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遅くなりました。


リアルで免許合宿やテスト期間で忙しくて……。言い訳ですね。すみません。

 ロイドの家は一階の部屋数が三つと二階が五つ。一階は客間やリビング等もあるという事で、実際に使える部屋はひとつしかない。


 スケア達にあてがわれた部屋は一階でひとつ。そして二階にひとつの計ふたつ。

 その中で広めの部屋が二階の部屋で、そこをスケアが使い、一階を従者達が使うという事になっている。

 ただ、防犯、または何かあった時にすぐに動けるようにしなければならないとスケアが打診し、各部屋二人ずつで眠る事になっている。


 スケアのいる部屋には当然のようにメリーナが。残ったもう一部屋にエルザと狼牙が使う事になった。

 しかし、狼牙は基本的に夜中は外に飲みに行くことも多く、大半の時間をエルザ一人で使う事になっていた。


 シュノンはユリウス達と同じ部屋で寝泊まりさせてはどうかと言われ、初めはそうしていたのだが、心細くなったのか初日の夜遅くにエルザの部屋を訪れ、そこで眠った事から、寝るときはエルザが使っている部屋で寝る事になった。


 そして現在、スケア達は二階の部屋で集まっていた。


 今日の稽古等は元々休みにしており、ユリウス達はどうやら外に遊びに行っているらしい。

 シュノンもどうやら彼らとは仲良く出来ているようで、毎日楽しそうに笑っている。今日もそんな彼らに付いて行った事からも間違いないだろう。


 子供達だけ――その中でも珍しい種族が三人――で遊びに行くとなるとやはり色々と危険な目にあう可能性も高い。

 その為、何かあった時のためにと彼らにはそれぞれに一枚のお札――呪符を手渡している。それに加えて、一羽の鳥を呪術で操り、その視界を共有して上空から現在進行形で見守っている。


 その視覚共有の影響でスケアは現在左目を閉ざしており、右目で顔を合わせているメリーナ達を。左目で遊びに出かけた子供達を、とかなり器用なことをしてのけていた。


「今回お主らを呼び出したのは、狼牙が昨晩酒場で得てきた情報を共有する為だ」


 そう言って、室内にいる面々を流し見る。


 部屋の中心に椅子を用意して座るスケア。

 その正面の椅子に無理矢理座らせた――命令して強引に座らせないと必ず渋るから――エルザ。

 いくら椅子に座るように言っても聞かず、スケアの側に控えるメリーナ。

 壁際に椅子を置き、そこに足を組み、組んだ足に自らの肘を立てて頬杖をつく狼牙。その椅子の下に五つの酒瓶が置かれている。


 ――飲む気かお前。


 内心で苦言を呈しながら皆を一瞥する。


 皆神妙な顔でスケアの言葉を待つ。


「まず今朝聞いていただろうが、ひとつは勇者と呼ばれる者どもがこちらに向かっているという話だ」


 それは今朝、朝帰りしてきた狼牙が得てきたものだ。


 その場にはここにいる全員が勢揃いしていたため、詳しく説明しなくてもそんな話があったと把握する。

 しかし、形式上簡単にでも説明があった方がいいだろう。


 そう思い、そちらを見ずに指示を出す。


「狼牙、皆に説明を」

「あぁ」


 少し気怠そうに狼牙が応える。


「昨日の夜、酒場で飲んでいた時に聞いた話だ。――そいつは王都側から行商の為に来た野郎でな。この街に来る途中、勇者一行がルーミラに向けて王都を出発したっつー話が広がっていたらしい。実際に会ったわけじゃねえが、見かけたって話もちらほらあったらしい」

「そのお話に信憑性は?」

「世間的にゃ勇者どもの活動なんざ良い娯楽だ。それに、女神教なんぞに現を抜かす人間にとっちゃ、戦いに勝利する為の希望だ。そんなもんの動向は当然注目する筈。だもんで、信憑性は高え、とオレは考えてる」

「わたくしも、信憑性はあると思います。朝の時点でこの街の情報屋をいくつか回ってみましたが、随分と有名な話だそうです。皆が口を揃えて、真実だ、と仰っておりました」

「御苦労だったな、メリーナ」

「もったいなきお言葉」


 それだけの人間達が言う以上、勇者一行がルーミラに来るのはほぼ確定事項だろう。


 そうなると、次に問題となるのは彼らの目的だ。


「奴らの目的は?」

「魔族が隠れているだの、新しいダンジョンが見つかったのではだの色々言われちゃいるが、オレが思うに――エルザ。テメエだ」

「私ですか? どうして」

「西区で門番紛いをしてたろ。それを忌々しく思ったモルドが上申し、立ち退かせようとしたんじゃねえか? 尤も、野郎はお前に固執して、手駒にしようとしていた節もある。冒険者どもが使えない以上、信頼出来る勇者の力を利用したんじゃねえか?」


 確かに、その可能性は大いにある。

 というか、あの愚者の思考回路からその可能性が最も当たりに近いのかもしれない。


 だが、ここから王都までは馬車で三週間はかかる。その情報が流れ出したのがどのくらいかは知らないが、遅くても一週間以内。早くても三日以内には到着すると考えて良いだろう。


「また私のせいでロードにご迷惑を……」

「この程度、ただの些事。迷惑にも入らん。貴様の行いは正しく、ならばこそ私も可能な限りの助力はする。貴様らの主君をあまり舐めるな」

「貴女様に心よりの感謝を」

「よい。楽にせよ。勇者についての情報は?」


 瞳いっぱいに涙を溜め、片膝立ちになって深々と頭を下げるエルザ。

 それをやめさせ、椅子に座るように命じ、狼牙に続きを促す。


「勇者は勇者召喚によって召喚された異世界人。まだガキだそうだ。数は大雑把だが三十前後。言うなら、一匹の勇者とおまけみてえなもんだ」

「つまり転移者ですか。勇者召喚で強引に喚び出されたとなると、また厄介な能力を有しているのでしょうね」

「当然、『祝福』は付与されてると見て良いだろうよ。なんでも、今代の勇者は歴代最強って話だと」

「歴代最強、ですか。喩え勇者と言えども烏合の衆。しかも、それが子供ばかりなのだとすれば、碌に物も考えずに国の傀儡と成り果てているのでしょうね」

「だろうよ。奴ら勇者どもの多くは元の世界へと帰還することこそが本来の目的。その手段が目の前に転がされている以上、藁をもすがる思いで手を伸ばすしかなかろう。喩えそれが、見せかけのものだとしてもな」

「ガキどもにその真偽を確かめる手段はねぇ。だったら、虫の居所が悪くても掌の上で踊るしかねえってこった。悪辣だねぇ」


 勇者の事情を考え、狼牙はわかりやすく嘲笑する。

 エルザはそれを咎めるように睨みつけるが、それを意に介すような男ではない。


「連中の目的はなんでしょうか」

「そんなもの言うまでもありません。人間――即ち、第一勢力の存続。彼らにとって忌々しい魔族――第二勢力の殲滅。異種族を排し、時に道具として使い、自らをこの地に君臨するべき絶対なる種だという驕りを得たいのでしょう」

「くっだらねえ! そんなつまんねえ事よりも、酒飲んで殺し合った方が、余程面白えぜ」

「こればかりは狼牙様に同意です。実にくだらない。唾棄すべき思い上がりです」


 人間に対しては酷く淡白な感情表現しかしないメリーナも、苛立たしげに吐き捨てた。


 彼女はその境遇から人間に対して強い憎悪を抱いている。今でこそその気持ちに蓋をして接することができているが、少し前まではすぐに顔に出し、有無を言わせず殺しにかかるぐらいだった。


「奴らの目的などどうでもよい。要は、最終的には他の種族を滅ぼしたいという事。即ち、我らが王に敵対する存在と想定しておく必要がある」

「しかし、彼らでは彼の国と戦っても――」

「然様。どれだけ策を立てようと、どれだけ搦め手を用いようと、我らが王に通じる手はない。そも儂らに勝てぬようでは、悪魔王を殺すなど夢のまた夢よ」

「つまり、テメエやオレらを殺せなきゃ、奴らに勝ちの目はないってこった。ただまぁ正直、お前を殺す手段なんざ、性別を戻させるぐらいしかねえだろ」

「その呪いも、解呪してしまえば殺す手段たり得なくなる。ですが――」

「然り。殺せずとも、倒すというならばその手段はいくつか増えてくる。無論、抵抗する故難度は高いが、不可能ではないだろうさ。――それより狼牙。貴様、儂よりも技術で劣ると今認めたな?」


 彼らの言う通りスケアは殺せない。

 ただ殺せないと言うだけでは語弊があるが、結論が同じなら取り繕っても仕方がない。


 正確には、殺せるが、心臓を止めるといった通常の手段で殺そうとしても死なず、特殊な手段を用いても抵抗する手段がある為防いでしまうと言う事だ。

 通常の手段で死なないとは言え、スケアの不死性は高くはない為、首を落としたり、脳髄を破壊すれば当然殺せる。


 出来ればの話だが。


「とはいえ、単純な技量に関しちゃ当然こちらが圧倒的に有利。明確に連中の力を知ってるわけじゃねえから断言はしねえが、そこの不器用騎士にも勝てないと仮定すりゃ、オレとスケアを殺すのなんざ不可能だぜ?」

「不名誉なあだ名をつけないでくださいますか?」

「然り。不器用騎士はこと対人戦闘を得手とする女だ。だが、本人の苦手意識の問題か、この女の常識から外れた相手はとことん不得手。有象無象の魔物や魔獣は技量の差から相手にもならんが、バハムートやゴルゴーンをぶつければまず圧殺されるだろうよ」

「ロードっ!?」


 狼牙の口にした不名誉なあだ名が、あろうことか主君にまで同調されるとは思わなかったらしい。

 定着する前に払拭したいが、主君に口答えするわけにもいかず、難しい顔で唸ることしか出来ないでいる。


 それを見て、クツクツ、と肩を揺すって笑う。


「赦せ。悪ノリというやつよ」


 周りからどう見られているのか知らないが、スケアと狼牙の仲はかなり良好だ。

 外見から見て男女の関係があるようにも見られるかも知れないが、そもそも男であるスケアはそんなつもりはないし、狼牙本人もそんな気持ちは全くない。


 二人の距離感で言えば、所謂悪友のようなものだ。

 一度は殺し合った間柄だが、だからこそ良好な関係を築けたと思っている。


「め、滅相も無い! ロードの仰られることも、間違いなく事実ですので……」

「しおらしいな。もっと胸を張れ。仮にも彼の城の入城を認められていたのだ。そんな貴様が弱いわけがなかろう」

「ろ、ロード……!」


 スケアの激励の言葉に、エルザの顔に生気が戻る。


「誰にでも得手不得手はある。儂とてお主と同じく家事は苦手だ。メリーナがいなければ何も出来ん」

「主様……っ!」


 別の方向から感極まった声が聞こえるが無視する。


「お前人並みには出来て、料理に関しちゃプロの料理人一歩手前じゃねえか」

「シャラップ!」


 狼牙の空気を読まない一言に一喝。

 こほん、と咳払いして話を続けた。


「不得手のひとつふたつあって当然だ。お主も知っているだろう? 儂は若い頃から力を手にするために随分と無茶をしてきた。初めからいたわけでは無いが、エルザも、メリーナも途中からそれは目にしてきたはずだ」

「もちろんでございます」

「母より殺しの術を学び、スカアハに師事し、アスタロトに魔術を学び、サリエルに邪眼の制御を教わり。七種の権能を悪魔王を筆頭とする七体の悪魔から与えられ、同化の為に封印を緩めたりと、まっこと無茶ばかりしていた」


 今でもその苦しさを覚えている。今の肉体には無いが、男に戻れば必ず浮き出てくるだろう身体中の傷痕。癒えるから、簡単には死なないからと全身に鞭打って通してきた数多の死線。


 周囲に何度心配をかけたかわからない。それを反省はすれど、後悔はない。

 後悔してしまえば、今の自分は嘘になってしまう。

 だからこそ、その事に後悔はない。


「その結果どうだ? 過ぎる力は忌避され、市井の憧れの対象と同じ立場でありながら遠ざけられ、辛うじて制御していながらも肉体と精神双方への負担によって眠れば、起こされぬ限り一週間は目覚めん。それでメリーナに迷惑をかけたこともあったな」

「迷惑ではありませんよ。したいからするのです」

「それでお主が倒れては元も子もないだろうに」

「倒れてはおりません。眠りかけていただけです」

「一週間寝ずに儂が目覚めるのを待っておったのは確かだが、なにも一睡もしてはならんというわけでもなかろうが」

「いつ主様がお目覚めになられても良いように支える事こそが、我らメイド衆のあるべき姿ですので」


 心外だと言わんばかりにむくれるメリーナの言葉にスケアは苦笑する。


 この女は、どこまでいってもスケアの従者たらんとする。


 本当に、自分には過ぎた部下だ。


「んで? テメエは何が言いてえんだよ」

「そうさな。長ったらしいのはやめようか」


 狼牙に突かれ、ふっ、と小さく笑みを浮かべる。


「儂らを頼れ。儂はそうするし、これまで以上に迷惑をかけることもあるだろう。求められれば、私は……いつでもこの力を振るうとも」

「ロード……勿体無いお言葉、ありがとうございます……!」


 激励にエルザは頭を下げ、その堅苦しい姿にやれやれと肩を竦める。


 狼牙は椅子の下に置いてあった五つの酒瓶のうちのひとつに手を伸ばし、栓を開けてラッパ飲みし始める。


 まだ会議中だというのにもかかわらずこの鬼は、飲み始めるまでの動作が自然過ぎて、メリーナが口を挟む暇すらなかった。


「狼牙様、まだ途中ですよ」

「こんな安酒で頭ァ飛ぶわけねえだろ。いいから続けろよ」

「まったく……」

「儂にもひとつ寄越せ」

「テメエ煙管あんだろうが!」

「ガス欠だ。また補充せねばならん」

「しとけよ! ったく、ほらよ」


 そう言って投げ渡される酒瓶。その栓を開け、同じようにしてスケアがラッパ飲みして……。


「主様!?」

「誠に安酒だな。申し訳程度にしか酒精が入ってないではないか」

「だからそう言ってんだろ? こんなんじゃ酔えるか」

「そもそも、儂は酔わんよ」


 スケアは酒を舐めつつ、ニヤリと不敵に嘯く。


 スケアは悪魔王との契約の折に、肉体が人間のそれを逸脱した存在になった。

 当時はまだ同化も進んでいなかった為に毒物に少し耐性があるだけだったが、城の近くの毒に汚染された沼や、城内のゴルゴーンにあてがわれた部屋には一面呪いの水で浸されており、そこに何度も遊びに行ったりしていた為、毒物に完全耐性を得てしまった。


 それに加え、魔術の鍛錬の際にスケアは肉体に悪影響を及ぼす成分を無効化する魔術を師匠であるアスタロトから学んでおり、それを自らにかけてある為、体内にアルコールが入ってもすぐにその成分が浄化されてしまう。

 結果、どれだけ飲んでも酔っ払うことがなかった。


 ただ、口の中に含んだ際にはまだその成分は残っている為、その時に味わうアルコールの感覚をスケアは楽しむようにしていた。


 一口、二口と酒を呷ると、懐から杯を取り出して酒を注ぎ始める。


「ひとつ、お聞きしたいことがあります」

「申してみよ」


 スケアは視線を杯から外さないまま応えた。


「これまでのお話で、推測ではございますが勇者一行のやってくる動機は理解いたしました。では、彼らと遭遇した場合には、明確な敵として処分いたしますか?」

「本来あるべき形としては、それがよいのだろうな」


 スケアは少しやりにくそうに苦笑する。


「だが、生憎と相手はあれだぞ? 下手に行動して、逆鱗に触れてはその後に影響がある」

「お言葉ではございますが、悪魔王陛下も後の障害となるであろう芽を摘む事はお喜びになられるのでは?」

「甘いな、エルザ。綿菓子に砂糖をまぶすぐらい甘い」

「ただの砂糖の塊じゃねえか」


 狼牙はそう悪態を吐き、嫌そうに顔を顰めた。

 どうやら、スケアの喩えを口に入れた時の事を想像したらしい。甘いのが苦手な狼牙には苦痛であろう。


「あれに地上の常識を当て嵌めてはならんよ。災禍の芽を摘む事は、彼の王にとっての娯楽を奪う行為に他ならん。そうして奴の逆鱗に触れれば、その後が手間になる。そうなると……」

「これから必要になる一手が――いや、唯一と言っても過言ではない対抗手段が潰える事になるな」

「然様。儂とて、単身でアレらと殺り合えば流石に勝てん。精々が七大天使を引っ張り出して相打ちが関の山だろう」

「七大天使……」


 メリーナが苦々しい声に、三人はグッと言葉を詰まらせた。


 七大天使は天界に座する神々の使徒として最も強力な七人の幹部格の天使である。

 そして、生前メリーナを殺したのが七大天使の一人だった。


 スケアはその時メリーナとは別の場所におり、七大天使が現れたと知らせを聞き、慌てて駆けつけた。ちょうどその時、メリーナが対峙し、相手に手傷を負わせながらも心臓を破壊され、命を落とした。


 その瞬間を目撃し、またその報告を聞いていた者には、彼女の声はあまりにも重く感じられた。


 エルザが案じるようにメリーナを見つめ、声をかけようかどうしようか迷ったように狼狽え始める。


 その様子を横目に、スケアは酒瓶からもう酒が出なくなったのに気づき、そっと足下に置いた。


 酒瓶に入っていた酒の量は明らかに盃に入る量よりも明らかに多かった。しかし、酒は一滴も溢れる事なく、また満タンにすらなっていなかった。


 次の瞬間、盃は煙管に姿を変える。スケアは静かに口をつけ、桃色の紫煙を燻らせた。

 普段使っている煙管の桃色の煙は灰などではなく、酒だったのだ。


 スケアは二、三度同じ動作を繰り返し、そっとメリーナに声をかけた。


「憎いか?」

「……本音を言えば、少し」


 神妙な面持ちで頷くメリーナ。

 その拳は強く握りしめられており、それだけで彼女の心情は少し窺い知れた。


「遅くとも三百年後。何事もなければ再び見えることになるだろう。備えよ、メリーナ。貴様が選んだ道――私と共に来るという選択は、茨の道だ」

「……はい。それと主様。三百十八年後です」

「今は良くないか!?」

「数字を正確にするのは大事でございますよ?」


 思わぬ言葉に流石のスケアも間抜けな声を上げた。

 流石にそう返して来られるのは予想していなかった。いや、普通は予想できないだろう。


「空気ぶち壊してきやがったなこいつら」

「貴方は元々空気を読まないでしょうに」


 横合いから聞こえて来た遣り取りに、全くだ、とスケアとメリーナは頷いた。


 スケアは紫煙を吐きつつ、パンパンッ、と二度手を打ち鳴らし、皆の意識を自分に集めた。


「話が逸れたな。勇者の件、纏めよう」


 そう言い放つと、狼牙以外が真剣な表情になる。狼牙に限っては酒瓶をひとつ空にしたらしい。二本目に手を伸ばしていた。


「剣を交えることになるかはわからんが、ひとまず奴等は殺さん。殺せば後々面倒な話が付きまとうようになる故な。ただし、襲われれば半殺しにして構わん。死なねば何をしてもよい」

「親類縁者皆殺しにしてもか?」


 狼牙は酒を口にしながらニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて宣った。


 それにスケアは不敵に笑いながら、


「そもそも奴等は親類縁者がこの地にいる筈がなかろう。だが、身の回りの連中に害を与えるのは面白いな」

「まっ、しねえがな。そいつは俺の流儀じゃねえ」

「流儀、ですか。固執していると、痛い目を見ますよ、狼牙様」

「吹くじゃねえか、狂信者メイド! それぐらいでなきゃ面白くねえっ」

「では黙っておきましょうか」


 メリーナの挑発に、狼牙は面白そうに笑う。それを見て、メリーナは嫌そうに口を閉ざした。


「そこまでにしておけ。皆、結論に意義は?」

「ございません」

「御身の御心のままに」

「それで良いぜ」


 否定的な声は上がらない。

 そもそも、ここにはろくでなし二人とイエスマン――スケアだけに対して――しかいないのだ。反論など、滅多なことでなければ起こるはずもなかった。


 スケアは紫煙を燻らせ、了承したように頷いた。


 問題がないのなら、次に行く。


「では、次だ。狼牙、他にも情報はあるのだったな?」

「おう。つっても、情報ってよりは噂話程度に聞いとけや」


 狼牙はそう注意し、得てきた話を口にする。


「さっきもちょいと話にゃ出たが……魔族がこの街にいる、って噂が流れてる」


 その一言に、三人の視線が細められる。


 魔族。それは人間が忌み嫌い、そして堂々と人間と渡り合ってきた勢力として有名な存在。

 人間よりも保有している魔力量が多く、人間よりも優秀な身体能力を持つ存在達。


 それがルーミラにいる。


 予想外だった。

 まだ人間領と魔族領の国境付近であればスケアも予想はしていた。諜報員はどちらの種族も派遣しているのだから当然だ。


 しかし、ルーミラは辺境も辺境。国境と正反対とまでは言わないが、間には人間側の主要な国が六つはある。細かく見てみるともっとあるが、それぞれの領土の広さを考えても――あまりにも距離がある。


 だが、それを聞いて思い出した事もある。


 それは――


「……メリーナ。今年、この時期、この場所で、何があったか覚えているか?」

「オプトニヌス暦四百十八年……ルーミラ……。時期は多少先になりますが、確かダンジョンがこの街に出来たと記憶しております」


 流石はメリーナと言うべきか、少し考える素振りを見せた後、すぐにスケアが思い至っていた出来事を引っ張り出してきた。


 こういう時、自分以外にも歴史に精通している――または、多少なりと記憶している人物がいると気が楽で良い。


 メリーナの言葉を聞き、鬼二人は訝しげな顔になる。

 どうやら、それの意味するところがまだ理解していないらしい。


迷宮(ダンジョン)だ? それがどうしたよ」

「なんだ、お主は知らんのか? ダンジョンは自然発生が主だが、人の手によって作成されることも稀にあるのだ」


 頻度で言えば、当然自然発生が殆どで、魔族が作成するダンジョンなど一割にも満たない。


 あまり知られていないことではあるが、歴史を紐解けば人間がダンジョンを作成した話もひとつかふたつは出てくる。

 ダンジョンは謂わば魔力の塊が形を成して現れるものだ。高濃度の魔力溜まりが歪み、巨大なダンジョンを形成する。


 つまり、人間でも魔族でも、高濃度の魔力溜まりを用意すれば少し手を加えるだけで完成することになる。

 その為には地脈がいくつも交わった場所が必要となるが、必ずしも必要なのかと言えばそういうわけではない。そのダンジョンの深さや、湧いてくる魔物の強さ、発見される魔道具の希少さに関わってくるのだ。


「するってぇと、なんだ。本来ここにできる迷宮は、魔族が創ったってのか?」

「その筈だ。本来なら、突如出現したダンジョンを勇者パーティが踏破し、そこに潜んでいた魔族を撃退する」

「その潜んでいた魔族と言うのは?」

「不死魔王の縁者だ。確か、リィンナーデの叔父だったか」


 生前の伴侶の一人である不死魔王リィンナーデ。

 不死と称されるだけあり、また単騎での白兵戦力は他の魔王の追随を許さず、そしてエルザに銀の鍵を手渡していた人物。


 彼女から以前聞いたこともある。叔父上はダンジョンを創った事があるのだ、と。


 ダンジョンを作成することは魔族にとって誉れである、と言うことはない。

 ただ、歴史に名を残す事をした、という事を喜んでいたと記憶している。


 その記録は当然人間領では抹消されている。

 だが、他の種族にはその記録は残っているため、知人の名が残っている事が嬉しかったのだろう。


 そんな彼女の叔父は、リィンナーデと同じく白兵戦に秀でた人物だと聞いていた。

 それを考えると――


「少なくとも二人以上、か」

「何がだ?」

「馬鹿ですね、狼牙様は。この街に潜んでいる魔族の数に決まってるでしょう」

「あァッ? エルザ、テメエ良い覚悟してんなァ?」

「喧嘩は他所でやってください! 主様、そのようにお考えになった理由を、未熟なわたくしめにどうかお教えください」


 二人を叱りつけ、メリーナはスケアに対して頭を下げる。


 その様子を見送り、よかろう、と口にすると、メリーナは頭を上げ目が合った。すると、ニコリ、と笑みを浮かべた。

 どうやら、思った通り彼女は理由に思い至っている。にも関わらず、彼女はわからないから教えてくれ、と宣った。


 未だに気づいていない、エルザと狼牙にわからせる為に。


「歴史を紐解き、尚且つその縁者から聞いた情報だ。リィンナーデの父、不死魔王ガランデリスの弟、ジャニスティスがこの街にダンジョンを創った」

「側室様の――」

「先も言ったが、血縁上叔父にあたる。私にとっては義伯父か。奴らの系図は肉体の頑丈さを活かした前進、特攻を重視する。これが何を意味するかわかるか?」

「知るか。とっとと続きを言え」

「……魔術が使えない?」


 面倒を嫌う鬼らしく、狼牙は話を急かした。

 しかし、真面目なエルザは話を訊き、考えついたらしい内容を口にした。


 それを聞いた途端狼牙は双眸を見開き、スケアは満足そうに頷く。メリーナもニコリと笑みを浮かべた。


「その通り。ある程度制限はあるが、肉体の不死性を利用した白兵戦を奴らは行使する。距離など問題ではない。彼我の差があるのなら、被弾覚悟で詰めればいい。そういう連中だ。奴らの家系には、魔術回路が存在しないのさ」

「生まれつき、魔術が使えない家系……」

「魔族には珍しい魔術適性がない連中。ダンジョン形成にあたってそれは致命的だ」


 ダンジョンを創るには、少なくてもそれに類する知識と、魔術の心得を持っていなければ到底出来ることではない。

 即ち、ジャニスティスだけでダンジョンを創ることは不可能なのだ。


「あの家系は必ず腹心に優秀な魔術師を抱え込む。リィンナーデなら逆に腹心という立場にはなったが、私という魔術師を子供という楔で抱え込んだだろう? それと同じだ」

「つーことはなんだ。この街に潜んでいることが事実として、その腹心を連れているのは確実だってか?」

「いかにも。何人抱え込んでいるのか、何人連れてきているのかはわからん。それ故、最低人数として二人だという話だ」

「なるほど。よく分かりました」


 もし噂が真実で、尚且つ潜んでいる魔族がジャニスティスだと仮定すれば、ダンジョン制作に動いているのは予想がつく。


 だが、生憎生前にはもう討ち取られていたから面識はない。

 その為、人柄もなにも知らないのだ。ただわかることは、白兵戦が強いということだけ。


「だが、迷宮が出来る時期にゃ速いってんだろ? だったら、問題ねえだろ?」

「たわけ。儂らというイレギュラーが存在する事を忘れたか? 異物が入り込んだだけで、時期は前後すると考える方がよい」

「動向を探りますか?」

「可能か、メリーナ?」

「やってみせます。必ず」


 力強い返答に、スケアの口の端が上がる。


「よかろう! 隠れているやもしれぬ魔族を探し当て、その動向を探れ」

「畏まりました。全霊を持って行わせていただきます」

「なんなら、オレがやってやろうか?」

「必要ありません。諜報に関しては確かに貴方に分がありますが、負けるつもりはございませんので」

「応援しておりますよ、メリーナ殿!」


 エルザの声援に頷きで応えるメリーナ。


 その様子を見て、スケアも僅かに笑みを浮かべていた。


 生前とは全く違う状況でありながら関係なく騒ぐ面々を見る光景は、スケアの好きな光景だった。

 いつも何処かで馬鹿騒ぎをして殺し合う光景を笑って囃し立てていたのをふと思い出す。


 この時、スケアは少し気を抜いていたのかもしれない。

 事は、もう動き出していたのだ。


 視覚共有している左眼が奇妙な物を映した。

 それは直径十センチほどの円盤だった。円盤の縁はギザギザな形状をしており、太陽の光を反射して鈍く輝いている。


 明らかな用途のそれが飛来して迫る光景に気付いたとてもう遅い。


「――ッ!」


 直後、ブツッ、と視覚共有が途切れ、左眼に縦に一文字の傷が突如出来、灼熱が遅れて奔った。


 突然の事に全員の時間が止まる。


「あ、主様っ!?」


 一番早く復活したのはメリーナだった。

 突如左眼から出血したスケアに慌てて駆け寄り、傷の具合を確かめる。

 顔に触れる手を止め、スケアは右眼の温度を氷点よりも更に凍てつかせ、鋭く細めた。


「よい、直に治る。それよりもメリーナ。ユリウス達の居場所を見つけ出せ!」

「は、はい!」


 メリーナに指示を出し、スケアは持たせた呪符の呪力の捜索を開始する。

 街の隅々にまでその感覚を研ぎ澄ませて探っていく。


「見つけました! 西区の裏路地から南区へ向けて移動しております!」


 南区は貧困層が居住する区域の筈。所謂スラムのようなものだ。

 何故そんな場所に、というのが純粋な疑問だ。


「狼牙様」

「あー……追われてんなぁ、これ。お前ちゃんと監視してたんだろうな?」


 エルザに声をかけられ、言われる前に"遠視"を使い、気を見て状況の把握を開始していた。

 状況を確認すると、どうでも良さそうに――口調は咎めるようにスケアを口撃する。


「監視ではない。見守っていただけだ」

「その上で追われてんならテメエの不徳じゃねえか」

「狼牙様、お言葉が過ぎますよ!」

「よい。まったく、伝説の鬼に説教されるとはな」

「ケッ」


 軽口を口にして、スケアは僅かに笑みを浮かべる。


 言っていることは間違いではないのだ。常にその視覚に映しておきながら、その危機を察知出来ていなかった。間違いなくスケアの不徳の致すところだ。


 自分のミスであるなら正面から受け入れよう。反省もしよう。だが――


 ――売られた喧嘩は買う。


 そう思い、凶相がその顔面に張り付けられた。


 突然の事で相手を目視出来なかった。その為、スケアも予測が立てられない。

 ()()()()()()()


 相手は知ってか知らずか、スケアが面倒を見ている子供を狙った。短期間とはいえ、スケアが師として鍛えている子供達を狙った。その多くが、異種族だ。


 理由はそれで充分。それだけで、鏖殺対象たりえる。


 故に、スケアは矢継ぎ早に指示を出す。


「狼牙はそのまま状況を俯瞰していろ。状況が変われば逐次念話を入れろ。メリーナ、共をせよ。エルザ、貴様は私達とは別口から行け」

「別口、ですか?」

「この家を見張っている輩がいる。それを潰せ」

「御意!」


 そのエルザの言葉を合図に、スケア達は迅速に動き出した。

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