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俺と死合ってくれ!

 いつになれば目が覚めるのだろう、と気絶をしている職員を持ち前の感知能力から位置を特定してそこへ視線を向けるスケア。それが三分経った頃、遂に水晶玉の限界を迎えたらしく、パキンッ、と乾いた音が響き、みるみるうちに光が差し込まれた。


「ふむ……またやってしまったか。あれでは属性がわからぬではないか」

「闇属性は言わずもがな。それに加えて、地水火風の四属性……と言ったところでしょうか。なんにせよ、主様には意味のない確認でございます。深淵到達者であられます貴女様ならば、例え不得手なる属性の魔術であろうと、容易に駆使なされるのですから」

「それは言わぬが花だぞ?」


 深淵への到達。それはいかなる世界の全ての魔術師が臨む魔術の到達点。一生を魔術の研鑽に当てても、幾代も世代を跨いでも到達し得ることのない頂点。なし得れば神と同格、または少し低い位の神格を得られると信じられるもの。


 簡潔に言えば、人間が神に至る唯一絶対と信じられている手段である。まぁ、『唯一絶対』は間違いなのだが。


 その話の真偽は定かではないが、スケアを見てみればお察しである。本人は神格化された自覚などないし、数多の神殺しの偉業、強くなり過ぎるという要因から低位の神格化を得ているスカアハは生前のスケアに、神にはなっていない、と言われたあたり、完全な眉唾物の情報だ。


 ただ、深淵到達者は魔術戦においては常軌を逸する存在として語られる。

 それも当然だろう。あまねく全ての属性の魔術を、あらゆる難度の魔術を巧みに扱い、多くの魔術を無詠唱で発動し、構築中の魔術式に介入して無効化させたり、相手の術式を乗っ取って自分の手段として利用するといった神業のようなことをも鼻歌交じりに行う輩なのだ。

 そんな事実もあり、魔術戦においては……と言われるのもさもありなん。幸いなのは、そんな存在が数少ないことだろう。


「さて、ここでいつまで立っていればよいのやら」


 水晶が壊れたことで必要のなくなった結界を解除。懐から煙管を取り出し、桃色の紫煙を肺一杯に吸い込み、そして吐き出した。

 この酒の味の紫煙を味わっていると、昔を懐かしんでしまう。初めて会ったときのこと、それ以降の交流。実に血生臭く、また愉しい一時だった。


「叩き起こしますか?」


 先程のぼやきに応じるメリーナ。

 それに一瞬考え、そうだな、と一言漏らした。それを了承と取るや、倒れて気絶している職員の傍らに立ち、ダンッ、と一度耳元の地面を強く踏み鳴らす。次いで、スケアほどではなくとも恐ろしいまでの圧力が職員に襲いかかる。


「────ッ!?」


 それは経験からか、それとも生存本能からか、職員は勢いよく起き上がり、転がるようにしてその場から離れて止まった。腰に左手をやるのを見て、なるほどナイフ使いか、と一人納得した。


「お目覚めですか?」

「……え、えっ? 夢……?」

「生憎と現実だ。証明として、そこな魔道具を見てみよ。負荷に耐えきれずに瓦解してしまった。赦せ」

「……………………いえ、お気になさらずに」

「因みに、色は最も強く輝いたのは言わずもがな黒。そこから青、緑、黄、赤の順に輝いておりました」

「あの魔力量で更に五属性持ちっ!?」


 仰天したように、体面を気にする余裕もなく職員が飛び上がった。


 本来、適正属性は主にひとつ持ちが常であり、稀に複数の属性を持つ者が現れる。人間領の人間一万人に一人が二属性持ちであり、百万人に一人が三属性持ちで産まれるのだという。

 そのように複数の属性を適正として産まれた魔術師は即ち──古い考え方で──複数の属性を扱えるということ。となると、他の魔術師よりも戦術の幅が広く、引く手が数多になり、将来を大きく期待されるのだ。


 職員のスケアを見る目は人ではなく、化物を見る目になっている。彼女の中の常識から大きく逸脱した存在が目の前にいる。それだけで、彼女の心労は深刻なものだろう。


 予兆はあった。スケアは気付いていなかったが、あの場にはBランク冒険者、上級冒険者がいたのだ。

 その冒険者はスケアに対し、畏怖の眼差しを向けていた。上級冒険者になると、相手の力量を目で見て判断できる人物が殆ど。そんな人物が、新人冒険者になろうとしている女性に対し認識してしまった。彼女は、自分よりも強い、と。


 その為、その冒険者は別部屋を準備しようとしていた職員に忠告していた。必ず敵対させるようなことはさせないでくれ、と。


 職員はその時はよくわからなかった。だが、今は違う。


 人間領にいる人間全員を集めても届かないような魔力。今までに見たことも聞いたこともない五属性持ち。大人数がいる場所でありながらもあっさりと全員の認識の外へと出てしまう隠密性。上級冒険者であっても敵対させてはいけないと断じさせる存在感。


 それだけあれば、目の前の女性を人間なのかと疑わせるのも仕方のないことだった。


 そんな職員の内心を知らない二人は既に雑談に花を咲かせていた。


「退屈だ。なにか儂を愉しませよ」

「畏まりました。では、このようなお話はいかがでございましょうか? 先程依頼ボードを少し見たのですが……」


 依頼ボードとは、冒険者が依頼を受けるために貼り出された依頼のことを言う。まだ新人の冒険者は、主にその依頼を達成して実績を増やし、ランクを地道に上げていくのが常道だ。


「何か面白いものでもあったか?」

「面白い、と言うわけではありませんが……少し気になるものがございました」

「述べてみよ」

「ハッ。依頼人はどうやら、この街の貴族のようなのですが……なんでも、西区に門番の真似事のような事をしている騎士がいる模様です」

「西区といえば、確か異種族の住む区画だったか」


 スケアの思い出すような声に、メリーナは頷く。


「然様でございます」

「随分良いことをしている者もいるのだな」

「なのですが、その騎士が少し気になるのです」


 その言葉に、スケアが珍しいこともあるものだと若干の驚きを見せた。


 メリーナは人間嫌いだ。今でこそ──表面上は──笑顔を浮かべて接しているが、スケアが彼女を買った当時は近づこうともしなかった。下手をすれば、種族問わずに近づこうともしなかったのだ。

 そんな彼女が自分や彼女の師匠、悪魔王の軍勢以外に興味を示したのだ。嬉しいような、喜ばしいような……子を見守る親のような気持ちを胸中に抱いた。


「気になる? お主が人間に興味を示すとは珍しいな」

「その……特徴の記述の欄を見ると、白銀の甲冑に、頭部の兜を外して長い金髪を邪魔にならないように一纏めにした二十代半ばの女性。碧眼の端麗な顔立ちだと」


 その特徴を聞いたスケアが硬直した。眉間に手をやり、呆れたようにため息を吐く。


「…………のう、メリーナ」

「主様も、お気づきになられましたか」

「うむ。……心当たりしかない。いや、似ているだけの他人であろう、そうに違いあるまい」


 若干の現実逃避の言葉にメリーナは柔らかく笑む。


「なんでも、事の発端は依頼主の貴族が憂さ晴らしとして何人か獣人を拉致しようとしたようです」

「それで?」

「はい。そこを通りかかった二人組がおり、その片方が件の女騎士の模様です」

「二人だと?」


 はい、とメリーナは答える。


 もし、女騎士がスケアの想像通りであるなら、共に行動するような人物があまり想像できなかった。となると、やはりそれは似ているだけの他人なのだろう、と合点をつけた。


「そちらの方はあくまで噂の域を出ませんが……」

「構わん」

「畏まりました」


 メリーナは一度言葉を止めると、再び語り出した。

 話しているうちに、二人の頭から職員の存在がすっかりと抜け落ちてしまっていた。


「なんでも、もう片方は男だと言う話です。その……見たこともない青い服に、右肩をはだけさせて袖ではない開いた前の方から右腕を出した長身痩躯の男、と言う話と、銀の短髪、銀の瞳で、酷薄な笑みを絶やさない巨漢の男である、とも言われております」

「……………………やっべ、それを合わせた奴を知ってる」

回路(パス)は繋がっておりますか?」

「…………うむ」

「当たりですね」

「なにしてんのあいつ!?」


 呆れたと言わんばかりにため息を吐くスケアに、同調するように頷いた。


 しばらくの沈黙。気を取り直すように咳払いをすると、続きを促す。


「女騎士は瞬く間に貴族の私兵を撃退。狙われた獣人を抱え、西区に連れ去った模様です」

「次に其奴に会えば鉄十字勲章をくれてやろう」

「鉄十字勲章という名の抱擁ですね、わかります。寧ろわたくしになさってくださってもよろしいのですよ?」

「考えておこう。それで?」

「はい。その時、貴族が女騎士の容貌に惚れ込んだらしく、手練手管を使い手中に収めようとしたようでございます」


 ──…………うん?


 聞いていれば、どんどんおかしな方向に話が進んでいっている気がする。


 スケアが思っていたのは、邪魔をされたことに腹を立てた貴族があること無いことでっち上げ、冒険者に捕縛、もしくは殺害を命じたのだと思ったが……。


「しかし、女騎士の答えは頑なで全て拒否された模様です。実にスカッとするお話にございます!」

「なんとも良い笑顔で言うものだ。……結局、依頼内容はどんなものになっている?」

「“取っ捕まえて俺の前に連れてこい”────要するに、唯の捕縛依頼にございます」

「あほくさ」


 本当にアホ臭い。動機も理由も実にアホ臭かった。

 流石のスケアも女騎士に同情の念を送る。短気なスケアならすぐにその首を落としてしまうかもしれない。いや、確実に落とす。


「──とまぁ、その程度のお話だったのですが……お気に召したでしょうか?」

「退屈凌ぎにはなったな。ご苦労だった」

「勿体なき御言葉」


 労いの言葉に、パタパタと嬉しそうに尻尾を揺らしながら頭を下げるメリーナ。小動物を見ているようで実に可愛らしい。


「ところで、その情報はいったいいつ得たのだ?」

「今も下で冒険者同士の会話で漏れ聞こえてきております」

「大胆な盗聴宣言よな」


 確かに退屈凌ぎにはなった。気になることは増えたが、予想通りのものならそれほど急ぐこともないだろう。


 今必要なのは、冒険者と認められることとお金である。今の手持ちでは節約して一ヶ月が精々だ。市場で物の相場も確認してあるため、急な価格変動がなければ間違いはない。


 その為には────


 スケアとメリーナは横目で職員を見やる。若干不機嫌そうな態度で言葉にせずに速くしろと急かした。


 それまで話をしていて存在を忘れられていた職員は、慌てて立ち上がり、


「し、少々お待ちください……!」


 と言い残して足早に部屋から去って行ってしまった。


 ただでさえ待たされたというのに更に待たせるのか、とメリーナは憤慨し、紫煙をふかしながらそれを宥めるスケアという光景が出来上がった。


 それが五分ほど続き、猛スピードで近づいてくる気配にスケアとメリーナはスッと双眸を細める。


「ここかぁっ!!」


 という怒号と共にドアを蹴破って現れたのは巨漢の男だった。無精ひげを生やし、切り揃えられた短髪、胸の中心に爪で抉られたような痕のある筋骨隆々とした男だった。何故わかるか? ……上半身裸だからである。

 比較的軽装ではあるが、目が行くのはその背に負う大剣。無骨な印象のするそれだが、丁寧に手入れされているのがわかった。しかも、その大剣を作るに当たっての素材が竜の鱗を使われているとスケアは即座に看破した。


 この世界において、種類にはよるが基本的に竜はSSランクの魔獣として扱われる。Sランク冒険者が十人以上いても全滅させられる危険性のある存在だ。


 そんな存在の素材をふんだんに使った大剣を持つということは、それを手に入れるだけの力を持っていることの証左となる。


 しかし────


 それは、人間同士の戦闘における話。神に敵対したスケアやメリーナにとっては雑兵と同じようにしか感じられなかった。


 男はそこにいたスケア達に目をやると、嬉しそうに笑った。


「おまえらかぁっ!! 下の連中を黙らせた奴らはぁッ!」

「人違いだ」

「そうか。それはすまなんだ」


 男はそう言ってペコリと頭を下げる。案外まともな男のようだ。


「……って、んなわけあるかぁああっ!! 俺の目は誤魔化されんぞ!!」

「なんだ、暑苦しい。がなるのなら余所でやらんか」

「おおっと、それはすまんな。性分なんだ」

「ならば仕方あるまい。死んで直せ」

「カッカッカッ、手厳しいな!」


 ぞんざいに扱いながらもスケアはその男を邪険にはしていなかった。一目見てわかるように、男が勇士だからである。


 そして、この世界に来てまだ数日だが、その中では特に秀でた戦士であると踏んでいる。背中の大剣を抜きにしても、全身から滲み出る風格から、ただ者ではないと直感させた。


「おおっ! そうだ忘れていた。おまえに頼みがあってきたのだ!」

「突然騒ぐなたわけめ! それで? 何を頼みたいというのだ? 未だ冒険者登録途中の新人に」

「それは冗談か何かだと思いたいが……」

「残念だが真実だ。そら、頼みとはなんだ。疾く申さぬか!」


 そうだそうだ、と男が再び笑う。暑苦しい面倒な男だという印象を受けたが、どこか憎めない人懐っこさを感じる。


 言葉が通じていることからあまり心配はしていないが、何かあったときのためにとスケアは呼吸を若干変えた。


 その様子を観察していた男は嬉しそうに笑うと、ビシッと指を差してきた。


「おまえ、俺と死合ってくれ!!」


 思わぬ頼みに、スケアは面白い玩具を見つけたとばかりに酷薄な笑みを浮かべていた。

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