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『鮮血の鬼人』壊滅 3

「では間違いないのだな。……そうか、ご苦労だった」


ここは王都近郊の街にある『鮮血の鬼人』の本部。

一年前に広大な空き地に建てられたばかりの真新しい建物の中では、部下からの報告を受けた一人の物静かな雰囲気の男が、幹部の中でも副団長以上しか入れない完全防音の特別な一室に入り、中で待ち受けていた二人の男達に対してこう切り出した。


「今確認が取れた。これで崩壊した支部は五つ目。いずれも団の運営上重要な場所にあっただけに、他の支部への影響は避けられない。おそらく一月もしないうちに『鮮血の鬼人』の規模は今までの半分になるだろう」


「おいおい、そんな悠長なことを言ってていいのかよ!お前が言ってることはこっちの尻に火が付いたってことなんだぜラング!運営を統括する副団長として、やることが山ほどあるだろうがよ!」


物静かな男、ラングにそう食って掛かった男は、部屋で待っていた二人のうちの片方。

もしこの場に聖杯の一族の戦士であるゲイルがいたなら、『守護者』の秘密会合に乱入したあげく、そのメンバーを誘拐しようとした傭兵たちのリーダー、ゴーザだと証言したことだろう。


「やることだと?わからんのかゴーザ?今回、『守護者』という組織に狙われたのは、いずれも交通の要衝にある支部ばかり。ここが潰されたということは他のほとんどの支部のヒト、モノ、カネ、すべての流通が滞るということだ。生き物で例えるなら全身に血が回らなくなったというに等しい。つまり、『鮮血の鬼人』はもうおしまいだということだ」


「バ、バカ言うなよ!そんなもの、この本部に一度全部集めりゃいい話だろうが!こっちは五千人いるんだぜ?これだけの戦力が集まりゃあ、どんな相手でも蹴散らせるだろうが!それにこっちにはデカいバックがついてる!何を怖がることがあるってんだ!」


「……そうか、なら貴様が行ってくるといい。手勢は好きなだけ連れて行って構わんぞ」


「おう!俺に任せておけば五千どころか、そこら中に声をかけまくって一万の軍勢を連れて帰ってやるぜ!」


威勢よく啖呵を切るゴーザ。

しかし、それを見つめるラングの目はどこまでも冷め切っていた。


「そうか――で、どうやって国中の支部を回る気だ?」


「どうやってだと?そりゃあ、馬で行くに決まってんだろ!」


「そうか、馬か――なら、一日も経たずに馬を潰して帰ってくるだけだな」


「ああ!?んなわけねえだろうが!水と食料さえあればこの国の端から端だって余裕で行けるだろうが!」


「では、今や『鮮血の鬼人』という名が国中で締め出しを食らって桶一杯の水もままならないでいる状況でなお、お前はその水と食糧を売ってくれる商会に心当たりがあるというのだな?それは大したものだ。それならば是非私に紹介してほしいものだよ」


「そ、それは……」


ようやく自分たちが置かれている状況に気づいたゴーザ。

しかしラングの火を噴くような言葉は止まらない。


「手紙にしてもそうだ。私と部下が連絡を取るために何百通書いて各支部に送ったことか。それで帰ってきた返事はいくつだと思う?――ゼロだ。あれだけ『鮮血の鬼人』入りを喜んでいた連中が一人も返事を寄こさないはずがない。なら、理由は奴らの元に手紙が届かなかった可能性しかあり得ない。それも意図的にだ。なら、伝書鳩にするか?――それも無理だ。一週間前に契約先から一方的に契約を打ち切られた。あそこは多くの役人や貴族を顧客に抱えているから、脅しをかけたところで無駄だろう。下手をすれば、後ろ盾の権力者からこちらへの痛いしっぺ返しがやって来るだろうな」


「……わ、悪かった、ラング」


「何が悪かったというんだゴーザ?――ああ、ひょっとして『守護者』のメンバーの確保に失敗したことを言っているのか?あれは仕方ないさ。私がお前の戦闘力を見誤っていただけのことだからな。失敗しただけならまだいい、まさか一人も欠けることなく五体満足で丁重に送り返されるとは思ってもみなかったさ」


「だから悪かった!俺は現場担当、お前は頭脳労働担当、その領分を侵すようなことを言って悪かった!だからいつもの冷静なラングに戻ってくれ!お前にまで熱くなられちゃ、本気で俺達は終わっちまう!」


「っ!?……い、いや、元はと言えば相手の戦力も見極められずに作戦を提案した私の落ち度だ。むしろ良く帰ってきてくれた。確かに私の方こそ冷静ではなかったようだ」


そう互いを気遣った二人の間に和解の空気が漂う。

そして、ようやく精神に余裕ができた二人の副団長は、先ほどから一言も喋らない三人目の男に同時に目を向けた。


「それで、俺達が汗水垂らして走り回ってる間、あんたは何をしてたんだよ?」


「ゴーザが実働部隊の指揮、私が団の運営という役割があるように、貴殿には『鮮血の鬼人』の後ろ盾である王太子派との折衝という役目があったはずだ。まさかいつものように歓楽街で遊び惚けていたとは言わせぬぞ、元第一軍団団長補佐リグレムス殿」


発足から二年の『鮮血の鬼人』がここまで急成長できた背景には、団長のカリスマや二人の副団長の手腕だけでは説明のつかない要素がある。つまり、役人、貴族、軍と言った権力者との関係だ。

そこで『鮮血の鬼人』結成の初期の段階で副団長のラングが接触したのが、現在は三人目の副団長の座に就いている優男、リグレムスの『真の主』だ。

王太子ベルエムの側近であるリグレムスの主の汚れ仕事を引き受ける代わりに、何かと理由を付けて賄賂を要求してくる役人のような相手を黙らせてもらうという、一種の協力関係を結んだのだ。

その代償が、弁舌以外に取り柄がなく、公金横領の罪で第一軍団を追放されそうになっていたリグレムスという名の騎士を副団長として迎えることだった。

『鮮血の鬼人』のブレーンであるラングにとってはこういう事態を察知した時点で真っ先に動かすべき駒なのだが、『守護者』の動きがあまりに迅速かつ同時多発的に起こり、団内業務に忙殺されたため、団内でも厄介者で通っているリグレムスに連絡を取る余裕が今日まで訪れなかった。

それから数日後、久々に三人の副団長が集う場でようやく詰問の機会がやって来たのだが、いざその機会が訪れた時になって初めて、そのリグレムスの両手が血が滲むほど強く握られていることにラングはようやく気付いた。


「……き、切り捨てられた」


「なんだと?」


「……貴様らが言うところの『守護者』の攻撃のことならとっくの昔に分かっていた。わ、私だってただ遊び回っていたわけではない、歓楽街というところでは噂の類いはどこよりも早く手に入れられるんだ。『鮮血の鬼人』がこの聖杯の国から締め出しを食らい始めていることなんてすぐに分かった。だから、私はすぐに侯爵様に連絡を取って『鮮血の鬼人』から抜けられるようにお願いしたんだ」


「てめえ!俺らを裏切ろうとしたのか!?」


「貴様らだって私がこの団への忠誠心など微塵もないことを承知で利用していたのだろう!?お互い様だ!」


「だからって俺達に一言もなしかよ!」


「やめろゴーザ。リグレムスとは最初からそういう契約だったはずだ」


「……チッ」


同僚の裏切りに激高しかけたゴーザだったが、ラングの言葉で冷静さを取り戻す。


「むしろ早い段階で居なくなってくれていた方が、私にとっては早い段階で異変を察知できて助かったほどだ。……だが実際にはそうはならず、お前は団を去ることはなかった。そうだなリグレムス?」


「……定期連絡に使っていた娼館がある日突然潰れていたんだ。近所に理由を聞いても誰も知らなかった。慌てて王都の侯爵邸を訪ねたら警備兵に問答無用で殺されそうになったんだ!つまり私は侯爵様に見捨てられた!ならここに引きこもるしかないだろう!」


「それならそうと俺かラングに言えばいいだろうが!なんでそうしなかった!?」


「バカを言うな!お前達の方こそここ最近居場所が分からなかったではないか!?いつだれが襲ってくるかもしれない状況で私に貴様らを捜し回れと!?それこそ自殺行為だ!」


「――リグレムス、お前の言いたいことは分かった。ゴーザも落ち着け。リグレムスの言うことにも一理ある。大事なのはこれからどうするかだ」


「……くそ」


「……ふん」


ラングの仲裁でひとまず場は収まったが、事態を好転させるカギを見つけられずに三人の間に重い空気が漂う。

結局、先に口を開いたのは、直情的で沈黙が苦手な性格のゴーザだった。


「……なあラング、お前でも何の策も見つけられないってことは、俺達はもう詰んでるってことじゃねえか?」


「……わかっている。各支部とは連絡が取れず、依頼も補給も全滅状態、おまけに侯爵にも見捨てられた。はっきり言って『鮮血の鬼人』はもう終わりだ」


「ならどうするというんだ?まさかやられた腹いせに『守護者』のメンバーでも襲おうというのか?バカな、それこそ自殺行為だ!」


「……そのまさかだ、リグレムス。私たちが生き残るにはそれしかないだろう」


「……は?」


「おいおいラング、マジで言ってるのか?」


いつも冷徹で何かにつけて反対することが多いラングの自滅するような物言いに、リグレムスとゴーザも唖然とするしかない。


「それほどまでに私達は追い詰められているということだ。生き残る術があるとすれば、残った本部の戦力を乾坤一擲敵の拠点にぶつけ、その戦果を以て他国に亡命するしかあるまい」


「だが、追い詰めている側の『守護者』がそれくらいのこと予想してねえはずがねえだろうが。それに拠点っつったって、『守護者』には明確な盟主がいねえんだろ?どこに的をしぼりゃいいんだか――」


「――先代南の大公の命だな、ラング」


ゴーザにしては至極真っ当な反論。

そこに割り込んだのはリグレムスでも、ましてや提案した側のラングでもない、副団長以上の身分しか入室を許されないこの部屋に入ることのできる、第四の男だった。


「だ、団長……」


ゴーザとラングの二人はもちろん、最も忠誠心の薄いリグレムスですら即座に椅子から立ち上がって敬礼するほどのオーラを纏ったその男は、三人の副団長が入ってきた扉とは別の、これまで数えるほどしか使われてこなかった団長室と直接繋がっている隠し扉から忽然と現れた。


「は、はい。まだまだ全容を把握しているには程遠い『守護者』のメンバーで、私が把握している中で最大の影響力を持つ人物、ミルロ=ナーサリアを狙うのが最も効率的と思われます」


「で、ですが、自分の命が狙われるかもしれないことは先代南の大公もわかっているはずです。下手をすればこちらが罠にかかることに――」


らしくもなく、ラングと団長の会話に異を唱えてしまったリグレムス。

だが、部下の無礼に怒るでもない団長の返事は単純明快なものだった。


「問題ない。すべて俺が蹴散らす」


「……リグレムス、確かに私達は『守護者』の力を甘く見ていたが、それは相手も同じことだ。『鮮血の鬼人』の中でも団長の本当の実力を知っている者はごくわずか、もし『守護者』側がその事実を知っていたなら、ここまで私達を追い詰めることはしなかったはずだ」


「た、確かに……」


二年前、たった一度だけ自分の(元)主と共に見たあの光景。

軍隊という存在を嘲笑うかのようなあの時の暴虐は、都合のいいことしか覚えようとしないリグレムスですら忘れようとしても忘れられない記憶だ。

団長を止められる存在は、少なくとも聖杯の国には存在しない、そんな確信がリグレムスの中にあった。


「なにより、すでに団長は意思を固められている。ならば私たちはそれについていくのみ。――現時点を以て『鮮血の鬼人』本部を放棄する。準備ができ次第、団長について行くという猛者のみで出発する。同時に非戦闘員は解放、裏切り者が出ても決して手を出す必要はない。どうせもうだれにも止められん」


「おう」 「わ、わかった」


団の頭脳であるラングの指示に頷く二人の副団長。

それを見届けた『鮮血の鬼人』最強の男が最後に告げた。


「これより南へ発つ。敵は先代南の大公ミルロ=ナーサリア。全員、準備を開始せよ」

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