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体力、戦闘技術を見るか

 昼餉を平らげ、ユリウス達を動きやすい服に着替えさせて庭に出た。


 庭は派手に動き回るぐらいのスペースもあり、剣どころか槍を振ってもあまり問題がないくらいには広い。冒険者ギルドの修練場を半分にした程度の広さだが、それぐらいあれば充分である。


 午前中は昨晩の疲れからアニマルセラピーしながら眠っていたが、眠っていた分は午後の体術稽古で挽回しようと思う。

 とはいえ、まずは体力テストの為にどう挽回すれば良いのかわからないのだが。


 体術の担当はスケアとメリーナ。そして狼牙だ。

 その為、手の空いているエルザは庭に出ていた丸テーブルと椅子を端の方に運んで邪魔にならないようにしてくれる。


 それが終われば、彼女にはシュノンを見てもらうようにしていた。

 シュノンは別に強くなることを求めていない為、体術などの体を動かすものには参加しない事になっているのだ。

 もちろん、彼女自身が参加すると言えば参加させるが、今の所そんな様子はなく、エルザと共に移動させた椅子に座り、お茶菓子をつまみながら庭の光景を眺めている。


「よっしゃあ!! やってやるぜ!!」

「ユース、まずは準備体操からよ!」

「っと、そうだった!」


 相変わらず元気な少年は姉に諌められ、いそいそと体操を始めた。

 それを見て、随分平和な体操だ、と感慨深く思ってしまう。

 なにせ、スケアの師匠達からは常在戦場を徹底させられ、訓練の際は体操をする前から襲いかかってくるのだ。その相手をしながら身体を解し、温めていけ、というかなり物騒なものだった。


 そんなものを経験していると、ユーステス達のように平和で一般的な体操を見ていると、平和だ、と渋いお茶を飲みたくなってしまうのも無理もないことだろう。


「お茶に御座います」

「うむ、御苦労」


 それを察してメリーナがお茶を持ってきてくれる。

 本当に優秀なメイドである。


「オレにはねえのか?」

「ありません」


 狼牙に催促され、それにピシャリと返してしまうまでがセットだ。


 お茶を飲み干し、三人の体操が終えた頃を見計らい、二度手を打ち鳴らす。その音につられ三人がこちらに視線を向けた事を確認すると、


「では、知っての通り、午後からは体術の訓練を行う。とはいえ、まだ初日であり、お主らが何をどこまで出来るかも知らねば、どの程度体力が保つかも知らん。その為、まずはそれを確認するところから始める。異論はあるか?」

「ありません」

「大丈夫です!」

「えぇー! 俺は早く体術を教わりた――ひぃっ!?」


 一人不満が出てきたが、午前のようにヘテナが諌める前に暴力的な圧力が彼にのしかかり、その口を無理やり閉じさせた。

 やったのはもちろんメリーナだが、取り敢えず無視して話を続ける。


「ではまず、この庭を走ってもらおうか」

「いつもやってることじゃん」

「そうだな。でも、体力を確認するのはこれが一番手っ取り早いからな」

「ほう、やはりお主はよくわかっている。見たところ、その二人を鍛えたのもお主だな?」

「え、ええ、まあ……」


 スケアのニヒルな笑みにどもりながらユリウスが答える。

 後ろでは狼牙が酷薄な笑みを浮かべてその様子を観察し、メリーナも優しげに笑みを浮かべながら値踏みするように眺めていた。


「となれば、恐らくやらされただろうが、ここを倒れるまで走ってもらう。時折全力で走ってもらう故覚悟はしておけ。初めてこれをした時よりは長く走れるだろうよ。体力強化を続けているのならな」

「うぇ……またアレをするのか」

「頑張んな。お前らの後ろからスケアが付いていくから、サボることも出来ねえぞ?」

「それは大丈夫。サボらないから」

「真面目だねぇ」


 狼牙の言葉に即答した言葉は、とても頼もしく真面目な返答だった。


 スケアは満足そうに頷くと、合図を出して走らせる。


 一周目は当然余裕そうだ。三人共ペース配分を考え、鼻歌を歌いそうなくらいには余裕が見て取れる。

 時折全力で走らせるが、皆スケアの予想通りの速度で加速し、スケアはジョギングの速度を上げる程度の感覚で一定の距離を保ち続けた。


 三十周を超えた頃。

 ヘテナとユーステスがバテ始める。走るペースが若干乱れ、発汗量も増えつつあった。


「どうした、もうバテたか?」

「へっ……まだまだぁ!」

「まだ、いけます!」

「ならば良い。そら、ここで全力で走れ!」


 だが、まだ応じる元気は残っている。それなら、まだまだいける。


 五十周。

 ユーステス達の呼吸が荒れ始めた。


 六十周。

 ユーステス達の足取りが覚束なくなる。


「どうした、速度が落ちてきているぞ」

「はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……まだ、まだぁああぁっ!」

「よし、ここから全力!」

「ひぃぃいいぃっ!」


 まだ叫ぶ元気があるなら大丈夫だ。本当にキツイ時は話すことも出来ないのだから。


 だが、ここまででユリウスのペースは全く乱れていない。見ても肩で息はしているが、まだ余力を残しているのがわかる。


 八十周を超えた。

 すると、遂にユーステスとヘテナが撃沈した。倒れた二人はメリーナが回収し、まだ走れているユリウスと二人で走り込みを続けた。


 それが三百を超えると、遂にユリウスもバテてきた。

 逆にそれまでずっとペースが変わらなかったのだから、彼は並の大人と比べてもズバ抜けた体力を持っているだろう。

 それは外から眺めているメリーナ達も思ったようで、小さな声で賞賛の言葉を零すのを聞いた。


 それから百と二十ほど走り続け、遂にユリウスも撃沈した。

 最後まで走り続けたユリウスを肩に担ぎ、もう大分息が整った二人の元へと運んでいった。


 漠然と体力はあるだろうと考えていたが、思ったよりも体力があると知れた為、行って良かったと感じた。


「随分走ったな。これ、どんだけあるんだ?」

「そうさな……走った感じでは、直線距離で一周約四十あるかどうかであろうよ」

「おいおい、それを四百以上走ったのかよ? あの歳でなかなかやるな」

「他の二人も思ったよりは走れている。持久力は三人共想定から上方修正しておこう」


 特に驚いたのが、ユリウスの持久力の高さである。

 スケアは生前の環境と訓練からまだまだ余裕があるが、比較的平和なこの場所で鍛え、それでこれだけ走れるのはスケアにとっても想定外だったのだ。


「お前はどう見る?」

「まだ判断材料が少ない。勘で良いのなら、間違いなく黒だがな」

「オレもだ。とはいえ、それは報酬に含まれてねえ。探るだけ無駄だな」

「だが、用心に越したことはない。それは貴様もわかっていよう?」

「まあな」


 三人がゆっくり体を休めている様子を横目で見ながら、狼牙と二人で不穏な会話をする。メリーナは三人に飲み物などを渡しており、会話には参加できていない。

 しかし、声は拾っているようで、彼女の耳の片方がこちらに向いていた。


 その様子を横目で見ていた狼牙は、ふとある事を気にしたように口を開く。


「他の二人に聞こえてると思うか?」

「あの様子では聞こえていまい」

「なのに何でアイツは聞こえてんだよ」

「鍛えていたのだろうさ」


 鍛えていたで済む問題ではないかもしれないが、幸い身内なのだから何ら問題はないだろう。


 狼牙は呆れるように息を吐くと、


「んで? 次はどうするつもりだ?」


 と聞いてきた。


 体力に関しては把握した。今は完全にバテてしまっているユリウス待ちではあるが、次は実戦形式で彼らの現在の技量を見ていくべきだろう。


 スケアの予想では、あの三人は間違いなく戦闘技術を持ち合わせている。それが彼らに合っているかどうかを見極め、合っているのならそれを向上させ、合っていなさそうなら他の技術を教えていこうと考えている。


 それを伝えてやれば、狼牙は面倒そうに肩を竦める。

 まったく、メリーナであればふたつ返事で承諾するというのに。


 それから二十分ほど経ち、ユリウスもある程度体力が戻ってきたようだ。起き上がり、ユーステス達と会話を始めていた。


 それを確認し、メリーナが側にやってくる。


「ユリウスももう良さそうです」

「そうか。ならば次を始めよう」


 狼牙との簡単な方針の話し合いを切り上げ、ユリウス達に近づいていく。

 近づいてきたことに気付いた三人は会話をやめ、こちらに視線を合わせた。


「次は何をするんだ……ですか」

「次は実戦形式での模擬戦だ。今のお主らの技量を見せてもらう。聞くが、実戦経験は?」

「無いけど、いつも兄貴と訓練してる!」

「私はユリウス様に教わる前に少しだけ。教わってからはユースと一緒です」

「お主は?」

「あります」


 訓練しているというのは、やはり彼から戦闘の技術を学んでいるようだ。動きが少し似ているのだから、やはり、という印象だ。


「なるほど。相手は儂がしてやる。遠慮はいらんぞ」


 視線でメリーナと狼牙に下がるように命じる。

 各々がそれに応じ、メリーナはエルザ達の元へ。狼牙は屋根の上へと跳び乗っていった。


 ――あいつは猿か。


 そう心の中で思っておき、スケアは庭の中心へ歩く。着けば、彼らへ振り返り、ちょいちょい、と指を曲げる。かかってこい、という意思表示だ。


 果たして、それに応えるようにユーステスが駆ける。続けてユリウスとヘテナも地面を蹴った。

 刻一刻と距離を詰める彼らを眺めながら、スケアは自然体を崩さない。

 一先ず様子見に徹する。


「おりゃあっ!」


 気合いの乗った声に、鋭い一撃がスケアに迫る。それを外から内へと払い、続けて迫る蹴り足を捌く。そうして僅かに体勢が崩れたところを押し飛ばした。


「うおっとぉ!」


 押されたことによってバランスを崩すも、回転受け身をとってすぐに起き上がる。


「たぁっ!」


 入れ替わるようにヘテナが肉薄する。

 疾風の如く距離を詰めたヘテナは、腹部を狙っての正拳。


 格上に対して顔を狙わないのは褒めてやるが、そう単調な攻撃ではスケアに届くわけがない。


 スケアは右手を突き出し、迫る右拳を肘で制するようにして押さえ、それによって軌道を変えることで避ける。そのまま少女の力と体重移動を利用して、彼女の体が自らの手の動きに引っ張られるように誘導した。


「へっ?」


 次の瞬間、ヘテナの体が宙を舞う。何が起こったのか理解出来ていないらしく、突如視界に入った空の風景を呆然と見上げていた。


 空中を舞うヘテナをスケアは彼女の背中に手を回すようにして受け止める。

 刹那、背後から迫る下段蹴りを足の裏で受け止めた。ユリウスだ。


「――いい蹴りだ。腰がよく入っている」

「それはどうも!」


 よくあるような腰の入っていない蹴りではない。しっかりと相手にダメージが残るように、それに付随して機動力を削ぐつもりで繰り出したのだとわかった。


 狙いは悪くない。しかも、受け止められたことを悟ると同時に次の動作へと移っている。


 腹部を狙っての突き。それを捌けば再び下段蹴りに移行し、徹底的にこちらの体力を削る動きを取る。


 ――防御に専念せねばマズイな。


 そう判断し、受け止めていたヘテナの体を駆け寄ってくるユーステスへと投げ渡し、正面から向き直って対応していく。


 ユーステスは飛来するヘテナを何とか受け止めるも、勢いに押されそのまま転倒していった。


 ユリウスは堅実な戦い方をしていた。体力をじわじわと消耗させ、その間も逐次スケアの動きを予測し、それに応じた動きでスケアを翻弄させる。


 それだけならスケアも対応は楽なのだが、下手な動きをすればすぐにそれを利用して投げや関節技へと移行しようとしてくるのだ。

 しかも、スケアはそれ以外に、別方向から迫る攻撃にも対応せねばならない。そうすると、ユリウスもそれに合わせた動きになり、他方からの攻撃の合間に鋭い連撃が打ち込まれてくるのだ。

 本当に十を少し過ぎた程度の子供と戦っているのかと思ってしまう。


 彼の動きは間違いなく歴戦の兵士のそれだ。人体の構造をよく理解し、合理的な動作で対峙した相手を破壊出来るよう計算されたもの。


 確実に言えるとすれば、目の前にてスケアを追い詰める少年は、そんじょそこらの冒険者ではてんで相手にならないだろうということだ。


 ――実に面白い。


 内心で好戦的な笑みを浮かべ、鋭い突きをいなし、躱し、受け流していく。同時に、死角から迫るユーステス達の攻撃を捌き、時には利用して同士討ちになるよう誘導させた。

 ユリウスはすぐにそれを躱して突出してくるが、他の二人はまだ対応しきれずに何度もぶつかって転がっていった。


 ――そろそろ動くか。


 双眸を鋭く細める。纏う空気感を少し剣呑なものへと変貌させ、淀みなく静かな動作で構えた。足を前後に開き、手は開手に。そして、呼吸までもが変化する。


「っ!」


 スケアの様子が変わったことをユリウスの鋭敏な感覚が察知する。しかし、実戦経験の少ないユーステス達は気付けていなかった。


「フッ――!」


 鋭い呼気と共に放たれる背後からの拳。それを最小限の動作で躱せば、間髪入れずユーステスの腹部に重い裏拳が抉り込んだ。


「が、ぁ――っ!?」


 苦悶の表情で呻き声を上げ、その場に頽れる。何度もえずき、涙目を浮かべて痛む腹を押さえて蹲った。

 すぐには起き上がれないだろう。水月になかなか良いのが入ってしまったのだ。それをほぼ無防備に受けたのだから早めの復帰は望めまい。


「ユーステス。お主はまず防御する事を覚えよ。今のお主と同程度の相手ならば有効やもしれんが、格上を相手取ればどうしても必要になってくる」

「ぐ、うぅ……!」


 他にも言ってやりたいことは多いが、今は他の他の二人を相手取る方が先決だ。

 そう判断すると、次に意識を向けるのはヘテナだ。


 途中ユリウスからの追撃がくるが、ユーステスが脱落したお陰で意識を向ける数が減ったのだ。たったひとつ減ったぐらいだが、その分残りに意識を割いておけばいいのだからまだ優位に動くことができる。


 ヘテナは拳を構え、こちらとの間合いを図っている。隙を見つけようと必死にスケアを見据え、ジリジリとにじり寄ってくる。


 スケアからは仕掛けない。いや、仕掛けることが出来ないと言った方が正しい。


 ユーステスが脱落したことで、ユリウスが派手に動き回るスペースが出来上がっている。そして、彼の動きはどちらかと言うと個人で動く方が得意なようだ。つまり、彼は連携よりも一人で動く方が得意という事。

 もしくは、ユーステスの分もユリウスが敵を引きつけ、仲間に攻撃する隙を与えるためという可能性もある。


 時に攻め、自らに意識が移ったと察知すればまた距離を取る。そうしてスケアにプレッシャーを与えてくるのだ。

 やむを得ない場合にはインファイトへと移行するが、その技術力の高さでスケアも正面から対峙する必要に迫られる。その隙にヘテナが動く。


 先程からこの繰り返しだ。

 少しでも集中が切れると狩られる。そう思って対応していなければもしものことがあるだろう。


 とはいえ、このままではヘテナ個人の技量をいまいち判別出来ない。

 どうにかして一度ユリウスを突き放し、ヘテナに接近する必要が出てくる。


 ――やむを得んな。


 内心息を吐き、一度ヘテナに対して割いている意識を最小限にし、ユリウスに正面から向き直った。


 必然ヘテナが距離を詰める。

 それを気配で察していながらも、スケアはユリウスから視線を外さなかった。


 ユリウスが身構える。これまでと違う動きに、何かがあると考えたらしい。


 その考えは正しいが、生憎これはわかっていても反応出来るものではなかった。


 スケアの双眸がカッと見開かれる。同時に、極力抑えながらも一般人では本能的に身が竦む程の殺気がユリウスになだれ込んだ。見えない暴力的な奔流。怒涛の如く押し寄せるそれに耐えられるものはそうはいない。


 ユリウスもその例に漏れず、総身が硬直する。思わぬそれに全身を強張らせ、一瞬だけ呼吸が止まる。全身から嫌な汗が溢れ、スケアを何か形状しがたい不気味な化物の姿に幻視させた。


 スケア自身、あまり経験が無いために窺い知れないが、受けたことのある者は決まって同じことを口にした。


 心臓が握り潰されたかと思った、と。


 ユリウスの動きが止まったことを皮切りに殺気の放出を止め、自分に向けて疾駆するヘテナに向き直った。


 突如動きを止めたユリウスにヘテナは不思議そうにしていた。しかし、千載一遇のチャンスを無駄にしないと考えているのか、ヘテナはその足を止めなかった。


「隙を見てすぐに踏み込んでくるのは感心だが、愚直なまでに突っ込んできては思わぬ事態には対応出来んぞ」


 突き出される拳。それを正面から受け、間髪入れずにスケアも拳を打つ。

 殆ど間を空けずに放ったはずなのだが、獣人としての本能か、ヘテナは反射的に体の内から外側へと払い、ガラ空きになった腹部への前蹴りまでしてみせた。内心でその反応速度を賞賛しつつ迫る蹴り足をすくい受けると、軸足を払い、腰を落とした正拳突きを放った。


 ヘテナは咄嗟に腕を盾にしてそれを防ぐも、その威力に押され、軽く飛ばされてしまった。


「――っ!」


 しかし、飛ばされてからの反応が早い。


 ヘテナはすぐに現在の自分の状況を確認し、地面に接触すると同時に転がり、勢いを利用して何事も無く立ち上がった。

 起き上がった際、スケアに背を向ける状況であり、必然向き直る必要がある。


 そうして振り向いた首筋にまっすぐ伸ばされた手刀が据えられており、それに気付いたヘテナは思わず硬直した。


 僅かな間逡巡したようだが、最後には諦めたらしい。肩からフッと力が抜けた。


「……参りました」


 その言葉を聞き届けると、スケアは柔らかく笑い、その頭を優しく撫でる。


「お主は反応速度は悪くない。攻撃も見えている。だが、ちとその体術は向いていないやもしれんな」

「そんな!」

「しかし、完全に向いていない、というわけでもない。今の技術も伸ばしつつ、別の体術も合わせて教えていく方針にしよう。それならば、主と同じものをそのままに、手段を多く持ち合わせていられよう?」

「――はい!」


 言ってやると、ヘテナは嬉しそうに笑った。尻尾も左右に揺れている為、その方針に文句はないようだ。


「さて――」


 残るはただ一人。三人の中で最も問題な少年だけ。


 背後を振り返る。そこには萎縮していた姿はどこにもなく、寧ろ全身からおぞましい気配を噴出させた一人の暗殺者の顔立ちになっていた。


 二流どころではない。彼は間違いなく一流だ。生前でさえ、彼ほどの殺気を形にして幻視させる者はそう見ることはなかった。

 つまり、生前に出逢った暗殺者達よりも間違いなく強い存在だろう。


 例えるなら、ハイエナと対峙している感覚だ。全身を値踏みするように見据え、隙を見つければ即座に飛びかかってくる獰猛性を備えている。

 全身で感じ取れる彼の視線は、間違いなく人体の急所をなぞっている。それも、ひとつやふたつではない。数多ある人体の急所を流し見て、小さく息を吐いた。


 体術を見て予想していたことだが、間違いなく人体の構造を把握している。彼がなぜそのようなことを知っているのか不思議ではあるが、今はそんなことを考えている暇はない。


 スケアはユリウスの気配に応じるように双眸を細める。

 少し気を抜けば敗北するかもしれない。そのような考えが不意に脳裏に過ぎり、すぐにそれは無いと内心でかぶりを振った。


 自分を敗北させるのは悪魔王とスカアハの二人のみ。他にも負けさせる者はおり、この時代の『ニールマーナ』にいる事になった原因も敗北したからだが、スケア個人の中ではその二人以外に負けるのは許せないのだ。

 それをいずれは悪魔王ただ一人だけにするのが目標ではあるが、今は置いておこう。


 スケアは静かに構えを変える。その構えを見て、対峙するユリウスは目を瞠った。


 その構えは構えとは到底言えなかった。

 自然体だったのだ。


 戦闘開始前にも見受けられたものだが、あの時は先達として――これから教える側に立つ者として胸を貸してやる、と言った意味合いを強く含んだものだった。それは賢いユリウスもしっかり理解しているはずだ。

 だが、今回はある程度拳を交えた後にわざわざ取った行動だ。普通ならそんなことをするのは考えられないことである。


 ユリウスは数瞬の間だけ目を瞠っていたが、すぐに彼の中で折り合いをつけたらしい。表情の鋭さが増した。


 ユリウスの地面が弾ける。

 動きの鋭さが増し、先ほど以上の速度で間合いを詰め、突きを放つ。

 スケアはそれを、半歩下がることで拳の射程のギリギリ外に逃れた。


 躱されるとわかっていたのだろう。流れる動作で追撃へと移行した。

 身を低くしての突進。闘牛の如き重圧感を秘めたそれを、接触の瞬間に左腕を差し込む事で懐への侵入を防ぎ、膝蹴りをその腹部へと叩き込む。


「っ――!」


 ユリウスは即応してスケアに邪魔されていない左手を体の前に入れて防ぐも、その防御越しに衝撃がその身体を貫いた。

 一瞬その身が浮き、着地と同時に差し込まれている腕を軸に――その間に腕を取り――背後へと回り込もうと踏み出してきた。


 スケアは取られた腕に力を込めず、彼の動作よりもコンマ一秒早く自分の体の中心に置いて半身を取る。そして屈伸を使って全身を落とすと、回り込もうとしていたユリウスの体がピタリと止まり、取った腕に引っ張られるように体勢を崩した。

 流れる動作で、自然に耳に触れに行くようにして肘から腕を曲げ、開いた足の間隔を狭め、ユリウスの方へ振り向くようにしながら自身の体勢を戻す。


 すると、それに引っ張られるようにユリウスの体が上へ。しかし、腕の位置が彼の中心からは離れているため、不安定な状況で体がつり上げられた形になり、軽く押しただけで転んでしまいそうだった。


 そうして振り向いたスケアは一歩前――ユリウスにとっては斜め後ろ――へ踏み出し、掴まれていた腕を軽く振り下ろした。崩れた姿勢にこれはたまったものではなく、ユリウスは容易く飛ばされていった。


 終始重さなど感じさせず、柔らかく滑らかな動きに、それを初めて見た者は揃って目を見開かせた。

 時間にしてほんの一瞬。その一瞬で、側からは相手の動きを止め、その身に触れることなく投げ飛ばしたようにしか見えなかったのだ。

 一体どういう手法なのか、たまたま覗きに来たばかりのロイドにもわからず、その顔には驚愕と疑問の色がありありと浮かんでいた。


 しかし、これは相手にダメージを与えるようなものではない。その証拠に、受け身を取ったユリウスはすぐに起き上がり再びその距離を詰めてきた。


 その眼前に迫る黒く鋭い物体。首を倒してそれを避けた時に、ユリウスはそれがスケアの貫手であるとボンヤリと把握したようだ。

 が、ユリウスの動きは止まらなかった。

 気付けば二人の間合いが詰められ、彼が想定していた距離にはなっていないはずだった。にも関わらず、この少年は理解していたかのように拳を振り抜いた。


 拳が吸い込まれるようにスケアの顔面に向かう。


 ――上手いな。


 そんな賞賛の言葉を心の内に隠し、拳を開いた左手で掴み止めた。瞬間、ユリウスの体が跳び上がり、腕はそのままに蹴りをこめかみ目掛けて繰り出した。


「そう跳び上がるな。殺してくれと言っているようなものだぞ」


 スケアは拳を掴む手を即座に持ち替え、開いた左手をつかんだユリウスの腕――その肘を制し、少し押す。すると、マリオネットのように本人の意図しない力によって体勢が崩された。

 結果、彼の繰り出した蹴撃はスケアに届く事なくその眼前に止められ、慌てて崩れた姿勢を空中で身を捻ってなんとか立て直した。


 しかし、未だにスケアはユリウスの腕を取ったまま。そのまま静かな動作で背後を取るようにして立っており、前に出ている右足に自らの左足を軽く触れる程度に当てていた。


 この状況を作り出した事は、スケアにとってかなりの優位性(アドバンテージ)を得たことになる。

 その証拠に、現状を正しく認識したらしいユリウスは苦い顔になり、下手に攻撃をする素振りを見せていなかった。

 実際、ユリウスが何かしようとする度に肘を制し、スケアの思うがままに操り空振らせてしまう。


 どうにかして距離を取りたいユリウスが離れようにも、スケアが彼の腕を制していて簡単には逃れられない。

 だが、もちろん棒立ちのままでは隙だらけであり、攻撃を許すことになる。それを防ごうと、ユリウスは何度も牽制して身をよじらせ、背後を取られている状況から逃れようと動き回った。

 そして、それを逃すまいとスケアが追い縋る。


 いつまでそうしていただろうか。きっと五分はずっと牽制し合っていたと思う。そうして、遂に脱力し、降伏の姿勢を取った。


「……参りました」


 自らの口でそう宣言するのを聞き届け、スケアは取っていた手を離し、解放した。


「――見事。心よりの言葉をお主に贈ろう。誇るがよい、ユリウス・ヴァーンハイド。お主の術理は合理的であり、緻密であり、また過激であった。我々以外が相手であれば、Aランク――いや、Sランク冒険者と対峙しても戦えよう。お主に教えることはない。そのまま精進せよ」

「はい! ありがとうございました!」


 終わった事を悟ると、ユーステス達も小走りに近寄って来る。


「凄え! やっぱり兄貴は凄えよ! あんなに強いスケア姉ちゃんとほとんど互角に戦ったんだから!!」

「ユリウス様、お怪我は……」

「大丈夫だよ。ありがとう」

「いやぁ、みんなよく頑張ったな!」

「旦那様!」

「父様」


 ロイドも模擬戦が終わった三人に近づき、労いの言葉を送る。それに続き、レイチェルが水の入ったコップを持って来た。

 それを受け取り、唇を湿らせる様子を見届けながら、傍にやって来る従者に意識を向ける。


「お疲れ様です、主様」

「うむ」

「驚きました。ユリウス君はもう既にかなりの技量を持っておりますね」

「そうさな。その分、儂の中である可能性がほぼ確信を得たが、今は良かろう」


 やって来たメリーナから水を受け取り、ユリウス達と同じく唇を湿らせ、口に含む。


 その後、今日の体術稽古は終わりを告げ、その日の仕事は幕を閉じたのだった。

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