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鬼の飢え

「家庭教師、ですか?」


 時間は流れ、宿へと戻り次の依頼の話をした時のエルザの反応だ。


 あの後依頼の話をして、狼牙が出ていたことからもう戻ってきた。

 宿ではエルザが数人の獣人とシュノンに囲まれて勉強を教えている姿と出くわし、案外サマになってると思ってしまったのは余談だ。


 その後、勉強を教えるのを終え、子供達が帰っていった頃に丁度狼牙が戻り、夕餉を済ませてからその話になった。


 宿に戻っても酒を片手に呑んだくれている狼牙が口を開いた。


「オレ達に家庭教師を頼むとか、随分と変わり者だな」

「お主もそう思うか」

「おうよ。褒められた事じゃねえが、人でなしと碌でなしの団体だぜ? そんなのに教わった奴は破滅しか見えねえよ」

「それどころか、人間が誰一人としていないというのも面白いですね」


 随分と酷い評価だが、これ以上ないほどに納得してしまう自分がいる。


「しかし、私達が何を教えるというのでしょう? こう言ってはなんですが、私は物を教えるのが苦手なもので……」

「苦手なくせに、貴女は子供に勉強を教えているのですか?」

「その、頼まれたので。……それと、あのくらいの子供には字の読み書きと簡単な算数を教えるだけで済みますから」

「確かに、この世界の人間の識字率は高くない。獣人もまともな教育は受けられぬ故、必然とそうなってしまう事だろうさ」


 そういった教育が重要視されているのはこの世界では主に貴族や王族、それとエルフぐらいなものだ。平民で勉強ができる者もいるが、全体で見るとやはりかなり少ないのが現状である。


 そうなると、エルザの言う通り、教える内容は字の読み書きと簡単な計算ぐらいしか教えられない。

 それ以上となると、まだ基盤が形成されていない彼らでは理解出来ないから。


 気恥ずかしいのだろうエルザは、こほんと空咳をひとつすると、話を変えるために言葉を紡いだ。


「指名依頼をしてきた相手は何者なのですか?」

「ロイド・ヴァーンハイド。東区に住む人間であり、家族構成は妻と子供が一人。使用人が一人に、獣人の子供が二人だ」

「獣人の子供を?」

「そうだ。東区に住む者の中では金持ちな方で、平穏な日々を過ごしている家らしい」

「帰り際に軽く調べてきたわけか?」

「うむ。情報収集は基本であろう? メリーナばかりに調べさせるのも悪いからな」

「部下は使うもんだぜ、主さんよ」

「その通りにございます」

「なに、元暗殺者の性というものだ。赦せ」


 酒を呷りながら狼牙が可笑しそうにけらけらと笑い、その言葉に珍しくメリーナが同意の意を示した。


 メリーナにとっては、主に頼られ、使ってもらい、主の苦労を少しでも減らすことこそが喜びであり、生前からの仕事だった。

 もちろん、普段から口にしているようにお情けも貰えたらと思ってはいるが、それは願望であって絶対ではない。


 そして、狼牙の言葉にはメリーナだけでなくエルザも頷いた。


 狼牙は元々鬼の首魁だった事もあり、多くの鬼を従えていた経験がある。その為、部下の扱いはある程度心得ているのだ。


「暗殺者の性、ねえ。……テメエはどうするつもりだ? この依頼、受けんのか?」

「無論だ」

「ほう、即決か。それとも狂信者と語り合って決めた事なのかは知らねえが。そうなると、いくつか問題が出てくるはずだ。違うか?」

「ほう、お主がそこに焦点を合わせるとはな。エルザがつついてくるかと思っておったが、珍しい事もあるものよ」


 茶化すようにクツクツと肩を揺すって笑う。


 この場にいる面々で、いつも真っ先にそういったことに気付くのはエルザだった。

 が、今彼女は隣にいるシュノンの相手もしなければならない為、そちらにも気を向けていて気づかなかったのかもしれない。


 シュノンはこの会話が始まってから、何を話しているのか不思議そうにしていた。時折頭をエルザが撫でるため、くすぐったそうに身をよじらせたりしている。


 狼牙は表情を変えずに今一度酒を呷り、スケアの話に取り合わずに指を一本伸ばした。


「ひとつは住処の問題だ。この家庭教師の仕事、テメエは住み込みだって言ったな?」

「然り」

「確認するが、それはテメエ個人に対する指名依頼か? それとも、オレ達パーティに対する指名依頼か?」


 スケア達四人は騒動の後、パーティ申請をして受理されている。つまり、ギルドにパーティとして認められたのだ。


 パーティ名は『神の敵対者(ドッズ・リヴォート)』というこの世界の共通言語で自分達の立ち位置を明確にしたもの。


 この世界で見れば、それはとても罰当たりな名前だ。受理の際、その名前にする旨をギルドマスターに伝えれば、苦い顔をしていたのを覚えている。


 そこに考えが至るとは、この男、馬鹿を演じている天才なのかもしれない。身内贔屓をしているとも言う。


「パーティに対する依頼だ」

「なら、オレ達四人はここを出てそこに厄介になることになるわけだ」

「そうなると、シュノンが……」


 その場にいる皆の視線がシュノンに向けられる。

 どうして皆自分を見るのかわかっていない彼女は、こてん、と可愛らしく首を傾げた。


「そこは話を通しています。主様も、わたくしもお話を頂いてすぐに気づきましたから」


 メリーナに視線が寄せられる。


「どう通してあるのですか?」

「我々も幼い子供を連れている。その子供も同伴でなければ我々は依頼を受ける気は無い、と」

「通ったのか?」


 狼牙の視線がスケアに向く。

 スケアはその視線を受けながら、懐から取り出した煙管に火をつけ、酒の味のする桃色の紫煙を吐き出した。


「通った。職員が先方にその条件を伝えに行き、問題ないと返事が返ってきた」

「なら、この問題は解決済み、ってわけか」


 納得するように狼牙は頷き、酒を口に含んだ。

 しかし、それに応えるのはかぶりを振ったスケアの顔だった。


「いや、まだ解決というわけではない。シュノンが求めるかどうかだ。

 シュノン。儂らは次の依頼で宿を出なければならなくなってしまってな」

「……じゃあ、みんないなくなっちゃうの?」

「そうなる。だが、お主が良ければ、儂らと共に行かんか? 相手からも了承はもらっている」

「……怖いところ?」

「わからんが、そう怖くもあるまい。なんなら、儂らが守ってやるからな。それに……」


 スケアはそこで一呼吸置く。焦らすようにわざと言葉を詰まらせた。


「それに?」

「それに……新しい友が、欲しくはないか?」

「お友達?」

「あぁ、そうだ」


 向こうにいる子供は十一歳の少年と獣人の少女。そのひとつ下の獣人の少年らしい。

 幸いなことに、ほとんど同年代の子供たちが向こうにいるのだ。

 そこならば、ウマが合わない限り仲良くなれるかもしれないと考えていた。


 もちろん、何かあればすぐに処罰するつもりではいるが、それは向こうの家族環境で判断するしかない。


 シュノンは口の中で何度も「新しいお友達」と反芻し、頭の中で何度も吟味している。ぐるぐると思考を巡らせて、楽しいことを考えているのか、時折、ふにゃっと表情がほころんだりしている。

 実に可愛らしい仕草だ。


 長い時間を考えて、考えて、考え抜いて、シュノンは無邪気な笑顔を見せた。


「行きたい!」

「決まりだな」

「これで無事に解決しましたね」


 シュノンの笑顔に当てられて、その場にいる皆にも柔らかい微笑が浮かんだ。

 子供の笑顔は本当に温かいものである。


 無事にその話が解決したのであれば、次の問題に話を移すことになる。


 嬉しそうに笑うシュノンの頭を撫でながら、今度はエルザが言葉を発した。


「では、報酬金はどうなるのですか?」

「日給銀貨二枚、といったところよ」

「まあまあだな」

「あぁ、まあまあだ」


 家庭教師をするにしてはまだ妥当な額である。


 時折払う額を渋る依頼人もいるが、それを考えれば今回の依頼人は良心的な人物であると言えた。


 子供を学校に入学させる際――その学校にもよるが――大体金貨を一枚と大銀貨を五枚必要とする。

 入学金にそれだけかかることを考えれば、家庭教師を雇うなら日給で銀貨二枚が妥当な部類だった。


 しかも、この世界の家庭教師は地球とは違う。

 もちろん、字の読み書きや算数などの一般教養も教える事もあるが、他にも剣術や魔術を教える事が多い。

 その為、基本的に家庭教師は腕に覚えのある人物しか行わないのだ。


 そして、今回はまさにそれだった。


「先に言っておくが、頼まれた教えの内容は一般教養。体術。剣術。魔術の四つだ」

「誰が何を教える気だ?」

「今のところ予定しているのは、エルザが一般教養だ。シュノンに教える延長線と思えばよい。基本的にはお主にやってもらうが、何かあれば儂がサポートに入ろう」

「御意」


 エルザは指名されると、その場で恭しく頭を下げた。


「次に、体術を儂とメリーナ。サポートとして狼牙に入ってもらう」

「畏まりました」

「へいへい。テメエらがやんなら、御飾りのサポートをやらせてもらうぜ」


 実によくわかっている。


 体術に関しては実はサポートは必要ない可能性が高い。

 この面々で、体術を主に扱うのはエルザ以外の三人だ。その中で、狼牙もしっかりとした独自の戦闘スタイルが確立されているが、それをすることは稀で、普段は自身の耐久性(タフネス)を活かした喧嘩術のような事ばかりする。


 エルザももちろん体術を修めているが、スケアやメリーナと比べれば少し見劣りしてしまうのだ。

 とはいえ、弱いわけでは断じてない。だが、彼女は主に剣術を扱う為、今回はそちらに回ってもらおうと考えていた。


 そうなると、必然的にスケアとメリーナが主体となって体術を教えることになるのだ。


「次に剣術を儂とエルザ。サポートに狼牙に入ってもらう」

「どれを教えるつもりだ?」

「生徒の適性に合わせる。故にお主をサポートに据えておるのだ」


 スケアは比較的多数のスタイルの剣術を修めている。自身の根幹は我流であったり、スカアハより学んだ剣術であったりするが、どれも使い手を選ぶ。

 どんなことにも得手不得手があり、力が強いのならそれを活かした剣術を、器用なら敵を惑わし手数で攻める剣術を、といろいろ考えているのだ。


「それでは、残る魔術は……」

「メインは当然儂がする」


 スケアの言葉に、シュノン以外の皆が納得の表情になる。


「だろうな。だが、お前教え過ぎなんじゃねえの?」

「仕方なかろう。儂以上に魔術が出来る奴もいまい。他のも、儂が特に複数の体術を修めているだけだ。剣術も然り」

「お前ほどポンポンと他のもんに手ェ付けてりゃ誰も彼もめちゃくちゃになっちまうぞ」

「故に教えるものはひとつに固定するのであろうに」


 本来、手段を増やす為とはいえスケアのように沢山の技術に手を伸ばしては頭がこんがらがってしまうだろう。

 そうならないのはスケアがそうならないように訓練したからだが、訓練したからといっても必ずしもそう出来るとは限らない。


 それほど難しい事なのだ。


「サポートにはメリーナに入ってもらう。理由はわかるな?」

「承知しております。向こうに獣人の子供がいるからですね?」

「然様。種族柄、獣人は魔術の会得が難しい。それ故、先達として色々と相談に乗ってやってもらいたい」

「もちろんでございます。誠心誠意、取り組ませていただきます」


 確認すれば、メリーナは優雅に一礼してみせる。

 流石、細かく言わなくても彼女はよくわかっている。


「大凡の方針は決まったな? 他に、何かある者はいるか?」


 話をまとめるためにそう言い、皆を一人一人見回す。


 メリーナとエルザは特に何もなさそうにスケアを見返してくる。シュノンに至っては、まだ楽しい想像の中にトリップしているようだ。


 すると、狼牙が小さくため息をつくのがわかった。


「どうした。何かあるのか?」

「依頼に関しちゃ他に特にねえよ」

「ならば、何だ?」

「オレはこれからのことを聞きてえんだよ。いつまでこの街にいるつもりだ? これから、どうする方針なんだ?」


 珍しく、狼牙が圧力のある眼力で睨んでくる。

 それに憤慨しそうな二人を手で制し、その目をまっすぐ見返す。


 狼牙は、この街に居続けるのにはもう飽きたのだろう。退屈を紛らわせるためには、やはり戦いか酒だが、それもこの場所では難しいのかもしれない。


「そうさな。以前メリーナとも話したが、お主らとも話しておかねばなるまい」


 そう嘯くと、スケアは足を組み、座っていた椅子の背もたれに傲然ともたれかかった。


 その姿は偽りのものではなく、紛れもない王としての風格を如実に示してみせる。自然とその場の空気がピンと引き締まり、流石の狼牙も表情を引き締める。


 唯一現状がわかっていないシュノンはキョロキョロと周りを見回していた。


「以前メリーナに伝えたが、私の当面の目標は王の軍勢に入ることだ」


 一人称が切り替わる。それだけで臣下達は、スケアの中のスイッチが切り替わったことを悟った。


 狼牙が先程と打って変わって、獰猛に笑う。


「へっ。死して尚アイツに尾を振るか」

「忠義心の強い犬だろう? 存分に褒めるがいい」

「おうよ、大したもんだ。そこまで忠義を示す気持ちが全くオレァ理解出来ねえ」

「する必要もあるまい。貴様は私が死ぬまで、この私の犬であるのだから」


 お互い皮肉と軽口を叩き合う。

 普段と違いぶつかり合うように側から見えるその光景は、シュノンを萎縮させてしまう。

 エルザはそんなシュノンを抱き寄せ、トン、トン、と一定の間隔を開けて背を叩いた。


「言うじゃねえか。ようやく皮を剥がしやがったな! なら答えろよ。テメエの内側をよォ!」

「我が内面を覗き見ると? そのような不敬、私が赦すと思うてか?」

「テメエが許そうが許すまいが関係ねえ! 単に、オレが聞きてえだけだ。おら、吐けよ」

「お言葉が過ぎますよ、狼牙様」

「黙ってろよ狂信者。オレはテメエと話しちゃいねえ。わかったらいつも通り主に尻尾振ってやがれ!」

「――貴様」


 狼牙が厳格に吼える。

 普段の飄々とした態度は見る影もなく、濃密な気配が濁流となって室内で暴れ回った。


 彼の言葉をメリーナが諌めるが、聞く耳を持たない。むしろ挑発して彼女の怒りを誘発しようとしている節がある。

 その挑発を受け、一瞬で憤怒の形相になったメリーナを手で制する。


「――ああ、なるほど。飢えたか」


 狼牙の様子を観察していたスケアが、ぽつりとそう零した。


 古くから存在する鬼達は今の狼牙のように喧嘩っ早くなる時期が時折ある。

 それは、その鬼の闘争心が我慢の限界にまで達したが故に起こるものだ。こういった時は口で何と言おうが、何を聞いていようが、求めているのはまともな返答ではない。


 求めるのは、闘争の二文字のみ。


 狼牙ほどの人物ならこうなったら上機嫌になるまで楽しませてやる必要があるわけだ。


 これまで騙し騙しやって来たわけだが、遂に爆発してしまったか。正直うんざりする。


「此度は随分と唐突な事だ。――良かろう。だがその前に、これだけは伝えておく」

「あァ?」

「今後の方針だ。私は王の軍勢に入る。だが、今のままではまだ力不足だ。それ故に、ヴェルグの行動をなぞるつもりだ」

「なぞる、ですか? ヴェルグの行動を?」


 ヴェルグはまだこの街にいる。傷はもう癒えたが、律儀なことに酒を奢る約束を守ろうとまだ街に残っているらしかった。

 当然、理由はそれだけではないだろう。なにやら、ギルドマスターと共にスケア達を探る動きがある。それが主だった理由なのだろうが、スケアはそれを放置していた。


 そんなヴェルグが続けていたこととは何だろうか。簡単な事だ。


「武者修行だ」

「武者修行、ですか? お言葉ですが、主様に匹敵する者が存在するとはとても思えません」

「私はそうは考えておらん。そうでなければ、なぜ過去に飛ばされたのかわからんのだからな」


 そう言いつつ、脳内で複数の複雑な術式を構築していく。他者に悟られないよう慎重に、しかして迅速に。


「た、確かに」


 エルザはスケアの言葉に曖昧に頷いた。

 エルザには、メリーナに話していた細かい考えを伝えていないが、スケアの普段の態度を見れば少しは納得してくれると信じていた。

 そして、彼女は正しくその意味を理解し、思考の海に浸っていく。


「現在、私はその情報を探っている状況だ。その情報を得るまで、ここに滞在するつもりでいる。理解したか?」

「おうよ、問題ねえ」


 狼牙は獰猛な笑みをたたえたまま、荒れ狂う殺気を隠そうとしない。もういつ我慢が解かれて暴れ出すのか、気が気でない。

 チラリと横目で見ると、メリーナまで全身から怒気を充満させていた。どうやら、先ほどの挑発を受けて完全に怒髪天を突いてしまったようだ。


 こうなっては、彼女も一緒に暴れさせねば収まらないだろう。


「エルザ、いつまでかかるかわからん。他に何か聞きたいことがあれば、後日問いに来るがいい」

「ぎょ、御意」

「では、阿呆の飢えを満たしてくるとしようか。シュノン、怖がらせてすまんな。帰ったら何か美味いものを食いにいこう」


 エルザに抱き寄せられているシュノンから時々嗚咽が聞こえていた。どうやら、怖くて泣いてしまったらしい。

 そんな彼女に声をかけてみる。すると、小さくではあるが首を上下に振って頷いたのがわかり、内心ほっと安堵した。


 そして、狼牙に向き直り、隙のない動きで立ち上がる。

 手でメリーナと狼牙に立つように指示し、構築していた術式を展開した。


「では、いってくる」

「狼牙様。その手の挑発は高くなることを身をもって教えて差し上げます!」

「上等だ、その鼻っ柱ぐちゃぐちゃにしてやるぜ!!」

「まったく大事な話だというのに、飢えの所為で話し合いができなかったではないかこのうつけめが!」


 直後、三人の姿がその場から掻き消えた。比喩などではなく、三人の姿の影も形もなくなったのだ。


 スケアが構築していた転移魔術だった。




 その場に残されてしまったエルザは泣きじゃくっているシュノンを宥め、ベッドに横たえる。


 その瞬間、大地に激震が走った。

 地震かと身構えたが、どうやらそうではないらしい。

 驚いて上体を跳ね上げたシュノンを宥め、同時に揺れの原因は何なのか。それが地震であるのかを感覚的に探る。


 そして、それが何なのかすぐにわかった。


 狼牙だ。正確には、スケア達と狼牙との戦闘の余波がここまで届いているのだ。

 いったいどこで戦っているのは定かではなかったが、あの三人がぶつかり合ったのならそりゃこうなる、と納得出来てしまった。


 窓の外では、人々が狼狽て騒ぎ立てている。

 エルザは知らなかったが、この世界では地震など滅多に起こらず、大地が揺れること自体が彼らは初めての体験だったのだ。


 エルザは怖がるシュノンを必死に宥めていく。その間にスケアが最後に零した罵倒に、賛同するようにため息をついた。


 同時に、ある恐怖がエルザを襲った。


 それは今すぐではなく、いずれ起こるかもしれない自身の体のことである。

 自分も狼牙と同じく鬼だ。と言っても、鬼になってまだ約二十年という彼に比べたら若輩者である。


 それでも、自分が鬼である以上、いずれは自分も飢えて暴れるかもしれない。そう思うと、怖くて仕方がなかった。


「私もああして、いつかはロードにご迷惑をかけてしまうのでしょうか……」


 エルザはそうこぼさずにはいられなかった。


 振動が収まったのは、それから四時間が経ってからだった。

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