布石というか釘を刺しに
いけない!ちこくちこく~(食パンをくわえながら)
「お待たせセイラン、捕まえてきたわよ。あら、クロナは?」
「ウンディ。クロナはそこ、聖槍を回収しに行かせた」
「そこって――ああ、あの団長さんごと落としちゃったわけね。あの子も暗いところが苦手なら少しは考えればいいのに」
「こ、こら!私を無視するな!この手を放せ!私はブライン侯爵家に連なる者だぞ!」
一応命令した将の責任としてクロナの帰還を穴のそばで待っていると、三人の『鮮血の鬼人』副団長の中でたった一人残ったリグレムスの襟首を掴んで引きずっているウンディが俺のところまで帰って来た。
「それでこいつはどうするの?あの眠っている傭兵達を全員起こした上で、見せしめに全身の毛穴という毛穴から血を噴出させて殺す?」
「ヒ、ヒイ!?」
「……頼むから、傭兵達を起こすのもこいつの全身から血を吹き出す様子を俺に見せようとするのもやめてくれ」
なぜか顔を綻ばせながらそう提案してきたウンディをやんわりと拒絶する。
戦士モードから通常モードにスイッチを切り替え済みの俺としては、これ以上血生臭いイベントは御免こうむりたいところだ。
「セイラーン、お待たせ。後始末は村の方で全部引き受けてくれるって。死んだ三人も絶対に見つからないように埋葬するように頼んできた」
そこへ、眠った状態の五百の傭兵達の後始末を『守護者』に依頼する役目を引き受けたゲイルが戻ってきた。
「ご苦労さん。ちゃんと表向きの理由も伝えたか?」
「うん。『団長以下幹部達が部下を切り捨てるために催眠ガスを使用した』ことにするっていうセイランの筋書きもちゃんと納得してくれたよ。多少強引なシナリオだと思うけど、当の四人が居なくなれば彼らも無理やりにでも自分達を納得させざるを得ないだろうしね」
「まあ、こういう自分たちの勘に頼って生きてるような奴らには、むしろ綺麗に整い過ぎているシナリオの方が疑われるかもしれないからな、これくらいがちょうどいいだろう」
「そうだね――って、そいつまだ生きてたのかい?ひょっとして、ウンディの能力で内臓をボロボロにした後で僕の気流操作で窒息しないギリギリのラインで生かし続けてゆっくり殺すのかい?」
「ヒャアアア!?」
「内臓をボロボロにもしねえし窒息もさせねえよ。そんな発想今すぐこの穴に捨てちまえ」
ニヤニヤしながら周囲の気流を渦巻かせるゲイルの提案を全否定する俺。
よくそんな殺すための拷問を思いつくよな――ひょっとしてすでにやったことがあるのか?
「た、ただいま……ってあれ?ウンディもゲイルも戻ってきてるじゃん。アタシってまさかのビリ!?」
そう半ば本気でゲイルに言っていると、俺達の足元の真っ暗な穴から、煌びやかな聖槍を片手に持ったクロナが精神的な疲れを見せながら這い出してきた。
「はいセイラン、お望みの聖槍よ。まったく、か弱い女の子を一人で暗いところを探させるとか、セイランはもうちょっと男として自覚を持った方がいいと思うんだけどなー」
素直に聖槍を手渡しながらも、なぜかチラチラこっちを見てくるクロナ。
「いや、聖槍を穴に落としたのはクロナの自業自得だろ。それに、こういう場合は誰かが穴の外で待機してないといろいろ危ないだろうが」
「セ、セイラン……それはそうだけど、そういうんじゃないっていうか……」
「……セイラン、あなたの言うことなら大抵は賛成するつもりだけど、これに関してだけはクロナに味方するわよ」
「セイランのあほ!どんかん!おたんちん!!」
うおっ、いつの間にかに味方が一人もいない状況に!
ここは何か反論を――いや、駄目だ、なぜか何を言っても状況が悪化する未来しか見えない、だと!?
お、落ち着け――ここは別の話題を振って何とか意識を逸らすんだ……
「と、とにかくだ、聖槍も無事回収したことだし、これ以上いても後始末をしてくれる人たちの邪魔になるだけだ。早々に異動しよう」
「……まあ、それはそうだよね」
「……そうね、その話は後でゆっくり聞くことにして、里に帰りましょうか」
「ごっはん!ごっはん!」
三人それぞれが思い思いに呟き(全然ごまかせなかったが)、森の方角へと体の向きを変える(ウンディに引きずられたままのリグレムスが何か喚いているが誰も気にしてない)。
一瞬、そのまま歩いて行ってしまうかに思えたが、さすがは聖杯の戦士、俺がその場から一歩も動いていないことにすぐに気が付き、こっちへ振りむいた。
「セイラン?どうしたのさ?あとはもう帰るだけだろ?」
「疲れてるところ悪いが、まだ終わっていない。やるべきことが一つだけ残っている」
代表してゲイルが俺に疑問を投げかけてくるが、それをきっぱりと否定する。
「やるべきことって、『鮮血の鬼人』はこれで完全に壊滅できたよ。組織的にはもう立ち直れないはずさ」
「そうだな、それは俺も疑っていない。だが、そもそも『鮮血の鬼人』が『守護者』にちょっかいをかけてきた理由は何だった?」
「それは……『外』を裏側から支配している『守護者』の持っている権益を乗っ取ろうとしたんでしょう?」
「そうだ。そしてそんな大それたことを一介の傭兵団が計画できるはずがない。そこには『外』の権力者の思惑があったはずだ」
「それって、まさかセイランあなた……」
「え、なになに?ごはんは?」
ウンディの疑問に答える俺、そしてご飯のことしか考えていないクロナにもわかるようにお俺は宣言した。
「そこのバカ――リグレムスが白状した『鮮血の鬼人』の後ろ盾、ブライン侯爵に一言言ってやらないとな。まずは、王都に残っているアグニとクロエさんに合流するぞ」
「了解、僕の将」「了解したわ、私の将」「りょーかい!アタシの将――え?ママ!?」
三人の配下の即答を受けて(若干一名の語尾がおかしいが)、俺は森とは正反対の方角に位置する王都を睨みつけた。
「はい確かに、『鮮血の鬼人』の副団長のリグレムスと、聖槍の国から持ち出された聖槍のレプリカの二点を受け取ったわ」
翌日、適度に休憩を入れながらの王都までの道のりを走破した俺達は(リグレムスはゲイルが気絶させて背負って運んだ)、王都の『守護者』に連絡を取って無事にアグニとクロエさんと、二人がいるとある隠れ家で無事合流した。
「すみませんクロエさん、面倒事を押し付けてしまって」
「いいのよ、こういう交渉事は私たち大人の方が経験がある分向いてるから。それに、あの子達だとうっかり殺しちゃうってこともあるかもしれないし」
「ヒイッ!?」
クロエさんは近くに座り込んでいるリグレムスに微笑んだだけだったが、それだけで当の本人は何度目になるかわからない悲鳴を上げてしまっていた。
……うんうんわかるぞ、クロエさんを怒らせたらどうなるか、俺もよーく知っているからな。
「それで、あの子達は?私としては、里で謹慎中のはずのクロナに聞きたいことがいっぱいあったのだけれど」
「あ、あはは――それは俺が命じた任務の最中ということで許してやってください。あいつらにはブライン侯爵邸の下見に行ってもらってるんで」
「そう、セイランちゃんの命令なら仕方がないわね。任務の最中に呼び戻すわけにもいかないわ」
……許せクロナ、俺がお前にしてやれたのはせいぜい刑の執行を遅らせる程度だ。
とてもじゃないがクロエさんにお前の減刑を申し出る勇気は俺にはない……!!
「それでセイランちゃん、これはあなたの先達の興味本位として教えてほしいのだけれど、ブライン侯爵邸に行って何をするつもりなの?確か現当主は良くも悪くも典型的な貴族、多少の脅しではそうそう自分の考えを曲げないわよ?ひょっとして、今の段階でもう本格的なダメージを与えようとしているのかしら?」
「いえ、本当にただの脅しですよ。それでも、こっちの意志は一度ちゃんと示しておこうと思っただけです」
「そうなの…………」
それっきり黙り込んでしまったクロエさんだが、俺が返事を急かすことはない。
会話上手なクロエさんが不自然に黙り込んでいるということは、話はまだ終わっていないということだからだ。
「……セイランちゃん、ブライン侯爵邸に行くのは三日後にしなさい。あなたの目的を一番効果的に達成しやすいのは多分その日だから」
「……わかりました」
なぜ?とは聞かない。
一族の先輩であるクロエさんが三日後が一番効果的だと言うなら、それは絶対に正しい。
千年積み上げてきた『聖杯の一族』の歴史には、それくらいの信頼が、そう信じるだけの重みがある。
それから三日間、俺自身は一度も隠れ家の外に出ることをしないままクロエさんを含めた五人の配下の動きを黙って見守り続け、ブライン侯爵邸襲撃の日を迎えることになった。
前書きは一時の気の迷いです。無視してください。