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総騎士団長の焦り 3

第三王女エーテリア殿下。


一歳違いの王太子と第二王子の兄弟とは十以上も年の離れた、聖杯の国の王が若い側妃に産ませた王女。

一応血縁上は上に二人の姉がいるのだが、いずれも母親の身分が低く正式に王族とは認められていないため(すでに他家に養女に出されていることもあるが)、王宮では事実上の第一姫として遇されている。

また、絶世の美女と今も称えられる側妃の血を色濃く受け継ぎ、当年取って十六の彼女は生誕から今日まで陛下の寵愛を一身に受けている。

その結果、ある意味で当然のごとく蝶よ花よと持てはやされ甘やかされ、見事な温室育ちの世間知らずな王女へと育ってしまった。

それだけなら貴族の家にもよくある、典型的な姫君の半生と言えるだろう。

だが、本来長所であるはずの王家の血筋とその美貌が、エーテリア殿下の不幸の始まりの引き金となってしまった。






「あのエーテリア殿下の秘書官?――何かの間違いではないのか?」


「念には念を入れて複数の筋で確認を取りました。残念ながら事実です」


「くっ、よりによってエーテリア殿下だと?……確か、聖剣の国との縁談が破談になって、傷心を癒やすために一時王都を離れてしまったのではなかったか?さすがに王都にいないのでは、今の私にはどうすることもできんぞ」


ここ数日の執務の間に部下や王宮の役人から聞いた今話題の噂をオスローに披露したのだが、有能な我が秘書はまるで的外れだと言わんばかりにゆっくりを首を横に振った。


「閣下、それは王太子派、第二王子派双方が流したデマです。エーテリア殿下は今もまだこの王都に留まってございます」


「なんだと?――いや、いやいや、ちょっと待て。なぜ対立していた両派閥が同じデマを流すのだ?なぜ『今もまだ』、『留まっている』なのだ?いったいエーテリア殿下に何があったのだ?」


「――どうやら未だ第二王子派敗北の余波が続いているようで、調べが十分に行き届いてはいません。ですので推測交じりですが、ほぼ真実を外してはいないと思われます」


そう前置きしたオスローは、彼が見聞きした情報をつなぎ合わせて導き出した、エーテリア殿下が二人の兄の争乱に巻き込まれた一部始終を語ってくれた。


「……つまりこういうことか?殿下は知らないうちに勝手に聖剣の国への輿入れを計画された上に、それを画策した第二王子派が敗れるや否や教会に幽閉される羽目になったと?」


「いえ、そうとも言い切れません。第二王子派の陰謀はともかく、エーテリア殿下が王都を離れるとなるといずれ陛下の耳に届くことになります。その時の陛下の怒りを考えますと……」


「王太子と言えどただでは済まないか。大方反省の意味も込めて教会でしばらくほとぼりを覚まして、適当なところで王都にお戻りいただく、といった目論見なのだろうがな」


「はい、私も同意見です。あの陛下のエーテリア殿下への溺愛ぶりを考えると、あえて殿下に手を出そうという輩はこの聖杯の国には存在しないでしょう」


「――エーテリア殿下のことはひとまずわかった。身の危険がないというのなら騎士の出番はないしな。で、肝心の中央部出身の秘書官とやらはどうしているのだ?」


「それなのですが、現在別邸に軟禁状態にあるエーテリア殿下の周辺をいくら探ってもその人物がいる気配がないのです」


「どういうことだ?秘書官と言うからには常に御側に控えているはず――まさか罷免されたのか?」


「そこがどうもあやふやでして、王宮の書類を精査したのですが、本人の影も形もないというのに彼、セイランという名の秘書官は未だ役を辞したわけではないようです」


調べが行き届いていないというのはこのことか、と納得しながら、私は思わぬ難題に内心唸らずを得なかった。


通常、そのセイランという人物が王宮のどの役職についていようが、オスローなら一日もかからずに捜し出すだろう。

例え役目を辞していたとしても、この有能な秘書なら書類の流れを手掛かりに今どこにいるのかも突き止めるに違いない。

だが、その肝心の書類に何の変化もないとなると、話は変わってくる。これではただの失踪だ。もはや王都にいるのかどうかすら分からない。

存在することの証明は簡単でも、「彼は今王都にいない」ということを証明するのは事実上不可能に近い。


「――証拠がないのなら、証人に話を聞くしかないか。オスロー、至急謁見の許可を取ってくれ」


「は、――エーテリア殿下にですか?ですが、王太子の御名で軟禁に遭っている以上、いくら閣下でも面会は叶わぬかと」


「そんなことは分かっている。もちろん目的はエーテリア殿下だが、その前に会わねばならぬ御方がいるだろう」


「――まさか」


「そうだ。王太子、ベルエム殿下に会う」






何か言いたげなオスローだったが、それでも文句ひとつ言わずにベルエム殿下への謁見の許可を取りに行ってくれた。

とはいえ、殿下は今や最大の政敵だった第二王子派を打ち砕き、陛下が不在なこともあって今や王都では飛ぶ鳥を落とす勢いだ。いきなり謁見を申し出てもすぐに会えるとは毛ほども思っていなかった。

そう決めつけて、今のうちに書類の山を完全になくしてしまおうとやる気を出し始めたころ、思いもかけない知らせがオスローから届いた。


「べ、ベルエム殿下が今すぐお会いになるそうです」






「久しいなエドワード先生、長期巡察に出発する前以来か」


「お久しゅうございます殿下、それから先生と呼ぶのはもうお止めください。殿下の御名に瑕がつきます」


「よい。そういう煩わしさを避けるためにここに呼んだのだ。今は剣の師として遇させてくれ」


そう、王太子ベルエム殿下の言う通り、これは多くの臣下に傅かれた正式なものではなく、殿下の私的空間である王太子宮での私的な謁見だった。

そのため、殿下に付き添うのは私が良く知る護衛の近衛騎士二人のみ。

本来なら最低でもここに数人の側近が付くのだが、殿下の鶴の一声で下げられている。


――後で彼らに妙な誤解をされなければいいのだが。


「それで、いつもは私の重荷にならないように気遣う先生がいきなり会ってくれとは、どういう風の吹き回しなのだ?――いや待ってくれ、こちらから当てて見せよう」


そう仰られた殿下は、大げさに思えるほど悩む姿勢をひとしきり見せた後、何かを思いついたかのような素振りを見せつけてきた。


「先生がこのタイミングで会いに来たとなれば、普通は勝ち馬の私にすり寄ってきたと誰もが思うだろう。だが、先生が権力にまるで興味がないことを私は知っている。ならば、配下の四騎士団を動かしてまで過剰な粛清を抑えようとしている先生にとって残る心配はただ一つ、今回の敗者の中で王都の盾である先生ですらおいそれと手が出せない唯一の人物、エーテリアのことしかあるまい」


「――ご慧眼にございます」


驚かなかった、といえば嘘になるが、それ以上に、初代国王の再来とまで言われる俊才ぶりを幼いころから発揮してきたこの方なら、オスローの動きを察知してすでに知っていてもおかしくない。

もともとこちらはオスロー一人に、しかもかなり強引なやり方で調べさせているため、陛下が留守中の王都を預かるベルエム殿下の元には自然に耳に入ってきたのだろう。


「だが分からぬことがある。私が知る先生なら、我が愛しの妹の身に危険がないことはすぐにわかったはず。その先生がわざわざ私に会いに来たというのはどういうことだ?」


殿下のその言葉には何の作為もなく、自然に出てきた疑問に見えた。


――部屋の見えない部分のそこかしこに気配があるのは、王族としての最低限の用心の一つで、この質問に裏はないのだろう。


「殿下のご質問ゆえ、率直に申し上げます。エーテリア殿下に直にお会いしてお聞きしたいことがあるのです」


「ほう、その聞きたいこととは?」


「――申し訳ありません。お答えできません」


「――ほう。これは面白いな」



ザワ



決して音がしたわけではない。殿下の脇に控える近衛も動いてはいない。

動いたのは気配、それも私だけに向けられた濃密な殺気だ。

だが、彼らが自発的に動くことはないだろう。

彼らの行動原理はただ一つ、彼らの主が命令を発した時のみだ。


「ハッハッハ!この堅物め!先生は昔から全く変わらないな!」


大笑いしながらそう言った殿下がスッと手を挙げた瞬間、私を包囲していた殺気が霧が晴れたように消えた。


「どうせ先生のことだ、この国のためを思って動いているのだろう。よかろう、好きにしろ。話は通しておく」


「は、有り難き幸せ!」


何人の手練れから殺気を受けるより、この方ただ御一人(ごいちにん)の本気の視線の方がはるかに怖い。

私は背中じゅうに冷や汗をかきながらなんとか感謝の言葉を絞り出した。


「その代わり条件がある」


「何なりと」


「前々から言っている通り、私が王位を継いだ暁には、かねてより考えていた中央部の開発に本格的に手を付ける。ああ、みなまで言うなよ?一部の貴族や『三大公』から反対の声が根強いことは重々承知だ。だが、それをおして中央部を本当の領土とし、他国との国力の差を埋めなければ、『聖十字同盟』の盟主の座を遠からず奪われる、そう私が判断してのことだ。弟を排除した今、陛下と言えど私を完全に止めることはできぬ。もう伝説にすがる時代は終わったのだ。そして、私が王位を継いだ時、王都の盾だけではなく私の剣となるのはエドワード総騎士団長、そなただ」


「はっ」


もはや命令と言ってもいい殿下の言葉に、私も畏まるしかない。


革新的な思想の持ち主である殿下の野望は昔から知っていたし、中央部開発に反対の立場の陛下の手前、これまで何度もお諫めしてきた。

だが、時代を経るごとに、中央部を神聖視する王家への反発の声が貴族を中心に強くなっているのは私にもわかっていたし、何れは止められない流れになることも自明の理だった。

殿下に頼みを聞いていただいた恩義とは関わりなく、私もベルエム王誕生の暁には忠義を尽くすつもりだ。


だが、なんの偶然か、王都で滅多に聞くことがないはずの『中央部』という言葉をこんなにも短い間隔で聞いてしまったことに、私の心にぬぐえない違和感が芽生え始めていた。

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