『鮮血の鬼人』壊滅 8
前話が(作者個人にとって)不満の残る形での投稿でしたので、朝七時投稿とさせてもらっています。
通常の夜七時投稿も行う予定ですので、読み飛ばしにご注意ください。
俺の家は爺様が里の長、俺自身も王都での『外交官』という肩書を持っていたりと、『聖杯の一族』としてもかなり特殊な立ち位置なのだが、それに負けない家柄の一つがウンディの家であり、その理由は彼女の家の生業、酒造りにある。
と言っても、別に聖杯そのものを原料に酒を造っているわけではなく(万が一にもそんな作り方は認められないが)、ウンディの家が特殊な理由は主に二つある。
まずは言いやすい方の理由から述べるとしよう。
それは、酒好きでもそうでない人種でも文句のつけようがないほど、彼女の家が作る酒が美味すぎることなのだ。
これは別に比喩でも大げさでもなく、ウンディの家の酒、通称『神の雫』は『守護者』が持つ極秘の流通ルートを通じて『外』に流れているのだが、王宮時代に多種多様な世界の酒を役目柄味見せざるを得なかった俺の知る限りでは断トツの一位だ。
言っておくが、これは別に御身内びいきのおためごかしではない。あくまで俺の独断と偏見で王宮内の種々雑多な噂話を総合した嘘偽りのない統計だ。
むしろダントツ過ぎて、酒という概念を超えた別の何かという可能性もあるくらいの『神の雫』は、上流階級の一部にもはや中毒患者と大差ないほどの熱狂的なファンがおり、それがまた『守護者』の地盤を固める一助になっているらしい。
そしてもう一つの理由。
それこそがウンディの家が作る酒が『神の雫』と称されるほどの評判を呼んでいる理由であり、『聖杯の一族』としての能力の一端であり、同じ一族の仲間である俺達でさえ彼女が力を使う時は細心の注意を払わなければならない、重要かつ深刻な問題だった。
「本当に今自分がどうなっているのか分からないの?大の男が、しかもカッコつけるのも仕事の内の傭兵さんが一度も経験がない?そんなはずはないわ。よーく思い出してみればわかるはずよ」
カラン
もはや剣を取り落とすほど顔を真っ赤にしながらフラフラになっている『鮮血の鬼人』副団長ラングを見て、相変わらず攻撃の一つもするでもなくクスクス笑うだけのウンディ。
いや、この言い方は正確じゃないな。
確かにウンディはラングに対してパンチ一つも繰り出してはいない。だが、それがそのまま一度も攻撃していない、という事実と断ずるのはまったくもって正しくない。
なぜなら、『聖杯の一族』の中でも水の属性を持つ彼女の能力は――
「酒、か」
「そういうこと。ウンディの体液が超強いお酒とほぼ同じ性質を持っていることは知ってるよね?」
俺よりも前に立ってウンディの攻撃の余波を防いでいるゲイルが、俺の独り言に応えてくれた。
「さっきの『鮮血の鬼人』の五百の傭兵達と馬を全員気絶させた攻撃はウンディの力だよな?」
「うん、ウンディの体から汗として発散された酒精を僕の気流で遠くにいた傭兵たちに届けたのさ。直接やり合えば僕達戦士でもそれなりに面倒だけど、さすがの彼らも見えも聞こえもしないウンディの攻撃を防ぐのは無理だったみたいだね。唯一異変を感じられるのは酒精の香りなんだけど――」
「それを嗅いだら最後、あっという間に酔いつぶれてしまうってことか。聞くだけですごい能力だな」
「確かにそうだけど、長所ばかりの能力じゃない。むしろ欠点の方が多いかな。何しろ、本領を発揮するためには僕の協力が不可欠だからね」
「……同士討ちか」
「そう、ウンディができるのは自分の体内の酒精を外に出すところまで。そこから先はウンディ本人にも、完全に気化して無害な濃度に薄まるまでどうすることもできない。それをどうにかできるのは気流を操って酒精の拡散を止められる僕の家くらい、というわけさ」
「そりゃまた……」
はっきり言ってそこまでとは知らなかった。
これまでの俺が知っていたのは、せいぜいウンディの家が美味い酒を造れることと、『聖杯の一族』としての能力がそれと深く関係していることくらいだ。
ゲイルがここまで詳しい事情を知っているのは、そんなウンディをいざという時に止めるためにと早い段階で教えられていたのだろう。
そして、このタイミングで俺に話すということはその責任の一端を担う時が俺にも来た、そういう解釈でいいのだろう。
「今でこそ普通に行動できてるけど、小さい頃は結構苦労したみたいだよ。能力の暴走を防ぐためのいろんな訓練はもちろんだけど、うっかり無意識のうちに自分の体に傷を作らないように、服が制限されたり普段の生活にも人一倍気を使ったりとか。さっき見せていた回避力だってその一つさ」
「……なあゲイル、さっきのウンディが手のひらにケガを負ったやつ、ひょっとしてわざとか?」
「……さすがは僕の将だね、その通りさ。ウンディの目的は傷そのものじゃなくて、その結果体の外に出て行く血、さ。そして、その血こそがウンディの能力の中で最も酒精が強く、最も恐ろしい力を持っているのさ」
カシャン ドサッ
その時、軽い金属音と共に何かが地面に落ちる音がした。
ゲイルとの会話を切り上げてそっちを見てみると、酔いが回りすぎて立つことすらできなくなってその場に仰向けに倒れたラングと、今だ口元に笑みを残したままそばに立っているウンディの姿があった。
「く、ぐぐ、な、なぜ毒が――」
「それって私の?それともあなたのほうのかしら?――もともと『聖杯の一族』には毒の類いはとても効きづらいらしいのだけれどね、私の家はさらに別格なの。毒に対して体の抵抗力以前にこの体に流れる血が消毒しちゃうんですって」
「そ、そそそ、……」
「そうね、あなたには悪いけど、あなたが私とここで戦うと決めた時点で運命は決まっていたのよ――さあ、これが私の最後の攻撃。もちろん殴ったり蹴ったりなんて野蛮なことは今更しないわ」
そう言ったウンディが傷ついた方の拳を突き出す。
ただし、その方向は倒れているラングの真上、ちょうど顔の辺りに。
「この一雫、耐えられたならあなたの勝ち、耐えられなかったら私の勝ち。もちろん避けてもいいわよ。――避けられるものならね」
「……う、うう」
ポタリ
未だ血を流し続けているウンディの握られた拳から鮮やかな赤の雫が零れ落ちた。
それを避ければラングの勝ち。
だが、すでに身動きできないどころか意識があるかすら定かではないほど泥酔していたラングに回避という選択肢すらあるか怪しく――
ピチャン
ウンディの血がまるで神の雫のごとくラングの口元を赤く濡らし、致死量をはるかに超えた酒精をその身に取り込んで息を引き取った。
その瞬間
「ゲイル!後ろに飛べ!」
俺の意図を瞬時に察したゲイルが能力込みの全力で、俺を抱えつつ後方に飛び退った。
そして、俺達がいた場所に現れたのは――
「……外したか」
「セイラン!?」
「大丈夫だウンディ。だから不用意に動くなよ」
律義なのかなんなのか、部下の死を見届けたや否やまっすぐ俺に向かって得物を先頭に突っ込んできた『鮮血の鬼人』団長グルムッドの姿だった。
だが、俺達の本当の驚きはその直後に待っていた。
ハラリ
グルムッドの得物を包んでいた布が突進の勢いで解けて地面に落ちた時、俺は自分の目を一瞬疑いそうになった。
「……ウソだろ?」
「……現実から目を逸らすなゲイル。俺たち二人が同時に感じたんだ、もう疑いようがない」
異名はそのまま『鮮血の鬼人』。
元々は他国からの流れ者。
圧倒的な強さで巨大傭兵団の基礎を作り上げた。
たったこれだけの情報だが、だからこそもっと情報を集めてその出自を辿るべきだったと今更ながらに思う。
この聖杯の国に、『外』も含めて決してあってはならないもの、『聖槍』が、今俺達の目の前に、俺達の敵として存在していた。