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『森の外』からの誘い

とまあ、俺の配下のアグニと代理配下(?)のクロエさんが王都の貴族もびっくりの暗躍をしていた頃、立場上は張本人というべきはずのセイランこと俺はというと、


「セイラン、今行商のミルロさんが広場に来ているらしいから、ちょっとお使い頼まれてくれない?」


「はいよー。で、何を買ってくればいい、母さん?」


「ええっとね、塩と砂糖一袋ずつと小麦粉は三袋でしょ。それから冬物の生地があったら柄が良さようなものを一反見繕ってきてちょうだい。あとは美味しそうなお菓子があったらそれもね」


「了解了解」


という任務をわが家の真の支配者様から拝命して、見回りという名目であちこちを寄り道しながら広場に来ている行商の元へと向かっている最中だ。


つまり、里から一歩も出ることなく普通に平和に生活していた。


もちろん、一見役目は部下任せで自分は何も仕事をしないという無能指揮官そのものな俺の現状にはちゃんとした理由がある。


今回、人んちの庭にズカズカ入り込んできた王都の商人様御一行を始末したわけだが、その方法は様々かつ広範囲にわたって行われたため、どうしても手分けして行動する必要があった。

幸い二人の御者と傭兵四人は『森の外』の村人たちが担当してくれたが、一行の中に明らかに実力を隠しているつり目の男の存在をクロエさんが見抜いた時にこういうやり取りがあった。



「あらあら、ただのおバカさんとお金に釣られた護衛だけだと思っていたら、とんだ伏兵がいたわね」


「す、すごいっすねクロエさん。こんな遠目からでも相手の実力が分かるんすか?」


「あらアグニ、この世界には常人が視認できるはるか遠くから標的を殺せる力を持った人だっているのよ。これくらいできなきゃこの先セイランを守り切れないわよ」


「う、うっす。努力します」


「ま、まあまあ――それよりクロエさん、村長から聞いた予定だとまずは夜の食事に強力な睡眠薬を使って奴らを眠らせるって算段らしいですけど」


「そうね、ひょっとしたらあのつり目の彼は直前で気づいて逃げてしまうかもしれないわね。となると、今のままじゃ人手が足りないわね」


「じゃあ、俺とアグニがここに残ってつり目の男を始末するというこ――」


「ダメ」


「い、いや、でもさすがにアグニ一人で最大七人に対処するのはちょっと」


「ダメ」


「あ、あのクロエさん。今回は村の人達のサポートもあるし、俺としてもセイランがいた方が何かと動きやすいんだけど」


「アグニ、あとでお仕置きね」


「……はい」



もちろんアグニの二の舞にはなりたくないので、俺はそれ以上抗弁せずに、大人しく二人に連れられる形で里に戻ってきた。

それから十日ほど、ゲイルやウンディも帰ってくる気配もないので、俺はひたすら家事手伝い業に勤しんでいた、というわけだ。


――それにしても『森の外』か。

王都へ行く前はあまり意識してこなかったけど、この里の文化的な暮らしが行えているのは彼らが森の中と外をつないでくれているからだ。

そして、今回のような非常時となれば、彼らは俺達の目や耳に、時には手足となって『聖杯』を守る尖兵として働いてくれる。

その行いが単なる主従関係ではなく、彼らの自発的なもの、という点が気を付けなければいけないところだ。

――そろそろ『森の外』の規模や影響力を把握しておきたいな。後で爺様に聞いてみるか。


「おお、セイラン君。久しぶりだね」


里の人のものではない懐かしい声に顔を上げてみると、この辺りではちょっと見かけない浅黒い肌を持った老人がにこやかにこっちを見ていた。

その周りには何人かの里の人達がいて、『外』でしか手に入らない品々を眺める光景が広がっていた。


「ご無沙汰しています、ミルロさん」


「うんうん、王都へ行く前も礼儀正しい子だったが、きちんとした教養を身に付けてきたようだね。まあ、こんなに距離が離れていると話しづらい、こっちに来なさい」


どうやら考え事をしているうちにいつの間にかに広場まで来てしまったことに気づきながら、俺は馴染みの行商人の手招きに応じて、所狭しと絨毯の上に並べられている商品の前に腰を下ろした。


このミルロさんは俺が生まれる前から定期的に里に行商に来ている人で、いつも森の近くの村に留まって里の誰かが見回りで来るのを待ってから、一緒に里に来て行商をしていく、いう、商人としては一風変わった人だ。

まあ、そのおかげで里の暮らしは一段も二段も豊かになっているのだから、里に住む身としては感謝しかないのだが。


「普段なら村の様子は変わりないかね、と話題を振るのだが、セイラン君に限って言えば、今のワシの方が詳しそうだな」


「お恥ずかしいことに、ついこの間王宮をクビになりまして。他の仕事に就く当てもなくて、ノコノコと生まれ故郷に戻ってきました」


「はっはっは、確かに今の王宮で生き抜くことは生き馬の目を抜くことよりも難しいが、あそこに入り込めたこと、そして五体満足で帰ってこれたこと自体を喜ぶべきだろうな」


「確かに、その通りかもしれません」


何気ない会話のようでその実しっかりと王宮の内情を把握しているミルロさんに、俺は頷くことしかできなかった。

――たしかミルロさんは距離だけで言うなら、ここよりもさらに王都から遠い南部の商人だと聞いた覚えがあるが、長年行商をやっているといろんなことに詳しくなるものらしいな。


「しかしセイラン君も災難だったな。まさか王太子派と第二王子派の争いに巻き込まれるとは夢にも思わなかったのではないかね?」


「……よくご存じですね」


「まあ、金儲けしか能がない商人たるもの、ある程度は政情を理解していなければ、大きな力にあっという間に潰されることもある、ということだよ。良ければ、セイラン君が王都を離れてからの簡単な情勢を教えてあげても構わないが、どうするかね?」


「ぜひ、お願いします」


「うんうん、教えを乞うべき人には素直に頭を下げる。セイラン君も立派に育ったものだ」


さらに相好を崩して笑うミルロさん。

なんだかこそばゆい気持ちになるが、王都の情報をすぐさま手に入れられる伝手は今の俺にはない。

この貴重な機会は逃せないと、気を引き締めた。


「といっても、話せることは少ないのが現状だ。なにしろ、一応は国を二分する争いが終結した直後だからね、まだ情報が錯綜していて、はっきりと言えるのは、ベルエム殿下も今は自身の派閥の引き締めと崩壊しつつある第二王子派の取り込みに必死で、他のことにかまけている余裕はないということだけだ。だから心配しなくてもいい」


「そうですか、王都ではそんな――今なんのことを言ったんですか?」


「なにって、なんのことかね?」


「とぼけないでください。なにが心配しなくてもいいんですか?王家の争いと今の俺に何の関係があるって言うんですか?」


そう、身分の上では平民に戻った俺のことを心配する理由も根拠も、少なくともこのミルロさんにはない、ないはずだ。

だが、里に帰ってきてから俺の中で芽生えていた、この人の良さそうな老人がなぜわざわざ大した稼ぎにもならないだろう森の奥くんだりまでやって来るのかという疑問が、ゆっくりと首をもたげ始めていた。


「まあ落ち着き給え。そんなにいきり立たなくとも今から話すつもりでいたのだよ。ちょうど他の人も気を利かせてくれたところだし、本題に入るとしよう」


その時、俺はさっきまで広場で外の商品を見ていたはずの人達がいつの間にかにいなくなっていることに、ミルロさんのその言葉でようやく気付いた。

偶然ではあり得ない、明らかにミルロさんと俺に配慮されている状況に、俺の疑問が確信に変わりつつある中、ミルロさんはおもむろに片膝をつき、深く(こうべ)を垂れた。


「セイラン様、フォレストガーディアンがひとり、ミルロ=ナーサリア、王都商人ホルト一行の始末を終えましたこと、ご報告申し上げます」


「やっぱり、あなたもまた『森の外』の人だったんですね」


呟くように返した俺の言葉で顔を上げたミルロさんは、いつも通りのにこやかな表情をしていた。


「まだ戦士になれない年齢の聖杯の一族の子には我らのことを教えない仕来りでしてな。特に王都へ『外交官』として行かれたセイラン様には、非常時でなければ一生我らのことを明かさないはずでございました」


「……理由は、なんとなくわかります。唯一王都にいる『外交官』が余計な権力を持たないようにとか、そういうことでしょう。だが、当代の俺はこうして帰ってきて、『聖杯の国の国』と事を構える可能性が出てきた」


「左様にございます。我らの役目は、平時は一族の方々の目や耳となり『外』の異変をいち早く察知すること、そして非常時には聖杯の一族の手足となって働くこと。つまり、今この時より我らフォレストガーディアンもまたセイラン様の配下に加わるということにございます。ですがその前に、一つだけお願いがございます」


「なんでしょうか?」


「通常、我らは王国の各地に散って様々な職に就いて潜んでおりますが、主だった者たちが不定期で集まって大まかな方針を決める会合を秘密裏に行っております。今回私が参りましたのは、近々開かれるその会合に、是非ともセイラン様に出席していただきたいというお願いをするためでございます」


さて、俺としてはいきなりとしか言いようのないタイミングで『森の外』とじかに関わる機会がやって来た。

普通ならここでいったん持ち帰るとか、爺様や仲間たちに相談してからとか、あるいはアグニとクロエさんが帰ってきてから、なんてプロセスを踏みながら、最終的には断るなんて選択肢は持たずにOKするのだろう。


だが、俺は、聖杯の一族は、そんなくだらない常識にとらわれるつもりはない。


「行きましょう。すぐに」

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