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得意属性確認するか

 一夜が明けた。

 昨夜は三人とも疲れたようで、夕飯を終えると泥のように眠りについた。同じく疲れていたスケアも、昼間に眠っていたにも関わらずに静かに眠った。


 さて、起きれば当然朝食は食べる必要がある。スケア自身、食事をある程度重視している為、それを疎かにする事はない。

 昨日全員で飯を食べる場所だと案内された部屋に赴き、用意されていた朝食をぺろりと平らげるとすぐに午前中の講義に移る。


 今日は午前を魔術の講義、午後を剣術の稽古にするつもりだ。


 魔術は本来魔術回路が存在しなくては発動すら出来ない。裏を返せば、魔術回路があれば魔術は扱えるという事だ。

 それは得意属性とは一切関係がない。即ち、メリーナのように無属性と診断されても、その他の属性の魔術も扱うことは出来る。

 勘違いされがちだが、得意属性はそれしか出来ないという診断ではなく、数ある属性でその属性の魔術が最も得意であるという意味なのである。

 つまり、およそ字義通りの意味合いとなる。


 問題は、それを魔術に携わる地上の民全てが勘違いしている事なのだが、今は置いておこう。


 スケア達は一般教養を教える際に与えられた部屋に向かい、テーブルに隣接する椅子にスケアが座り、その傍らにメリーナが控えた。そして、その隣の椅子にシュノンが座っていた。


 魔術の担当はスケアとメリーナの二人のみ。その為、エルザと狼牙には好きに行動させていた。


 狼牙は当然ながらすぐに出て行った。彼のことだ。どうせ飲みにでも行っているのだろう、というのが全員の頭の中で考えられていた。


 エルザはシュノンがなんだと渋ったが、家にはスケアとメリーナがいる以上あまり問題は無いだろうと判断し、そう伝えた。


 するとエルザは、


「では、私は日銭を稼いで参ります。長期的な直接依頼の場合、依頼の最中であっても他の依頼を受けても構わないと聞いております」

「まぁ、そうだな。確かにお主の言う通りではあるが、誠にそれでよいのか? ショッピングだろうと、食べ歩きだろうと、なんでもしてよいのだぞ?」

「ありがたきお言葉ではございますが、私は微力ながらロードの力になる事こそが我が全て。ですので、少しでも時間ができれば御身の負担を軽減せんと仕事を愚直にこなすのみ。したいからするのです」

「ふっ。誠に我が臣下は真面目ばかりよな」


 とはいえ、その臣下も今や三人しかいない。そこまでしてもらう必要はないと考えているが、上に立つ者に仕える際はそういった小さな気遣いをする必要があるのだろうか。


 そんな事を思っていると、徐にメリーナはエルザに近づき、その肩を強く叩いた。


「よく言いました! では、買ってきていただきたい物があります。帰り際にでも買ってきていただけませんか?」

「構いませんが……何を買ってくれば良いのですか?」

「それは……」


 一瞬言い淀むと、チラリとこちらの様子を伺う。スケアもメリーナほどではないにしても、かなり耳が良い。それを気にして、一瞬こちらに意識を向けたのだろう。


 それだけで嫌な予感がしたが、メリーナならば悪いようにはしないだろう、という信頼から視線を外して、聞き耳を立てないと言外に伝えてやる。


 それでも聞こえないようにしたいらしく、声を小さくして、エルザの耳元に囁くようにして何事かを伝える。

 それを聞いたエルザは少しの瞠目。次いで喜色めいた笑みを浮かべて頷いた。


「わかりました! 必ずや買い、無かったとしても素材となる魔獣を狩り、集めきってみせましょう!」

「期待していますよ」

「お任せあれ!」


 言って、突風の如き敏捷さで駆けていった。もしかしたら、ちゃっかり風の大精霊(シルフ)の加護を使っているのかもしれない。


 その姿を見送り、メリーナはにこにこと柔らかな微笑みをたたえてスケアの傍らに控える。


 そんな彼女に――無駄だとわかってはいるが――軽く問いかける。


「エルザに何を頼んだ?」

「それは戻ってからのお楽しみにございます」

「我が身に害ある物か」

「いいえ。決してそのようなものではございません」

「……そうか。ならばよい」


 予想通り、メリーナはそう簡単に口を割ろうとしなかった。


 そうして少し待っていると、ユリウス達が連れ立ってやってくる。

 彼らは未だ少し眠そうにはしていたが、椅子につく頃には少しは目が覚めたようだ。

 彼らは真ん中をユリウス。その両隣に獣人姉弟で座った。


 スケアは彼らが一先ず意識がこちらに向くのを待ち、向いたと同時に静かに口を開いた。


「さて、では今日は午前を魔術の講義にしようか。魔術を教えるに当たり、先ずはお主らの得意属性を軽く認識しておかねばならん」


 そう言い切ると、ユリウスの表情が少し翳る。

 それに少し訝しむが、特に問題ないだろうと判断して、言葉を続ける。


「お主らは得意属性をどのようにして測るか、知っておるか?」

「計測するためのアーティファクトを使う!」

「その通りだ。もしかするとお主らはすでに一度使ったことがあるやもしれんが、実はここにその魔道具を用意した」


 そう言うと、メリーナが静かに動き出し、テーブルの中心に冒険者ギルドで見た水晶玉を置く。

 それを見て、三人がギョッと目を剥いた。

 ユーステスが水晶玉を指差して声を上げる。


「そ、それっ! 冒険者ギルドにあるやつと同じやつじゃないか!? いや、ですか!?」

「うむ。魔術講義をするとなれば必須であろう? 故、昨夜のうちに狼牙にぬす――こほん、借りて来てもらった」

「今、盗んだって言いそうになりませんでした?」

「そんなわけなかろう。のう、メリーナ?」

「もちろんにございます」


 互いに笑い合い、何を言及されても「盗んでない。借りて来た」と口を揃えて貫き通した。

 三人はジトッとした眼差しで見て来たが、どんな目で見られようがスケア達の答えは変わらない。

 シュノンはその価値を知らないのだろう。その水晶玉に興味津々だった。


「シュノン。よい機会故お主も測ってみようか」

「いいんですか!」

「うむ、構わんよ。興味があるのだろう?」

「す、少し……」


 ――いじらしい奴め。


 シュノンは追求されると、少し恥ずかしそうにモジモジしていた。

 その姿がスケアにはいじらしく見え、年相応に好奇心が旺盛なその姿にほっこりした。


「でも、本当にいいんですか?」

「何がだ、ユリウス」

「ぬす――借りて来たとはいえ、それは貴重な道具のはずです。それに万が一のことがあったら……」

「問題なかろう。先日、儂はこれをひとつ破壊したが、お咎めなしであった」

「なんで破壊してるんですか!?」

「儂の魔力に耐え切れず、こう……パキンッ、とな?」

「とな? じゃないでしょ!?」

「ふふ、細かいことはいいじゃありませんか、ユリウスくん。誰にもスケア様を咎めさせませんから。唯一それを許すとすれば、至高の御方以外にはいません」

「うむ」

「うむ、じゃないでしょっ!?」


 ただ、実際にお咎めはなかったのだから仕方がないだろう。

 きっとどう反応したらいいのかわからなかったのだろうが、そんなのはスケアの知ったことではない。


「ほれ、そんな事より、誰からやる?」

「スケアねーちゃんやってみてくれよ」

「断るよ。また壊れてはたまらん」

「ちぇっ。じゃあ、俺が一番!」


 元気良くユーステスが名乗りを上げ、物怖じせずに水晶玉に手を伸ばす。特に気負った様子もなく、自然に水晶玉に触れる。

 すると、淡い青白い光に水晶玉が輝いた。水晶の中で、バチッ、と空気が弾ける音が不規則に聞こえてくる。


 それを見て、スケアは目を瞠った。メリーナも驚いたようで、「まぁ」と口元に手をやっていた。


「これは驚いた。よもや、雷属性とはな」

「へへーん! どうだ、驚いたか!」

「思わぬ属性に度肝を抜かれたわ」

「そうだろ、そうだろ!」


 魔術師が扱う主な属性として、一般的には地水火風、光、闇、無の七属性が存在する。

 しかし、これが存在する属性の全てというわけではない。その他にもいくつか属性は存在するのだが、それらの属性は得意属性として現れることはかなり少ない。

 加えて、それらの属性は強力な破壊力や貫通力があり、攻撃的な魔術を重視する今の世の中ではかなり重宝されることは間違いない。


 ユーステスの得意属性である雷は、その中でも更に希少な属性だった。

 その事を、彼はきっと知っていたのだろう。胸を張り、上機嫌になっている。

 そんな姿を少し可愛らしいと思ってしまった。


「次は誰がする?」

「では、私が」

「ヘテナか。よかろう。触れてみるとよい」


 そう言って、ヘテナに水晶玉を促した。


 それに応じるようにヘテナは水晶玉に触れる。

 すると、再び淡い水色の光が輝いた。しかし、今度は先ほどと違い、水晶の中で表面が凍りついている。錯覚か、ひんやりとした冷気が部屋に充満していったように感じ、ぶるり、と全身を震わせた。


 この属性は――


「氷か。姉弟揃って特殊な属性が得意なのだな」

「やっぱり、私の属性も特別なんですか?」

「然様。お主のも、他にはあまり見ない類のものだ。ある程度修練を重ねれば、こんなことも出来る」


 そう言って、傍らに立つメリーナに自然な動作で手を伸ばし、彼女の腕にそっと触れる。


 直後、メリーナの全身が氷に閉じ込められた。


 突然の所業に、それを見ていた四人はざわめき出す。いきなりこんな所業を見せられるなどと、きっと誰も思っても見なかったはずだ。


「め、メリーナ姉ちゃん!?」

「氷の中に閉じ込められたっ?」

「これはマズイだろっ!」

「案ずるな、小童共。この程度、儂らには足止めにもならん」


 慌てふためく子供達の様子を流し見て、ニンマリといやらしく笑う。そして、どこか見当違いなことを言ってのけ、パチン、と指を鳴らすと、メリーナを閉じ込める氷にピシッ、と大きな亀裂が入った。

 その亀裂が広がっていき、瞬く間に全体に広がったかと思えば、次の瞬間には氷が砕かれ、ブルルッ、と全身を震わせて氷の粉塵を撒き散らすメリーナの姿があった。


「済まんな、突然」

「何を仰いますか。主様の御技を我が身に受けることが出来、歓喜の渦に飲まれております」

「フ、後で毛繕いをしてやろう。丹念に手入れされたお主の髪が少し乱れてしまった」

「あ、ありがとうございますっ!」


 スケアの提案に、メリーナが勢いよく頭を下げた。その声は本人の言う通り、歓喜に包まれているように感じられた。

 事実、メリーナにとってこれ以上ないご褒美なのだろう。彼女の尻尾が超高速で左右に揺れているのがその証明である。


 その喜びようから、その事を漠然と理解したユリウス達は、静かにその姿を眺めていることしかできなかった。

 ヘテナに限っては、どこか羨望の眼差しで二人を凝視していた。


 どうしてそんな目で見られているのか、スケアは把握出来ていなかったが、特に気にすることなく子供達に向き直る。


 その時には、メリーナの足下に転がっていたはずの氷は既に消失しており、それがあったという事すらわからなくなっていた。


 スケアは説明を続ける。


「と、このように。極めれば、人一人――魔力量と精密さを高めれば国ひとつ氷漬けにすることも出来よう。魔術の扱い、それと魔力操作については、これから逐次教えていく故、期待しておくとよい」

「わ、わかりました!」

「メリーナ姉ちゃんすげえ……!」

「ユースくん? 凄いのはわたくしではなく、主様ですよ?」

「凍らされておきながら、自分から氷を破壊して脱出するのは充分凄いと思いますよ」

「ユリウスくんまで。今のは主様が加減してくださったからわたくしは脱出出来たのであって、そうでなければわたくしはまだ――」

「これ、そうムキになるな。儂が凄いのは当然であろう。その上で、儂に及ばないながらお主も相当の実力を持っているということだ」

「なるほどそういうことでございましたか。我が身の無知蒙昧さを、どうかお許しください」

「よい、赦す。儂はお主のその献身を強く買っているのだからな」

「主様……っ!」


 話がどんどんと違う方向に転がっているのに気づき、スケアは一度空咳を打つ。それだけで騒々しさは収まり、自然と残る二人に視線が寄せられることになる。


 残っているのはシュノンとユリウス。

 個人的には、ユリウスの先ほどの反応が少し気がかりだった。得意属性を確認する事に、何か嫌な思い出があるかのような反応だった。


 それだけでいくつか想定される事柄がスケアの脳内には浮かんでくる。もしスケアの予想通りなのであれば、この世界では確かにトラウマになってしまっても仕方がないかもしれない。


 シュノンの得意属性も気にはなる。

 鬼人族は獣人のような魔力操作の不得手といった事はないが、魔力量が各種族の平均に比べて一番低いのが特徴だ。


 スケアの臣下である二人の鬼のステータスを思い返してみる。

 彼等は鬼人族とステータスの構成が最も近しい種族であり、スケアが比較対象として、生前よく持ち出していた。


 古に生き、スケアの魔術によって現代に蘇った伝説の鬼は魔力を欠片も持ち合わせてはいない。数値の上でも存在しなかった。


 そして、エルザ。彼女は鬼となる前に魔術の心得があった事に加え、四大精霊の加護からメリーナよりも高い九万八千五百。竜と比較されるメリーナよりも多いとなると、余程のことであろう。

 彼女は数少ない例外と考えていい。


 生前、スケアが出会った鬼達も、魔力の数値を見ると、総じて少なく、酷い者で一桁。多くて三桁弱といった具合でしかなく、鬼の魔力は少ない、という印象がスケアの中で出来上がっていた。


「シュノン。君が先にどうぞ」

「いいの?」

「もちろん」


 ユリウスにそう言われると、どこか嬉しそうにしながら、ゆっくりとシュノンが手を伸ばした。

 彼女がユーステス達が計測している時、目を爛々と輝かせているのに気づいていたのだろう。


 今もその表情に、期待や不安が綯い交ぜになっているのが出ていた。どちらかというと、期待の方が勝っているのだろう。若干、普段よりも好奇心を強めて、その小さな手を水晶玉に伸ばし、触れる。


 その直後である。


 カッ、と眩い閃光が皆の目を焼いた。メリーナやスケアはお互いの属性確認作業を経験していたからか、少し眩しそうに目元に手をやって影を作り、眉間に少し皺を寄せるだけに留まる。

 しかし、それだけ強い光を経験したことがないらしいユリウス達は手をやるのが一瞬遅れ、その閃光をまともに視界に焼き付けてしまった。


「うわっ!?」

「きゃっ」

「まぶっ!」


 三人が小さく悲鳴を上げ、明滅する目に手をやり、苦しげに呻く。

 それを目にして、シュノンが「えっ? えっ?」とわたわたと慌て出した。


「……これはたまげた。いや、冗談ではなく、心底度肝を抜かれたわ」


 その光を見て、スケアがポツリと溢した。彼女には珍しく本当に驚いており、思ったことがつい口に出ていた。

 それを聞き咎めたメリーナも、顔面に驚愕の色が色濃く浮き出てしまっている。


「主様、これは……」

「……我が師、スカアハならば読めたのであろうが、よもやこれほどまでとは思ってもみなかった」


 シュノンの魔力の輝きの強さは、間違いなく強い。それは即ち、シュノンの魔力量は平均を大きく上回り、種族特性としてのそれを感じさせないほど総量が多いということだ。


 何より驚くのがその光の色である。光は一種類ではなく、二種類に分けられている。


 最も強く輝く色は赤。それも、その赤に若干白が混ざり合っているような色合い。

 その色が示すのは地水火風のひとつである火属性。その中でも特殊とされる浄化の炎。罪過を焼き払う煉獄の焔だ。


 そして、それとほぼ同じぐらい強く輝くのは金。即ち、光属性。スケアの天敵となる属性である。不浄を祓い、闇を払う。人々を導く聖なる(しるべ)


 本来異種族が光属性を得意とすることはまず無い。少なくとも、これまでスケアが見聞きした中では一度も聞いた試しがなかった。

 人間にしか与えられない属性であり、等しく聖都に召喚されるべき神の犬の象徴――聖都に集まり女神教を信仰する連中はほぼ全員が光属性持ちなのだ。


 どうしてそんな属性が鬼人族の少女に発現しているのかが酷く不思議に感じて仕方がなかった。


 二属性持ちというだけでも珍しいというのに、その中でも常道とはかけ離れた結果に、スケアもメリーナも呆然としてしまっていた。


 しかし、持ち前の精神力の強さ故か、すぐに気を取り直したスケアは、声音を変えずに優しく声をかける。


「よくわかったぞ。シュノン、もう手を離してもよいぞ」

「は、はい!」


 言われ、おずおずと水晶玉から手を離す。それに比例して、発する光もみるみると小さくなり、やがて消えた。


 光が消えると、特に影響を受けなかったスケアとメリーナは、かざしていた手を下ろし、先ほどの驚愕をおくびにも出さずに柔らかな微笑を見せた。


 おそらくこれはシュノン自身思っても見ない出来事だったに違いない。そんな少女を前に、彼女の保護者的立ち位置にいるスケア達が緊張の面持ちをしていては、不安に苛まれてしまうことだろう。

 そう思い、先ほどの事は何も問題ない、と言わんばかりに普段通りを心がける。


「凄いな、シュノンは。得意属性がふたつとは、凄い事なのだぞ?」

「そうなんですか?」

「もちろんだとも。証拠に、ここにいるメリーナは得意属性はひとつだけだ」

「ええ。シュノンは将来、きっと腕の良い魔術師になれるでしょう!」


 掛け値無しの賞賛の言葉に、シュノンはどこかホッとした顔になる。ひとまずは、落ち着かせることに成功したようだ。


 我ながら、比較対象が悪いとは思っている。しかし、スケアは五属性。エルザは、実は四属性。狼牙においては確認したことがなかった。そうなると、自然と得意属性が無属性ひとつだけのメリーナしか比較する対象がいなかったのだ。


 とはいえ、どうして鬼人族である彼女が光属性を得ているのか、スケアはそれが引っかかって仕方がない。

 何事にも例外は存在する。これまでに前例がなかっただけで、シュノンは異種族にも光属性が得られる第一の例であるだけなのかもしれない。


 だが、生前からの癖か、立場ある者の性か。スケアはどうしても悪い方へと思考が行ってしまう。常に最悪の状態を意識してきた故の、自らにとって最悪な方へと深読みしてしまうのだ。


 それを表情に出すという未熟は当然しないが、付き合いが長いメリーナは、スケアが今何を考えているのかわかっているかもしれない。


 シュノンにスケアが考えていることを悟らせてはいけないと、スケアの代わりにシュノンの属性を大雑把に説明した。


「シュノンは属性も少し珍しいですよ」

「二人とどっちが珍しい?」

「そうですね……二属性持ちであることを加味して、同じぐらいでしょうか?」

「二人と、同じくらい……!」


 二人と同じと聞いて、シュノンが嬉しそうに呟いた。

 それを見たメリーナは愛らしそうに笑みを浮かべ、続きの言葉を紡ぐ。


「あなたの得意属性は火と光。しかも、火属性の方はただの火属性ではありません。煉獄の焔と呼ばれるもので、普通の火属性と比べて強力な魔術がいくつも使えますよ」

「スケアさまは、その魔術が使えるの?」

「もちろん使えますよ。ただ燃やすだけでなく、自分の身に纏う事で、身体能力の向上。耐久力の向上といった事も出来るのです」

「ふわあ、すごーい!」

「ただし、使い方を誤れば、大惨事も免れません。その辺りは注意して使わないといけませんよ?」

「はーい!」

「良いお返事です」


 メリーナの説明を聞き、すっかり元気になるシュノン。それを見て、スケアは一旦考えることをやめた。


 例えどれほど考えてもわからないのなら、一旦思考を放棄し、目の前のことに向き合う方がよほど建設的だと考えたのだ。所謂、問題の先送りである。


 その説明の間にユリウス達も回復したらしい。少し目をしばしばさせつつ、シュノンに声をかける。


「それにしても、すっげえ光ってたな!」

「そうね。私達はそんなに強い光じゃなかったけど、どういうことなのでしょうか?」

「多分、あの光は魔力量を示してるんじゃないかな?」

「魔力量?」

「本で読んだだけだから本当かは知らないけど、測定のアーティファクトの光量は測定者の魔力量に左右されるらしい。その辺りはどうなんですか?」


 ユリウスはスケアに視線を寄越す。


「真実だ」


 スケアの短くも確かな声に、その場の皆――主に子供達が――おおっ、とどよめいた。


 しかし、続く言葉に彼らの声は少し小さくなる。


「とはいえ、それに正確性はない。例え光が強くとも、色合いによってはそう錯覚するものもある」

「今回は、スケア先生から見てどうですか?」

「先生……なんだか新鮮よな。――儂の目から見て、今のは間違いなく高いだろう。少なくとも、儂が見てきた中でも上位には入るであろうよ」


 それは今生でのみの話である。生前となれば、スケアの周りにはあの程度の魔力の者は何人も存在した。幼馴染の弟弟子も、『天眼』と呼ばれた男も、戦える妻達も、悪魔王の軍勢達も、シュノンと比べればまだ総量は多かったと記憶している。


 とはいえ、スケア本人が言った通り高い部類には入る。恐らくだが、魔術師全体の平均を上回っているのではないだろうか。


「それでも、スケアねーちゃんが多いって言うなら、間違いなく魔力量は多いと思うぜ!」

「ほんとに?」

「おう! ホントだぜ!」

「そうよ、シュノンちゃん!」


 子供達がワイワイと賑わう。

 朝も早いと言うのに、本当に子供は元気なものだ。


 そう内心で思いつつ、スケアは残るユリウスに視線をやる。

 ユリウスは皆と同じようににこやかに笑っていた。すると、視線に気づいたのだろう。ハッとしたようにスケアを見て、その視線に込められた思いを正しく理解する。


 ――最後はお前だ。


 ユリウスは一度頷くと、じっと水晶玉を凝視する。

 その視線にどのような思いが巡らせているのかはスケアは知らない。それでも、予想することは出来る。


 一瞬の瞑目。その様子に気づいたユーステス達は、どこか案じるようにユリウスを見つめる。

 それだけで、スケアの中で形成されていた考えが確信に変わった。


 次に目を開けた時、その顔には決心した表情が浮かんでいた。水晶玉に手を伸ばす。


 次の瞬間、透明の輝きが部屋を照らした。

 ユーステスやヘテナよりは強く、スケアの予想する彼らの年代では充分高いだろう程度の光量。

 問題なのは、それが無色だということだ。つまり、世間で言うところの、無能である。


 ユリウスが躊躇していたのはこれが理由だ。

 きっとこの反応がこの世界で当たり前の反応なのだろう。

 だが、スケア達にとっては無色だからといって罵倒する対象ではない。その為、スケア達の反応は――この世界の常識にとって――異様なものだった。


 ユリウスが水晶玉に触れた時、ユーステスとヘテナはスケア達の反応を注視していた。だったが、その顔は思いもよらない様子を目にして、困惑していた。


 スケアの反応は全くの無。その輝きを見る前と見た後で表情の変化は全くなく、だから何だと言いたげだったのだ。嘲り、侮蔑、嫌悪といった悪感情は一切見られなかった。

 そして、メリーナに至っては、顔を少し輝かせていた。彼らを一番驚かせたのは、きっと彼女のその反応だったろう。


「ユリウスくんは無属性ですか」

「シンパシーのようなものを感じるのではないか?」

「それはもう!」

「えっ? どういう事ですか?」

「メリーナ」

「畏まりました」


 一声かければ、それに応じてメリーナが水晶玉に近づく。「眩しいから気をつけて」と一度注意すると、水晶玉に触れ、先程のシュノンを超える光量にスケア以外の皆が瞠目する。

 ドアの隙間から光が漏れ出ていたらしく、「この光はなんだ!?」と驚いたロイドと茶髪の女性――ディーネが飛び込んできた。


 彼らは皆、その光を目にして明らかに狼狽していた。当然だろう。メリーナの魔力を示す光はそれ程までに眩しかったのだ。


「なんという魔力だ……! こんな魔力、これまで見たことがないっ!」

「本当に。でも、これほどの魔力を持っておきながら、無色だなんて……」

「おい、やめろ。失礼だろ」

「そ、そうね。ごめんなさい」


 ロイド達が何かしら言っているが、無視しても構わないだろう。


 そう思い、意識をユリウス達に戻した。

 視線で手を離すように指示し、それに頷き、メリーナは水晶玉から手を離す。その行為に従い、部屋中を照らしていた無色の輝きが瞬く間に消えた。


「こういう事だ、ユリウス。メリーナもお主と同じ無色の女だ」

「でも……彼女は獣人です。獣人は種族柄、魔術は不得手でしょう?」

「然り。なれど些か浅慮に過ぎるぞ?」

「……どういう事です?」

「確かに獣人は総じて魔術が不得手だ。しかし、だからと言って――メリーナが魔術を使えぬと誰が言った?」


 スケアが言い切るや否や、体内の魔力回路に魔力を循環させていたメリーナが、一度柏手を打つ。

 直後、彼女の頭上にボール程度の大きさの火球が現れた。それだけではない。同時に、水球、鋭く尖った岩、玉状にした乱気流が顕現した。


 それらはこの世界の一流の魔術師から見ても見事だと言わしめるほどの精度だった。当然スケアから見ても、獣人にしてはよくモノにしていると感嘆するほど。


 きっと並大抵の修練ではなかっただろう。生前、歴史を紐解いても獣人でここまで魔術を操る者など、一人もいなかった。


「うそ……無色が、他の属性の魔術を……? しかも、無詠唱……!?」

「すげえ! メリーナ姉ちゃん、他の属性の魔術も使えるのか!」

「ええ、使えますよ。と言っても、無詠唱で使えるものはこの四つしかないけれど」

「四つもあるだけで凄いですよ!」

「いえいえ、主様ならもっとたくさんの魔術を無詠唱で操りますから」


 メリーナの言葉に、全員の視線がスケアに向く。特に子供達からは期待や羨望といった感情が全面的に溢れ出ている。

 代わって、ロイドとディーネの二人からは困惑、猜疑、不信の色が伺えた。


 どうしてこうも見られているのだろうと考える事しばし。


 ――あぁ、儂にもやれと。


 ようやくそこに思い至った。


 正直、ついさっきメリーナを氷漬けにした時に無詠唱だったはずだが、彼らはそれに気づいているのだろうか。

 だが、やれと言うのなら否やはない。


 スケアは体内の魔力回路に魔力を循環させ、掌を上に向ける。するとそこには、メリーナとは違う黒く禍々しい焔が顕現する。


「ちょっとその魔術って……っ!」


 きっと魔術師なのだろう。ディーネが口を押さえ、驚愕の表情を顔面に貼り付けた。

 その様子に、何だ、とユリウス達も訝しむが、スケアは構わず別の術式を脳内で構築していく。


 そして展開。すると、ユリウスとスケアの位置が入れ替わる。置換魔術。


 突然スケアがユリウスになると言う現象に全員があっと驚く。だが、まだそれだけでは終わらない。


 スケアは軽く地面を蹴って、宙に飛び上がる。次の瞬間、スケアの身体は空中に止まり、自らを見上げる者達を一瞥した。


「まさか、飛行魔術なの!?」

「ほう、ディーネとやら。どうやらお主は魔術にある程度理解があるようだ」


 そう声を上げつつ、ゆっくりと椅子に降りていく。降りたと同時に、ユリウスと位置を入れ替え、元の椅子に腰を落ち着けた。


 そうして、指先で、トン、とテーブルを叩くと、木製のはずが鋼鉄へと早変わり。もう一度叩くと、元のテーブルに戻った。


「すげえすげえ!」

「こんなに沢山の魔術を操るとは、本当に優秀な方なのですね。スケア先生は」

「母様があそこまで驚くなんて、それほど高度な魔術ということか……」

「スケア様すっご〜い!」

「ふ、当然であろう。儂を誰と心得るか」

「全知全能たる我らが主に御座います」

「全知全能? 儂は儂に出来ることしか出来ぬぞ?」


 どうやら、無事に子供達に威厳を示せたようだ。

 まぁ、元々スケアは魔術に主体を置いていた身。その為、今回のように魔術を見せるのなら、スケアは幾らでも見せることが出来る。

 最も得意な分野なのだから、出来て当然ではあるだろうが。


 不意に肩を掴まれる。見れば、ディーネがどこか血走った眼差しでスケアを凝視していた。軽くホラーである。


「聞きたいことがあるけど、いいかしら?」

「……申してみよ」

「メリーナさんに魔術を教えたのは、貴女?」

「然り」

「そう。……もうひとつ聞いてもいいかしら。どうして、無属性であるはずのメリーナさんが他の属性の魔術を使えるの?」


 それはきっと、この世界の常識が染み付いた者ならば当然の疑問だろう。ディーネの背後では、ロイドが何度も頷いているぐらいだ。彼も気になるらしい。


 少し熟考する。

 スケアの常識は数百年後の未来のもの。この先研鑽され、改められる知識と技術である。

 記憶が正しければ、改められるのは今から百八十年は先になる。

 それを安易に教えてもいいものだろうか。


 しかし、誤った知識を享受するのも憚られる。何より、それはスケアのプライドが許さなかった。


 これまで何度かスケアの中で考えることがあった。

 それは、スケアがこの時代に現れたことによって引き起こされるその影響である。


 スケアとメリーナが知っているこれからの歴史も、ちょっとしたきっかけでどのような変化が起きるのか想像がつかない。

 特に興味無しで貫くことも簡単だが、生憎とそれを許さない存在というものが必ず現れるだろう。

 何より、スケア達の思想の問題もあり、間違いなくこれから敵対する組織は存在するのだ。


 魔術における彼らの常識を破壊することは避けられず、また、最も力を持つ宗教が特に重視されるものもその定義を崩すことになる。


 敵対する事が決定している以上、気にしなくてもいいだろう。だが、何が原因で敵対者を増やす事になるかを思えば、少しばかり億劫になるのも仕方ない。


 スケア達が現れた以上、小さな歪みが形成されているのは間違いない。それを正しく認識出来るのはスケア達しかいないのもまた事実。


 ――いや、他にもいるやもしれんな。


 予想がつくとすれば、それはこの世界で崇められる神と、神の一歩手前に位置する存在である。


 この世界の歴史を紐解くと、元号のようなものが存在する。その元号は現人神――日本で言うところの天皇陛下が変わると、次の現人神が現れ、その現人神の名が元号として起用されるのだ。


 日本との違いを上げるとすれば、現人神は基本的に寿命がない。即ち、老衰や病気などによる崩御が存在しない事である。その為、その元号が数百年間同じであるということもザラで、中には千年単位で変化しなかったこともあったようだ。

 では、どのようにして現人神は変わるのかと言うと、現人神は最終的に神へと至る。それが一体いつになるのかは本人にすらわからないが、その時は予兆としてわかるようになっているようだ。


 現在、スケア達がいるこの時代は、オプトニヌス暦四百十八年。つまり、現在の現人神の名はオプトニヌスと言い、オプトニヌスが今の現人神となって四百十八年経っているという事だ。


 話が脱線したが、この世界に存在する神であれば、中にはこれから先の未来すら把握している神もいるかもしれない。

 そして、その神が己の把握する未来を重視する存在であるのならば、スケアを排除しようとする可能性があるのだ。


 流石に神を相手取るとなれば、スケアも本気を出さないわけにはいかない。


 とはいえ、あくまで可能性というだけであり、心の片隅に置いておけばいいだけの話である。


 今考えるべきは、スケアの魔術の常識を教えるべきか否か。


 もし彼らが他の魔術師と同じ場所で学ぶ機会があれば、スケアが教えた内容との齟齬に苦しむ事になるかもしれない。

 それを考えれば、この時代の魔術師の常識を教えた方がいいのではないか、という考えが脳裏を過ぎるのだ。


 ――やむを得んな。


 教えられる内容の齟齬は本人達にどうにかしてもらうしかないだろう。もちろん、最大限手助けはするつもりだが、基本的には自らの手で解決してもらうしかないのだから。


 そう決心すると、スケアは口を開く。


「……先に言っておくが、儂が教える内容はお主らがこれまでに教わってきたであろう内容と異なる可能性が高い。その辺りを留意してもらいたい」

「どういう事?」

「まだ儂はお主らが利用してきたであろう魔術書に目を通しておらぬ故なんとも言えぬが、間違いなく常識との齟齬が出てくるであろう。それを念頭に置いておけ、という事だ」

「……詳しい事は聞いたらわかるのかしら?」


 無言で頷く。

 ディーネは伝えられた事を噛み砕くように難しい顔になるが、最後には聞かなければ理解は出来ないと思い至ったのだろう。真っ直ぐスケアの目を見返した。


「聞かせてちょうだい」

「よかろう。が、説明の前にお主らにひとつ問おう。お主らは、得意属性とは何と心得る? ユーステス!」

「えっ? えぇと……そいつが使える魔術属性?」

「ヘテナ」

「ゆ、ユースと同じです」

「ユリウス」

「……僕も、そう聞いています」


 三人の答えは全く同じ。やはり、それが今の時代の常識なのだ。

 チラリ、とシュノンを見ても、彼女は聞いたことがないのだろう。頭に疑問符が浮かんでいた。


 ――シュノンは知らぬようだ。


 そうあたりをつけると、ロイドに視線を移す。


「お主はどうだ?」

「俺も同じだな」


 ロイド達とは昨晩酒を飲み交わしておいたおかげで、口調が随分フランクになっている。その方が本人も良いだろうと思い、それを推奨していた。


 そして、ようやくスケアは目の前のディーネへと視線を移す。


「では、ディーネ」

「得意魔術とは、その者の扱うことの出来る魔術の属性を示す。例えば、火属性が得意属性の者は火属性しか扱えず、無属性が得意属性である者は無属性の魔術しか使えない。その筈だけど――」


 ディーネの翠の瞳が横目でメリーナに移る。


「で、どうかしら? 貴女の考えを教えてもらえる?」

「では結論から言おうか。お主らも予想がついているだろうが、その答えは否である。得意属性とは、その者の最も得手とする属性を示し、断じてその属性のみしか扱えぬという事ではない」

「……そんな事、初めて知ったけど?」

「であろうな。他の属性の習得が難しいというだけで、習得を避けてきた者共の怠慢故広まった定説よ」

「じゃあ、誰でもどの属性の魔術を使えると言うの?」

「然り。無論、習得難度に個人差はある。魔術自体が苦手な者は総じて魔術は不得手。魔術の才ある者ならば、その者の努力次第で大凡の魔術は習得出来るであろう」

「本当に?」

「斯様なくだらん嘘は私はつかん。補足しておけば、たとえ魔術が不得手な者であっても習得することは可能である。良い例がここにいる、メリーナである」


 全員の視線がメリーナに集中する。

 注目の的になっている本人は意に介さず、それまでと同様胸を張り、ニッコリとした笑顔をたたえたままスケアの傍に控えていた。


「そう、イマイチ信用しにくいけど……最後に聞かせて。繰り返すようだけど、メリーナさんは貴女に魔術を教わったのよね? それで無色なのに、他の属性の魔術を使えるようになった」

「然様。なれど、儂が教えたから扱えるようになったわけではない。本人の努力が最も必要である。己の魔術の研鑽の難儀さは、お主もよくわかっていよう?」

「そう、そうね。――うちの子が貴女に魔術を学んだら、メリーナさんのように……他の属性の魔術を使えるようになる?」


 それはどこか切羽詰まった声音だった。きっと、これまで色々と憂慮してきたのだろう。


「そうさな。今のところ、儂でなければ使えるようにはならんだろう。後は、本人次第よ」

「……そう。――どうか、よろしくお願いします」


 スケアの肯定の言葉に、その目に涙を溜めたディーネは、涙声になりながら深々と頭を下げた。


 その思いを正面から受け止め、


「任せよ」


 そう応えるのだった。

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