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総騎士団長の焦り 1

「第一、第二大隊突撃!第三、第四大隊前進開始!側面攻撃を開始せよ!」


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド


「どうですかな我が第三軍団の勇姿は!この精鋭をもってすれば聖剣の国の一万の軍ですら打ち破って見せましょうぞ!」


「……」


「総騎士団長殿、お加減でもお悪いですかな?これは気づかずにとんだ失礼を。誰か!総騎士団長殿を天幕にお連れしろ!」


妙なところで気遣いを見せた、でっぷりと肥えた貴族の男に半ば強引に促され、私は閲兵式の場から離れて近くに設けられた天幕で秘書のオスロ―と共に一休みすることになった。

気を利かせたオスロ―が周囲の警備をしばらくの間遠ざけるように要請した後、天幕に備え付けられていた紅茶を二つのカップに注ぎ、そのうちの一つを私の元に持ってきて言った。


「閣下、困りましたな」


「……ああ。まさか主戦派の急先鋒である第三軍団ですら、この程度の練度とは思わなかった」


「あのような、いかにも運動が苦手と言わんばかりの体の男が軍団長に就いている時点で推して知るべきでしたが、第三軍団は予想以上に汚職が横行しているようですな」


「指揮官級以上のほとんどがマレ公爵の息のかかった者で占められている、という噂は本当だったということか」


「それだけならあれほどの惨事にはなりますまい。中にはどう見ても軍務経験すらないとしか思えない指揮官もちらほら見受けられましたので」


「その原因は何だと思う、オスロー」


「やはりマレ公爵が金で第三軍団の役職を売ったのでしょう。そうして得た資金は、おそらく……」


「王太子の元に流れているか」


「間違いありませんな」


「――できれば陛下にはこれ以上ご心労をおかけしたくはなかったのだが、マレ公爵が相手となれば私では手に余る。やはり直接お耳に入れるしかないか」


「それがよろしゅうございましょう。幸か不幸か、放った間諜からは特に妨害もなく情報を集められたと報告が入っております。今日ここを発ったとしても、証拠は十分集まっております」


「――よし、ならば予定通り明日には王都への帰還の途に就くことにする。そろそろ陛下も外遊からお戻りになるころだ、万全の態勢でお迎えするとしよう」


「はっ」


私の名はエドワード=マクシミリ。

王都にある四つの騎士団を纏める総騎士団長にして、聖杯の国の最後の盾だ。






「総員、総騎士団長に剣捧げ!!」


シャアァァン


あの第三軍団と比べるのも馬鹿らしい、千を超える騎士たちによる見事に統率の取れた出迎え式に、私は改めて王都に帰ってきたと実感した。


国王不在の中、国内の引き締めの意味も込めた今回の私の長期巡察は、聖杯の国がますます平和ボケに邁進しているという、不都合な真実を確認できたことだけが収穫だった。

そんな悲惨ともいえる軍の現状を変えなければ、この聖杯の国は遠からず亡びる。

今回の巡察で改めてそう確信した私は、陛下への謁見の日取りをいつにするか考えながら、騎士たちが作るアーチの中を彼らに応えながらゆっくりと進んだ。







「第二王子派が失墜した!?しかも陛下がまだ帰国されていないだと!?」


その一報を執務室に入るなり告げてきた王都四騎士団の一角、赤熊騎士団団長のグリズから聞かされた時、私は思わず激高した。


「ははっ、陛下のご帰還は少なくとも三か月後、さ、さらに、すでにカイリ殿下はヨアン公爵家への養子縁組が決定、公爵領に向かわれたとのことですが――」


「ならば殿下の御命だけは無事なのか――いや、グリズ、怒鳴ってすまなかった」


「い、いえ、もったいないお言葉」


このグリズ、赤熊騎士団を象徴するような巨躯にひげ面で威風堂々たる騎士ぶりなのだが、体とは正反対に小心なところが玉に瑕(たまにきず)だと評判だ。

だが私にとっては、そういう何事にも謙虚なところが却って好ましく映り、赤熊騎士団の団長への推挙にも一瞬もためらうことなく賛成した。

それ以来、他の三人の騎士団長と同じく、今回のような私が王都を留守にした際にも安心して代理を任せられる腹心の一人だ。


だが、今回は完全にその油断を突かれる形で、聖杯の国を揺るがす大事件が起こってしまった。


「現在赤熊以外の三騎士団は、第二王子派への過剰な粛清を抑えるために、それぞれ独自の判断で動いております。私はマクシミリ総騎士団長の帰還を待って指示を仰ぐために王都に待機していました」


「くどいようだが、第二王子の身辺には差し迫った危機はないのだな?」


「はい。さすがに手勢による護衛は許されたようです。それに、ヨハン公爵は中立派、さすがの王太子派も公爵領で派手な真似はしないと思われますが」


「……念には念をだ。グリズ、済まないが急ぎ王都のヨハン公爵邸に使いを出して、公爵領軍と赤熊騎士団との合同訓練を提案してきてくれ。おそらく喜んで応じてくれるはずだ」


一瞬私の言った意味を計りかねたのだろう、グリズは何度か目を(しばたた)かせた後、納得の表情を見せた。


「――合同訓練は表向き、実際には第二王子の護衛ですね」


「そういうことだ。あの日和見主義の公爵のことだ、今頃とんだ貧乏くじを引かされたと嘆いていることだろう。その上、第二王子暗殺なんてことになれば目も当てられないはずだ」


「第二王子の暗殺阻止という一点で我らと手を取り合える、というわけですね」


「公爵側からすれば渡りに船、断るという選択肢はあるまい。そういうわけだグリズ、公爵家への申し出と同時に王都を出立する準備も並行して進めてくれ」


「了解しました」


そう言って命令を受領して執務室から去ろうとしたグリズだったが、何か逡巡するように視線をさ迷わせた後、再び私に向かい直って来た。


「ですが、そうすると王都の守りは王太子派を除けば、マクシミリ閣下直轄の近衛騎士団のみになってしまいます。よろしいのですか?」


「だからこそ我々騎士が動けるのだ、グリズ」


「――どういうことですか?」


「現在王都には、勢力争いに勝利した王太子に媚びへつらおうと、地方の貴族たちが集まってきている。無論、自分たちの忠誠を示そうとそれなりの手勢を引き連れてな。すると王都はどうなる?」


「寄せ集めとはいえ、通常では考えられないほどの兵力が集まります――そうか!」


「そうだ。こと王都に限って言えば、これほど外敵が攻めにくい状況もあるまい。気になるのは貴族同士の諍い(いさかい)や王都の住民との軋轢(あつれき)だが、それは衛兵隊の領分だ。むしろ、我々が揉め事のたびに出て行って貴族たちと衝突すれば、余計な火種になりかねん」


「それならば、最低限の人員だけ残して我らが王都を離れれば、第二王子派の粛清も防げる上に、万が一、この混乱に乗じて他国が不穏な動きを見せても臨機応変に対応できる、というわけですか」


「さすがに長期巡察から帰って来たばかりの私が、今王都を離れるわけにもいかんからな。お前たちに任せるしかない」


「いえ、日ごろの信頼に応えるためにも、第二王子の身は必ずや守りとおして見せます!ご安心を」


苦笑しながら説明を締めくくった私に、グリズは緊張しきった表情で最敬礼を行い、命令を受領した。

これには私も「頼んだ」と言いながら、さらに苦笑の色を深めざるを得なかった。






「グリズ殿は帰られましたか」


グリズが緊張した顔のまま執務室から退室し、知らず知らずのうちに溜め込んでいた自分の緊張の糸を切ろうとしたその時、ドアを開く音も立てずにオスローがティーセットを自ら持ちながら入ってきた。


「相変わらずグリズとは相性が悪いか」


グリズの退出を予知していたとしか思えないタイミングで入ってきた目の前の男の完璧主義ぶりを思い出しながら、長年仕えてきた秘書に軽口を叩く。


「いえ、大変有能で好ましい人物と思いますが、なぜかあの方は私を見ると極度の緊張状態に陥るようでして」


「それでお前の方から遠慮しているというわけか。しかし、いざという時のことを考えると、やはりお前たちにはもう少し互いのことを知っていてもらいたい。世間話でも何でもいい、これからはグリズだけでなく四騎士団の団長とは距離を縮める努力をしてくれ」


「――善処いたします」


一応納得したらしい我が秘書の返答に頷きながら、会話の最中に適温に調節されたと思える香り高い紅茶に口をつけ、王都に帰ってきてからようやく一息ついたなと実感した。



――その時、何か重大なことを忘れているような気に襲われた。



「オスロー、ひとまず今回の騒動に関する対処は手配し終えたのだったな?」


「はい。四騎士団の機敏な働きもあって、王太子派による王都での粛清は最小限に抑えられました。次に、王太子派の一部による地方での暴走も、四騎士団を王都の外に派遣することにより、十分けん制できていると思われます。現状、王都騎士団で対応すべき新たな問題はございません」


「そうか……」


「なにか心配事でも?」


一応は返事を返したものの、私が納得しきっていないのをオスローは気づいたのだろう。

――やはりこいつにだけは隠しておけないか。


「いや、単なる気のせいだとは思うのだが、何か重大なことを見落としている気がしてな」


「今回の争乱と関わりが?」


「いや、おそらく直接の関わりはないと思う。だが、何か一つ、対処すべきことがあった気がするのだ」


「対処、ですか……」


そう言ったオスローはしばらく考え込むポーズを取ったまま動かなくなった。


――はっきり言って珍しいことだ。

毎日私の元に来る前に予定の確認を怠らないこの秘書は、私の質問には常に即答、時には先回りして私が一息つける時間を設けるほどの頭脳の持ち主だ。

そのオスローが考え込んでいる姿を、こいつの為人(ひととなり)を知る者が見れば、どんな陰謀を巡らせているのかと誰もが思うことだろう。


やがて、何か思い当たることがあったらしく不動の姿勢から復帰したオスローは、私の記憶を呼び起こすようにゆっくりと口を開いた。


「――確か、先代総騎士団長からの引継ぎ式の直後に、二人きりになられていくつかの申し送りがあったと私に仰られていませんでしたか?」


「ああ、そんなことがあったな。確かあの時は総騎士団長の心構えとか、陛下のご気性に関する注意などを伝えられた記憶がある」


「その際に、先代から受け継がれた人脈などはございませんでしたか?」


「いや、そんなものは無かったはず――」



いや、違う。

確か先代はあの時、申し送りの最後に王国に大きな変化があった時のことを――



「思い出した!!」



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