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何故この時代に?

2020 7/6 内容の多少変更。大筋に変更はありません。

 辺境の都市とはいえ、街中はとても賑やかだ。人々が笑い合い、子供達が駆け回り、動物が暢気に日なたぼっこに耽っている。

 市場では様々な出店が出ており、そこかしこから値切りの声が聞こえてくる。売られているものも、食料や日用品、武器や防具、軟膏など多岐にわたる。中には香木を売っている店もあるが、値段が高いのだろう人が全く寄りついていなかった。


「先ずは宿を探すか」

「畏まりました。主様に相応しい一級の宿を探し出してみせます」

「手持ちが銀貨七枚しかないのだぞ? 普通でよい」

「か、畏まりました」


 とはいえ、銀貨があればある程度の宿には泊まれる。後はメリーナが宿泊しても問題ないかで宿泊の如何を決めるつもりだ。


 スケアは未来のこの街の内装を知ってはいるが、この時代の街に関してはほとんどわかっていない。未来では何所の宿屋がまともなのかを認識していたが、この時代に同じ宿屋がある保証はない。加えて、宿があったとしても店主が違うために当然待遇度合いも変わる。


 宿屋を探しつつ、スケアは街の様子──地理、地面の傾き具合、どの道を行けば何所に通じていそうか──を常に把握していく。細かい部分はやはり変わっているが、要所はほとんど同じといってもよく、あまり覚えることも少なかった。


 市場を抜け、ルーミラの中心地へと進む。そこには広場があり、先程までとは違った賑やかな光景が目に入る。


「……三百年前にはなかったのか」

「そのようでございますね」


 スケアの言葉にメリーナが頷く。


 生前この街に来たとき、この街にはダンジョンと呼ばれる迷宮が存在した。今いるこの広場にダンジョンへの入口が開いており、冒険者達はこぞって潜っていたのを覚えている。

 スケアも行動を共にしていた幼馴染み達と潜ったのが懐かしい。


 それが、ここにはなかった。原因となる事件を知っているが、それがないということはまだ起きていないのだろう。時期は近かったと記憶しているため、近いうちに起きるだろう。


「ないとなれば退屈だな。まぁよい。今は宿だ」

「お姉さん達、宿を探してるの?」

「む?」


 近くから声をかけられ、そちらに視線を向ける。


 そこにはまだ十代前半らしい少女がいた。オレンジの髪を三つ編みにして、顔にそばかすのある少女だ。


「あなたは?」

「あっ、私この先にある宿の娘なんです」

「まぁ、そうなのですか」

「お主の宿は、獣人は宿泊してもよいのか?」


 スケアはメリーナを指差して問いかける。


 宿屋は獣人が宿泊するのを断るところがある。抜け毛がどうだ、態度がどうだ、と難癖をつけて拒否するのだ。明らかに頭の悪い驕りを持っていたり、くだらない差別意識を持つ輩達だ。


 その為、宿屋探しは少しばかり苦労するのが実情だ。彼ら人間の多くが信仰する宗教の教えだとは知っているが、とにかく頭にくる内容だ。


 少女はメリーナを見て、問題ないと首を横に振った。


「大丈夫だよ。うちはお客さんはなんであろうと平等に、ってポリシーがあるもん!」

「そうかそうか。んー、小遣いをくれてやろう」

「主様」

「ハッ、つい……」


 少女に大銅貨一枚を握らせ、頭を撫でると、メリーナが苦笑して注意する。

 スケアの悪いクセだ。異種族を軽視しない人間の子供がいると、小遣いを渡して可愛がってしまう。……子供がいたから甘くなっているのだろうか。


「とにかく、お主の宿を見せてもらえるか?」

「はい! それじゃあ、ついてきてくて!」


 お客が来ることが嬉しいのだろう。少女の後について五分ほど歩けばひとつの宿が見えてきた。恐らくあそこだろう。

 青い豚の看板が掛かっており、店の名前も『青い豚亭』と言うようだ。


「おかーさーん! お客さんだよー!」


 少女は店のドアを開けて、奥にいる人物に声をかけた。


 店内はカウンターの前に沢山のテーブルと椅子が置かれ、テーブルの上には紐で一纏めにされた紙の束が置いてある。どうやら、メニューのようだ。


「ここで食事を取るのですね」

「そのようだ」


 宿内には客の姿はない。まだ昼にもなっていないため、皆稼ぎに出ているのだろう。


 待っていると、カウンターの奥から恰幅の良い女性が現れた。


「お客さんだって?」

「うん!」


 女性はスケアを見て目を見開き、メリーナを見てまたも目を見開いた。


「こ、これは貴族様……?」

「あぁ、違う。此奴の装いではそう勘違いしても仕方なかろう。ただの旅人だ。気負うことはない」

「何を仰いますかっ!? よいですか? この御方は偉大なる方で、そこいらの有象無象の貴族共とは格が違う素晴らしい御仁で御座います。くれぐれもっ! 粗相のないように!」

「は、はいぃ!」

「たわけ! 更に緊張させてどうするのだ! 気にするな、此奴の言葉は戯言と心得よ」


 スケアは気付いていなかった。自身のその高圧的な口調と動きの端々から感じられる気品、髪の毛艶と肌の潤いから、間違いなくどこかの貴族だという彼女の考えを助長させていることに。

 そしてなにより、身に纏っている戦装束が、完全にトドメだった。

 全身フルプレートではないが、明らかにただの冒険者では到底手に入れられないだろう素材で作られたであろう漆黒の装束という立派な装いに、この御方は貴族に間違いない、と結論づけさせていた。


「さて、部屋を見繕ってもらいたい。二人部屋を……取り敢えず二日ほどだな。頼めるか?」

「も、もちろんで御座います! す、すぐに鍵を!」

「お母さん、なんで慌ててるの?」

「客を待たせないようにという配慮だろう。うむ、なかなか勤勉な宿ではないか」


 鍵を渡されて部屋に入るまで、スケアは結局彼女の勘違いに気付くことはなかった。




 部屋の中は中心に円形テーブルがあり、それを挟む形でふたつのベッドが置かれてある。


 メリーナは部屋に入るとテーブルに近づき、サッと指でなぞる。


「ほこりがあります。まったく、掃除が行き届いていないではありませんか!」

「儂は気にせんぞ?」

「いいえ! 主様の宿泊するお部屋にほこりひとつあってはなりません!」

「お主は姑かなにかか?」


 彼女の動きに感嘆すると共に、宿にそれを求めるのはどうか、という気持ちだった。


 そのまま店の者を呼んで掃除をすると言い出したため、流石にそれは、と止めた。


 なんとか宥めてようやく落ち着いた所で片方のベッドに腰を下ろした。


「さて、これからの方針を決めておこうか」


 スケアは煙管を片手に酒の味のする桃色の紫煙を燻らせながら宣言する。


 とにかく今必要になるのは先立つものだ。金稼ぎを出来るように、冒険者ギルドに登録しよう、ということになった。


 冒険者ギルドでは冒険者のそれぞれにランクがあり、そのランクに応じた依頼を受ける方式だ。

 登録したばかりならFランクに。彼らの間ではEランクまでが初心者と言われ、D、Cランクが中級者。B、Aランクが上級者と言われるようになる。

 ランクは更にその上、Sランクがあり、それはまさに英雄の領域と言われ、とてつもない力があるのだという。

 この世界では、現在Sランクの冒険者は十人しかいないようだった。


「まぁ、面倒な騒ぎは起きるだろうが、少しばかりお話(物理)すれば解決するだろう」

「主様には指一本触れさせるつもりはありません」

「ならば自分から触れに行こう。なに、死にはしない。二度と剣を振れなくなるぐらいだろうさ」

「それではその者共らへの褒美になってしまいます!」

「……ドMかよ」


 実に物騒な会話だ。メリーナの発言には苦笑するしかなかった。


 当初の目的はそれでいいとして、問題はこれから先のことだ。


 スケアはなるべく悪魔王の軍勢に入りたい。自分が仕えるのは後にも先にも悪魔王だけだ。

 それに、人間の指示に従って動くつもりも毛頭無い。もちろん、冒険者ギルドに入ればある程度指示に従わねば面倒なことになるために少しは聞くが。先ず人間の国で仕えるなど御免だ。


 その事をメリーナと話し合う。


「わたくしは主様の行くところ、何所までもお付き合い致します」

「そうか。……となると、問題となるのは……」

「主様の御尊顔、でございますね?」

「そうだ。あいつに似た容姿であるなら、アレの性格から考えても戦闘になることは先ず間違いない。そして、勝てなくても楽しませなければならん」

「楽しませる、というのが難題でございますね」


 悪魔王の力はそれと契約していた自分が嫌と言うほど知っている。だからこそ断言できる。アレには勝てないと。

 なにより、奴はスケアの師であるスカアハと互角に渡り合うような猛者だ。スカアハにすら勝てないのに、悪魔王に勝つなど夢のまた夢だ。


 なにより、あそこは力が全てと言っても過言ではない。認められたいなら戦って力を示せ。それが悪魔王の城のルールだ。


「多少は凌いでみせるが、そう長く続けられるとは思えん」

「スカアハ様とシヴァ様以外の方々は皆敗れている程ですから……」

「やはり、君臨者は格が違う。あのように強くありたいものだ」


 ふう、と紫煙を吐く。空中でぐにゃりと歪み、天井へと上っていった。


 それを眺めつつも、思考は続ける。


 いつ出くわしてもいいというのが正直なスケアの感想だ。しかし、七三でスケアは死ぬ。悪魔王に認めさせるとは、そういうことだ。一種の賭けに近い。


 賭けに負ければスケアは死ぬ。そうなると、何のためにここに来たのだという話になる。


 ──何のために……?


「……何故、この時代だった?」

「これまでの禍根から解放されるためと愚考致します。──非礼を承知で申し上げさせていただきますが、その……主様は、元は人間、ですので……」

「……」


 メリーナの言葉にスケアは閉口する。若干双眸の温度が冷え込んだ印象を与え、慌ててメリーナが頭を下げた。


「不敬なる言葉をお許しください」

「構わん。お主の言ったことは、紛れもない事実なのだからな」


 メリーナの言うとおり、スケアは元人間だ。それは彼女にとって屈辱であり、その人生においての汚点だった。

 本来ならば人間を辞めることは忌避されて然るべきだろう。証拠に、スケアの生前共に戦っていた幼馴染みや人間である者達は、スケアが人間であることを強く望んでいた。


 しかし、彼女は幼い頃に自分から悪魔王と契約した。字義通り、“悪魔に魂を売った”存在なのだ。力を求め、その産物として人間であることを放棄した。

 人間である誰もがそれを嘆いた。幼馴染みも、血の繋がらない兄妹達も、初めはその事に言葉を失った。


 だが、スケアは内心歓喜していた。それこそを望んでいた。


 それ故に、スケアは異種族に対し寛容で、虐げられる彼らを見過ごせなかった。だから救済する。手を差し伸べ、庇護下に置いた。


 その結果、助かった者も多い。メリーナもその一人だ。


 そんな事実があるため、それを指摘されたからとて不機嫌になりはすれど、彼女を怒鳴り散らすことはない。

 紫煙を燻らせ、メリーナの考えにも納得する話だと頷いてみせた。


「なるほど、お主の言うことも納得できる。だが、儂は違うことも考えた」

「それは、どのような?」


 メリーナの問いに、フッ、と好戦的で獰猛な笑みを浮かべた。


「奴らと戦うにおいて、今のままでは力不足。渡り合うまでに、三百年近く時を必要とする、と」


 スケアはまだ戦うつもりだ。あの無念は必ず晴らす。だが、今のままでは勝てないのはよくわかっている。


 スケアのスキル欄に『武芸百般』というスキルがあった。これは、魔術等を除く、体術、武器術のあらゆる術を身につけているということだ。


 そんな自分でさえも、武芸だけで挑めば悪魔王の軍勢の側近格と渡り合うには五分だ。下手をすれば、メイド長を相手に互角になるかもしれない。


 字面だけでは凄さがわかりづらいが、本来ならメイド長を相手に互角という内容も充分なほど。会ったことはないために断言は出来ないが、恐らくSランク冒険者全員で挑んでもメイド長には勝てないだろう。


 だが、それだけの猛者であっても、スカアハの弟子として、悪魔王の契約者としては不甲斐ない。やるならば得意な魔術を使わずに圧倒できなくては顔向けできない。


 だからこそ、まだまだ研鑽を続けていく。


 先の大戦時も、自身の技術は確かに通用はしていた。していたのだが、それは大天使等になんとか食らいつく程度であり、互角とはお世辞にも言い難かった。


 それを覆すために三百年前に飛ばし、技術を磨き、経験を積むことによって互角以上に渡り合えるようにしろ、と言われているように感じたのだ。


 実に強さに貪欲で、好戦的な思考である。


「なるほど。確かに仰られる通りかと」

「であろう?」


 メリーナの言葉に若干機嫌を良くする。

 だが、それは彼女らのように人間の枠組みから逸脱した存在でなければ出来ない考えだ。


 本来、人間は三百年も生きてはいけない。体が寿命を迎えるからだ。それは多くの種族に平等に起こることだ。

 だが、スケアはもう人間ではなく半分堕天使の半分悪魔だ。メリーナは強くなりすぎて魂が強靭になり、不老不死のスキルを得てしまっている。だからこそ出来た会話だろう。


「そうなりますと、当初はやはり鍛錬を行っていく、と言うことで御座いましょうか?」

「そうなるな。そして、近いうちに軍勢の誰かに接触を試みる、と言ったところか」

「それよりも速くにこの時代の悪魔王様が参られる場合は……」

「なるべくは接触しないようにするが、その場合は腹をくくるしかあるまい」


 そのように結論づけ、話はそこで一旦終えることになった。

 このまま話していたとしてもしっかりとした答えは出ず、直に日は暮れてしまい、出かけるにも不便になってしまうと判断したからだ。


 二人の荷物はそれほど多くはない。あってもメリーナが着ていたみすぼらしい服と、彼女の替えの下着、簡単な調理器具のみ。


 必要なものもあるだろうということで、二人は街に繰り出すことにした。

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