とある商人の無謀 3
その夜、村の中央にある村長の家では、田舎には似つかわしくないほどの賑やかな酒宴が開かれていた。
参加しているのは、王都の商人のホルトにつり目の付き人、馬車を運転してきたガラの悪そうな御者二人、ホルトに雇われた四人の傭兵の計八人。
最初の頃は給仕役の村の女性たちやホルトの酒に付き合っていた村長などがいたが、今日一日の森の探索で傭兵たちが得てきた植物の話になると、急に興奮してきた彼らのテンションについていけなくなったのか、朝が早いのでという理由で早々に下がってしまった。
「なんだあいつら?ノリの悪い奴らだな」
「まあまあ、突然豊かな暮らしができるかもしれないと聞いて驚いているのでしょう。それよりも、せっかく村人の目がなくなったのですから、今日の収穫をここで見せてもらえませんか?」
「ああ、森で見た木の実や植物の中から珍しそうなやつを適当に取ってきたのがこれなんだけどよ。本当にこんなのがあんたの目当てなのか?」
そう言った傭兵の一人がそばに置いてあった袋をテーブルの上に置くと、目の色を変えたホルトがひったくるように中を覗き込んだ。
「どれどれ、――おおっ!?ミズリ草にクミルの実ですか!こっちは若返りの効果があると言われるネルネスの花!?これ一つ手に入れるだけでも王都では金貨の山が積まれますよ!」
テーブルの上に置かれた、村の女性が作った料理やこの辺りで作られたという葡萄酒の瓶を押しのけて作られたスペースに置かれた、森で傭兵達四人が採取したというそれらの植物は、ホルトにとっては宝石の山に見えていた。
「マジかよ!そんなお宝があの森には山ほど唸ってるってのかよ!?」
「ええ。仮にあの森の所有権を手に入れられるとしたら、それこそ王家に匹敵するほどの、もしかしたらそれ以上の巨万の富を手にしたも同然ですよ。――しかし変ですね。本当に村から出してもらった案内人は、貴方達がこれらを採取する時に何も言わなかったのですか?」
「ああ、さすがにこっちから確かめるようなことはしてないけどよ、決められたルートから外れるなってこと以外は何も言われなかったぜ」
「――これはひょっとすると、事前に村長から私たちの行動を黙認すると案内人に指示が出ていたかもしれませんね」
「便宜を図って、後で少しでも多く分け前をもらおうってことか?」
「そうです!そうに違いありません!わははは!現地の協力があれば、たとえ大貴族が横槍を入れてきたとしても早々後れを取ることはありませんよ!何より子爵様からの覚えが一層めでたくなれば私の地位も安泰というもの!」
「いや、案内人のあの感じはそんな――」
大笑いしながら自分の考えに酔いしれるホルトに異議を唱えようとする仲間の言葉を、無言で肘でつつくことで制止した傭兵の男。
(やっぱりこいつは駄目だな。この認識の甘さにカンの鈍さ、多分子爵からも使い捨て程度にしか思われてないだろう。一度王都に帰ったら何とかして子爵本人と会える算段を付けないと、このバカ商人と一緒に消されちまうかもしれねえ)
とりあえず四人だけになったらすぐに俺の考えを仲間と共有しとかないとな、と考えながら、男はテーブルの上の料理と酒に本格的に口を付けることにした。
パチ パチパチ
(……ここは、――そうか、また森に入るのは明後日にするからって、あの後しこたま飲んだんだっけか。――そんなに飲んだ記憶はねえのにあのまま寝ちまったのか、くそ)
村の誰かが暖炉に火でも入れたのだろうか?
何かが爆ぜる音と暖かい空気の中で、何年か前の戦場で焼き討ちにあって以来火の近くでは熟睡できなくなったことを、傭兵の男はゆっくりと意識が覚醒していく中で思い出していた。
(……いや、待てよ?今は別に寒い時期ってわけじゃねえ。そもそも、この部屋に暖炉なんて気の利いたものがあったか?)
うっかりすれば再び寝入ってしまいそうな虚ろな気分の中で、どんな小さな違和感でも確認しないと気がすまない性格が、果たして男にとって幸運なことだったかどうか。
強烈な睡眠欲に何とか抗って目を開けた先に男を待っていたのは――
「んなっ!?」
メラメラと燃える木の壁と、部屋中に充満しつつある真っ黒な煙だった。
「っ――!?てめえら起きろ!!火事だ!!」
直ぐに事態を把握して第一に大声を上げたのは、さすが荒事に慣れている傭兵だと褒め称えるべきだろう。
「おい起きろって――!?」
そして、いつもなら男により先に事態に気づくか、最低限大声で飛び起きるはずの仲間が一人も覚醒しないことにパニックにならずに適切な行動に移れたことも、さすがというしかない。
「……くそっ!一服盛られてやがる!こっちは……し、死んでいやがる、だと!?」
三人の仲間の次にホルトが連れてきた御者達に駆け寄ってみたが、どう見ても息をしていない上に脈をとっても反応がないという事実は、二人が確実に絶命しているという何よりの証拠だった。
「くそっ、何がどうなってやがる!おいてめえら起きろ!このままここにいると焼け死ぬぞ!」
男はいざという時のために常に懐に隠し持っていた気付け薬の瓶を取り出して蓋を開けると、呼吸も脈もあることを確認した三人の仲間の鼻先に手際よく近づけて揮発した気体を嗅がせた。
「っ――!?ゲホッゲホッ!!」「な、何が――?」「おい!そこ燃えてるぞ!?」
「いいから落ち着け!!今すぐ最低限の荷物だけ持ってここを出るんだ!急げ!」
三人が覚醒したのを見届けた男は、返事が来るのを待たずに高温になっているであろう扉を体当たりで破ろうと身構え始めていた。
だが、仲間の一人が呟いた一言に、自分もまた激しく気が動転していたことを気づかされた。
「お、おい、ホルトの旦那とあの付き人はどこ行ったんだ?」
「っ――!?い、今はいない奴のことを気にしても仕方がねえ!とにかく俺達の安全を確保した後で依頼主を捜すんだ!!」
「お、おう」
「わかったなら扉を壊すのを手伝え!いいか、一斉に行くぞ、せー、の!!」
すでに絶命していた御者の二人を残して、武器や今日手に入れた植物などの最低限の荷物だけを持って命からがら脱出した傭兵の男がようやく周囲を気にする余裕が出てきた頃には、さっきまで酒宴を開いていた村長の家はすでに業火に包まれ手の施しようのない状態となっていた。
「くそっ、何がどうなってやがんだ!」「まさかホルトの旦那が裏切ったのか?」「力が入らねえ……」
(いや、帰りの護衛もある以上、ホルトが今の時点で俺達を裏切る理由はねえはずだ。だが、俺達に致死量の眠り薬が盛られていたのは間違いねえ。職業柄薬への耐性を付けていた俺達じゃなきゃ、とっくにあの火の中で丸焼けになるか煙を吸って死んでいたはずだ。盗賊?いや違うな、それじゃ薬のことに説明がつかねえ……)
トス
「な、なあ、おい」
「なんだ!?話ならあとにしろ!今これからのことを考えてる最中なんだからよ!」
「――お前、いつの間にそんな羽飾りつけたんだ?」
「羽かざりだt――」
グラ ドサリ
突然視界が回って全身に強い衝撃が来たその瞬間、男は自分の体のコントロールを失ってうつぶせに倒れたことすら気づかなかった。
ドサ ドサドサ
「か、体が、し、しびれ」「て、てあしが」「あばばばばばば」
数瞬後に自分の状態に気付いた時には、さっきまで五体満足で立っていたはずの仲間たちもまた、同じように糸が切れた人形のように地に倒れ伏していた。
「あばばば、ば、あ……」
コトリ
そんな音が聞こえてきそうなほど、今さっきまで激しく震えていた仲間の一人がぱたりと動かなくなった。
「――な、が、は」
手足が動かなくなっただけでなく、叫ぼうとしてもうまく声が出ない。
動かせるのはせいぜい首くらい、それなのに意識だけははっきりしている。
(なんだ?なんなんだ一体!?俺達は悪夢でも見ているのか?本当の体はまだ、あの燃え続けている家の中で眠りこけているんじゃないのか?)
傭兵としての腕っぷしとこれまでの経験が何一つ役に立たなかった事態に、とうとう男は現実逃避を始めてしまう。
だが、そんな甘えを許さないとばかりに、燃え盛る村長の家が照らすはるか外から、三人になってしまった傭兵たちをゆっくりと近づく複数の影が取り囲み始めていた。
そして、体の自由を失い感覚だけが残った三人が、炎に照らし出される影達。
そのうちの一つに見覚えがあることに気づいた男は、意味をなさないうめき声をあげながら心の底から驚愕した。
(て、てめえは!?)