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とある商人の無謀 4

「……あるいは、あるいはあの眠り薬が効かずに脱出してくるのではないかと考えて見張っていたのだが、まさか本当に外まで避難してくるとはな。あのまま火に焼かれて死んでいた方が楽だったと思うがな」


(て、てめえはこの村の村長じゃねえか!?な、なんで)


声のした方へ男がかろうじて首を動かして見えた先にいた影、その正体はホルトの口車に乗って懐柔されたはずの村長だった。


「しかし、絶対に逃がさないためとはいえ、少々使った毒矢が強すぎたようだな。一人死んでしまっているな。せっかくこれから生まれてきたことを後悔させてやろうと思ったのにな」


(毒矢だと!?まさか!?)


思い出すのは倒れる直前に仲間から指摘された、いつの間にかに胸についていた羽飾り。

気づいてからも何の痛みも感じなかったが、おそらく羽飾りの先端に毒を塗った細い針がついていて、それをどこかから吹き矢を使って命中させたのだろう。


(いや、あり得ねえ!こんな軽そうな毒矢を遠くから、しかも服を貫通する威力で飛ばせるはずがねえ。絶対にこの近くに潜んでいたはずだ。だが、それにこの俺が気付けなかっただと?そんなバカな――)


「そんなバカな、という顔つきだな。声など聞こえずとも、命の危機を自覚した輩の考えることなど大体相場が決まっておる。そもそも、あの森に目を付けたのが貴様らが最初だと本気で思っていたのか?ここは、役人どころか他の土地の人間など滅多に通らない、いわば無法地帯だ。そんな土地で私たちが何の自衛手段も戦力も持たないと思ったか?――いや、思ったのだろうな。そうでなければあんな話を外でするわけがないからな」


(こいつ!?なんで朝の話を知って――いや、そんなことより、なんなんだこいつら!?)


まるで独り言のように呟き続ける村長。

闇夜の中燃え続ける自分の家には目もくれずにいるその姿は十分恐怖に値するものだったが、男にとってはまるで一切の感情を無くしたように無表情で立ち続ける周囲の影達、炎に彩られた村の男たちの方がそれ以上に恐ろしく見えた。


「案内役を立ててあの森に入ったのは正解だったな。本来、道も分からぬ余所者が不用心に入れば、半日も経たずに森にいる獣たちに食われてしまうような危険な森だ。そんな森の恩恵に預かり、全員が森での生き抜き方を会得したこの村の男たちが本気で気配を消せば、所詮戦場の戦いしか知らぬお前たちを欺く(あざむく)ことなど造作もないこと」


(そうか!何かおかしいとさっきからずっと思っていたが、こいつら、こうしてこの目で目の前で見ているのに、それでも気配が一切無いんだ!)


これだけ至近距離で見ているのにそれでもなお掴めない気配。

戦場で培った経験が何一つ役に立っていない現状に、男は改めて戦慄した。


「さて、そんなわけで我々は、お前たちがここへ来た魂胆をすでに知っているというわけだ。こちらとしてはもう用済みなのだが、まだ少し時間があることだし、なぜお前たちがこんな目に遭っているのか、その理由を話してやろう。さすがに訳も分からずに死んでいくのは嫌だろうしな。なに、簡単なことだ、お前たちは『国境』を侵したのだよ」


(国境、だと?こいつは一体何を言ってるんだ?ここは聖杯の国の内部だぞ。どこに国境なんて代物が――)


「そもそも、お前たち『外』の人間たちは初めから決定的な勘違いをしている。この辺りは『外』では王家直轄地という話になっているそうだが、私たちは一度も王家の世話になったことはないし、王家もまた私たちに何かを要求したことは一度もない。これが何を意味しているか分かるか?」


(王家の庇護を受けていないだけじゃなく、王家がこいつらに命令したこともないだと?それじゃまるで――)


人というものは声が出せない時でも、その表情からある程度の思考が読み取れる。

男の顔の劇的な変化はまさにその理論を体現していた。


「そう、ここは王家直轄地などではなく別の国だ。ここは、此処こそは、お前たちが便宜上読んでいるまがい物の名ではない、真の『聖杯の国』なのだよ」


(――なんだそれ。聖杯の国の中に真の聖杯の国だと?いや、そもそも俺達が呼んでいた聖杯の国は聖杯の国じゃなくて――ああっ、わけわかんねえ!)


「あ、ああうううぅ、あうあうぅ!」


意味が伝わるわけがないと知りつつも、呻き声を上げて話の続きを急かそうとする男。

だが、音もなく駆け寄ってきた新たな影が、唐突に村長の独り言を打ち切った。


「村長、準備ができたぞ」


「そうか、では行くとするか」


「ううーー!ううーー!!」


「なんだうるさい――ああ、話がまだ終わっていなかったな。安心しろ、今からお前たちが向かう場所こそが、真の聖杯の国なのだからな。他人に尋ねるより己の身を以て真の聖杯の加護とはいかなるものか知るがいい。おい、こいつらを眠らせろ」


村長のその声が男の耳に響いた瞬間、分厚い胸板に軽い衝撃があったかと思うと急激な眠気に襲われ、そのまま意識が沈んでいった。






「村長、こいつらの武器はどうする?一応奪っておくか?」


「いや、そのままいっしょに運んでやれ。本来の実力を発揮できた方が、聖杯の力を知った時により自分たちの愚かさに気づけるだろうからな」


「万が一、自力で森から脱出、なんてことにはならないか?」


「万が一?あり得んな。我々でさえめったに行かない、今から奴らを捨ててくる予定の奥地だぞ?しかもそこに住むのは、聖杯の加護によって超常の力の一端を得た神代に居たと言われる伝説級の獣たちだ。それこそあの御方達でもない限り、森を生きて出ることなど不可能だ。わかったなら早くこいつらを連れていけ」


「わかった」


村の男たちが昏睡状態の傭兵たちを死んだ者も含めて森の方へと運び始めたころ、すでに全てを燃やし尽くして炭と灰だけになった村長の家には、こちらも炭化しかけた焼死体を捜し回る男たちの姿があった。


あとは焼け死んだ『外』の人間を確認するだけか、と村長が考えた矢先に、にわかに村長の家の跡を歩き回っていた男たちの動きが慌ただしくなった。


「なんだ、何かあったのか?」


「そ、村長!ここにある死体は全部で二つだけだ!」


一瞬何のことを言われているのか考え、あれほどの惨劇を自分の家を犠牲にしてまで作り出した村長の、さっきまでの無表情が一変した。


「――もう一度よく捜せ!いくらたいまつを焚いても構わん!本当に死体が二体なのか確認するのだ!」


村長の指示により、焼け跡が煌々といくつもの赤い炎によって、その惨状がはっきりとわかるまでに照らし出された。

とはいえ、村長の家と言っても他のそれより一回り大きくした程度なので、それほどの時間をかけずに最初の報告が覆ることはなかった。


「――間違いない。馬車を操っていた御者の二人は同じように大きめの体格をしていた。そして、本来この場に居なければならない三人目はこの二つの焼死体とは似ても似つかない華奢な体」


「――ということは、村長、まさか」


村の男の一人から投げかけられた問いに応えることなく、少しの間目を閉じて考え事をしていた村長だったが、不意に目を開けると落ち着いた声色で周囲に告げた。


「……非常に考えにくく、また事実だとすれば村始まって以来の大失態だが、あの商人の付き人とかいう男、我々の罠を掻い潜って逃げおおせたようだ」


「そんな!」「ありえない!」「村長!追跡と捕縛の許可を!」



「鎮まれ!!」



さっきの動揺した声とは違い、重い決意のような意思を込められた村長の大喝は、パニックに陥っていた村の男たちを正気に戻すのには十分すぎるほどだった。


「先日、我々全員があの御方と約定した内容をもう忘れたか!我々が奴らに手を出せるのは森からこの村まで!それより外に逃げられた場合はあきらめると!」


「「「………………」」」


村長によって数日前の記憶を呼び起こされ、その場でうなだれる男達。

だが、彼ら全員のその態度は決して自分の思い通りに行かないことへの反発などではなく、まるで自分の悪戯を親に叱られてしまった子供のような純粋な悔しさと真剣さがあった。


「私とて、自分たちで始末をつけられなかったことは痛恨の極みだ。だが、我々が持っているのは森の恵みを利用したわずかばかりの薬と毒の作り方と、森で良く抜くための狩人としての業のみ。後のことはあの御方達にお任せするしかあるまい」


よほどの無念を感じて思わず唇を強く噛みすぎたのだろう、そう語る村長の口からは血が滲んでいた。

その姿を見て、男たちも無言のままに心を落ち着かせる。


「しかし、奴らの中で最も生まれたことを後悔するのは、その逃げた男だろうがな」


最後にそう呟いた村長の独り言は、間違いなく逃げた男に降りかかる最悪の結末だと、村の男たちに確信させるものだった。

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