表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/38

とある商人の無謀 1

聖杯の国中央部。

初代国王化から代々受け継がれてきた伝説と勅命により、あらゆる政治介入が許されない土地。

政治的に、つまり貴族が介入できないという事実は、同時に街道の整備など本格的なインフラも導入できないということであり、そうなると商業の発展も望めない土地ということになる。

そんなわけで、この他の東西南北四つの地帯と変わらない広さを持つ中央部を通るのは、多少以上の苦労をしてでも最短ルートを通る必要がある一部の商人や旅人に限られている。(もちろん官憲に見つかれば重罪に処されるのは免れないが)


とはいえ、その広大な土地が不毛の大地かと言えばそういうわけでもない。

限られたものではあるが、王家から多少なりとも予算は出ていたし(その使い道は秘匿されているが)、建国以前から住む人々は、なぜか中央部よりはるかに住み心地の良い他の土地に移ろうとはせずに、生まれ故郷に留まり続けていた。


そんなわけで、ほとんどの国民が興味さえ持たない中央部には実はそれなりの人口が存在し、逆に他の土地と隔絶していることで『外』からは想像もつかない結びつきを何百年と保ち続けていた。







セイランたちが『森の外』で起きたという異変を確かめようとした三日後、中央部のとある村に一台の大きな馬車が近づいているのを、たまたま村の入り口の近くを通りかかった村人が発見した。


「おーい、そんなところに突っ立って何してんだ?」


「いやな、なんかあの辺に馬車っぽいのが見えないか?」


「うーん、確かに馬車みたいだな。どうせ通行税ケチって通り抜けるだけの商人とかだろ?」


「でもあれ、こっち向きに進んでないか?」


「そんなわけないだろ。奴らはできるだけ目撃者を出したくないからって、途中にある村に近づくことなんか滅多に――確かにこっちに近づいてきてるな」


「だよな!やっぱりこっちに来るよな!」


「――よっしゃ、俺は村の連中に触れ回ってくる。お前は村長にご注進だ。急げよ!」


「お、おう!」


そんな会話が繰り広げられている最中も、馬車は中央部を抜けるルートを大きく外れる形で、村へ向かってきていた。






数十分後、万が一の事態を考えてかゆっくりとした速度で走っていた、ただの商人が持つにしては大型で無骨な馬車は、村長を始めとした数人の男たちが待ち受けていた村に到着した。


「すげえデカさだな」 「見ろ、あちこちに鉄板がついてるぜ」 「どんな荷物を積んでりゃこんな馬車が必要なんだ?」


「おいてめえらうるせえぞ!旦那がお通りだ!邪魔だからそこをどけ!」


これまで見てきた馬車とは明らかに違うことに至近距離で見た村の男たちが口々に囁く中、御者をしていたガラの悪そうな男が怒鳴り散らした。

その声に慌てて村人たちが馬車から距離を取ると、後方に取り付けられた頑丈そうな扉がゆっくりと開き、御者に輪をかけて凶暴そうな男たちがその中から姿を現した。


「――ああん、てめえら何見てんだ、見世物じゃねえぞ!」


手にしていた槍を振り回してさらに村人たちが追い散らされた後で最後に馬車から出てきたのは、一目で金持ちと分かる趣味の悪い服にその身を包んだ太った男と、その後ろに付き従っているつり目の細身の男だった。


「こらこら、あまり乱暴してはいけませんよ。この村にはね」


「へえ、すいやせん旦那。こいつら、戦場とそれ以外の区別もついてないような奴らでして」


「あなたたちの相手はこの先にいる凶暴な獣たちですよ。いいですか、くれぐれもここでは現地人相手に騒ぎを起こさないように」


「へえ、わかってまさあ」


明らかに戦闘力などなさそうな金持ち風の男に筋骨隆々の男たちがぺこぺこ頭を下げる異様な光景は村人たちにも奇異に映ったが、それだけに金持ち風の男への不気味さも同時に感じられた。


「さてと、――おお、ずいぶんと騒がせてしまったようで申し訳ない。どなたか、この村の村長に会わせてはいただけませんか?」


「い、いえ、それには及びません。私はこの村の村長です。失礼ながら旅の御方とお見受けしましたが、この中央部を通り抜けるには少々道を外れているかと思うのですが?」


「あなたが村長でしたか。いえいえ、道は合っているのですよ。私は別に他の地へ通り抜けようというケチな小商いをしているわけではないのです。私の目的地はこの先にある森の中にあるのです」


「――何やら事情がお有りなようだ。その先の話は私の家でするとして、お名前を伺ってももよろしいか?」


「おお!これは飛んだご無礼を」


そう誰もが大げさと思えるほどに驚いて見せた金持ち風の男は、村長に対して短い手足を精一杯広げながらお世辞にも優雅とは言えない仕草で礼を取った。


「私の名はホルト、王都で手広く商っている商人にございます」








その後、馬車の移動と荷物の運び出しを御者と傭兵らしき男たちにそれぞれ指示したホルトと名乗った商人は、村長に誘われるままに村の中心にある村長宅で簡単なもてなしを受けていた。

改めての挨拶と供されたお茶を喫して一息ついたホルトは、対座する村長がどう話しかけようか迷っているうちに自ら話を切り出した。


「いやはや、このお茶は独特の風味がございますな。とても王都にいては手に入らない珍しい香りだ」


「大したものではございません。近くの森で取れた葉を蒸しただけの簡素な茶葉です。とても王都の方に気に入っていただける代物ではないでしょう」


「とんでもない!人間という生き物は舌が奢ってくると、とにかく珍しいものに飛びつきたくなる習性があるようでしてね、私もあちこちに人をやっては珍奇な物を探すのが本業になっているのですよ。そういう意味ではこのお茶は非常に素晴らしい!」


「そ、それは気に入っていただけで何より」


突然村の茶葉を褒め始めたホルトの意図が掴めず、とりあえずしわだらけの顔に笑みを張り付かせながら当たり障りのない返答をする村長。

だが、そんな村長の態度を待っていたかのように、ホルトの言葉の勢いは増していく。


「――いや、いやいやいや、待ってください。よくよく思い返してみればこの香りに憶えがあるような……そう!これはまるで、古くから聖杯の国に密かにかつ少量出回っている謎の秘薬の香りによく似ている!」


「――気のせいでは?」


カタ


まるで自分の考えに酔いしれているかのようなホルト。

だが、その商人としての鋭い感覚は、ホルトのセリフに対して自分の言葉を言いよどんだ挙句にわずかに椅子を揺らした村長の動揺を見逃さなかった。


だが、


「ははは、まあそうでしょうな。いくら何でも長年商人の間で噂の域を出なかった幻の秘薬の手がかりが、まさかこのようなところで見つかるなどとは夢にも思っていませんよ。――茶飲み話はこのくらいにして、本題に入りましょうか」


そのまま追及することもホルトにはできただろうに、せっかくの好機を(村長にはそう思えた)自ら手放し、話題を変えてきた。


「――何がお望みかは知らぬが、私たちができるのはせいぜい道に迷った旅人に一夜の宿を貸すくらい。あまり無茶なことを言われても困るのですが」


「ご心配なく!私が望んでいるのは、まさにその一夜の宿を貸していただきたいということなのですから。ただし、貸していただくのは一夜ではなく未来永劫に、ということになりますが」


「あ、あなたは、まさかこの村を乗っ取るつもりか!?ここは私たちがずっと住んできた土地だぞ!!」


ガタン!!


今度こそ大きな音を立てて自分が座っていた椅子を立ち上がりながら倒してしまった村長だったが、そんなことを気にする余裕もなく怒りの表情をホルトに向けた。


「ああ、勘違いさせてしまったのなら謝罪します。あなた方から先祖代々の土地を奪おうなどとは毛ほども考えていませんとも!」


「ならばこれ以上勿体ぶった言い方は止めてもらおう!我らには商人の流儀など通用せんぞ!」


「わ、わかりました。この先は要点だけ申し上げましょう」


それまで気弱と取れるほど大人しかった村長の豹変ぶりを見て、思わず鼻白むホルト。

だが、ここが頑張りどころだとでも思ったのか、気を取り直して話を続けた。


「近年、王都で王太子派と第二王子派が勢力争いを行っていたのは村長はご存じですかな?」


「――こんな田舎でも聖杯の国の一部だ、それくらいの情報は入ってくる。もっとも、それ以上詳しくは知らん」


「いえいえ、それだけ知っていていただけていれば十分ですとも!コホン、そこからは私が説明いたしましょう」


「説明だと?そんな雲の上の話がこの村と何の関係がある?」


先ほどの怒りが収まっていない村長は、ぞんざいな口調のまま疑問を呈した。


「それが関係あるのですよ。なにしろ、邪魔者だった第二王子派を排除したベルエム王太子殿下の次なる目標は、この中央部なのですからね!」


「お、お前は一体何を言っているんだ?王太子がこの地に興味だと?この、街もなければ道すらない何もない土地に?」


「それですよ!何もないということが問題なのです!この長い歴史を持つ聖杯の国の中央部なのですよ?何もないという状況がおかしいと感じたことは一度もないのですか?本来なら国の発展に合わせて中央部がもっともその恩恵に預かってしかるべきでしょうに!」


「そ、それは、建国以来の王の決めたことであって――」


「そう!たとえどれだけの可能性がこの中央部に詰まっていようとも、王家が決めたことを覆せる力は誰にもなかった。だがこれからは違うのですよ!なにしろ次の王となることが決まっているベルエム殿下その人が中央部の開発をお望みなのですから!」


「な、なんと……」


「そうでしょうそうでしょう、村長が驚くのも無理はありません!これまで国から見放されてきたあなた方中央部の人達にも、ようやく豊かな生活を得られる機会がやって来たのですから!私はそのための先遣隊として、この村を訪れたというわけなのですよ!」


絶句した村長のことを歓喜に打ち震えていると思い込んだホルトの説明は、もはや自己陶酔の一人芝居の域に達していた。

――もちろん対面している村長がどんな顔をしているのか見ようともしていなかった。


「というわけで、あなたたちには私が中央部の調査を終えるまでの拠点として、私たちが泊まれる場所を提供していただきたいのです。もちろん代価はお支払いします。ああそれと、明日から私に同行している者たちにこの先にある森を調査させるので、案内役の手配もお願いしたい。その分の報酬もきっちり用意しますとも。村長への仲介料も含めてね」


「……お話はよく分かった。だが、私の一存では決められん。まずは村人全員にこのことを話させてもらう」


「え、ええ、――そうですね。村の方々の同意を得るのはとても大事なことだと思いますよ。はい」


その、村長の声には温度というものが一切感じられなかった。

開発計画を語るホルトの熱気に当てられるわけでもなければ、それに反発して言い返すわけでもない。

およそ人が発した声とは思えない冷淡さに、さすがのホルトも自己陶酔から目覚めずにはいられなかった。


「では一度退室させていただこう。直ぐに村の女が食事を用意するので、私が帰ってくるまでここで待っていていただこう」


「ええ、吉報をお待ちしていますよ」


凶報などあり得ないでしょうが。


そんな思考が自信にあふれた表情に全面に出ていたホルトに背を向けた村長は、窓ガラス越しに夕焼けが赤く染めだした部屋を出て行った。






「村長、どうだった?」


「間違いない、奴らだ」


「……そうか。回ってきた情報によると確かにここも候補の一つだったが、やはり来たか」


「みんなに伝えろ。決行は明日。日中は好きにやらせておけ。やるのは日が暮れてからだ。それから――」


「皆まで言わなくてもわかってるさ。あの商人だけは――ってことだろ」


「そうだ。奴らには生まれてきたことを後悔しながらあの世に行ってもらう」


「ああ、俺達が何を信じてきたのか、そして奴らが何に手を出そうとしているのか思い知らせてやる」


「では行け。――全ては『聖杯の国』のために」


「『聖杯の国』のために」

うーん、また文字数が増加傾向に……

次話はそこのところを気を付けて書いてみます…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ