47-18.門出
転生したら転生してないの俺だけだった
~レムリア大陸放浪記~
47-18.門出
『僕は人から指図されるのが大嫌いなんだ』
「さっきミグルディアちゃんにしかられて、よろこんでたじゃない」
ステルがからかう。
『喜んでなんかいないさ。ちょっと懐かしかっただけだ』
「まあマチアス君の性癖はともかくとして、若者は大抵体制に従うのをよしとしないものだ。だが考えてもみろよ。あのマーリンでさえ運命に逆らう事はできなかったんだぜ」
一般のレムリア人にとって、マーリンとは大魔法使い。
と言うだけではなく、人類の代表として
「とかく理不尽な神々の横暴に、ただ一人抵抗してくれる人」
と言うイメージだった。
つまりは英雄だ。
俺たちが知るマーリンのイメージとはかけ離れているが、人々の信任は厚かった。
だがそのマーリンでさえ、運命には抗えなかった。
と言う事実を、マチアスは受け入れなければならない。
『何でもかんでも“定めじゃ”とか言って流されるのは嫌なんだよね』
「まるでガキやな。了見しなはれ」
コンコンが呆れる。
「運命神に一泡吹かせる方法はあるぞ」
俺は言う。
『どうすれば?』
「さっき言ったろ?シナリオライターは一人ではない」
『つまり悲劇的な結末を好む方に乗る事?』
「君は途中までそっちに乗っていた」
『そうですね。だがあなたが先生を蘇らせてくれた。僕はどうしたらハッピーエンド神のシナリオに乗れる?』
「簡単だよ『僕たちは福の神に加担する』と信じて、ミグルディアと一緒に歩んでいけばいい」
『二度と悲劇的な結末を望まず』
ミグルディアが言葉を添える。
『先生がそうして欲しいと願うなら、僕はかまいません』
「死が二人を分つまで」
とオコが宣言する。
大聖母として権威ある祝詞だ。
『『共に歩む事を誓います』』
これが結婚の誓いであり、ラグナロクからヨルムンガント級主力であるマチアス・ナビルが離脱する事の宣誓だったのだ(だからと言って魔女の敗北にはならないが)。
「では、石化を解くとしよう」
俺が言うと
『石化が解けた途端に僕が裏切る、という可能性は考えないんですか?』
とマチアスが訊く。
「そんな事をして君になんの利益が?」
『僕がミグルディア先生に精神操作魔法をかけ、更に心理地雷を誘発させて、この場を脱出して、破滅の魔女の元に走る。とか』
「ミグルディアが精神操作魔法に容易くかかるとは思えないけど、もし君の奥義でなんとか成功したとしよう。だがそれ程徹底して精神操作を行い、ミグルディアが従ったとして、それは本物のミグルディアなのか?」
『私が惚れたマチアスは、そんな事しないわ』
『先生!僕も操り人形みたいな先生は要らないです』
「やれやれ、お熱い事やな」
とコンコン。
【マチアスのリリス因子は減少し5%を切りました】
「わーい!はんしょくだ!」
ステルが露骨な喜び方をする。
『まあステルちゃん、繁殖だなんて。でも子供は四人は欲しいわね』
真面目なミグルディアはマジレスする。
【マチアスの表面温度が上昇しました】
石化解除液を振りかけると、程なく表面がプルプルし始め、徐々に人間の姿を取り戻した。
「あー肩凝りました」
ミグルディアが首を回し、ステルが肩を揉んでやる。
「この姿ではお初にかかります。マチアス…」
「待って!」
ミグルディアが割って入る。
「マチアス・ナビルはもう居ないの」
「どういう事ですか?」
「国際指名手配犯のマチアス・ナビルはもう居ない」
「ぎめいですか?ぎめいですね?」
ステルが乗ってくる。
「つまり」
オコが居住まいを正す。
「名付けの聖女が仕事をなさるのですね?」
「いえ、私はただ名前を変えた方がいいと」
正直これから予想される二人の逃亡生活に、改名がどれほどの効果をもたらすかは疑問があるが、とりあえず名付けの聖女が付けるのであれば、霊験あらたかそうな気がする。
「先生が付けてください」
「そうですねえ。ファーストネームはマリスでいいかと」
マリスはマチアスの幼名で、まだ幼いマチアスがそう呼んだ事から始まっていた。
3歳のマチアスはマリスと呼ばれるのを恥じており(いっちょ前に子供扱いされるのを嫌がった)、マリスと呼ばせたのはミグルディア先生だけだったらしい。
「なんか照れ臭いですが、先生がおっしゃるなら構いません」
「で、ファミリーネームは?」
ミグルディアにはファミリーネームがない。
強いて言えば、母方のゲオルギウス。だがアトランティスの貴族、ゲオルギス家の令嬢だった母親はサンダル大王の娘を産み、実家からはほぼ勘当状態で別荘に閉じ込められていたので、ミグルディアがゲオルギウスを名乗った事はない。
では父方の姓は?
と言うと、サンダル大王の姓は伝わっていない。
サンダル大王はサンダル大王なのだ。
前世の英語風に言えば
サンダル・ザ・グレート
と言う事になり、詳細な出自が伝わっていない。
義父のマーリンにも姓がない。
と言う訳で、魔法学院に入学した時から、彼女はただのミグルディアで、それはバクロンでは彼女の身分が貴族階級でも旧バロニア人でもない事を意味していた。
(マチアスのナビル家は商人だが、没落した旧バロニア貴族の家柄らしい)
だからミグルディアにとってマチアスのファミリーネームを名付ける事は、結婚して二人の姓をつける事を意味する。
「プロタ。マリス・プロタ。でどうかしら?」




