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答え合わせ

 ――夢を見ている。


 そう自覚したのはいつからだろう。

 弾丸が飛び交う戦場の中、悲鳴にも似た男達の声が上がる。その中には、()()()姿()()()()()。砲撃音に負けぬよう声を張り上げ、敵に向けて弾丸をばらまく。負傷した仲間を下がらせ、殿となって敵を引き付ける。折を見て撤退。


 それは何度も経験した、苦い敗走の記憶。

 血風吹き荒れる生き地獄。寝床に戻れば男達の罵詈雑言の応酬を横目に、陰鬱な気持ちを胸に抱いたまま酒を呷る。

 男達に仲間意識なんてものはなかった。生きるために銃を手に取り、人を殺して金をもらう。一人ではいつ死んでもおかしくはない過酷な場所が戦場だ。


 もう見ることのない生前の光景を、物心ついたときから夢に見ていた。

 初めの頃はその夢を見るたびに跳ね起きていた。なにせ、生き地獄と言っても過言ではないこの世の肥溜めだった。いくら成熟した大人であっても心を壊しかねないような光景を夢に見て、荒れた息で起きないわけがなかった。

 しかし、そんなものを何年も見ていては次第に感覚が麻痺していく。

 そうしていつからか、男は夢を見ても、またか、で済ませられるようになっていた。なってしまった。

 いくら飛び起き、また眠ろうとしても同じ夢を見るのだから諦めもする。


 正直勘弁してほしい、という気持ちは強い。だが、夢に対してどうこうできるはずもなく、男は今日もまた夢の続きをただただ眺めることにおぼろげな意識を委ねた。


 その後の光景はいつも同じだった。戦場での銃撃戦。密林地帯でのゲリラ戦。それらの勝利と敗北の記憶の数々。

 しかし、何も悪い記憶ばかりではない。

 ある日、男が所属していた部隊に現れた少年兵の面倒を見ることになった。初めはいやいや面倒を見ていた男だったが、次第にそれが楽しいと感じるようになった。

 子供の成長は早い。気づけば少年兵の背は男よりも大きくなり、いつしか見上げて会話するようになっていた。


 そうして、決まって夢の終わりはあの場面だった。


 成長した少年兵が両断されるのを、目の前で見ていた。

 下手人は日本刀を持った長髪の女。あろうことかその女はまだ成人したばかりとしか思えない年若いもので、男の本能が刺激されるようなとても見目麗しい女性だった。


 しかし、目の前で自分が育て可愛がっていた少年兵が斬殺されたことで、心が摩耗していた男も義憤に駆られた。

 必ず敵を討つ、と歳でガタが来ていた身体を引きずって戦闘に移り、そのあまりの技量に舌を巻いた。

 何年も戦場で戦い抜いた自身の実力に人並みにプライドがあった。これまで培ってきた経験をフルに活かし、対峙した女を屠らんとあらゆる手を尽くした。が、女はそれらを見事に捌き、反撃してみせた。

 男の経験上、間違いなく最強の相手だった。


 白熱した殺し合いは、女に天秤が傾いた。勝敗を決したのは年齢による体力の差だった。

 致命傷をその身に受け、己の最期を悟った。ならば、と刺し違えるつもりで鈍い身体を引きずり突貫した一撃は果たして届いたかどうか。


 そこで男の夢は終わる。


 今でもあの戦いは恐ろしいと思う。なにせ、これまで培った技術を総動員しても格の違いとでもいうべきか、全力を尽くしても一切届かない。血と汗と泥にまみれた生涯の全てを否定されたようにも感じられたのだ。

 だが、それと同じくらい胸中に占める思いもあった。楽しかったのだ。戦いは碌な事じゃない、と常々思っていた男だったが、どうやら、自分にも戦いを楽しむという野蛮な感情を持っていたらしい。


 結局、俺はただの荒くれものだったのだろうな。と今になって思う。


 意識が浮上する。夢が終わったことで、どうやら体が目覚めようとしているようだ。

 いやに全身がだるい。目を開けるという一手間すら億劫なほどだ。


「――――」


 誰かの声が聞こえる。


「……か…………。…………のは遅………………時間……」


 ここしばらくで聞き慣れた声。まるで誰かと会話しているようだが、聞こえてくるのは彼女一人の声だけだ。


 ――いったい誰と話してるんだ……?


 当たり前の疑問が脳裏に過ぎる。スケア以外に声が聞こえてくるのならそうは思わなかっただろう。

 酷く重い瞼をゆっくりと開く。そこに明かりと言えるものはなく、ひやりとした風が肌を撫で、本能的な恐怖心を煽った。

 今の今まで目をつぶっていたから大まかなシルエットは判別できた。だからと言って、湧き上がる恐怖心は払拭されることはない。今世と前世で合わせてもこれほど真っ暗な空間に閉じ込められた経験はなかった。

 右も左もわからない状況に、自分は本当に目を開いているのだろうか、という気持ちになる。


「――やかましい。儂にいちいち嚙みついてくるな。」


 再びスケアの声が聞こえた。いい加減に現実逃避をやめ、声のした方に視線を向ける。

 相変わらず何も見えないが、そこに希薄ながら誰かの気配を感じられた。


「先も言うたろう? 儂がいるのは下層だ。急ぎ合流しようとしたとて、ダンジョンの恐ろしさは貴様らも身をもって理解していると思うが? ……貴様らの主張も理解できるが――うん?」


 スケアが言葉を止め、僅かに身動ぎした。生憎見えたわけではないが、そんな気配がした。


「どうやら目を覚ましたらしい。では、儂はここで失礼する。……ああ。ギルドマスターとヴェルグは常に魔術師を傍に控えさせておけ。こちらで進展があれば、魔術師を介して連絡を入れるようにしよう。……そうしてくれ。では、失礼する」


 有無を言わせない態度で吐き捨てると、一拍置いて「ふぅ」とため息とも取れる呼気を漏らした。


 ギルドマスターと口にしたということは、今彼女は冒険者ギルドと連絡を取っていたのだろう。どのような手法でそれを可能としたのか思い至らないが、きっとそんな魔術があるのだろう。


「ため息なんて、幸せが逃げますよ」


 思わずそう声をかけていた。

 この二週間見てきたが、彼女がため息を漏らすなど初めて見た。どのような会話をしていたのか定かではないが、彼女にとって心労を募らせるようなものだったのだろう。

 どのような表情をしているのかは見えず、しかし空気が和らいだように感じたのは気の所為ではないだろう。


「……ふ。ついに隠すことすらしなくなったか」

「何がです?」

「いや、よい。メリーナには秘密にしておいてくれ。またいらぬ心配をかけることになる」

「はは。好かれてますね」

「お主が言うでないわ」


 返す言葉の刃に、「はは」と乾いた笑いを返すしかなかった。自覚はあった。


「明かりはいるか?」

「……お願いします」


 言うと、ふっと温かな光が二人の姿を浮かび上がらせた。うすぼんやりとした光は目に痛くなく、光量も弱過ぎず、しかし周辺の景色を判別させる絶妙な加減だった。

 視界を周囲に沿わせると、今自分達がいるのは小部屋だとわかった。光に照らされたごつごつとした岩壁は湿っており、唯一外とつながっているのであろう横穴から吹く風もあって、一層肌寒く感じた。


「ここは……どこなんです?」

「ダンジョンの中だ。気を失う前のことは覚えているか?」

「は、はい! 確か、魔族と戦っていて、その最中に魔術師の魔術を受けて……」

「記憶に問題は無しか。これでディーネにどやされずに済む」


 わざとらしく身を震わせ、母の名がスケアから出てくる。

 確かにスケアにとって、ユリウスは依頼主の家族だ。そんな人物に何かあれば、彼女達の評判にもかかわる問題だ。気にするのも仕方ない。

 同時に、スケアなりに気を使っているのだろう。


「他のみんなは?」

「ここにはおらん。あぁ、無事は確認している。この先で合流する手筈だ」


 ということは、気を失っている間に周辺の確認は行っていると考えていい。

 そのうえで、ユリウスをここから動かさなかったのはここがこの一帯で最も安全だと判断したからか、それとも動かせない状況になっていたか。


「お主がよいなら、そろそろ移動を開始しようと思うがどうだ?」

「大丈夫です。いけます」


 話している間に気怠さも消えた。それに、皆の無事な姿を早く確認したいという気持ちも強い。


 ユリウスの返答を聞き、胡坐をかいていたスケアが隙のない所作で立ち上がる。

 それを見て、この人は警戒を怠っていないのだと気づいた。

 遅れて立ち上がり、強張っていた身体を解す。その様子を見ていたスケアは急かすことなく、静かに準備を終えるのを待っていた。


「お待たせしました」

「では行くぞ」


 それだけ言うと、スケアは横穴に向けて進む。その背を追って、ユリウスも続いた。


 横穴は狭く、天井も低い。普段稽古で使っているような剣などを振るうには狭過ぎる。

 また、足場が悪い。整備のされていない地面は壁と同じように湿っており、少し滑りやすくなっている。気を付けないと滑って転んでしまうかもしれない。


 先導するスケアは自身の顔の高さ――顔の少し斜め後方――に魔術で生み出した光を固定させ、視界の隅々に視線を寄越す。ちょっとした違和感も見逃さんとばかりのその姿に、このような経験は豊富なのだと察せられた。

 その後姿はこれ以上ないほどの安心感をユリウスに与えた。


 思えば、ユリウスは彼女のことを全く知らない。人となりについてはこの二週間でよく観察できたが、バックボーンともいうべき彼女の経歴は不明のままだ。これまでそれとなく、ロイドやディーネが尋ねたことがあったが、ひらひらと躱されていた。

 それなら、とメリーナやエルザに訊いても困ったように笑うだけ。狼牙に至っては、飲みに出ていていないことばかりで訊く機会が少なかった。


 そも、不思議なのはどうして彼女がユリウスの異常性に気づいたのか。そこに集約される。

 新たに生を与えられ、それ以来前世のことを悟らせないようにしてきた。知られたところでなかなか信じてもらえないことではあるが、今の環境を失うことが怖かったのだ。

 だが、あろうことかスケアは会ってすぐに気づいたのか、探りを入れ始めたように思う。


 どうしてそうしようと思ったのか。どうして気づけたのか。考えれば考えるほど答えは出ない。


「先生」


 思わず、前を進むスケアに呼び掛けていた。

 幸いにも、今この場にはユーステス達はいない。ユリウスが抱く疑問を解消するには、まさに絶好の機会だった。


「お聞きしたいことがあります」


 肩越しにスケアと目が合う。それで内容を粗方察したのか、スケアは無言で続きを促した。


「いつから気づいていましたか?」


 探りを入れられたことで彼女が何かしらの疑惑を持っていたことは確かだ。だが、自分で思い返していてもそのような疑念を持たれた理由について思い至らない。

 かなり早い段階で彼女から探りを入れてきた事実から、気づかぬうちに疑念を持たせるようなことをしたことになる。


 思い当たる節があるとすれば、やはり年齢にしては大人びていたことだろうか。

 よく人に言われることでもあり、自分でも自覚のあるものだった。子供にしては泣かないし、これといってわがままも言わない。

 なにせ見た目が子供であっても、中身は老人とも言うべき大人だ。子供特有の純粋さなど持ち合わせているわけもなく、どれだけ心がけても子供らしくない振る舞いをしてしまう。

 きっと周りからは不気味に見えることだろう。


 ともあれ、スケアが抱いた疑念は確信になり、ジャニスティスから助けられた際には口にするまでになっていた。


 果たして、スケアはそれまでと変わらぬまま視線を正面に戻した。

 答えてはくれないのか。そう思った直後に解が与えられた。


「違和感を感じたのは顔合わせの時だ」

「顔合わせ、ですか。何か粗相でもしてしまいましたか?」

「いいや。子供とは思えぬほど丁寧だったとも。不相応に大人びている。これが初めの違和感だった」


 やはり、大人びていたことが疑念を持たせた要因なのか。と思ったとき、スケアは言葉を続けた。


「とはいえ、これは儂の中ではあまり重要ではなかった。当初も、そんなこともあるか、程度のものだった」

「では、どうして?」

「その後の自己紹介でお主が口にした内容を覚えているか?」

「自己紹介の内容?」


 自分はなんと言っただろうか。失礼にならないように口調を気にしつつ、当たり障りのないことを言ったと思っているが。

 そんな思考を読んだのか、スケアはユリウスが口にしたのであろう内容を諳んじる。


「『粉骨砕身努力していきます』。お主はそう言った」

「……どこかおかしかったでしょうか?」


 訊けば、ふ、とスケアが笑った。


「おかしいとも。この世界には、『()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!?」


 それはつまり、ユリウスがこの世界には存在しない言葉を使ったから疑念を持ったということか。

 存在しない言葉を使ったからというなら、確かに疑念を持っても不思議ではないだろう。


 いやしかし――


「ですが、あの場では誰も指摘しませんでしたよ? ユースもヘテナも……っ」

「今己で口にして悟ったろう。あの二人が幼少の頃より高水準の教育を受けているならわかるが、普段の基礎教育の様子を見ていればそうでないのは明らかよ」


 スケアの言う通り、ユーステスとヘテナはユリウスの家に来る前に教育と言える教育は受けていなかった。実際の親族から狩りの作法であったり、集落での規則などは学んでいたようだが、勉学を学ぶ経験はなかった。それではユリウスの言葉に「それは?」と尋ねるよりも先に、「難しい言葉を使ってる! すげー!」という純粋な反応になってもおかしくはない。

 更に、あの時二人はかなり緊張していた。今でこそスケア達にも懐いているが、会った当初は問題ない人物かどうか――当人達なりに――細心の注意を払っていた。そんな状態の彼らが、いちいち難しい言葉を使われたからとはいえ、指摘することは難しかっただろう。

 他にあの場にいたのはスケアの縁者だけ。今世の父であるロイドも、自己紹介の少し前には部屋から退室していた。


「仮にあの場でロイドがいたとて、お主の言葉に意味を問うことはなかったろうがな」

「それはなぜです? 純粋に息子の成長を喜ぶ親の気持ちでしょうか?」

「それもなくはなかろう。が、此度については違う」


 そう断じ、スケアは足を止めて体半分ユリウスに向ける。スケアが止まったことでユリウスも足を止めざるを得ず、必然向かい合う形となった。

 スケアのユリウスを見る眼差しには感情が見受けられず、打って変わって表情はわざとらしい笑みが張り付いていた。話の内容にそぐわないそのちぐはぐな表情に、言い知れない不気味さがあった。


「これは転生者特有のものになるが、言葉が自動的に自身の知る言語で最も近い意味の単語に変換される。要は翻訳だな。『粉骨砕身』の場合は、『全霊をかけて』とでも聞こえていただろうさ。一度注意深く相手の口の動きを観察したことはあるか?」

「……いいえ」

「では、次にこの世界出身の相手と会話する際に観察してみるといい。発される言語と口や舌の動きが違うことがわかるだろう。それを利用して、お主に数度探りを入れたのも覚えていよう?」

「ええ、覚えてます」


 忘れるはずがない。朝起きてきた際や、ふと気が緩んだ際にスッと声を掛けられたのだ。何度も仕掛けられたことで探りを入れているな、と理解したし、何より一番初めにそれに引っかかったことがなおのこと警戒を強めた要因にほかならなかった。


「お主が唯一引っかかったあの時、私はこう言うたな。『グッドモーニング(おはよう)』と」

「ええ。それに対し、私は『おはようございます』と返しました。ですが、すぐ後にその場にいたユースに言われて探りだとわかりましたよ。まさか、『「ぐっどもーにんぐ」ってどういう意味?』と聞かれるとは思いませんでした」

「ク――そう。私の言葉にお主は同じ言葉を返した。()()()()()()のだ。これでこ奴は転生者だ、と確信を得た。だろうな、と感じる行動や言動もそれ以前に多々見受けられた故、確信を得る要因のひとつであると表現した方が正しかろうが」

「ですが、それはなぜです? なぜあなたの言葉にユース達には変換されなかったんです?」

「儂が転生者ではないからだろうな」

「じゃあなぜ、私が転生者だとわかったんです? なぜあなたは、生前の世界の言葉を知っているんですか!?」


 スケアの言うように、スケア自身が転生者ではないのなら、生前いた世界で使われていた言語など知っているはずがないのだ。

 仮に転生者でないということが事実だとするのなら、ユーステスがスケアの発した言語に意味を理解できなかったことに説明はつくだろう。

 しかし、それではスケアがユリウスが生前使っていた言語を使ったことに説明がつかない。


 そこで、ふとある予想が脳裏に過った。転生者ではないが、転移してきた者達がいるではないか。


「まさか――」

「残念だが、儂は勇者一行とは一切関係ない」


 まるでユリウスの思考を読んでいたかのように、被せるようにして否を告げられる。


「ではなぜです!? それではあなたがその言語を知っている理由に説明がつかない!」

「勇者一行とはまた別口の転移者だからだ」


 勇者とは別口? 思わぬ答えに、二の句が告げられなかった。


「とはいえ、儂の場合はかなり特殊な例だ。この地に来てしばらく経った。その間、儂の体について多々調べて来たとも」

「……体を調べる、ですか? 研究者だったんですか?」

「いいや、そういうわけではない。だが、私もお主と同じく、死に、目覚めた時にこちらの世界にいたのだ」


 与えられた情報に、思わずユリウスは完全に思考が止まった。一度死に、目覚めたらこちらの世界にいた。それだけを聞けば、ユリウスと同じ転生者と相違ない。

 しかし、スケアは自身を転移者だと断言した。それだけの根拠があるのだとわかるが、まさか対峙する女性も死んだ、と衝撃的な告白をしたのだ。突如として突き付けられた真実に、衝撃を受けることは仕方のないことだった。


 沈黙したユリウスの様子を観察しつつ、スケアは言葉を紡いだ。


「生前、転生者と幾度も遭遇した。幾人も屠ってきた。飽きるほどサンプルが手に入ったのだ。儂の生前の環境は特殊で、それについて調べようとすれば機材は簡単に手に入り、人材も投入できた。故に、様々な実験の末に、儂はとある結論に至った」

「……結論?」

「当たり前やもしれんが、生前の肉体と転生後の肉体は別物ということだ」


 それはそうだろう。新たな人生を進むのだから、必然両親も、体に流れる血も変わっていて当然だ。

 ユリウスだってそうだ。今のユリウスと、生前の今頃と比べても外見は全く違う。肉付き等といったわかりやすい違いだけでなく、骨格からして違うのだ。調べることはできないが、恐らく血液型も違うのではないだろうか。


「転生者とは、生前の魂が新たな肉体に入り込むことで生じる。仏教における輪廻転生に近いが、違いは前世の記憶を引き継いでいること。これには外的要因が主な影響を与える。通常、転生なぞ起きようはずがないのだ」

「では、私がこうして転生したのは……」

「さて、確かなことは言えん。恐らく、どこぞの神か天使の目に留まったのだろうさ。だが、儂の肉体は生前のそれだ。幾度も確かめた故間違いあるまい」


 スケアの言うことが真実なら、スケアが転生したのではなく転移してきたという主張に真実味が帯びる。

 それに、これまでロイド達が経歴について尋ねても口にしてこなかった理由にもなる。


 こことは違う異世界から転移してきたと馬鹿正直に言ったところで信じるはずがない。スケアが王族という話も、どこの国の王族なのか疑問が尽きなかったが、この世界の国でなかったのだとするなら、どれだけ調べても彼女の情報が出てこなくても不思議じゃない。

 パーティ全員が揃って口を閉ざす理由も、全員が転移者だとするなら、諸々の説明がついてしまう。


 しかし、そうなるとまた別の疑問が浮上してくる。


「お話はわかりました。ですが、そうなると先生が今生きていることに説明がつきません。先ほど、死んだと確かに聞きました。肉体がそのままこちらの世界に来たのなら、あなたはなぜ生きているんです? それではまるで――」

「――生き返ったようだ、か?」

「……はい」


 生前、スケアがどのように死んだのかはわからない。老衰で死んだのか、それとも誰かの手にかかって命を落としたのか。

 彼女自身の言うように、肉体はそのままであると言うなら、老衰の線は薄い。スケアがこちらの世界で目覚めてどれほど暮らしてきたのか知らないが、今の彼女の外見は妙齢の女性だ。いくつで死んだとしても、今の外見年齢よりも若いはずだ。

 仮に誰かの手にかかったなら――それはそれで悪い冗談だが――現実的に考えると、そちらの方が可能性は高いのだ。


 しかし、スケアはひどく淡々としていた。


「儂は人間ではないからな。それを活かして、生前は幾度も死んだふりをしたし、奇襲も行った」


 なんてことはない。そう言いたげに滔々と語る。それにより一層真実しか語っていないと感ぜられた。感じさせられた。


「それは儂の周囲の者らも等しくそうだった。中には魔術に秀でた者もおった。その者が蘇生したのだろうと儂は考えている」

「蘇生、ですか? そんなこと……」

「不可能な話ではない。まぁ、それは置いておこう。随分話が脱線してしまった」


 そこで話を止められても残念ながら一度生じた疑問は拭い去られることはない。

 だが、それ以上は語らないとスケアは態度で示していた。こうなると、経験上口を割らせることは難しいことはわかった。


「さて、お主が転生者であることはわかったが、また別に疑問があった」

「……それは何です?」

「お主の生前の生活環境、というべきか。年の割に、また送ってきた人生を鑑みても、お主は戦闘に慣れ過ぎていた」

「なるほど。堅気ではない。けど、筋者というには戦闘慣れし過ぎている。そう感じたわけですか」


 なるほど、それでスケアはジャニスティスからユリウスを守った際に言われた言葉を思い出す。「生前いくらでも経験した」と彼女は確かに言った。そこに繋がってくるのか、と。


「加えて、体術稽古の時の模擬戦での行動。あれを見て、お主に対する警戒心が強まったよ」

「……何かしましたか? 思い至ることはないですが」

「――お主、生前儂と同じ技術を持つ者と殺し合ったことがあるな?」

「……? 先生と同じ技術を持つと言っても、先生は多芸じゃないですか。そんな人がそう何人もいてほしくありませんよ」

「言うではないかこ奴め」


 何が面白かったのか、スケアが破顔する。その変化は一瞬で、次の瞬間には双眸に剣呑な光が宿った。


「ではこう言えば思い至るものはないか? 同じ歩法を用いた暗殺者」

「――っ!!」


 実のところ、ある。スケアの言うように彼女と似た歩法を使った相手は、一人だけ覚えていた。


 スケアとの初めての模擬戦ではいいようにやられてしまったわけだが、その中でこの動きは見たことがある、と感じることがいくつかあった。

 いったいどうしてスケアがその動きを身につけているのかはユリウスにもわからない。しかし、見覚えがあったからこそ捌くことが出来たものも多い。


 その相手とは、


「……私を殺した相手です」


 ユリウスの口から出た相手に、スケアの目が僅かに見開かれた。


 生前のユリウスを殺し、また面倒を見ていた少年兵を殺した女がスケアと同じ歩法を使っていた。忘れるはずがない。それにどれほど苦しめられたか。今でも完全に捌けるとは思えない。

 しかし、その顔は眠る度に夢に見るのだから、忘れようにも忘れられない。忘れるはずもない。


 恨みがないと言えば噓になる。しかし、それ以上にもう戦いたくないという気持ちも事実だった。

 戦闘を楽しんだ自分も嘘ではないが、それ以上に何をしても意味をなさない相手というのもひどくストレスに感じるものだ。

 その点で言えば、スケアも同じと言っていいかもしれない。


「……お主を殺した相手か」

「ええ。年には勝てませんが、それを抜きにしても手強い相手でした」


 とはいえ、スケアについては彼女とは別ベクトルの手強さだろう。

 ユリウスを殺した女は、言ってしまえばひとつのことを鍛えに鍛え、鍛えぬいた末に至った境地と言える。


 しかし、スケアの場合はそうではない。

 ジャニスティスとの戦闘を目にして感じたことではあったが、彼女の一番の武器は過剰ともいえるその手数だろう。必要な時に、必要な相手に応じた手札を即座に割り出し、また盤面を自身の思うように誘導する。搦め手、徒手空拳、魔術、心理戦――こと戦いに通じる内容はあまねく手を伸ばしていると感じた。

 もちろん、得手不得手はあるだろう。だが、それを補って余りある程引出しが多い。これについてメリットはあるが、当然デメリットもある。以前から当人が口にしていたことにも繋がるが、取捨選択に手間がかかることだ。

 有り余るほどに手数を持っていれば、これが有効であり、こちらも有効だし、こっちも有効、といった状況が起こり得る。じゃあどれを使おう、と思考している間に押し込まれる危険性が強まるのだから、戦闘中に考え事をしているようなものだ。

 手札が多いからこそ勝手がわからず隙を晒すことになり、手札が多いからこそ勝手がわからず自壊してしまう危険性を孕む。

 だからこそ、がっちりとハマったときの破壊力たるや、計り知れない。


「ふむ。その言から察するに、お主は相応に高齢まで生きたと見えるな」


 顎に手を当て、スケアがそう嘯く。認めるように頷いた。


「それほど年寄りまで生きたかと言われると首を傾げざるを得ませんが、早死にはしませんでしたね」

「初老。軍、または傭兵……」


 視線はユリウスを捉えているが、その焦点が定まっていない。ぽつ、ぽつと口にされる単語に、僅かに身が強張る。

 ひとつ情報を得ると、それをもとに自分の中で答えをあぶりだしていく。きっとそれまでに感じた違和感も使って正答を導き出そうとする。まさに丸裸にされている気分だ。


 しばらく思考を続けるスケアだったが、定まらなかった焦点が不意にユリウスを捉えた。


「……つかぬことを訊くが、面倒を見た男はいたか?」

「面倒を見た男、ですか……?」

「面倒を見たというか、そうさな……お主が手ずから鍛えた男だ。少年兵とか」

「――っ!?」

「なるほど。生前のお主がわかった」


 この短い時間で何度目かもわからない衝撃が全身を襲った。

 自分から解明するためのヒントを与えた形ではあるが、それでも少年兵の存在が口に出された。それは即ち、生前のユリウスの正体をほとんど確定させたと言ってもいい。


 目の前の存在が恐ろしい。腹の底まで見透かされているようでひどく不気味だった。蛇に睨まれた蛙のように総身が完全に硬直する。

 呼吸がままならない。浅い呼吸で、知らずのうちに一歩後退った。べっとりとした嫌な汗が噴き出す。


 あり得ない。普通、そんな限られたヒントで答えに行きつくものか。元から知っていたと言われた方がまだ納得できる。


「ふむ、知りたいことは知れた」


 そう宣うスケアは、酷薄な笑みを浮かべる。それがより一層、化物加減に磨きをかける。ハッキリ言って気味が悪い。


「そ、それを知ってどうするんですか!?」


 問いただす声は、自分でもわかるほど震えていた。

 それに気を悪くした様子もなく、スケアは「別に」と続けた。


「儂らにとってお主の存在は取るに足らんものだ。無論初めは警戒したが、しばらく観察してその警戒も解いた」


 つらつらと語られる内容は、淡白な態度だからこそ気にしていないと伝わってくる。


「あぁ、そうさな。これは訊いておこうか」

「……何ですか?」


 身構える。これまでのやり取りでユリウスの警戒心は頂点にまで達していた。


「お主は、此度の生で何を成す?」

「どういう、意味ですか」

「難しく考える必要はあるまい。此度の一生で何をしていきたいのか、という話だ。ヴェルグのように冒険者となって武勇を示すか? 成り上がり、貴族となるか?」

「要は、将来何をしたいのか、ということですか」


 然り、と返すスケアはユリウスから視線を切り、止めていた足を進め始める。

 遅れてその後に続くも、二人の距離は先ほどよりも遠い。


 何故いきなり、脈絡なくそんなことを問われるのか。

 考えられるとすれば、将来スケアがしようとしていることの邪魔になるかの確認だろうか。だとしたら、彼女らしくない。あまりにも直接的過ぎる。


 本当に何を考えているのか。あまりにも未知に過ぎる。それが何よりも不気味に感じた。


「一応、教師になろうと考えています」

「教師?」

「ユース達と生活する中で、教えることの楽しさに気づきました」

「それで教師、か。よいことだ。ちともったいない気もするが、よい目標だ」


 スケアの雰囲気が柔らかなものに変わる。表情は窺い知れないが、笑っているのだろうか。


「なんにせよ、忠告はしておこう。此度は儂らだったからよいものの、お主が転生者だと違和感を感じる者はいずれ現れるだろう」

「先生のような、ですか? まさか。あり得ません」

「そうでもなかろう。なにせ、()()()()()()()()()()()()

「私以外にも、転生者が……!?」

「然様。儂が何故(なにゆえ)探りを入れ続けたのか、意図に気づいておらんのか」


 スケアが探りを入れ続けた理由? そんなもの、ユリウスが転生者であるという確信を得るために必要だったからではないのか。


 ――いや、待てよ?


 確かに初めの一回目はそれで理由は立つ。だが、一度引っかかってしまったのだから、それ以降続ける必要はない。

 なぜなら、一度引っかかっている以上知りたい情報を得たことになるのだから意味が無い。逆に、相手をより警戒させるだけにしかならない。それに、自分も転生者であると喧伝しているようなものだ。


 改めて考えてみると、確かにおかしい。スケアの性格から考えてみても、そんな無駄な行動を続けるのは違和感が強い。

 とすると、そうするだけの理由があったと考える方が自然ではないだろうか。だが、そこにどのような意図があったのか。


「警戒させるため……?」


 やはり、それ以外に考えられない。

 だとすると、先ほどのスケアの発言にも説得力は出てくる。


 先ほどのスケアの発言を元に推測すると、転生者は翻訳能力をそれぞれ持ち得ている。そして、それが相手が転生者かどうかを判別する方法になっている。他にも判別方法があるのかもしれないが、恐らくそれが最も手っ取り早く、またよくとられる手法なのだろう。

 それを警戒させるためにスケアは何度も同じ手法を取った。警戒させるために、何度も、何度も。


「私に警戒させるためだけに、わざと探りを入れ続けたんですか!? 先生にメリットがないでしょう!?」

「然り。目に見える形で儂らに利益はない。だが、お主はあの子らと離れ離れになることもなくなる」

「ユース達と離れ離れに……? どうしてそんなことになると?」

「以前、お主に伝えた戦闘技術での評価にも通じるが、お主ほどの腕を持つ者が徴兵されぬとはとても思えん」


 徴兵。確かに、この世界は魔族と人間が何年も戦争を続けている。そうなるといずれはユリウスも徴兵される可能性は捨てきれない。


「この世界の人間は異種族に対して特に排他的だ。それ故に、あの子らがついていってもろくな扱いは受けまい。そうでなくとも転生者であるというだけで徴兵されやすい。お主も早死にはしたくあるまい?」

「それは……」

「早死にしたくなければ転生者であると気づかれてはならん」


 これまでの話からして、もしかしなくてもユリウスを死なせない為に動いたのだとわかる。

 なぜそこまでして転生者達に気づかれないようにと釘を刺すのかは定かではないが、ユリウスを思っての行動であるというのなら頭に入れておく必要はある。

 まだ彼女を恐ろしいと思う気持ちはあるが、感謝はしなくてはならない。


「なんというか、先生は不器用なんですね。それに口下手だ」

「よく言われるな。理由はわからんが」

「無自覚なのか……」


 ともあれ、なぜスケアがユリウスが転生者であると気づいたのかは分かった。話しているうちに様々な謎も生まれたわけだが、今は置いておこう。

 再三に渡って気をつけろと忠告されたことを鑑みるに、スケアがユリウスのことを言いふらすとは考えにくい。どこまで彼女が真実を口にしているのかは定かではないが、ひとまず、皆にユリウスのことを知られる危険性はないと考えていいだろう。


 その事にひとまず安堵する。


「最後にこれだけ聞かせてください」


 一度、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 スケアとの対話で、その身の上については把握することが出来たが、彼女自身が何を目的として行動しているのかはわからないままだった。

 スケアほどの実力者達がいったい何をしようとしているのかは予想することすら困難を極めるが、最低限確認しておく必要があることがある。


 呼び止められたスケアは足を止めず、先ほどのように肩越しに視線を寄越した。


「先生は私達を殺すつもりはないんですか?」

「ない。少なくとも、敵対するようなことがない限りはな」


 それはつまり、敵対するような状況になれば容赦なく殺すと言っているようなものだった。敵対者には一切の情けはかけないとも取れる冷徹な一言には総毛立つ思いだ。

 どこに敵対関係になる要素が転がっているのかは判別できないが、可能な限り敵対関係にならないように尽力しようと強く心に誓うのだった。

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