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暗殺者の後悔

なんでだ、どうしてこうなった?


俺はもうろうとする意識の中で、この森に入ってからの行動を思い返していた。


最初の違和感はなんだったろうか?

そうだ、森に入ってすぐ見つけた赤い果実を食べたときだろうか。


相棒のホージーが「長丁場になるかもしれんから食糧はできるだけ確保していこうぜ」と言って王都で見かけるやつよりも二回りは大きそうな果実を採るのを俺にも手伝わせたんだ。


結論から言うと、うまかった。それも感激するほどに。

うますぎて、もう王都で食べたやつを二度と食えないなと確信したほどだ。

「なにかやっべえ薬でも入ってんじゃねえか?」なんてホージーの冗談を二人して笑ったが、今思い返してみるとあれが現実のものになったとしか思えない。


少しづつ食べるつもりが採った果実を全て食べてしまって以降、森の探索は遅々として進まなかった。

厳しい訓練を受けて身に付けたはずの方向感覚が、森に入って以降全く働かなくなったのも原因の一つだろう。


だが、それ以上に食糧確保のために近くを通り過ぎようとしたウサギを捕まえようとしたのが、決定的にまずかった。

俺の故郷も森に囲まれていて獣を狩るのは日常だったからわかる。

あのウサギはおかしいなんてものじゃない。

なんで俺達が投げたナイフをことごとく避けられるんだ?

なんで俺達の動きを予測したように挟み撃ちを回避できるんだ?

なんで一度も視界から消えることのなかったウサギが、俺達が深追いしすぎたと感じ始めた瞬間にいきなり姿を消したんだ?


「どうせトロい文官の追跡だ。ここまでくりゃあ多少距離が離れてたって逃がすことはねえだろ」というホージーの言葉に何となく同意してしまったのも事実だ。

だからってこんなに簡単にこの俺達が遭難するなんてことがあるのか?


思えば、森に入る前に情報収集のために訪れた近くの村でも、おかしなことはあった。


この森での狩りや薬草の採取で生計を立てているというその村は、戦争や盗賊なんて物騒な話とはまるで縁のない、平和そのものの雰囲気だった。

元秘書官セイランの暗殺任務で訪れた俺達が訪れた時も、何一つ疑いの目を感じることもなく物資の補給と森の地図の入手を行うことができた。


だがちょっと待て。おかしくないか?


自分で言うのもなんだが、俺とホージーの二人は人には言えない裏の仕事を請け負っているせいで、普通に生活しているつもりでも言動の端々で一般人をビビらせているらしい。

本来なら矯正すべき短所なのだが、これが同業者の気配に敏感になったり、逆にチンピラを寄せ付けない番犬の役割に使えるということで、あえて放置している。


そんな俺達を前にして食糧を売ってくれた中年の男も、地図を書いてくれた老婆も、絶対に笑みを絶やすことがなかった。


いや、大人なら、鈍い奴や修羅場をくぐった奴なんかに偶々当たっただけと言えなくもない。

だが、恐怖というものに敏感なはずのガキどもでさえ誰一人怯えた目を見せなかったのはどういうことだ?

そんなものは決まっている、俺達なんか目じゃないほど怖くて強い存在を知ってる以外にあり得ねえ。

そして、そんな存在がいるとすれば――


「こんにちは。それともお久しぶりと言った方がいいですか?人事局長の部屋でお会いしたお二人さん」






「こんにちは。それともお久しぶりと言った方がいいですか?人事局長の部屋でお会いしたお二人さん」


そう、俺のことを王都からつけてきた二人の顔には見覚えがあった。

何しろ、俺がクビになるその場に局長を守るように立っていた二人だ、見間違えるわけがない。


そんな俺達が再会したのは、森の中でも木々の少ない開けた場所だった。

ここからだと空が良く見えないので正確な時間は分からないが、村を出て一時間も経っていないだろう。


「て、てめえいつの間に――!?」


「もちろん今さっきですよ。と言っても、あなたたち二人の尾行には最初から気づいてましたけどね」


「さ、最初からだと!?それにどうやってここまで――」


「質問が多いですね。でもまあ答えてあげますよ。それが俺の流儀なのでね」


尾行してきた男のがなり声に少々うんざりしながらも、三日も森をさ迷っていればこうもなるかと思い直す。


「尾行自体は王都の門を出た時点ですぐに気づきましたよ。()()()()()()()()()、この森で培った生き物の気配を敏感に察知する感覚は健在だったのでね。まあ、それ以前にあなた達の尾行がお粗末すぎたんですよ。よくそれで暗殺者なんてやっていられますね」


「な、なんだと!?」


「それから、なんでここまですぐに来れたかというと、あなたたちが残しまくっていた痕跡を一つでも見つければ、こんなに楽な追跡はなかったですよ。森に生きる者の地の利ってやつを嘗めてやしませんか?狩りを覚えたての子供でも、こんな雑な歩き方はしませんよ」


「い、言いたいことはそれだけか!!てめえが何をのたまおうが、俺達の前に姿を見せたのが間違いなんだよ!!尾行?遭難?そんなものはてめえを殺せば全部チャラなんだよ!!てめえがどんなに森での戦い方に自信があろうが二対一の状況で何とかできると思うなよ!!」


「まだ話は終わっていませんよ」


懐に手を入れて動き出そうとした二人の暗殺者だったが、俺の言葉を聞いて立ち止まった。

それが余裕の表れか、それとも俺の話に興味があったのかは分からない。


「というのは、全部『外の人間』への建前でね、あなたたちを発見した本当の理由を教えてあげますよ。それはね」



俺達は聖杯の祝福を受けているからですよ









ブチリ   プシャーーーーーーーーー


「……は、え?」


「おいセイラン、話が長いぞ。しびれを切らしたのか知らんが、こいつ毒ナイフを投げようとしてたぞ。まあ、本当に投げるつもりだったのかはもう聞けんがな」


「そいつはどうも、と言いたいところだけど、俺がそれに気づいていなかったと本気で思ってるのかい、アグニ」


「いいや、ちっとも。でもなセイラン、たとえ脅し目的でも俺達の将に武器を向けられたとあっちゃあ、護衛役の俺が動かないわけにもいかないのさ。たとえお前の不興を買おうとな」


ブオン   ――――パァン


いつの間にかに暗殺者たちの背後に回っていたアグニはそう言うと、片手一本で首を握りつぶした方の、今はもう動かなくなった男を無造作に放り投げた。


――その死体は砲弾のような速度で飛んで遠くの木にぶつかり、破裂音を響かせてバラバラになったのがここからでも見えた。


「あ、あああ、ああああああアアアアアアアアアアアア!!??」


「ずいぶんと錯乱しているようですね。話はもうすぐ終わりますから、それまでは気をしっかり持ってくださいね」


ひょっとしたらもうすでに正気を失っているかもしれないが、それは別に構わない。

大事なのは、彼がきちんと俺の話を聞いたかどうか、その一点だ。


どうせ、《外の人間》で俺達のことを理解できる奴なんて皆無なのだから。


「あなたたちの国が、なぜ《聖杯の国》と呼ばれているのかご存じですか?ああ、答えなくてもいいですよ。ほぼすべての国民は、国の象徴たる聖杯が王宮に大事に仕舞われていると思い込んでいるでしょうから。確かに、王家を始めとした人々がそのように扱っている品自体は存在します。ですが、アレは良く言って模倣品、悪く言えば金銀宝石でそれらしくあつらえたただのガラクタですよ。少なくとも俺達はあんな代物を聖杯とは呼びません」


「あ、ああ……」


「では、領地を接する各国は国力では聖杯の国に勝っているというのに、そんなガラクタを畏れて攻めてこないのでしょうか?いいえ、聖杯は確かにあります。ただし、聖杯があるのは北部の王都でもなければ、他の三方の大公領でもない。ここまで言えばもうわかるでしょう。そう、聖杯はここ、中央部にあるんです」


「……え?」


残酷な形で相棒を失い、言葉も出ないほどにショックを受けている暗殺者に、俺は独り演説を続ける。

なぜなら、これはただの演説ではなく、俺がこの先へ進むための覚悟を決めるために必要な、一種の儀式でもあったからだ。


「そもそも、聖杯というのはただの器であって、それ自体には何の力もありません。大事なのはその中身、数々の伝承で聖水とか神酒とか言われる液体こそが、聖杯を聖杯たらしめる力の発現なんですよ。そして、聖杯の恩恵を受けて超人的な肉体を持ち、聖杯が悪用されないようにこの地に留まって守っているのが俺達《聖杯の一族》であり、《聖杯の国》なんですよ。あなたたちを見つけたのは、普通に足音が聞こえたから。森の入口近くをずっとさ迷っていたあなたたちに普通に歩いたら三日はかかる村から一時間ほどで会えたのは、俺たち二人が超人的な脚力でここまで走って来たからなんですよ」


「……聖杯の、くに?」


「なんだ、まだ正気が残っているじゃないですか。折角なんでそのあたりも説明してあげましょうか」


もちろん暗殺者からの返答はなく、ただ茫洋とこっちを眺めているだけだ。

やはりただの偶然だったらしい。

もう一人の聴衆であるアグニも、腕を組んだ姿勢のまま何も言ってこない。


――止める人もいないし、続けるとしようか。


「他の国と違って、昔の聖杯の国には領土的野心など微塵もなかったそうですし、当代の俺達にもありません。ですが、その威光を利用しようという輩は現れるもので、ある日、とある一族がこの土地を守ることを条件に、周辺をぐるりと囲むように領土を得て建国したいという申し出があったそうです。別に外のことに興味がなかったご先祖様たちはあっさりとこれを了承、外交など面倒事一切を押し付ける形で聖杯の威光を利用した建国を許したんです。言ってみれば、あなたたちが聖杯の国と呼んでいる場所は、俺達からしたら『聖杯の国の国』というわけですね」


「……」


相変わらず暗殺者は返事をしない。

だが、その手足が細かく震え出したところを見ると、少なくとも話を理解できるだけの理性は残っているようだ。


「さて、こうして一種の相互不干渉を締結した両者でしたが、ただ一つだけ取り決めがありました。それは、俺達聖杯の一族の中から一人だけ秘密の外交官として王都に送り込み、《聖杯の国》と《聖杯の国の国》との仲を取り持つというものでした。まあ、体のいい人質とも言いますがね。ですが、代々の外交官は王都での役職こそバラバラでしたが、秘密を知る人たちから結構厚遇されていたそうですよ。そりゃそうですよね、自分たちの後ろ盾をもてなさない国なんて、存在価値すらないですからね」


「――あ、あばばばばばばばばばばば」


突然、そこまで聞いた暗殺者が口から血の混じった泡を吹きだした。


――そろそろ本気でヤバいかもな。


「だから、まさか俺の代で王都から追い出されるなんて思いもしなかったですよ。いくら国王が不在だったからといって、秘密を知ってる人が国王一人なんてこともなかったでしょうに。――まあ、もう手遅れですけどね」


ス   ヒュパッ


言葉を切った瞬間、もはや意識があるかも怪しい暗殺者に音もなく近づくと、跪いているその首めがけて手刀を一閃させた。


タパパパ シャアアアァァァ  ドサ


パックリと開いた暗殺者の首筋から何度か不規則な出血が起きた後、シャワーのような勢いで赤い液体が噴射しながら、その体はゆっくりとうつぶせに倒れた。


「どうせ殺すなら殺される理由を教えてやってからの方が後悔が少ない、ってところか?我が将は生真面目に鬼畜だねぇ」


「いやいや、さすがに毎回やろうとは思わないさ。最初の犠牲者にちゃんと説明しておけば、後からあの世に行く人たちも事情を知ることができるかな、って思っただけさ」


「何ともノスタルジックなことだな」


「まあ、これで本当に王都の生活ともおさらばってことさ」


「んじゃ、とっとと離れるとするか。そろそろしびれを切らす頃だぜ」


「ああ、うっかりしていた。いくら暗黙の了解があるとはいえ、間違いで食われちゃたまらないからね」


そう言って、先に行きだしたアグニを慌てて追いかける。

そのすぐ後ろでは、新たなエサを嗅ぎつけた複数の獣――聖杯の恩恵を受けた規格外の獣たちが二人の暗殺者だった肉塊に飛びつくのが音と気配で分かった。

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