『鮮血の鬼人』壊滅 5
うおお、二分前ギリギリ投稿です。
間違いなどあるかもですが、平にご容赦を。
「じゃあ始めようか、ってうわっ、完全に向かい風じゃないか!相手の位置や距離を測るにはいいけど、いくら僕でも広範囲に逆向きの気流を作るのは大変なんだよ!」
「つべこべ言わずにやれ。どのみち場所を変える時間はもう無いんだ。ここでやるしかない」
「わかったよ、やるよ。まったく、人使いの荒い将だな――風よ」
そう唱えたゲイルが両手を突き出した途端、周囲の空気が変わった。
ここは俺達の里から少し北へ移動した地点。
聖杯の森の恵みを受けて暮らす集落の一つを背にしながら(住人には絶対に外に出ないように指示した)、俺は北からの強い風がその向きを変え始めたのを自分の肌で感じた。
気流操作。
詳しいことはそれぞれの家の秘儀なので、同じ聖杯の一族と言っても詮索するのはご法度なのだが、ゲイルの力は本人の話を総合すると、どうもそういうことらしい。
風の力というと、『聖典』や『聖杖』のような、魔力で風を操って塊や刃を打ち出すのが一般的なのだが、ゲイルの家ではやっている人を見たことがない。
本人曰く、「あんなの効率が悪すぎるよ」とのことだ。
効率云々のことはともかく、一見地味で非力に見えるゲイルの気流操作は、実は俺のような指揮する側にとってはかなりありがたい能力だったりする。
もっとも、その効果はゲイル一人ではなかなか評価しにくかったりするのだが。
「そろそろいいかしら?じゃあ始めるわね。……んく、んく」
そう言ったウンディがゲイルの前に出て、腰にぶら下げていた革製の水筒を手に取って飲み始めた。
ウンディの家のことを知らない人から見たらありきたりな行動かもしれないが、彼女が水を飲むという行為がどういう効果を及ぼしうるのか、それをよく知っている俺とゲイルにとっては緊張の始まりを意味した。
「ちょっとウンディ、まだ準備をしてなかったのかい?」
「男なんだから少しは頑張りなさいよ。それに、私の能力はゲイルのと違って軽々しく使えないのよ。ちゃんと場が整ってからじゃないと、私たちの後ろにある村が大変なことになっちゃうじゃない」
「はいはい僕が悪かったよ――だから今すぐにでも始めてくれないと本気でヤバいんだけど……」
そう言うゲイルの突き出している両腕がプルプルし始めていた。
普段は軽口が多いゲイルも、今回は割と本気で言っているらしい。
「わかってるわよ――水よ」
その言葉と共に水を司る聖杯の戦士の体から白い靄のようなものが浮かんできた瞬間、安全が確保されていると確信しているにもかかわらず、俺は思わず口元を手で覆ってしまった。
もちろん白い靄が俺の元に届くことはなく、ゲイルが生み出している気流に乗ってあっという間に拡散してしまい、北へと流れていった。
「――もういいわよセイラン。もっとも、ゲイルの気流操作が完璧なら、だけどね」
「なんだよウンディ!僕の力がそんなに信じられないのかい!?」
「あら、ゲイルの家ほど、大自然の恐ろしさを知っている人達はいないと思うけれど?ゲイルが相手にしているのは気まぐれな風。そもそも完璧な制御なんて不可能って意味じゃ、手で口を覆ったセイランの反応は正しいと思うわよ」
「そ、そりゃそうだけどさ……」
「わかったならもう少し集中しなさいよ。私の力が完全に空気に溶けて無力化するまで、もう少し時間が必要なんだから」
「ゲイル、頼む。犠牲を最小限に抑えるためにも、お前の力が必要なんだ」
「……まったく、僕の将にまで心配されたら、頑張らないわけにもいかないじゃないか。大丈夫だよセイラン、僕も戦士の端くれだ、引き受けた役目はキッチリと果すさ」
そう言ったゲイルは、額に汗を滲ませながらも、なんとかウンディの許可が出るまでの間、見事に気流操作をやってのけた。
「……よし、じゃあ二人の成果を確かめに行くか。ゲイルはここで休んでいてもいいぞ。後は二人でもやれるしな」
「そうね、まあゲイルにしてはよくやったわよ。おじさんとおばさんには言わないでおいてあげるからそこで休んでなさいよ(ニヤリ)」
「行くよ!行くに決まってるだろ!僕は聖杯の一族の戦士だぞ!将が行くのに付いて行かないわけがないじゃないか!」
俺としては割と真面目に言ったつもりだったんだが、明らかに他意がありそうなウンディの悪女の笑みにまんまとゲイルが引っ掛かり、結局三人で風下に向かうことになった。
「――まあ、こうして見てみれば、心配もただの杞憂だったけどな」
そう思わず呟くほど、俺の目の前に広がる光景は圧巻の一言だった。
と言っても、別に綺麗な虹が見えるとか、一面に花が咲き誇っているとかいう、美しい自然の風景が見えてるわけじゃない。
俺が見ているのはその対極、たくさんの鎧を着た男達とほぼ同数の馬が視界一杯に気絶しているという、ある意味で地獄の光景だった。
いや、正確には何頭か起き上がっている馬もいるから厳密には違うが、少なくとも人間の方は間違いなく全員が倒れ込んでいた。
そう言い切れる理由は、
「セイラーン!こっちこっち!」
倒れ込んでいる鎧を着た男達『鮮血の鬼人』の総数をウンディと確認していたゲイルが遠くの方で声を上げた。
傭兵達を踏まないように気を付けながら進むと、ゲイルが手招きしている姿が見えてきた。
「数の方は『守護者』から来ていた報告通り、約五百で間違いないと思うよ。別動隊を用意している可能性もわずかにあったけど、これでその心配もなくなった」
「そうか、それはよかった。で、ウンディは?」
「あっち。今、一か所に集めているよ」
ゲイルが指差した方向へ傭兵たちの隙間を縫いながら歩いていくと、大の男二人を軽々と両肩に担いでいるウンディが、足元で横たわっている二人の男の横に、担いでいた二人をどさりと落とした姿が見えてきた。
(プククッ、『森の外』の人達がおしとやかで通っているウンディのあの姿を見たら、どう思うだろうね、セイラン。さすがは酒造りの家の娘だよ)
(おいゲイル!俺を巻き込むな!あれでウンディも結構気にしてるんだからな!本人に聞かれたらどうするつもりだ!)
そんなある意味でこれから起こる未来よりも緊迫した会話をしながら、何かを察したとしか思えないウンディのジト目に晒されつつも、なんとかその場所に辿り着いた。
「……詳しい話は後でゲイルの体に聞くとして――とりあえず集めてきたわよ。この四人で良いのね?」
「そそそそそうだよ麗しのウンディ今日も一段と肌が輝いてるね!」
「御託はいいからさっさと答えなさい」
「……はい、そうです。この四人が『鮮血の鬼人』の団長と三人の副団長です」
自業自得なゲイルはさておき、改めて今回の敵である『鮮血の鬼人』の幹部四人を見てみる。
唯一見覚えがあるのがゴーザという巨漢、その横の細身の筋肉質な男が『鮮血の鬼人』のブレーンであるラングなのだろう。
その隣の鎧を着ているというよりは鎧に着られている感じの優男が元騎士のリグレムス。
そして、布で包まれた槍らしき武器を掴んだまま離さない男が――
「これが『鮮血の鬼人』の団長、鮮血のグルムッドか。僕も直に見るのは初めてだよ」
「そんなに表に出てくるのは珍しいのか?」
「うん。『鮮血の鬼人』発足当初は先頭に立って暴れまくっていたらしいけど、団が軌道に乗り始めてからは滅多に姿を現さなかったって話だよ。カリスマ性を上げるためだとかコミュニケーションが苦手だとか理由は噂されてるけど、真相は闇の中、ってところさ」
「まあ、それも後で聞けばわかるか――じゃあウンディ、やってくれ」
「わかったわ――水よ」
先ほどと同じように、『鮮血の鬼人』の幹部四人に向けて両手を突き出したウンディ。
ただし、その力の行使の目的はさっきとは真逆、気絶している四人を起こすためのものだ。
「……う」「……ここは」「……たしか馬に乗ったまま意識が」「…………」
意識が覚醒してからしばらくは茫洋としていた四人だったが、ようやく自分たちを見下ろしている存在に気づいたのか、こちらに目を向けてきた。