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 喧騒と評するには穏やか過ぎる、混沌とした街である。

 碁盤の目の如く張り巡らされた街路沿いに、見上げるほどの建物が、いまにも倒れてきそうなバランスで林立している。

 石造りの建物の一階、二階部分の多くは商店になっていて、世にも奇妙な産物が商品とも思えないほど乱雑に並ぶ。

 三階から上は住居に供されているが、人口の密集に耐えられず、朽ちて崩れた窓枠から埃を吐き出している。

 道行く者たちの多くは人間の風貌であるが、中には髭を蓄えた小人や、狼や牛といった獣の頭を持つ者、鋭い牙や尖った耳を持つ大男など、人間の世界では決して目にかかれない存在も闊歩する。

 また、それぞれが纏う衣も多様であり、種族の誇りを示す複雑な文様を披露している。

 王都と最前線とを結ぶほぼ中間地点、キトノスとはそのような街であった。



 暗い店内は、街の騒々しさを少しだけ忘れさせてくれる場所だった。

 数多の氷像が売り出されていた。小さなものではノームの身長ほどしかないが、中にはトロールを思わせるほど巨大なものもある。そのいずれも人間の手によるものではない。緻密で美しい彫刻細工だけでも人間離れした業を思わせるが、それよりも、細い先端に至るまで融けて水が滴る様子が見られないのだ。

 不思議な氷彫刻を、場違いに可憐な風貌の少女――黒い髪に黒い瞳、ひ弱な四肢、歯も小さく、見た目からして人間に違いない――は食い入るように見つめ、「はあ」と感心してため息を漏らしている。

「なるほど。凍結魔法で作られた彫刻は、魔法使いの元を離れてからも、自ら周囲の魔力素を吸い取って凍ったまま形を維持するのか。わずかだが、わたしの目には見えるぞ。氷像たちの放つ魔力残渣が」

 ひとりで納得して、ぶつぶつと分析をのたまう。彼女は種族として人間に違いないのだが、キトノスの地にふさわしく、人間離れした異能の持ち主でもあった。にやりと笑って賢しらな顔ときたら、傍で見ていて小恥ずかしくなる。

 隣で見守っていた背の高い白髪の男も、見ていられなくなったらしい。

「モニカ」

 白髪に似合わず、その声は若い。風貌こそ老けているが、決して年寄りではない。マントから覗く肢体は厚く硬い肉の鎧を纏い、フードの奥から穏やかでありながらも鋭い眼光を飛ばす。

「そう興奮して大きな声を出してはなりません。私の術は姿形こそ偽れても――」

「声までは騙せない、だろう?」

 男の忠告に、モニカと呼ばれた少女は口答えする。

「その文句は聞き飽きた。耳にタコができて塞がりそうだ。別に構わないだろう、店の中だから通りの連中にまで声は届かないだろうし、あの老いた店主には聞こえていない。そもそもわたしの声を知っている者がどれだけいるものか」

 長々と屁理屈をこねるので、今度はマントの男のほうが辟易する番だ。

「いつ、どこで、何があるかわからない。そういう街です、ここは」

「お前の言う通りだな。だが、何かあったらお前が守ってくれるのだろう、アール?」

「……ええ」

 大柄な魔法使いが小さな人間の少女に言い負かされる様は、実力を至高の価値と見る魔族の常識では滑稽な場面である。アールと呼ばれる魔法使いの本心は、主人たるモニカを案じるのが半分、自分が恥をかきたくないのが半分だ。

 ごそごそと物音がして、アールとモニカは会話を止める。店主が歩み寄ってきた。

「気に入ったものはあったかい?」

 物腰は穏やかな老人だが、粗末な衣服に隠しきれない傷跡や、どこか殺気を帯びた眼光、極力気配を消すような歩みなどは、歴戦の強者であることを示唆している。

 対魔界戦争では前線にいたのか、とアールはひと目で勘付いた。

「ご主人はかなりの魔力をお持ちのようだ。恥ずかしながら私はあなたのことを知らなかったが、戦争ではさぞ活躍されたことでしょう」

 アールが称えると、老人は「ふん」と鼻を鳴らした。

 笑顔を向けられたモニカは、さっとアールの背後に隠れてマントを掴む。人前では、ほとんど口を利けない気弱な子どもを演じる約束なのだ。

 モニカの好奇心を満たしてやるのもアールの務めである。店主との会話を続ける。

「氷像など、すぐに融けてしまうから買い手がつかないのではないかと思ったが、そんなことはないな。ご主人の魔力なら、一週間は美術品として価値を持てるのではないか?」

 氷像自体がわずかな魔力を託されて、自らを凍てつかせていることも語ってやると、店主はさらに喜んだ。

「旦那も良い目をお持ちのようだ」

 そう言われても、アールには言葉がない。氷像の仕組みを看破したのは、自分でなくてモニカだ。

「いかにも、一週間は形を保つ」

 店主は得意げに腕組みした。

「大きなものならもう少し長持ちするから、王都にだって売りに出せる。十日ほど前にも、特大の力作が売れていったよ。ボロボロの店でやっているが、これでも儲かっているのさ」

 ふん、とまた鼻で笑う。

 客商売なら直してほしい悪癖だ――モニカは心の中で毒づいた。

 戦場で鳴らした手練れが、いまでは魔力を活かして氷像職人。人間の王国にぽつんと浮かぶ魔族の街キトノスには、火薬臭さと華やかな文化とが共存している。

 そのとき、店の外が騒がしいことに気がつく。群衆の流れが堰き止められ、ぱっくりと道を空けている。そこをつかつかと歩いてくるのは、馬に乗った兵士。保安隊の制服を着ていた。

 この店もそのクチの仕事をしていたのか、とアールは嘆息する。ふと立ち寄った店が何らかの理由でいきなり摘発されるなど、キトノスでは日常茶飯事だ。まずはこの保安隊の兵が、人間か、魔法使いかが問題になる。

 兵士は、群衆の隅々にまで行きわたる声で店主を呼びつけた。

「ここはハーシュの店だな? 出てこい、ハーシュ。殺人の疑いで貴様を連行する」

 慣れたもので、店主は動揺する素振りも見せずにのこのこと店先に姿を見せた。アールとモニカは、こそこそと間口の端から店を辞し、遠目に見守る。

 店主のハーシュに恐れる素振りはない。最前線から帰還した兵や、強力な魔法を使う魔族がそこら中にいるキトノスでは、保安隊などちっぽけな権力のひとつに過ぎない。

「兵士殿。お言葉ですが、私がいったい誰を殺したというのです?」

 あっけらかんと問いかけるものだから、兵士はこめかみに青筋を浮かべた。

「貴様、魔族の分際でそのような態度で向かってくるか。まあ、いい。教えてやろう。殺されたのは人間だ。人間のエルマー・ジーメンスが魔法を使って殺された」

 アールは嘆息する。こいつは人間だ。魔法使いを人間に含めないで語るのは、魔力を持たない人間たち――すなわち王国の多数派――だけだ。

 また、アールはエルマー・ジーメンスという名前にもかすかに覚えがあった。確か、この地で暗躍する薬物の売人であったはずだ。組織的な犯罪にも関与していて、その組織の末端が起こした事件にも首を突っ込んだことがある。

 しかし、いまはそんなことを考えている暇はない。

 ハーシュは馬に乗った兵士の配下たちによって縄にかけられ、連れ去られようとしている。アールもモニカもハーシュとは初対面だから、異議を唱えることはしないが。

「兵士殿。せめて店を閉めさせてもらえませんかね。作品たちを野晒しにしておくのは忍びない」

 すると、兵士は馬上から鞭を振るった。

「黙れ! 無礼な奴だな、貴様は。ここは人間の国だ。魔界ではないし、魔王もいない。魔族の言い分など聞く義理があるものか!」

 そう言って、強引に連れ去ってしまう。

「これだから人間は」

 ほかでもない人間の少女モニカがぽつりと呟いた。




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