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エピローグ

やり過ぎた。


それが、ブライン侯爵邸の本館に雷を落とした直後にすぐさま脱出、人払いなどの準備をしてくれたアグニ達配下の戦士と合流後その足で王都を出て、追手の気配がないとようやく確信できて、最初に思った感想がこれだった。

今も里に向けて一直線に走り続ける俺達の中で、その話題の口火を切ったのはアグニだった。


「……なあセイラン、予定じゃ本館の端の方に小さな雷を落としてちょっとビビらせるだけ、だったはずだよな?」


「それ、僕もいつ聞こうかと思ってたとこだよ、アグニ。あの王太子には『雷が操れるだと!?そんなバカな!?でも、ほんとうだったらどうしよう』くらいに思わせて、ある程度動きづらくさせるためだってセイラン自身が言ってたからね」


どうやら俺と同じことを考えていたらしいアグニとゲイル。

当然、女子二人もそれに追随した。


「というより問題は、『外』の人間はもちろんだけど私達ですらあれは防げないし、避けられないってことよ。辛うじて生き残れそうなのは、速く動けるゲイルとあのエネルギーを崩壊で無効化できそうなクロナくらいじゃない?」


「そうだな、俺やウンディの能力じゃ相性が悪すぎる。で、どうなんだよゲイル、クロナ」


「無茶言わないでくれよアグニ、僕がちょっと他の生き物より速いからって、それが雷から逃げられるってどうして思うのさ。こっちはせいぜい音より速いのがやっと、一方あっちは文字通り光の速さ、有体に言って次元が違うよ」


「ちょっとアグニ、あまりクロナを焚き付けるようなこと言わないで頂戴。いくらクロナの崩壊の力が凄いからって、雷っていうのは一瞬で物凄いエネルギーが襲ってくるのよ。もしあの子が真に受けて本当にやろうとしたら、どう責任取るのよ」


「バカ言うなよウンディ、いくらアイツでもできることとできないことの区別くらい付くだろ?」


「でもクロナなのよ」


「……」


「あのー、二人とも?さすがにそれはアタシでもちょっと傷つくんだけど……」


常人の限界をはるかに超える速度で走りながらも、まるでハイキングのような気安さで会話している四人。

雰囲気こそ和やかだが、俺には分かる。

この幼馴染四人の一見何気ない会話の裏には、聖杯の森を侵そうとする『外』の王侯貴族たちに一泡吹かせてやったぜ!という喜びと、それを成した俺への信頼が隠れていることが。


だが、俺の意図した計画と、実際に起きた結果が大きくかけ離れてしまったこと、特に「あれは自然現象なのか、それとも……」程度の疑いを持たせる威力で済ませようとしていた雷が、まだ力の扱いになれていなかったとはいえまさか雷撃だけで屋敷の一部が消滅、その後発生した火災で全焼する事態に発展するとは予想すらしていなかった。


だが、そんな真実はこいつらにはきっと届かない。

――どうせ里に着くまでは話くらいしかやることが無いのだ、一つ試してみよう。


「なあ、もし俺が、あの雷は加減を間違えただけで、本当は屋敷の隅をちょっと焦がす程度にするつもりだった、って言ったら信じるか?」


「なに言ってんだセイラン?その程度で『外』の奴らがビビるかよ」


「そうよ。もともと屋敷を破壊するつもりだったから、私の力で眠らせた使用人達をわざわざ時間をかけて外へ避難させたんでしょ?」


「ついでに君の力を見せつけることで、僕達配下の引き締めを図ったんだろ?特に暴走しがちなクロナ向けに」


「ア、アタシだってあんな力を見せつけられたら誰の命令に従わなきゃいけないかくらい分かるわよ!だからね、セイラン、仮にアタシがこの先失敗したとしても、あの雷をお仕置きに使うのだけはやめてほしいっていうか……」


結果はこの通り。

俺の思考を先回りしたつもりなのか、当の本人の言葉がまるで届いていない。

厄介なことにこいつらの推測は、万が一の危険を考えて使用人を非難させた辺りなど、俺の目論見通りな部分も少なからずあるので、あながち勘違いとも言い切れないというかほとんどの点で合っている。

まさか肝心要の雷の大きすぎた威力だけが失敗だった、なんて可能性は夢想すらしてないのだろう。

この誤解を解くのは少なくとも現時点ではほぼ不可能、そう割り切るしかない。


とにかく、『外』からの干渉への警告はこれで済んだ。

ブライン侯爵邸では一人の死者も出さずに済ませたので、王太子ベルエムがいきなり軍隊で聖杯の森を総攻撃、なんてことはないだろうが、これまで以上に干渉が激しくなる可能性は大だし、『守護者』との連携もこれまで以上に重要になってくる。その対応の算段は至急講じておく必要があるだろう。

だが俺達聖杯の一族にとってそれはあくまで考えておくべき懸念に過ぎず、現段階での手番は王太子ベルエムの方にある。

少なくとも向こうが何らかのアクションを起こしてくるまで、もしくは『守護者』から知らせが入るまでは、元の生活に戻っても問題はないだろう。


俺の前後を走る四人の無駄話を聞き流しながら、久々に訪れそうなひとまずの平穏を俺は楽しむつもりになっていた。



だが、そんな未来は訪れなかった。


『何事も家に帰りつくまでが任務である』


そんな昔の偉人が言ったらしい格言を身を以て思い知る事件がすぐそばに潜んでいることを、この時の俺は知る由もなかった。






聖杯の森の周囲に点在する村の一つ、その異変に最初に気づいたのはクロナだった。


「ねえ、ちょっとあれ、なんかいつもと感じがおかしくない?」


「うん?――本当だ、村の人達がなんだか騒いでるみたいだね。よし、僕が先に行って事情を聞いてくる。セイランたちは後からゆっくり来てよ」


それを受けたゲイルが俺達の倍以上のスピードに加速して先行した。

用心のためにゲイルより大分遅れてその村に到着した俺達を待っていたのは、面識のあるこの村の村長の老人と数名の村人達、それと事情を聞いたらしい村長と同じ困惑顔をしていたゲイルだった。


「これはこれはセイラン様。わざわざお立ち寄り頂いて恐縮です。できれば歓迎の宴を開きたいことろなのですが……」


「そう言っていただけるのはありがたいですが、どうやらそんな場合ではないらしいですね。何があったのですか?」


「いやセイラン、異変というほどのことでもないらしいんだけどね。どうも困ったお客さんが二名ほどこの村にやって来たみたいなんだ」


「困った客?――なるほど、大方『森』に入りたいってところか」


当てずっぽうに近い俺の推測に、ゲイルがはっきりと頷いた。

偶にいるのだ。特に悪意もなく、ただ王家発祥の地としての聖杯の森を訪れてみたいと周辺の村々にやってきては案内を頼む酔狂な観光客が。

観光気分の人間のほとんどは「王家のしきたりだから」と言えばなんだかんだで帰ってくれるのだが(そうでない人間の末路は言うまでもない)、どうも今回の客は数少ない例外的存在らしい。


「いや、それが村の人達に対する頼み方が真剣そのもので、おまけにどう見ても悪人には見えないらしくてさ」


「そうなのです。それになにより、あの方々の立ち居振る舞いがとても平民の者とは思えませんので、ワシらの一存ではどうにも判断がつかず、『一族』の方に連絡を取った方がいいと村の者たちと話し合ったところでして……」


「わかりました、まずは会ってみましょう。で、その人達は?」


「おお、ありがとうございます!今はあの家に――ああ、向こうからやって来たようです」


村長の指差した先、そこにいたのはフード付きのローブを目深に被った二人組だった。

ここからでは顔が見えないが、そのうちの大柄な一人に俺の体が思わず反応した――戦士として。


「あの人、『外』の人にしてはやるね。腕前だけならあのグルムッドより上かも」


そう囁いてきたクロナの言葉で、さらに俺の警戒心が一段上がった。

まさか『聖槍の国』に、もうグルムッドの件が伝わったのか?

そう思わせるほどのオーラがローブ越しの体から伝わるほどの手練れ。

だが、先に俺達に向かって駆け出したのはもう片方、小柄というより華奢と言った方が似合いそうなローブ姿の方だった。


「セイラン」


「大丈夫だ。それより大柄な方の警戒を頼む」


声をかけてきたアグニだけでなく四人全員にそう命令した俺は、たどたどしいという言葉が似合う走り方で駆けてくる華奢のローブ姿の動きに、あり得るはずのないデジャヴを覚えた。


(いや、違うはずだ、あり得ない。『外』の誰よりも、こんなところにいるはずがない!!)


「セイラン!」


そんな妄想の否定の連続も、風で捲れたフードから覗かせた輝くような美貌と、俺を呼ぶそのカナリアのような涼やかな声が一瞬で吹き飛ばした。

いや、ここまでならまだ他人の空似で押し通すこともできたかもしれない。

だが、目の前まで走ってきたところで地面の窪みに足を取られて転んでいく様を見逃すことは、俺にはどうしてもできなかった。


「あっ!」


「エーテリア様!?」


俺ができたのは、聖杯の国第三王女エーテリア殿下が倒れる前にその腰に手を回して細すぎる体を支えることと、せめて周囲の村人にその身分がバレないように名前呼びで配慮することだけだった。


「ああ、本当にセイランなのね……私、あれからずっと我慢していたのよ。きっとこのままセイランと別れた方がセイランの為なんだろうな、って。でも駄目だった。奇跡のようなチャンスが巡って来たと分かった時、もう私は貴方にまた会うことだけしか考えていなかったの。ごめんなさいセイラン、本当にごめんなさい……」


「あ、あんた!?見覚えがあるぞ!なんで王都総騎士団の団長がこんなところにいる!?答えろ、エドワード=マクシミリ!!」


大柄な方のローブ姿に向ける何時になく緊迫したゲイルのその声も、エーテリア様の声を聞きながらその体を支え続けている今の俺にとっては、遠い夢の世界の出来事のようにしか聞こえてこなかった。

これにて本当に一区切り、となります。


明日からは『聖杯の国』プロットづくりと、別作品の進行を同時並行でやっていく予定です。

どれだけの読者様が待っていてくださるかわかりませんが、再開時に期待を裏切っていなければ、またお読みいただきたいと思います。


それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

再開までしばらくお待ちくださいませ。

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