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 キトノスの中心部から少し外れた丘に、市街の混沌からは別世界のような静けさがある。斜面の林を抜けた先に衛兵が警護する大きな門があり、荘厳たる屋敷が鎮座する。この屋敷がモニカの住まいだ。

 この屋敷の居間を借りて、非公式の捜査会議が開かれようとしている。参加者は三名。外套を脱ぎ、昼間に比べるとリラックスした様子のアール。彼の術が解かれ、本来の長い金髪と青色の瞳を備えた美しい少女。そして、三羽の鳩だ。

 鳩たちは、それぞれ保安隊長メルシンの視覚、聴覚、そして言葉を代理していた。以前なら一羽で済んだものだが、いくら優れた魔法使いでも老いには逆らえない。

 三羽のうち真ん中の鳩が嘴を開いた。

「いつも済まないね、こんな遅くで。立場上、こういう時間でないと君たちと話し合う場が持てない」

 アールは恐縮して会釈する。騎士の階級に頓着しない少女は、小さく肩を竦めた。

 会議は鳩の発言から始まる。

「さて、昼間に伝えきれなかったことから話そう。ぶっちゃけてしまうと、私としてはハーシュを殺人犯に見立てるにはちと無理がある」

 街を司る保安隊の長から、「見立てる」との言葉が発せられるが、アールたちは動じない。メルシンはいつもこの調子だ。軽重様々な犯罪が蔓延るキトノスでは、真実の価値は低い。問題を解決するときに必要な資源として、真実性が求められるに過ぎない。

 保安隊がアールに助けを求めるのも、真実が問題解決に貢献する場合に限られる。

「私が疑問に思ったのは主に三点。

 一点目は、エルマー・ジーメンス――まあ、これも仮の名前だったのだろう――が殺される状況自体が不可解なのだ。奴は何度も魔煙草売買の疑いで捕らえられたが、一度としてシッポを掴ませず、嫌疑不充分や恩赦、あるいは組織との取引によって牢を出ている。手口として、同じ顧客と長々と取引しないとか、価格交渉をしないとか言われている。とかく実利を追求し、危険を負う前に引き上げてしまう。商売仲間もそれを承知でやり取りしたはずだ。だから、ハーシュがジーメンスと揉めて殺しに至ることも考えにくいのではないか?

 二点目には、殺し方が実に派手だということだ。戦場で活躍し、いまも職人として高い技術を持つほどの優秀な魔法使いが、魔力を持たない人間ひとりを殺すのに、巨大な氷柱を作り出して投げつけるようなことをするか? 私ならやらない。ナイフで一撃食らわせたほうが、犯人を魔族か人間かで特定させない利点もある。

 三点目。ハーシュが犯人だったとして、凶器となった氷が融けて消え去っていることに違和感が残る。繰り返すが、奴は優れた魔法使いだ。氷像も、ハーシュから託された魔力で自らを凍てつかせ、一週間は融けずにいる。それなのに、なぜ殺害現場の氷は残らなかったのか? 人を殺せるほどの氷柱ならば、それなりの大きさもあったはずだ。となれば、まさか一晩で跡形もなく消えてしまうはずがない」

 敵わない、とアールは声に出さずに呟く。

 メルシンは使い魔を通して現場を見たのだろう。モニカのような存在もいないので、現場で使われた魔法にアタリを付けることもできない。それにも拘らず、メルシンは現場の保安隊の考えを先読みし、解決に向けて矛盾を生みかねない点を察知した。無論、捜査線に浮上した人物の情報も押さえたうえで。

 キトノスという難しい地で保安隊を率いているだけのことはある。

「メルシン様のおっしゃる疑問は、私たちも現場を見て把握しました」わずかばかり上官の才能に嫉妬しながら、アールは自らが集めた情報を開示する。「カミラ様、もとい、モニカの能力を用いて殺害当時に使われた魔法を調べたところ、凍結魔法はさほど痕跡が強くなく、それ以上に変形魔法の残渣が残っていたそうです」

 ほう、と鳩が唸って首を伸ばした。

「いつ聞いても面白い能力だね。自然に遍在する魔力素を用いて魔法が行使され、その後魔力残渣が残る仮説が証明されたのもまだ最近のことだ。それなのに、生まれてからこの方、魔族でもないのに魔力素や魔力残渣の存在を知覚してきたのだから」

 自身の異能をつまびらかに語られ、深層の令嬢にとっては面白くない。唇を結んで、そっぽを向く。口数の多い性分ゆえ皮肉でも言い返してやりたいのだが、アールが畏まる相手となると、自らの高貴な身分を忘れて怯んでしまう。

「アールくんの言う通りなら」メルシンの声色が明るくなる。ベテランとなっても、自らの推理に証拠が上がれば嬉しいものだ。「凍結魔法よりも変形魔法が殺しに使われたということだよね。凶器が消えた謎は、これでおおよそ解消されるはずだ」

「現場に氷があったとしても、たぶん砕くなりして早く融けるようにしたのでしょう」アールは補足しつつも、自らの見解をさらに付け加える。「変形魔法ほど平易な魔法なら私にも使えますが、要するに同じ質量でものの形状を変化させることができます。作るか持ってくるかした凶器を、持ち運びやすい別の形に変えたうえで現場から持ち去ったのでしょう。それが氷ということもあり得ます」

 うむ、と真ん中の鳩が満足げな声を発する。使い魔の向こう側でメルシンが頷いたのだ。

 メルシンが提示した三つの矛盾点のうち、ひとつを潰すことができた。残る二点についても、アールはすでに自信があった。

「ハーシュではない何者かの犯行だとすると、派手な殺害方法やジーメンス殺害の動機もハーシュとは異なる論理で説明できます」

「では、誰の犯行かも見当がついているのだな?」

 ハーシュを捕えて彼の周囲を調べつくしている保安隊だって、とうに真犯人の目星は吐いている。必要なのは、この場での合意のみ。わかりきったことを問われ、白髪の魔法使いと人間の少女は呆れて肩を竦めた。

「ええ、説明できます」




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