴方は我が先祖を助け、ヤクスチランからこの地に逃がして下さいました。そしてまた今回は亡ぶ寸前の我が民とトマレをお救い下さいました。私たちは末長く、貴方を我らの守護神として祀ります」
メープル朝の亡命にマーリンが一役かった事をイグルーに話して良かったな。マーリン、これであんたも信者の居る神々の仲間入りだ。
イグルーに話してない、こいつの下衆な所業(文字通りマーリンが大氷原の民の先祖な件)を考えると、神にしていいのか?と思うが、神々って、その辺が緩い奴が多いからなあ…。
『ああ、わしも遂に神に出世したか。よろしく頼むぞ、人類の代表君』
人類の代表として、オリビア山の集会等で散々神々に奉仕させられたマーリンに言われると、嫌な悪寒しかない。
「うん…」
トマレが息を吹き返した。
「イグルー姉ちゃん?」
「良かった!」
『急に動かさない方がいい。トマレは外傷はないから、一週間程で歩ける様になるだろう』
アヌビスが念話で話しかける。
この息苦しい壕中で、お互いの言葉を知らないアヌビスとイグルーは、念話で確認しながらジグソーパズルの様な超絶細かい縫合とミイラ梱包作業に取り組んでいたので、気心が通じあっていた。
『先生、他の人たちはどうなりますか?』
『絶対に動かしたり、ギプスを解いたりしてはいけないよ。せっかく縫合したのが崩れてしまう』
なんか"巨神兵"と言うワードが浮かんだが、何だったのだろう。
『どれ位かかりますか?』
『ひと月したら、様子を見に来る。患者は接合と細胞の再生が進むにつれ、話せる様になり"これを解け!"と怒鳴ったり、芋虫の様に動こうとするだろうが、我慢させるんだ』
『わかりました』
俺たちも出来るだけ協力するが、社長と師匠が戻って来たら、いよいよ出航準備だからな。
皇帝に相談した方がいいかもしれない。奴はイグルーに会える口実が増えて大喜びだろう。
アヌビスは一旦ナイラスに帰る事になった。
「本当に助かりました」
「死者を送るだけが私の仕事ではないですからね」
実際ミイラ作りに端を発したナイラスの外科技術はレムリアでも有数だろう。
『だが、これは今回きりだよ。私と同じ様にやっても冥王の許可がなければ、死者を蘇らす事は出来ないからね』
『はい、本当にありがとうございました』
イグルーは跪いて礼を言った。
「何か今度お礼をしますね」
「お礼なら、再来週から二週間。パーサに休暇をくれませんか?記録の神殿のドッグランを二人で思い切り走りたいので」
パーサが目をキラキラさせて頷く。
「お泊まりデートだと?お父さんはそんなの許しませんよ!」
「いいじゃありませんか、お父さん。仲のいい兄妹なんだし」
オコが取りなすが、オコらしい直球も忘れない。
「大丈夫よ。あと600年は発情期は来ないらしいから」




