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ナーサレイク地下道でのノスタルジック

「ここはナーサレイク草創期に密かに作られた地下道の一つでして、いざという時に我が一族が安全に脱出するため、そして『聖杯の一族』の方々をお迎えする時に使われることを想定しているのです。ですが、まさか私の代で本当の目的でこのような栄誉に預かることができるとは思ってもみませんでした」


大昔に作られたとはとても思えないほどキレイに舗装された石造りの地下道を歩きながら、ミルロさんの孫にして南の大公の嫡男、ミルトス(お願いだから呼び捨てにしてくれと言われた)は俺達にナーサレイクの話をしてくれていた。


「しかし、ナーサレイクにこんな地下道があったことも驚きだけど、まさか君とミルロさんが南の大公の直系だなんてな、もう何から驚いていいんやら」


「あはは、とは言っても南の大公、つまり僕の父は『守護者』とは何の関わりもありません。先代と嫡男が役目を担い、当主は引退するまで最大限の便宜を図りながらその行いを見て見ぬ振りをする、これがナーサリア家の『守護者』の役割分担ですよ、セイラン殿」


そう俺のことを殿付けで呼んだミルトスに(様付けを阻止するので精いっぱいだった)、俺は思わず声をかけざるを得ない。


「おいおい、それってナーサリア家のトップシークレットってやつじゃないのか?そんな重大事を初対面の俺なんかに話していいのか?」


「構いません。というより、これまでセイラン殿とお会いできなかったことを個人的にはもどかしく思っていましたから」


「これまで?まるで俺のことを昔から知っていたような口ぶりだな。少なくとも初対面のはずだと思ったんだが?」


「いえ、初対面で合っていますよ。間違いなく僕とセイラン殿が初めて会ったのは今さっきです。ただし、間接的にはあなたのことを何度も聞いていました」


「間接的にって――」


ミルトスと二人で前を歩いていた俺は、その言葉に閃きを感じて後ろを振り返った。

そう、親の役目を知る目的で、子供のころから『森の外』と繋がりを持っていた男が俺の身近にいたのだ。


「そういうこと。セイランの知らない僕の幼馴染、そのうちの一人がミルトスさ。一人で外を回ることを親に許されてからは、見回りついでによく食事を御馳走になってるよ」


「私も顔つなぎ程度に何度かね。さすがに


むしろその御馳走が主目的になってるんじゃないか?と若干の嫉妬を感じながら、俺はゲイルとウンディを睨みつけて、体を元の向きに戻した。

ちなみに、王都での俺の二年間は第三王女秘書官という肩書ではあったものの、あまり公的な場に姿を晒すわけにもいかなかったのでその食生活は実に慎ましいものだった、ということだけ付け加えておく。


「じゃあ、ミルトスは俺が二年間一族の『外交官』として王都にいたことと、クビになって里に帰った事情も知っているんだな?」


「ええ、ナーサリア家の力を使えばエーテリア殿下の処分に巻き込まれる事態を避けることも可能ではありましたが、それでは『守護者』の本分から外れてしまいますので静観していました。それに、今の王家のやり方、特に王太子派の動きには思うところがありましたので、セイラン殿には申し訳ないですが今の状況を僕が望んでいたことも否定できません」


そういうミルトスの顔には、初対面の俺でもはっきりわかるほどの怒りの感情が浮かんでいた。

その対象はやはり王太子派の動き、つまり中央部開発計画のことだろう。

そして、ミルトスの怒りはそのまま俺達聖杯の一族への尊敬の感情の裏返しといえる。


(しかしミルトス、ミルトスねえ。昔どこかで一回だけその名前を聞いたような・・・・・・あ!?)


「ミルトス!!お前があのミルトスか!!」


「うわっ!?」 「ちょっとセイラン!いきなり大声出さないでよ!びっくりするじゃない!」


「セ、セイラン殿、いくら頑丈に作られた地下道とはいえどこから声が漏れるかわかりませんからどうか大声はお控えください」


ウンディだけでなくミルトスにまで怒られてしまったが、今の俺はそれどころじゃなかった。

二年前に起きた些細で不可解な出来事にようやく納得がいったからだ。


「あ、ああ、すまない。それはそうと、俺の方でもお前の名前を聞いたことがあったぞ。あれは確か俺が秘書官になったばかりの頃だ――」






「ねえセイラン。あなた、ミルトス様って知ってる?」


「いいえ殿下。何分都会とは無縁な田舎から出てきた世間知らずでして。無知をお許しください」


「もう、私のことはエーテリアと呼んでと言ってるのに。それに無知であることを恥じる必要はないわ。知識がないのならこれから学んでいけばいいのだし、わ、私が知っていることならなんでも教えてあげるわ」


「ありがとうございます。それで、そのミルトス様というのはどういった御方なのですか?」


「じつは私もよく知らないの。ただ、ベルエムお兄様が今日のお茶会で『今度ミルトスという男に二人で会ってみないか』って仰ったものだからちょっと気になっただけ」


「それは・・・・・・どう意味なんでしょうね?」


「だからセイランに聞いてるんじゃない。もう、セイランは本当に何も知らないのね。ふふ、いいわ、これから私が王宮での暮らし方を教えてあげると思えばそれも楽しみだし」


「ありがとうございます殿下」


「ああっ!?また殿下って呼んだわねセイラン!だからエーテリアって呼んでって――」






「つまり、お前は王太子が第三王女にあてがおうとした婚約者候補だったってわけだ」


当時、まだ王宮の役人として駆け出しだった俺は、上流階級の箱入り娘が同年代の男子と二人きりで会うことが、そのままお見合いの場となることなど知らなかった。

結局、その話はその場限りで終わり、エーテリア殿下と目の前の南の大公の嫡男が会う機会は訪れていないので、今の今まですっかり忘れていた。


「確かにそのような話が二年前にありました。南の大公家としては王家とのつながりを強化する絶好の機会だと言えたのですが、聖杯の守護の一端を担うとしては絶対にお受けするわけにはいかない縁談でした」


「それは、聖杯の国の南方を守護する大公家としてはあまり王家との距離が近づくのは避けたい、って意味か?」


「まさか。今の王家がとの関係がほぼ対等だった建国当時はそのような風潮もありましたが、そこに固執していてはナーサリア家が時代の変化に取り残されてしまいます。私が断った理由はただ一つ、第三王女をナーサリア家に迎えることでセイラン殿、あなたを王都から引き剥がして『外交官』の役目に支障をきたすような事態を、私自ら引き起こすわけにはいかなかったからですよ」


「・・・・・・そうか」


すまない、ありがとう。

その二つの言葉が俺の脳裏に浮かんでは、言葉になることもなく消えた。


俺達聖杯の一族と彼ら『守護者』の関係は非常に微妙なものだ。

爺様から聞いた話によると、『外』の建国当初は個人個人が祖先に対して協力していたに過ぎず、それが『守護者』という緩やかな秘密結社的な形に纏まってきたのはずいぶん後のことだそうだ。

その成立に聖杯の一族の以降は一切関わっておらず、彼らが時代の移り変わりとともに俺達のことを知る人々が少なくなっていったことへの危機感から、バラバラに行っていた活動を体系化と効率化を彼ら自身が図ったのが、今の『守護者』の形なのだ。

つまり、俺とミルトスの間にあるのは一種の協力関係であり、互いに感謝も謝罪もされる義理は何一つないのだ。

彼らは好きで俺達に協力する。俺達一族はそれにギブアンドテイクで何らかの形で返す。

その一線だけは、少なくとも俺達の方からは踏み越えてはならない、そう爺様は言っていた。


「しかし、あの縁談がもしかしたら蒸し返されるかもしれません」


「・・・・・・どういうことだ?」


ミルトスとの距離感を掴もうと考えこんでいたので、その言葉は俺にとって唐突すぎた。


「一度は第二王子派の策略で聖剣の国に嫁ぐことが決まりかけていたエーテリア殿下でしたが、王太子派が勝利した以上、縁談をこのまま進めるわけにもいかないでしょう。となると断るための理由が必須ですが、縁談以前に聖杯の国の内部にすでにエーテリア殿下が約束を交わした相手がいた、という筋書きを王太子派が考えているそうです」


「そして、その相手の候補の一人が――」


「ええ、以前に噂という既成事実を作ってある僕、ということらしいです」


その言葉を受けて、俺はミルトスとエーテリア殿下が並んで立っている姿を想像してみた。

俺という障害が無くなった今、二人が結婚する可能性はそれなりに高い。

むしろ美男美女の二人として誰からも祝福されるお似合いのカップルになるだろう。

そう、俺達聖杯の一族ですら認めざるを得ないほどの――


「さあ、着きました。この上がナーサリア家の別邸の一つです。そして、今回の『フォレストガーディアン』の秘密会合が行われる会場でもあります」


俺のノスタルジックで無意味な思考はそこで中断された。


さて、『守護者』の顔ぶれを拝みに行きますか。

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