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「外」からの侵入者

(知らない天井、じゃないな。いや、ひょっとしたら俺がいない二年のうちに取り換えた、知ってるけど知らないかもしれない天井――どうでもいいか)


王宮にいたころは時間厳守だったからこんなこと考える余裕もなかったな、なんてことを考えながら俺はベッドから体を起こした。


自分の部屋からリビングの方へと出たが、テーブルで朝食をとっている最中のはずの父さんと母さん、爺様の姿はなかった。

代わりに置かれていたのは、パンの入った籠とスープが入っているらしい鍋。好きに食べろということなんだろう。

――どうやら俺は寝坊してしまったらしい。

とりあえず野菜のたっぷり入ったスープを器によそい、パンを浸しながらゆっくり食べて簡単に片付けした後、俺は外に出ることにした。






森の木々を残した状態で切り拓かれたこの里は、一見何の変哲もないように見えるが、その実よくよく観察してみればおかしなところだらけの違和感いっぱいの光景が広がっている。


まず、立地上極めて原始的なレベルの家しか建っていないはずなのだが、窓ガラスやらレンガ造りのかまどやら立派な煙突など、木材以外の資材を得られないはずなのに、どの家もやけに高度な建築技術で彩られている。


「ようセイラン、よく眠れたか?王都の汚い空気じゃ安眠なんかできなかっただろうからな!」


がははと笑いながら俺に挨拶してきた近所のおじさんにしてもおかしいところだらけだ。

さすがに貴族とまではいかないが、しっかりとした生地の服を着て、野良仕事でもするのかその手には、これまた貧弱というのはどう見ても無理がある立派な鉄製の鍬を持っている。

もちろん、どちらもこの里で作れないものばかりだ。


挙句の果てには、


「あらセイランちゃん久しぶりね!王都の暮らしはどうだった?こんな田舎じゃお目にかかれないような便利な道具が一杯あったんじゃないの?」


ちょっと離れた距離から声をかけてきた洗濯中のおばさんが今いるのは、里の社交場の一つである青銅製のポンプが設置された井戸端だった。



――昔はこの光景に何の違和感も感じなかったんだよなぁ。



人間の慣れというのは恐ろしいもので、ポンプなんて代物を作る技術も、ましてや購入するお金も普通の田舎にはないとちょっと考えればわかるはずなのに、子供の頃の俺はそれらを当たり前のことだとすんなり受け入れてきた。

もちろん、この里がいかに特別な場所か、そこを守る俺達一族がどれだけ『外』と違う存在なのかすら知ろうともしなかった。

そんな非常識な常識が変化したのは、初めて――


「ようセイラン、ずいぶんな寝坊だったみたいじゃねえか」


昔の思い出を断ち切ってきた声のした方を振り向いてみると、大きな葉っぱで包んだ何かを持った幼馴染がそこに立っていた。


「アグニ」


「一度お前んちに行ったんだけどよ、親父さんもおふくろさんも留守だし、セイランもグースカとイビキ掻いて寝てたから出直してきたんだよ」


「いやいや、勝手に上がって人の寝顔を見るんじゃないよ。それで、何か用だったのか?」


「ああ、うちの頑固親父がこれ持って行けって。昨日俺が仕留めた鳥を捌いた肉だよ」


「ああ、サンキュ。で、これが本題なら俺を起こして一言言えばいい話だろう?何かあったのか?」


「何かあったっていうか、ただの定期報告だ。長から俺達セイラン直属の戦士の誰かが毎日報告しろって命令されてたからな。といっても、異常なしってわけでもない」



ざわ


そんな風に俺達の周囲の空気が変わったのは、きっと気のせいじゃないだろう。

この里の者なら、それこそ物心ついた子供から俺の爺様と同年代の年寄りまで、『聖杯』を守る使命の為なら命を投げ出す覚悟はできている。

だからこそ、俺の命令がなくともこの里と森に異変があると聞けば、誰もが反応せざるを得ない。


だが、だからといって里の生活を無闇にざわつかせる必要は全くない。

骨の髄まで戦士の思想に染まっているアグニはどうもその辺の機微が分かっていないらしく、「空気を読む」って適性に欠けてるんだよな。


「・・・・・・その続きは森を散歩しながら聞こうか」


「おう、だがまずはこの肉をお前の家に置いて来ようぜ」


「そうだな」


とりあえずこの場から離れることを優先しながら、俺は鼻歌を歌いながら先を歩くアグニの後についていった。






「それで、なにがあったんだ?」


とりあえず来た道を戻って家にアグニからもらった肉を置き、そのまま見回りついでに森へ入って俺たち以外に人の気配がないことを確かめた後、改めてこの空気を読めない幼馴染に話の続きを急かした。


「いやな、いつもは俺達四人でローテーションを組んで『森の外』の見回りを定期的にしてることはセイランも知ってると思うんだが、そこでちょっと気になる話を聞き込んだんでな」


「ああ、昨日の夜に父さんから聞いたよ。確かそれぞれの親父さんやおふくろさんから引き継いで、今はお前たちでやってるって。でも、お前が直接俺に説明しに来るなんて珍しいな?昔は他の奴に相談してから一緒に来てただろ――そうか、その三人がいないんだったな」


「ゲイルとウンディは任務で外、クロナの奴は……多分しばらくは戻ってこられねえな」


「……ひょっとして何か見たのか?」


「ああ、たまたまクロナの家の前を通りかかったんだがな、泣きべそ掻いて家の前で正座してた」


「…………聞かなかったことにしておこう」


「おう、俺も言わなかったことにするわ」


サワサワ   サワサワ


森のざわめき以外何も聞こえない、何とも言えない沈黙がしばらく俺達の間を支配した後、気を取り直したアグニが話を再開した。


「そんなわけで、今んところ俺一人で毎日『森の外』を見回ってるんだけどよ、そのうちの一つでムラオサ?だかソンチョウ?だか言う奴に呼び止められてよ、妙なことを言われたんだ」


「むらおさもそんちょうも同じ意味だがぜんぜん発音が違うだろ。どうやったらそういう憶え方ができるんだ?――それでなんて言われたんだ?」


「んーとな、たしか、貴族だか商人だかが近いうちにこっちに来て、それについてきてる奴らがヤバいとかなんとか、そんな感じだ」


「わかった。確かに妙な話だな」


妙な話ということ以外は何も分からないアグニの説明に、俺は真剣に応えた。

なにしろ、理解できないとか適当な生返事で返したりすると、この男はこっちが分かったというまで何度でも同じ説明を繰り返すんだよな。

あの無間地獄をまた味わうくらいなら何か異変があったという情報だけで満足しておいて、真面目な振りをして頷いておく方がはるかにましだ。


「そういうことなら、その人がいる所まで直接確認に行きたいんだがな」


「いやいや、それは駄目だろセイラン。さすがにお前の望みでも(おさ)が出したあの命令だけは破れないぞ。それともまだ聞いてないのか?」


「いや、昨日父さんからちゃんと聞いてる。俺が森の外に出る時には、必ず二人以上の護衛を付けろっていう話だろ?」


そうなのだ。

果たして以前からそういう掟があったのかまでは分からないが、俺が帰ってくると王都から里に知らせた直後に、長が里の人間全員にそう命令したのだそうだ。

確かに指揮官がふらふら『外』を出歩くなんてあってはならないし、仮に必要に迫られたとしてもそれなりの備えをするべきだという長の考えは極めて正しい。


「でもなー、俺の直属で手が空いてるのはお前だけだしな」


「だったらクロナを呼べばいいだろ?」


「よしアグニ、お前がクロエさんに頼んで来い」


「それだけは死んでも断る」


「死んでもかよ。いや、俺も全くの同意見だが」


元々、クロナが家で反省の日々を送っているのは俺の為でもあるんだ。

こっちの都合ばかり押し付けるわけにもいかない。


「となると、里の大人たちの誰かに頼むしかないぞ?」


「それはそうなんだがな」


アグニでもわかる当然の論理に頷いては見るものの、果たして今すぐ頼んでついてきてくれるほど時間に余裕のある大人なんていたか?と思い、頭を捻ってみる。

もちろん命令となれば否という人はいないだろうが、アグニの報告の感じからしてそこまで緊急性の高い案件か?とも思う。

結局ゲイルかウンディが帰ってくるか、また『森の外』から知らせが入るか、どちらかのアクションがあってから動けばいいか、と俺の心が傾き始めたその時、


「あら、そういうことなら私が付き合うわよ、セイラン」


「っ!?」


ババッ!!


ちょっと気恥ずかしい話だが、これでも俺は里に帰ってきてから、かつての超人的な能力を取り戻しつつある。

それは何も筋力の話だけではなく、目や耳といった五感も同様に研ぎ澄まされていっているということだ。

そんな俺と、ブランクなど一切ない超人のアグニの二人が一切気配も音も感じさせずに忍び寄り、声をかけてきたのは、なんと今さっき話題に挙げていた幼馴染の母親、クロエさんだった。


――しかしこの人、二年前から全然変わってないな。

昔から実はクロナとは姉妹なんじゃないかと疑ったことは何度もあったけど、むしろ二年前より若返ってやしないよな?


「ごめんなさいね、盗み聞ぎしちゃう形になって。ほら、セイランにうちの娘が迷惑かけちゃっただけじゃなくて、ウチの都合で戦士の使命もお休みしなきゃいけなくなったでしょ?そのお詫びをしておこうと思って捜してたのよ」


「そ、それはご丁寧にどうも。――確かにクロナが抜けてるのは痛いですけど、まだ『外』からの干渉も起きてませんし、困ってるって程じゃないですよ」


「そう?でも、セイランが動きたくても動けない状況っていうのはやっぱり里の者としては見過ごせないわよ。だから、私がついて行ってあげるわ」


「それはありがたいですけど……クロナのことはいいんですか?」


クロナが家から逃げ出したりしないかという話を暗に振ってみたが、クロエさんの返答は完全に俺の斜め上を行っていた。


「大丈夫よ。あの子がもし途中で逃げ出したりしたら、お父さんがクロナの十倍大変なことになるから」


ここで説明しよう!

クロエさんの夫であり、クロナの親父さんでもあるキリオさんは、娘を溺愛しているいわゆる親バカであり、娘もそれに輪をかけたファザコンなのだ!

そんな親子の手綱を握って離さないクロエさんは、娘が逃げ出したら父親が身代わりになってしまい、クロナがさらなる苦しみを味わう、と言っているのだ!


……こえぇ、クロエさんマジパねえ。


「ご、ご家庭に何の心配もないのなら、わたしくめに反対する理由は何もございません!」


「――あら、そう?それなら喜んでお供させてもらうわ」


ニコ


「「イエスマム!!」」


こうして、俺、アグニ、クロエさんという奇妙な取り合わせで『森の外』に向かうことになった。


あとクロナ、これは自分との戦いだぞ!!逃げちゃだめだ!!

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