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市場を歩こう

「あっ、お姉さん達!」

「む? ……おぉ、お主か」


 宿泊する部屋は宿の二階だったため、階段を降りて先程いた一階に降りていくと、スケア達を招いた宿の娘が駆け寄ってきた。


「お部屋は大丈夫でしたか?」

「──全然なっておりません! 何ですかあれはっ!? 部屋の隅々まで掃除をするのはむがもが……っ!!」

「気にするな。此奴の裁定は些か厳しいのだ。特にこれといった問題はない」

「はぁ~よかった!」


 メリーナが姑の如き小言を口にしそうになったところを押さえ、その口に手で封をする。そして何事もないと安心させるように柔らかく笑ってみせる。

 それを見て少女が安堵の息を溢し、厨房から少し顔を覗かせていた婦人も青ざめていた顔に少し生気が戻った気がする。

 メリーナは厳しいのだ。笑って流せ。


「お姉さん達はこれからどこへ?」

「街を少し見て回ろうと思っておる。途中冒険者ギルドにも寄るつもりだ」

「じゃあ、ご案内します!」

「宿の仕事はよいのか?」

「朝の分は大体終わらせたので!」

「そうかそうか。お主の母親が許したのであれば頼もうか」


 少女はすぐに母親の元へと駆けていく。その後ろ姿が自分の子供と酷く重なり、スケアの顔に影が差した。


「……主様」

「なんだ?」

「貴女様のお子様の事を考えていらっしゃいますね?」

「……お主に隠し立ては出来んか」


 心配そうに顔を覗き込んでくるメリーナに苦笑する。


「あまり、お悔やみすぎないように。差し出がましいようですが、何かあればわたくしにお話しください」

「あぁ、わかっている。心配させたな」

「いえ、滅相もありません!」

「お姉さん達どうしたの~?」


 少女が首を傾げながら近づいてくる。許可はもらって来れたようだ。


「なんでもない。それより、許可は得られたのか?」

「うん! バッチリ!」

「では、案内してもらおうか」

「じゃあ、こっち!」


 少女はスケアの手を取り、引っ張られて宿を出る。その姿をハラハラとした婦人が見ていたのは余談だ。




 少女に連れられ、二人は先程の市場に来ていた。そこかしこから値切る声が聞こえ、騒然とした空間だ。


 ここは第二街区市場と言い、この街では最も品質と治安がいい市場なのだそうだ。街では比較的東側にある場所で、一般居住区と貴族階級の居住区の板挟みになった場所なのだそうだ。


「ここではいろんなものがいっぱい買えるんだよ! 例えば……あそこ!」


 と言って連れられた場所はフィソールという食べ物の店らしく、見た目は串焼きだ。漂う香りから、メリーナとスケアはそれが何の肉か即座に判別した。


「フリーズバードの肉ですね」

「油の中に混じるシロップのような甘い匂いは間違いあるまい」

「すご~い! なんでわかったの!?」

「儂はメリーナに負けず劣らずの嗅覚を持っているのでな。細かな香りの違いも判別してやるわ」

「時折、獣人なのではないかと疑ってしまいます」

「ふっ、褒めるな。照れるではないか」


 得意げに胸を張ってみせると少女は輝く眼差しをスケアに送った。


 フリーズバードとはDランクに分類される魔獣で、その名から察することの出来るように氷を扱う鳥だ。


 ここで一般の感性とかけ離れた反応をスケアは見せていた。

 メリーナの言った「獣人なのではないか」と言う言葉を人間に向けて言うのは基本悪口や皮肉であり、本来なら憤って然るべきだというのが一般的だ。証拠に、フィソールを売る屋台の店主はスケアに対して微妙な笑顔を向けている。


 だが、スケアにとっては人間以外の種族に思われるのは──限度はあるが──褒め言葉なのだ。メリーナもそれがわかっているためにそのような言い回しをした。

 たとえそれで周りから何かされたとしても撃退する自信はあるし、スケア自身がメリーナに対する悪意ある行動を看過しないだろうという信頼があった。


 それ故に、憚ることなく言ってみせ、スケアも胸を張りつつ周囲に意識を向けていた。


 フィソールはひとつ銅貨三枚らしく、値切って二枚に抑え、三本を大銅貨で買い、三人で食べながら市場を散策する。

 時折目にする日用雑貨や服飾品の売られている店の位置を確認し、冒険者登録を終えてからまた寄ろうと考えておく。


 途中メリーナに対して嫌な眼差しを向けられていたが、その全てをスケアの殺気で黙らせていた。手を出せば実力行使は厭わない、とわかりやすく伝えてやっていた。

 それにメリーナが感激の涙を流していたのは無視しておく。


 それに関係なく、スケアは徐々に苛立ちを募らせていた。視線がなくならない。歩けども歩けども必ず誰かに見られている。悪魔王自身が嫌がっていた理由がよくわかった。苛立ちすぎて暴れてしまいそうだった。


 しばらく歩いていると、怒号が聞こえてきた。

 見ると、そこでは二十歳前後と思しき青年が腕を組み、一人の少女に対して高圧的な態度で何事かを話していた。


 少女を見て、すぐにピンときた。


「……あれは、兎か」

「そのようですね」


 少女の頭には立派な一対の兎の耳が伸びていた。首には鎖の繋がった首輪がつけられており、ほとんど布きれのようなものを身に纏った少女だ。まだ若く、恐らく十歳にも満たないだろう。


 間違いない。あの少女は奴隷だ。煩雑としていて識別しにくいが、彼女と似た具合の臭いが他にもすることから、どうやら奴隷は他にもいるようだ。


 チラリと横目でメリーナを見る。彼女は元奴隷だったため、その時のトラウマがまだ残っているのだろう。顔を俯かせ、無意識に己の首に手をやって小刻みに震えていた。


 視線を下に下げる。宿の少女もそれを悲しげな目で見ていた。しかし、周りの目もあるのだろう。動こうとはしていない。


 食べかけだった肉を口に入れ、二、三度咀嚼してから嚥下し、残った串を後方にあるゴミ袋にそちらを見ずに放り入れ、長い髪をなびかせながら青年の方へ近づいていく。

 その際、メリーナの頭を優しく撫でてやるのも忘れない。彼女の主人なのだ。ならば、彼女の苦しみを緩和させてやらずして何が主か!


 そちらを見ていなかったためにスケアは気付かなかったが、メリーナはホッとした顔でスケアの後ろ姿を見送っていた。


「亜人はとっとと西区へと消えろ!」


 ──この街では異種族は西区とやらに住んでいるのか。


 青年の言葉に青筋を浮かべながらゆっくりと近づいていく。


「この娘がどうした?」

「あァ──っ!?」


 少女を庇うような位置に立ち、鋭利な眼光で青年を見据える。青年はスケアを見て身動ぎし、その目の鋭さに身を竦ませた。

 見目麗しい女性が目の前に現れ、それが睨んでくるのだからわかりやすい反応だろう。容姿に見惚れて、眼光に怯えたのだ。


 男はしばらく呆然としていたが、なんとか気を取り直して口を開いた。


「こ、この亜人の主人かっ!?」

「…………で?」

「ひっ!?」


 その声音の冷たさに青年は完全に怯え、「お前の持ち物ならよく管理しとけ!」と捨て台詞を吐いてどこかに走り去っていった。


 スケアが怒るのには理由があった。獣人に対する態度というのももちろんだが、一番の理由はその呼び方だった。


 彼は兎の少女のことを亜人と呼んだ。それは、異種族全てに対する蔑称なのだ。それ故にスケアはその呼び方を嫌い、酷く腹を立てていた。


 青年を見送ると、表情を柔らかいものに変え、兎の少女の前にしゃがみこむ。


「もう大丈夫だ。そら、仲間の元へ行くがよい」


 少し視線を外せば、似た格好の異種族達が目に入った。その中で一番年上の姉的な存在なのだろう少女が心配そうな顔で兎の少女を見ていた。


「主様」

「ぬ──あぁ、なるほどそういうことか。うむ、ご苦労」


 呼ばれ、そちらを見るとメリーナが一纏めにされた薪を手に、嬉しそうに尻尾を左右に振りながら立っていた。尻尾が残像が見えそうなほど速く動いているのだが……。


 少女が動かなかったのはどうやら、この薪を持って行かなくてはならないかららしい。


 メリーナから受け取り、少女に手渡す。


「あ、ありがと……ます」

「うむ。気をつけていけ。ぶつからぬようにな」

「は、はいっ!」


 兎の少女は心配そうに見ていた少女の元へ駆けていき、何があったかを話したのだろう。少女が頭を下げ、兎の少女も元気に手を振ってきた。

 それに応えて手を振り返し、彼女達に背を向けた。


 宿の少女の元へ戻る間も、終始嬉しそうに尻尾を揺らし、ニコニコと微笑みを絶やさない。


「どうした。やけに嬉しそうではないか」

「いえ。やはり、お姿が変わられても、主様は主様だと再認識いたしましたので」

「? ……よくわからんが、儂はそうそう変わるものではない」

「はい!」


 彼女の機嫌がいいのがやはりわからない。おそらく、獣人を助けたからなのだとは思うが、詳しいことは彼女にしかわかるまい。


 そうこうしてるうちに少女の元へと戻ってきていた。少女もどことなく嬉しそうに目を輝かせながらスケアのことを見つめていた。


「お姉さん凄いんだね!」

「ふむ、今更それがわかったか。そうとも。儂は凄いのだ」

「うん! すご~いすご~い!」


 出来れば、何が凄かったのかを教えて欲しいと言うのが正直なところだ。


 獣人を助けに行ったことだろうか。だがそれも、青年にガンを飛ばしただけだ。少しばかり(本人にとっては)殺気を叩きつけたが、あれで逃げ出したのは正直拍子抜けもいいところだ。


 まぁ、確かに一般の感性なら獣人を助けるのは難しいのだろう。なにせ、三百年以上未来の連中ほどではなくても、この世界の多くの人間は異種族排斥の信念を持っているのだから。先程の青年も似たようなものなのだろう。


「さて、そろそろ冒険者ギルドに向かいたいのだが、連れていってはもらえんか?」

「まかせて! こっちだよー!」


 そう言って先導して中央広場方面へと向かっていく。どうやら、冒険者ギルドは中央広場の近くにあるようだ。


 騒然とした市場を少女の案内に従ってついて行っていると、不意にメリーナが笑った。


「ふふっ」

「どうした? いきなり笑い出して」

「いえ、子供の相手がお上手だと思っただけです」

「それも当然だろう? なにせ──」

「十二人の子供の父親なのだから、ですね?」

「特殊な生まれや血の繋がりのない者が含まれているようだが……フッ。まぁ、その通りだ」


 スケアは子供が多いが、その全てと血が繋がっているわけではない。スケアの遺伝子を使って(勝手に)孕まれていた双子や、獣人がいない異世界で産まれた狐の耳と尻尾の生えた子供に対して非情な仕打ちを行っていた親から親権を譲渡させた少女など、遺伝子上の繋がりはない子供も自分の子供として育てていた。

 前者の場合は遺伝子上は問題ないが、信じられないことにスケアと三歳差の親子なのだ。自分の子供だと本人達から聞かされて思わず呻いたものだ。

 なんだその意味のわからないものは、と心底呆れた。


 とまぁそんな具合に、血の繋がらない子供も何人もいるが、それと同じぐらいは血を分けた子供も存在する。

 ……奥さんが何人もいたからだが。


 そのおかげか、スケアは子供をあやすのはそれなりには得意だった。おまけに、自他共に認める人当たりのキツい男だったそれが収まり、随分と丸くなったものだ。


「その調子で子供を増やしてみませんか? 具体的に言えば、お情けを頂いたり……」

「お主はぶれんな……儂は性別が変わっているからな。無理だろう」

「性転換魔術があるではないですか」

「説明したと思うが、呪いが残っていて長時間元の姿でいれば間違いなく儂は死ぬぞ」

「そういえばそうでした。────では、呪いの進行を抑える術を見つけます。その暁には伽の相手をさせていただきます」

「真にぶれんな、お主は……」

「お慕い申し上げてもうすぐ三十年近くになりますので」

「もうそんなに経つか。……あの頃の貞淑で無垢であったメリーナはどこへ行ったのか」

「ここに」

「ハハッ、戯れ言を」


 なかなかに酷い切り返しではあるが、二人の間ではこのぐらいのやりとりは普通だ。主従としては滅多にない距離感だが、それだけ二人の信頼関係は強いということだろう。


 そんな調子で会話をしつつ、少女の後に続きながら向かっている場所について話し合う。


 今少女に頼んで向かっているのは冒険者ギルドだ。


 冒険者はその名の通り冒険を主にするが、基本は便利屋みたいなものであり、依頼を受けて、その依頼を達成してお金をもらうというシステムになっている。

 冒険者になったばかりの頃は採取依頼やゴブリン等の低ランクの魔物の討伐依頼、街の人間の困りごとの解決といった依頼ばかりだ。

 とはいえ、冒険者になる者の多くは一旗揚げようという思いを抱いてたり、荒事でしか金を稼げないという理由でなる者も多いため、基本荒くれ者ばかりなのが現実だ。

 それ故、とにかく問題ごとが絶えない場所である。


 しかも、相手の力量を測れない輩も多いため、女というだけで嘗めてかかったりされることも多い。冒険者で変に絡まれるのはやはり、若い、女、新人といった三つが主な原因だろう。


 ──ふたつ揃ってるのだが……。


 年齢はあと数年でアラフォーになる二人だが、共に不老不死の存在になっているために見た目は二十代前半だ。


「先ず間違いなく絡まれるであろうな」

「主様のお暮らしになっていた世界で言うところの『テンプレ』なるものでございますね?」

「儂もあまり異世界転移ものは読んでいなかった故、何がテンプレなのかは詳しくは知らぬがな。まぁ、よく絡まれるのは事実だ。儂も昔は絡まれたものだ」


 懐かしそうに目を細めて遠くを見る。あの頃は幼馴染みと共に自分から転移して、冒険者になろうとしたときだった。


 当時十五歳だったスケアと幼馴染み三人で冒険者登録をしたとき、柄の悪い数人の冒険者が絡んできたのだ。

 人間嫌いが特に激しかった時代だった。その為、随分と苛烈なお話(物理)で治療院送りにしたのはいい思い出である。


 市場を抜け、中央広場につく。朝よりも人が増え、駆け回る子供の姿が数多く見受けられる。中には異種族の子供もいたりして、実に平和な風景だ。


「あそこだよ!」


 少女の指差した方を見れば、他の区画へと続く道の交わる箇所にひとつの立派な建物が建っていた。

 そこに何人か強面の男達や、フルプレートに大剣を背負った者、軽装だが露出した肌に筋肉の筋が浮かんでいる女性などが入っていくのを見て、確かにあそこが冒険者ギルドのようだ。


 スケアが宿泊する宿に近く、案外案内してもらわなくても良かったかもしれない。

 市場のどこに何が売っているのかを聞けたため、そうでもなさそうだ。


「あんな場所にあったか。存外近くにあったな」

「わたくしたちはもうここまでで大丈夫ですから、あなたは宿へお戻りなさい。お昼以降の仕事はまだあるのでしょう?」

「はーい。また後でね、お姉さん達!」

「聞き分けの良い娘だ。そら、チップだ。とっておけ」


 少女へ銅貨を一枚握らせ、宿へ走って行く後ろ姿を見送る。


「では、行くぞ」

「御意」


 外套を翻し、髪をなびかせながらスケアは冒険者ギルドへと足を向けた。

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