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集う配下の者

長らくお待たせしました。

 ぼろぼろと大粒の涙を流す女騎士の姿に、その場にいた多くの者が驚いたように目を見開いている。それに驚いていないのは、スケアとメリーナ、そして、事前に部下だと聞かされていたヴェルグだった。


 彼の場合は主に見定める意味合いが強く、この場に駆けつけた際、値踏みするかのような視線を向けていた。


 スケアたちが駆けつけたのは、モルドが馬車からちょうど現れた時だ。その場に倒れ伏す獣人たちの姿に双眸を細め、静かに憤慨した。

 年寄り、幼子、中年、青年など被害者は多岐に渡り、その多くは致命傷であるのが見て取れた。


 スケアは即座に行動を開始した。メリーナに治療道具を用意するように命じ、急ぎ助かりそうな者だけを選別し、救助した。

 他者の認識の外側へ――死角に潜り込み、気配を可能な限りゼロにして、誰に気づかれることなく助け出した。

 幸い、隠密はスケアの十八番。気配を変化させるなど呼吸と同義だ。


 メリーナは付近の家から可能な限り包帯や薬を集め、エルザ達のいる場所から離れた場所に待機していた。

 そんな彼女の元へ一人、二人と音もなく運び、全部で四人を移動させたところで、間に合いそうな者はいなくなった。


 後は助からない。そのように判断すれば、次の行動は迅速だった。


 メリーナの集めてきた道具を使い、傷の具合や状態を確かめ、治療に専念していく。その間も耳だけはエルザ達の方へ傾けており、しっかりと会話にも意識を向けていた。


 ようやく治療が落ち着いてきた頃、ヴェルグが彼らの会話に乱入していった。観察は一通り終え、後は言葉を交わして人となりを知ろうという魂胆だろう。

 エルザは礼儀を持って応じれば、礼節を持って返してくる女だ。彼らの会話はそこまで多くなかったが、それがよくわかる対話だった。


 スケアは彼らの会話に完全に意識を向ける。ちょうど、モルドが暴挙に出た時だ。

 エルザの表情が翳ったのを見て、よくないことを考えていると思った。

 彼女の内心はよく読み取ることができなかったが、雰囲気からある程度察することができた。


 しばらく観察していると、なにやら意を決したような態度になった。彼女の性格を考えると、次にどのような手を取ってくるかはすぐにわかった。

 それでも静観の姿勢は崩さなかった。


 彼女の考えは極端になることが多い。生前から彼女をよく見てきたからこそ、どのような思考であり、どのように動くのかを熟知しているが故にできたことだろう。


 だが、騒動の渦中に彼女がいる以上、何を思い、どのような行動を取るかは全て彼女の自由意志だ。それは、メリーナも同じ考えなようで、彼女もまた傍観するのみだった。


 そして、紡がれる彼女の意思。口にされる懺悔の言葉。


 実にあの女らしい。そう思わずにいられなかった。いつでも忠義に厚く、死して尚もその忠誠心に衰えがないのには呆れを通り越して涙が出そうだ。

 それほどまでに自分を思う騎士など珍しいだろう。そんな人材をこんな場所で失うのは惜しい。


 そう思い静かに、しかし素早く自害せんとする騎士を止めたのだ。


 手の平からじわりと熱を感じる。生前幾度も体験した皮膚を切られる感覚。彼女の持つナイフはオリハルコン製のナイフな為、並みのナイフに比べればその切れ味は雲泥の差だ。

 そんなものを無造作に掴むなど、狂気の沙汰でしかない。

 だが、忠臣の命に比べれば軽いものだろう。


「主様、御手をお見せください」

「む、何故見せねばならんのだ?」

「つべこべ言わずにお見せくださるようお願いします」

「……お主はいつの間に斯様に高圧的になったのだ。――わかった、わかった。見せる。見せる故ジリジリとにじり寄ってくるでないわ!」


 メリーナから無言の圧力のようなものを受け、渋々と何事もない左手を見せる。


「そちらではありません。右です」

「う、うむ」


 訂正され、視線を逸らしながら右手を差し出す。


 そこには傷ひとつない綺麗な素肌が。恐らくこれが自然治癒のスキルだ。軽い傷程度なら受けてもすぐに癒えるのだ。

 だが、今回の問題はそこではなかったりする。


 スケアの戦装束は手の平を包むようにして複数の布を編まれた物で覆われている。そう、覆われているはずなのだ。

 だが、そこには綺麗に切断された布がハラリと風に乗って揺れるだけ。


 それを見た、狂信者――本人達はおろか、スケアすら自覚はない――は一体どうなってしまうだろうか。


「やっぱり切れてるじゃないですか! こらっ、エルザさんっ。貴女は今何をしたのかわかっているのですか!? 至高なる主様の肌に傷をつけ、あろうことか御召し物までっ!」

「こ、これはメリーナ殿!? も、申し訳ありません! これは私の不徳の致すところ。命を持って贖いましょう。――ロードよ。申し訳ありませんが、介錯を」

「主様に手を煩わせるつもりですか? 介錯程度、わたくしでもやってみせます。その剣をよこしなさい。貴女はナイフで腹を切るのです」

「承知しました」

「斯様な場所で切腹させようとするでないわ、大馬鹿者共めッ!! メリーナ貴様、そのようなことどこで覚えた!?」

「九老様より」

「あの、うつけ茨木めがッ!」


 こうなる。

 彼女達三人はどこに行っても平常運転を崩さない。その光景についていけず呆然とする者が当然大量に現れてくる。


 だが、そんな周囲の光景など御構い無しに三人は言葉を続けていく。


「メリーナ殿がいるという事は、やはり貴女様はロードなのですね。……もしよろしければ、どうしてそのような御姿になったのかをお聞きしても?」

「話せば長くなる。後で話そう」

「えぇ、えぇ。その方がよろしいかと。そんなことよりも、今は説教が必要でございましょう」

「――ハッ。此度の騒動、全ての原因はこの私にございます! そして、私用にて御身の捜索が出来なかった我が身に、どうか! 何なりと罰をっ!」


 メリーナの説教という言葉に反応し、エルザがその場で跪く。

 スケアはそれを冷めた眼差しで見下ろす。見当違いな物言いに、怒りを通り越して呆れてしまった。


 確かに、今回の騒動の一端はエルザなのだろう。だが、それは彼女が悪いというわけではない。悪いのは攻め込んできて、自らは偉いのだと驕っているモルドなのだ。

 あの男の思い通りにならないようにするのは見ていて愉快だが、それでエルザが命を落としては夢見が悪くなる。


 スケアは言葉に怒気を混ぜて、叱責する。


「浅慮と、私は言ったはずだ。貴様がその命を絶ったとて、その後あの愚者がどう動くか予想出来ぬわけがあるまい。よもや、そこまで頭が回らなかった、などと言うまいな?」

「――っ!」

「回らなかったのであればよほどの愚か者だ、貴様は。述べてみよ。奴はどのように動く?」

「……思い通りにいかなかったあの男は、その吐け口にこの一帯の異種族達を皆殺しにするでしょう」

「然様。それが成功するしないは関係なく、そのような行動を起こし、更なる恐怖が民草を襲い、少なくない犠牲者が増えることになる。その命が消え失せれば、確かに騒動は一先ずの区切りを見せよう。だが、貴様が消えたことにより、貴様を待つ幼子はどうするつもりだった?」

「っ!? ろ、ロード、貴女は……っ!」


 エルザの目が驚愕に見開かれる。

 知らないと思っていたその身の境遇を、スケアが知っていたのだ。


 スケアは少し悲しげに表情を翳らせる。


「貴様の境遇は我が護法より耳にしている。この地に降り、貴様の為したこと。賞賛こそすれど、怒りを感じることはない。私を探さなかった事。その境遇において致し方あるまい。その程度の事に憤ると思うたか?

 我等は自由なる者。それ故、護法共を野放しにし、部下達に主だった自由を与えているのだ。任され、それを引き受けると貴様が思うたのなら、それは貴様の決断。貴様の自由意志である。その事を私は処断などせぬ」


 好きに暴れ、好きに喰らい、好きに犯す。それこそ異形の本懐であり、何にも縛られない者こそが我等悪魔である。明確なルールなど存在せず、全ては統治する王が不快に感じるかどうかで物事が決まる絶対君主制の法。


 それはスケア自身の考えであり、悪魔達に多大な指示を得た考え方だ。人間を統治する際には絶対に行ってはならないものだが、このルールともいえないルールは悪魔や人外達の肌に良く合ったのだ。

 もちろん、度が過ぎれば介入し、止めに入ることもするが、そうでないのなら好きにしろ、という放任主義なのだ。同時に、それでその者にどのような災難が降りかかっても、こちらは認知しない、どこぞなりと勝手にくたばってろ、という残酷な面も持ち合わせている。


 それがスケアが統治した際におけるルールだった。


 その為、スケアはその事に対し怒ってはいない。自らが述べたように、よくやったと褒め倒したいくらいなのだ。


「私が怒りを抱いているのは、貴様の浅はかさに他ならん。 平和的に解決するのは大切だが、時には儘ならぬこともある。

 此度はそれよ。あれにいくら物を説いたとて、聞き入れぬのならばそれは生息圏の違う輩だ。無駄な労力を使って何とする? そのような事を成すのならば、浄化槽と対話する方がよほど建設的だ。そうは思わんか?」

「はっ。仰る通りかと」

「わかればよい。再開早々長々と叱責していてはお主も気が安らぐまい。此度はこれまでとしよう」


 スケアの第二のイエスマンであるエルザは静かに、そして即座に肯定の言葉を発する。


 言ってることは間違いではないだろう。ただ言い回しが酷く、考え方が極端なだけ。

 口が悪いのは、彼女の育った環境がそういった場所だから。

 考え方が極端なのは、人間の汚い部分を見続けてきたから。

 それを認識している者達は死して尚変わらぬそれに、どこか安心したという顔になる。


 本人としては、子供が出来たばかりの頃は改善しないといけない、と思ったことはあった。

 しかし、兼ねてからの付き合いのある者達には、気持ち悪い、と腹を抱えて笑われ、部下達からも、「慣れぬことを成されるより、ありのままの貴方様でいてください」とやんわりと諭されたのだ。若干傷ついた気がするのは間違いではないだろう。


 親しい者達はその境遇を知っている為に懐かしそうに、自然と目に涙が溜まる。


 きっと不安だったのだろう。一度死んだ事で、自分という存在があやふやになる事を恐れていたのだ。

 だが、蓋を開けてみれば外見と性別が変わっただけ。中身は何も変わらない。その事が何よりも嬉しいのだ。


 では、スケアと面識のない者達は先の話を聞いてどう思うだろう。突如現れた女が自決する騎士を止め、言外にモルドは言葉の通じない存在であり、話をするだけ無駄だ、と宣ったのだ。


 場所が場所で、状況が状況だけに、モルドを擁護する者は少ない。同時に、突如現れた闖入者が敵か味方なのかの判断もつけていない。

 その言葉を聞く限り、モルドにはいい印象を持たない者という程度であり、獣人に対してどう考えているかを一言も発していない事から信用していい者なのかの判断がつけられずにいた。


 だが、モルドとモルドの引き連れてきた騎士達は別だ。彼らにとってすれば、モルドが罵倒されたことに他ならない。自決を止めてくれた事には感謝するが、突然現れて何と失礼な奴だ、と憤慨するのも仕方のない事だった。


 ひくひくと頬を引きつらせながら、モルドは口を開く。


「……か、彼女の自決を止めた事は評価してやる。だが、この私に対して礼儀がなっていないのではないかね?」

「メリーナ、何か言ったか?」

「害虫が羽ばたいているだけかと」

「そうか。誰ぞ殺虫スプレーを持ってはおらぬか?」

「ええい、こちらを見ろ!」


 モルドは怒声をあげるが、やはりスケア達はいないものとして対応する。小学生かと呆れるような行動だが、スケアにとってモルドは路傍の石と同じ。石に語りかける阿呆はいるだろうか? よほどの石愛好家でなければまずしない。


 騎士の一人がズンズンと足音を立てて近づいてくる。それを大量の汗をかきながら凝視するヴェルグ。


 彼はモルドに対し良い印象を持っていない。それは先ほどの態度を見ればよくわかった。

 同時に、彼はスケアに対し怯えているのもまた事実。しかも、その内面が狂気の塊であることもよく知っている。


 穏便に済ますにはヴェルグが介入し、何処か落とし所を見つけることが必然だろう。それはスケア自身も考えていた。


 とはいえ、それを聞き入れるような人物には見えない以上、あの男に落とし所を模索してやるなど無駄な労力でしかない。そんな事をするのなら、二度と関わり合いになりたくないと思わせる他にない。


 一番手っ取り早いのは存在を消すこと。しかし、それをすれば後々面倒な事が起こるはずだ。故に行わない。

 行うのなら、絶対的で悪夢的な恐怖をその身に苛ませるのが何よりだ。


 それをする為にはヴェルグの存在は邪魔だ。彼がどう動くかわからない以上、不安分子は摘み取るに限る。


 どのようにして止めればいい? 魔術で縛る? 人を使う? 否だ。


 横目でヴェルグを見やる。互いの視線が交錯する。直後、ヴェルグの顔が恐怖で凍りついた。


 ぞわり、とヴェルグを寒気が襲う。それを最も近くにいたエルザも感じ、その双眸を大きく見開かせた。

 スケアの狂気は本来生物が耐えられるものではない。その余波を受けるだけでも、その者の精神を崩壊させ、自我を喪失させてしまう。ヴェルグの言う通り、それを内面に宿しながらも自我を保っていることは異常としかいえないだろう。


 その狂気に指向性を待たせて他者に向かわせれば、たちまちその恐怖心を煽り、耐えられない者を恐怖のどん底へと沈みこませるのだ。


 殺気のみで他人を殺せるようなスケアなら、この程度の事は朝飯前だった。


 ――深淵を覗かせれば、容易に済む。


 総身を固まらせたヴェルグを尻目に、眼前で跪くエルザの様子を確認する。


 これだけ近くにいる以上、彼女にも少なからず影響は与えられる。

 予想通り、歯をガチガチと鳴らしながら小刻みに震えていた。全身から大粒の汗を流し、呼吸が浅くなっている。その恐怖心を必死に抑えようと、拳を強く握りしめてはいるが、それが意味をなしている様子はなかった。


 本来、その影響は同じく近くにいるメリーナにも言えることだが、どうしてか彼女は昔からその影響はないのだ。

 不思議に思ったことはある。尋ねたこともある。だが、彼女の答えは簡潔で、スケアは彼女の発言に、微量の狂気を感じたものだ。


 彼女はこう言った。


「主様の何を恐れる必要がありましょう」


 と。


 狂気的なまでの忠誠心。それを指して、狼牙は彼女を『狂信者』と嘯くのだろうか。


「おいお前! モルド様への無礼、許さん――」


 騎士の手が肩に触れる。直後、反射的にスケアの身体が動き、彼の手を振り払った。


「気安く触れるな、汚物めが。――うっかり腕を引き千切ってしまったではないか」


 騎士の動きが止まる。視線の先にはスケアが手に持つ異物。切断面から赤い液体をとめどなく溢れ出す前腕があった。


 騎士の視線がゆっくりと自らの腕に移る。失われた左肘の先へと。その時になって、千切られた肘から思い出したように鮮血が噴き出した。


 絶叫が上がる。失った腕の痛みに耐えきれず、無様に悲鳴を上げて後退る。


 それを眺めている者から血の気が失せる。誰もが言葉を失う。

 普通なら、腕を引き千切られた騎士はどう見ても戦闘不能と判断するだろう。だが、あろうことかスケアは悲鳴をあげる男を蹴り飛ばした。


 ガツン、と金属同士のぶつかる甲高い音に次いで、放物線を描いて浮かんだ鎧姿の人影。次の瞬間、ガシャンッ、と地に金属が激突する音。


 誰もが二の句が継げない。この場で最も強いはずのヴェルグは恐怖心に屈し、モルドを守るべきはずの騎士達は全身を押さえつけるような殺気に慄き、先ほどまで騒がしかったモルドは愕然と蹴り飛ばされた騎士を見据えていた。


 蹴られた箇所があり得ないほど陥没し、それだけでどれほどの衝撃だったのか想像もつかない。


 本人としては、少し本気で蹴りを入れれば簡単に行えることだったりする。

 だって身体スペックは人間やめてるし、これでもメリーナよりも身体能力が低いというのだから驚きである。


「き、貴様! 自分が何をしているのかわかっているのか!」

「異な事を。誰しもゴミが視界に入れば片付けよう。私も同様である。故に、これこそは単なる掃除よ」

「なんだと!? 貴様、私が誰かわかっての狼藉であろうな!」

「モルド・リッツ・ルーミラ。ここニコレル王国ルーミラ領を、現国王フィリップ・ラーム・ネモ・ニコレルより統治を任されたルーミラ家の現当主。主に財政の統括を行う小賢しいだけの男であろう」


 モルドの怒声に冷淡な声音で答える。

 それを聞いて、モルドは僅かに驚きの色を表情に覗かせた。


「ほう。知っているとは驚いたな」

「情報は多ければ多いほど良い。それだけのことよ」


 生前、王の反面、暗殺者としての顔も持っていたスケアは情報の大切さというものを嫌という程知っていた。

 情報があれば、敵となる者の弱点を知ることが出来るし、事前に対応策を打てるといったメリットが多くある。戦は力と力のぶつかり合いというだけでなく、情報戦という側面が存在するのだ。


 今回、目の前の男の情報を事前に得ていたのはメリーナだった。指示を出さずに率先して情報を得てきたのだ。実にいい部下を得たものである。


「そうか。では、私に手を出せばどうなるか……わかっているだろうな?」

「貴様の性格を考えればいくらでも予想できよう。だが、それも貴様が五体満足でいられればの話だろう? 例え、貴様が無事に逃げ帰り、私を処罰しようと兵を寄こそうが、それに比例して貴様の権力が地に落ちていくだけのこと。それで良いのなら構わんぞ。私は、此奴ほど優しくはないと知れ」


 戦意を漲らせながら、凍てついた眼光でモルドを睨みつける。


 敵対すれば絶対的な死を。しかし、和解などスケアが行うようには誰にも見えない。逃走か、敵対か。選択肢は自然とその二択に絞られた。


 スケアにとっては先刻口にした通り、どちらに転ぼうが構わない。戦力の分析も終えており、逃げたら逃げたで拍子抜けするだけ。勿論、後日月夜に紛れて少しお邪魔しに行くことにはなるが、それだけだ。

 結末は変わらないのだ。


 しかし、それを思わぬところから諌める声がした。


「……お、お言葉ですがロード。ここではなるべく穏便にお願いしたいのです」

「なっ。エルザさん? それはどのような――」

「貴様が私に意を唱えるとはな。良い。自主性は重んじよう。貴様の内心を口にしてみるがいい」


 メリーナが糾弾しようとして、それに被せる形で問い質す。それでメリーナが口を噤ませることになるが、自分は贔屓はしない派だ。


 エルザは逡巡した様子でいたが、意を決したのか――それでも口答えすることに負い目があるのか、少し声を震わせながら口を開いた。


「ここには、民がおります。貴女様が統治する地では御座いませんが、日々を過ごしている者たちがおります。彼らにはなるべく、楽しい日々を過ごして欲しいのです」

「首をすげ替えた方が早そうだがな」

「それは――」

「良い。何を思うているのかは、よく理解した。なるほど、確かにこれ以上の騒動は彼らの精神衛生上良くなかろう」


 エルザはつまり、精神的にも身体的にも傷ついている彼ら獣人の為に進言したのだ。

 とはいえ、基準となっているのはスケアが生前暮らしていた世界のため、その世界よりも遥かに生きていくのが辛いこの世界に暮らす彼らはそこまで軟弱だろうか、とは思う。しかし、その考えとは別に、納得する自分がいるのも確かだ。


 ここは、彼女の気持ちも優先してやるのも一興。


 ――いや、しかしな……。


「だが、それは出来ん」

「っ……!」

「お主がいる以上奴は止まるまい。場所を変えたところで面倒事は少なからず起きる。最もその影響が少ないのはここだというだけの話だ。――同時に、ここならば邪魔者の数は最も少ない。決着ならば、ここが最適なのだ」


 スケアはモルドに向き直る。


「さぁ、どうする? 賢い選択を、お主は取れるか?」

「総員抜刀! あの女騎士以外は皆殺しにしろ!」


 あの男は欲とプライドの塊だ。その事をわかっていれば、少しでも挑発してやるとこうして敵対行動を取ってくる可能性が特に高いことはわかっていた。

 勿論、賢い選択は逃走の方である。やはり、奴は愚か者だ。


 モルドの騎士達は全員剣を抜き、それぞれ戦意をあらわに展開した。モルドの盾となるため、八人が前に出る。それぞれがカバーに入れるよう意識されており、広過ぎず、狭過ぎずの距離で広がる。そして、モルドの後方に残った二人が。腕を引き千切られた者と、その応急処置を武装しながら行う者だ。どうやら、まだあの男は生きてはいるらしい。


 彼ら自身練度は悪くない。あのような主人の下にいながら訓練は欠かしていないというのがよくわかる動きだ。


「奴らも事を構える姿勢だ。多少の問題は覚悟するがいい」

「……はい」

「主様、如何なさいますか?」

「先に命を下した通りだ。降りかかる火の粉を払(みなごろしにしろ)え」

「御意」


 スケアとメリーナは普段通りの姿勢を崩さない。傲岸に振る舞い、付き従う従者は恭しくメイド服のスカートをつまんで一礼した。


 共に全く気負う様子はなく、これもひとつの作業だとばかりに全身から力が抜けている。

 とても、これから戦うのだとは思えない態度だ。


 とはいえ、戦闘準備はしっかりと行われている。メリーナは一礼した後にスカートの裾を翻してスリットを露わにし、スケアも若干足を前後に開いて腰を落とす。


 だが、背後のエルザは動かない。肩越しに見やれば、迷っているように思えた。

 それは先ほどの理由とは違い、スケアの為に剣を振る事は許されるのだろうか、という彼女の根幹を揺るがす恐怖に苛まれているように感じる。


 なら、主として――部下の不安は取り除いてやらないといけないだろう。


「――何をしている。忠義の騎士よ。これまでのように、私の為にその剣を取ってはくれんのか?」

「――っ! よろしいのですかっ!?」

「当然であろう。死して尚私に忠誠を誓う騎士を放り捨てる阿呆が何処にいる? よもや、この私がそうだと言うまいな?」

「いえ……いいえ……っ!」


 スケアの言葉にエルザは歓喜の渦に飲み込まれる。先ほど以上に涙を流し、時には嗚咽まで聞こえてきた。


 スケアの言葉には当然モルドは憤る。あの男にとって、エルザは自らのものであるという構図が頭の中で既に出来上がっているのだから。


 モルドは部下の騎士達に怒号を発する。

 それを見て取るや、スケアは命令を下す。


「立つがいい、我が騎士よ。形式など不要。剣を手に取れ。私の臣下を引き入れんとするはこの私に敵対すると同義。敵対者を薙ぎ払うは必定である」


 スケアは力強く断じる。それに応えるようにエルザは涙を拭い、立ち上がった。スケアをかばうように前に立ち、この世界に来て初めてエルザは剣を抜いた。


 刀身が陽光を反射してキラリと光る。鎧と同じく白銀の刀身を持つ剣は、瑞々しい剣気と内包する各属性を象徴する光を放ち、持ち主に眩いばかりの威容を感じさせた。

 抜き放たれた剣は持ち主の気概に応えるように、濃密な魔力を放出し始めた。


「こうして貴女と肩を並べるのは久し振りですね。鈍っていては承知しませんよ?」

「これは手厳しい。ですが、無用な心配ですよ。私とて、怠惰に暮らしていたわけではありませんからね、メリーナ殿」

「ぼろぼろと泣き崩れていたくせによく吠えますね」

「あれは、その――」

「構いません。主様への忠義は本物であり、主様自身がお認めになられた以上私は文句などありません。よく働きなさい」

「えぇ。――もちろん!」

「フッ。双方その意気や良し」


 メリーナはエルザを叱咤するように言葉を投げかけ、どこか吹っ切れたようにエルザは応える。

 気心の知れた二人ならではの掛け合いを見て、スケア自身少し懐かしい気持ちになった。


「どこまでもふざけた奴だ! この私の部下にしてやろうというのに!」

「そう吠えるな。牛の乳でも飲め。少しは気がほぐれるぞ?」

「貴様もだ、女! この私に対し舐めた真似をしてくれたな! ただでは済まさんぞ!」

「黙れ下郎。この私に敵対した以上、それはこちらの台詞である」


 対峙する騎士達が少しずつ殺気立つのがわかる。練度は悪くない彼らを見て、エルザもメリーナも少し表情を真剣なものに変化させた。


 いつ戦闘が始まってもおかしくない剣呑な空気が辺りを締める。幸い、獣人達は距離を取ってくれており、巻き添えになる心配はないだろう。


 一触即発な空気の中、すんすんと虚空を嗅ぐようにしたメリーナが呆れたような眼差しをしてこちらに視線を向ける。耳も垂れており、出来ることならもう会いたくはないと言いたげである。


「主様、お一方足りないようにも感じるのですが……」

「なに、それはいかんな。全くあの阿呆め。見物するでなく、護法の仕事をせんか!」


 突然の物言いに、訝しげにモルド達はこちらを睨む。


 その直後、彼らの背後で歪な音が響いた。

 慌ててモルドが振り返れば、其処には見上げるほどの長身の男が異国の服を纏って立っていたのだ。表情は愉悦に歪められ、男の手は真っ赤に濡れている。


 男の足下にはふたつの頭部が潰された肉塊が転がっていた。先ほど陣形を取った際、モルドの背後を守るようにして立った者達だ。


「へえへえ、悪うござんした。ったく、鬼使いの荒い野郎だぜ。っと失礼、今はアマだったか」

「な、何だ貴様はっ!?」

「遅い到着だな、我が護法?」

「ついさっきまで飲んでてな。ツケにしたから後で支払いは頼むぜ、我が主?」

「お前マジでふざけんなボケナス!」


 思わぬ狼牙の一言にスケアは呆れ混じりの罵倒を口にした。


 ただでさえ金銭的にキツイというのに、それを気にせずバカスカと呑んだくれてるこの大馬鹿者には一度本気で雷を落としてやる必要があるようだ。


 そんなことを思いつつも、互いにニヤリと笑い合うあたり馬は合っていたりする。


「も、モルド様を守れ!!」

「――おや、余所見とは余裕ですね?」


 騎士の一人が指示を出すや、その懐に潜り込んでいたメリーナから強烈な蹴撃を見舞われ、蹴られた左足がありえない方向に折れ曲がった。

 苦悶の声が足を蹴り折られた騎士から漏れる。メリーナはその騎士へ一拍溜めた拳を弾丸の如く放つ。

 直後、バァンッ、という聴き慣れない破裂音が轟いた。殴打された騎士は上半身が消し飛び、広くその血液を撒き散らして吹き飛んだ。


 そのまま流れる動作でもう一人に肉薄し、頭部を強かに蹴りつけた。それだけで兜はひしゃげ、ぐりんっ、と首が一回転する。


「これで四人」

「いいえ――」


 蹴り殺した男がその場にくずおれるのを見送ったメリーナの呟きに、エルザが目にも留まらぬ早業で三人を両断して応えた。


「これで七人です」

「確かに腕は落ちていないようですね」

「えぇ。彼らは素手でも容易に薙ぎ払える程度の実力者でしかありませんからね。多人数における連携に関しては悪くなさそうでしたが、狼牙様が現れたことによって彼らの想定が崩れ、結果普段と変わらない状況になりましたしね」


 剣を振って血糊を払いながらエルザは言葉を返した。


 一瞬。少し意識を離した瞬間に背後の二人が。今度はそちらに気を取られた瞬間、更に五人が続けて倒された。


 個々の実力がずば抜けて高い面々なら、この程度のことは容易に成し得られた。その証明になる出来事である。


「そして――」


 チラリと横目でモルドを除く残りの三人に視線を向けた。


 そこには奇妙な光景が広がっていた。

 騎士達の足下から身の毛のよだつような触手が伸び、彼ら一人一人を絡め取っていたのだ。

 ぬらりとした触手はぬめぬめとした液体のようなものに覆われており、鼻を覆いたくなるほどの悪臭が放たれていた。その臭いと見た目が相まって、見る者に猛烈な吐き気を生じさせる。


 そのように見えるのは幻術で、本当は黒く巨大な茨が彼らを捕らえているだけだ。


 騎士達一人一人は何とか逃れようと剣を振るい、身をひねって暴れるがびくともしない。


 その中の一人から絶叫が上がる。

 見ると、彼の首から下に触手が絡みつき、不意に収縮したと思えば、万力の如き、というのも生温い膂力で締め付けられる。あまりの力に彼の全身の骨が悲鳴をあげ、圧迫による息苦しさと全身を締め付ける痛みに男は悲鳴を上げたのだ。


「ぐっ……ぐぅぅっ! や、やめ……ろ……! やめて……くれ、ぇ。ほ、骨が……骨が、折れ――がぁぁああああぁぁあぁあああっ!?」


 一際大きく悲鳴が上がる。遂に耐えうる限界を超え、骨が砕けたのだ。


「やかましい。もうちと静かに出来んのか」


 あまりにもあまりな言い分に次いで、スケアが弾指を一度弾いた。すると、触手は更に伸びて顔を覆い、次の瞬間、触手の内側からバキボキッ、という乾いた音が奏でられ、雑な動作で――落下という形で――触手から解放された。

 その全身は歪に折り曲げられ、鎧は捻り曲げられ、ひしゃげ、隙間という隙間から赤い体液がとめどなく流れ出ていた。


「これで八」


 エルザの言葉に続けるようにスケアが口にすれば、二人目を捕らえてある触手を操る。


 残っていた二人は初めは暴れていたが、先ほどの騎士が死んだ瞬間を見て、呆然とその死体を眺めていた。


 そして次の番になった瞬間、彼らは無様に命乞いを始めた。彼らは当然死にたくない。なら、なんとかして生き残りたいと考えてしまうのも仕方のないことだっただろう。


 ――私には関係ないがな。


 スケアは生前から敵対者に容赦しない性格だった。それがたとえ異種族であろうと、女子供でも老人であろうと関係なしに皆殺しにしてきた。


「これで九」


 言い終えると、すぐに騎士の一人を投げ飛ばした。

 凄まじいスピードで飛んだ騎士は、地面に激突すると石や土を巻き上げながら尚も進んでいく。その激しさたるや、地面を抉って溝を作るほどだ。

 そのまま数十メートルも溝を掘り続け、宿のある中央広場の手前で止まった。


 スケア達ならまだしも、彼ら程度ではあれで生きていられるはずがない。その考えに間違いはなく、投げ飛ばされた騎士はピクリともせずに倒れていた。


 スケアはゆっくりと残った一人に視線を移す。


 騎士は恐怖に震え、こちらをまっすぐに見つめている。兜で顔は見えないが、あの中身はきっと懇願するような顔になっているのだろう。


「貴様で最後だ」

「いやだぁぁあああっ!! やめ――」

「私は、貴様が口を開く事を許した覚えはない」


 パシッ、と弾指を弾くと、ゆっくりとした動作で触手が動き始める。

 触手はゆらゆらと揺れていたかと思うと、騎士を地面に叩きつけた。幾度も、幾度も繰り返して地面をバウンドし、赤い雨がバウンドの度に降る。


 初めは悲鳴が上がっていたが、五度目から声が小さくなり、十を超えたあたりから声は聞こえなくなっていた。


 スケアはあらゆる箇所がへこんだ騎士を放り捨てると、残るモルドに向き直る。


 その顔は引き攣り、目の前で起こったことが信じられないと言いたげに青ざめて歯をガチガチと鳴らしていた。


「さて、残るは貴様だけだ。モルド・リッツ・ルーミラ」

「く、来るなぁっ! 私に手を出せば、どうなっても知らんぞ!」

「死人がどう手を下すのだ? 現実を見て物を言え、たわけが」


 つまらないものを見たと言いたげに吐き捨てると、エルザに視線を向ける。一度頷くと、承知したというように頷きで返される。


 エルザは剣を握る手を強め、ゆっくりとした所作でモルドに近づいていく。

 近づくエルザにモルドも気づいたようで、彼女に怒号を発した。


「わ、私を助けろ! お前は、私の騎士だ!!」

「己の欲を貫いた結果がこれだというのに、それを理解しようとせずにまだ妄言を吐き続けるか。怒りを通り越して哀れにも思えてくる」

「この私を愚弄するか!」

「貴公のその姿を哀れとせずしてなんとする? それだけの生き恥を晒しながらまだ恥の上塗りをするその神経を私は疑う」


 冷徹に吐き捨てると、エルザは剣を高く掲げた。


 それを見て、モルドは大いに慌てだす。


「ま、待て! 私を見逃せば、これまでの非行を不問としてやる!」

「おやまぁ。この状況で尚もこんな事を口にできるとは、人間とは本当に愚かなものですね。度し難い」

「ククッ。そう言ってやるな、メリーナよ。此奴にとって、自尊心を保つことは命を守ることに等しいのだろうよ」

「そういう人間の愚かしさは理解出来ねぇなぁ。嫌いじゃねぇがな?」

「相も変わらず酔狂よな」


 外野であるスケア達は嘲るように笑い合う。

 人間嫌いが二人と、人でなしの伝説の鬼だ。彼らにとってはこのようなことは非道とすら思っていない。むしろ自業自得という考えである。


 エルザは小さく息を吐く。上段に構えた剣が不気味に輝き、その双眸を残酷なまでに凍てつかせる。


「お覚悟を」


 剣を振り下ろす。何千、何万と繰り返してきた動きをなぞり、モルドの首を跳ねようと銀の軌跡が奔る。


 だが、


「…………悪いが、それはさせられん」


 甲高い金属音が響き渡る。力と力がぶつかり合い、衝撃が風圧となって吹き荒んだ。


「……ほう。お目覚めか、竜殺し」

「チッ、やってくれたな。今回ばかりは頭にきたぞ」

「貴様は覗いたはずだぞ、我が深淵の一端を。内包する底のない深い漆黒の闇を」

「だからと言って、許せることではない。いや、それを理由に何でもかんでも許されると思っていては大間違いだぞ。スケア殿」


 剣を止めたのはヴェルグだった。

 未だ顔色は芳しくないが、瞳に色は戻ってきている。脂汗がとめどなく流れていても、その気迫は戻ってきたように感じる。


「たった一人で、我らを止められると?」

「精々、数分稼ぐのが関の山だろうさ。だが、その間にでもこの男を逃がすぐらいはする。冒険者なんでな」

「冒険者故其奴を逃すと? ほざいてくれる。腹の底が透けて見えるぞ、竜殺し。根が正直な子らのように思考がダダ漏れよ。

 Sランクの矜持か、立場か。その場に居合わせておきながら見過ごすことを良しとしなかっただけ。元来それは騎士の仕事であり、貴様ら冒険者の仕事ではあるまいに」

「カッカッカッ! やはりお前の前では口に気をつけねばならんな! 少し言葉を発しただけですぐに本音を見透かしやがる!!」

「それはすまんな。性分だ」

「クセなだけだろうが」

「余計な口を挟まないでくださいまし、狼牙様。主様の痺れるような声音を一言も聞き逃さぬようにしているので」

「うわぁ、これだから狂信者は良くねえんだよ。なぁ、テメェもそう思うだろ、エルザ?」

「今は口を謹んで頂きたい。至高なる御方の御言葉を拝聴しておりますので」

「そうだ、コイツも狂信者だったチクショウ!」

「そう騒ぐな、狼牙。ハゲるぞ?」

「やかましいわ! 狂信者に挟まれるオレの気持ちにもなれってんだ!」

「良かったな」

「雑か!」


 普段通りの馬鹿騒ぎを繰り広げ、その間にエルザはヴェルグとの距離を取る。凍てつかんばかりの眼光は彼をしっかりと捉え、下手に動いた瞬間すぐに対処せんと身構えていた。


 それを一目見た狼牙は好戦的に笑い、ヴェルグは今一度大剣を構え直す。


「とにかく、この男の騎士は一人残らず死んだんだ。誰かしら、代わりにならなければなるまい」

「それは依頼にはならん。金にはならんのだぞ? 貴様の何をそう動かす? 其奴の行いには、貴様も憤っていたというに」


 その問いにヴェルグは苦笑する。


「確かに、コイツはどうしようもないクズ野郎だ。貴族の中でも稀に見る外道だ。だが、そんな野郎を殺させてはお前らも同じ程度の人間でしかなくなる! そんなことはさせられないのさ」

「……純粋な善意、というわけか」

「どうすんだ、ご同類」

「誰が同類だ。縊り殺すぞ」

「オレとの同類」

「間違いなく同類だったわ、撤回させて」


 狼牙はへらへらと何を考えてるのか読めない顔で尋ねてくる。いや、あれは純粋に楽しんでいるだけか。

 他の二人は共にこちらに真摯な眼差しを向けてくる。彼女らの目には嘘をついているようには感じなかった様だ。その上で、こちらに判断を委ねたらしい。


 ――ここまでは想定通りか。


 スケア自身、ここまでを読んでいた。とはいえ、想定外は当然存在する。


 今回はふたつ。ヴェルグの復活の速さと、騎士のあまりの脆さだ。

 スケアとしては、その見立ては圧倒出来、とはいえそう時間はかからないというなかなかにひどい見立てだった。

 その見立ては間違いではない。単純に個々の力量がそれを下回っただけだ。


 元々、スケアはモルドを殺すつもりはなかった。手を下せば、それこそヴェルグの言う通りモルドと同じ様な存在になりかねないからだ。


 とはいえ、元々スケアは外道を絵に描いたような人物だと自己評価している。手を下すのなら躊躇わず、別に殺した結果どの様な評価をされるのかすら眼中にない。

 彼ら人間と、スケアの中の常識やら何やらが異なっているからこその考え方の齟齬である。


 生前からのそれを周囲は矯正しようとしたが、結局根幹まで変わることはなかったようだ。


 ではどうするのか、と言う問題があるが、想定通り進めばもう少しすると止めにくる人物がやってくることだろう。

 それまで、こちらは時間を稼げばいいだけだ。


 ――ならば、ヴェルグの行動に乗ってやろう。


「……興が削がれた。そのようなボロ切れ、好きに持って行くがよい」

「思い留まってくれたことに感謝する――」

「但し、これ以上関わりたくないと言う恐怖心は植えつけてやらねば気がすまん。故に、死にたくなる程に痛めつけさせてもらおう。何、死にたくなったとて、己では死ねぬようにする故案ずるな」


 スケアはニヒルな笑みを浮かべながら吐き捨てる。視線は少しずつ後退っていたモルドに向けて。


「ヒッ……!」


 その視線に気づき、モルドが小さく悲鳴をあげる。人を人と思っていないその眼差しに、底知れない恐怖を感じたのだ。


「……なるべく五体満足で返したいんだが」

「ならば守って見せよ。なに、案ずるな。貴様は守りつつ、かねてよりの願望が叶うのだからな」


 エルザに視線をやる。


「我が騎士よ。時間は五分とないが、相手をしてやれ」

「御意」

「貴様ならば遅れは取るまい。が、人間にしてはやる。覚悟しておけ」

「御忠告、確と受け取りました」


 エルザの眼光に鋭さが増した。溢れんばかりの剣気が形を成し、その姿を巨大なものへと幻視させる。


 ごくり、とヴェルグが生唾を飲むのがわかった。全身に打ちつけられる気配があまりの強さで愕然したようだった。


 だが、そういった存在達と戦い、強くなってきたヴェルグだ。すぐに気を持ち直し、喜色ばんだ笑みを浮かべた。


「ってぇことは、オレは今回は見物ってことか。酒が欲しくなってくるな……。スケア、酒」

「無い」

「しけてんなぁ」

「なに、いずれ其奴に奢らせるさ。そういう約束になっている」

「今それを掘り出すか! くぅう、また金が減っていく!」

「敵対しておきながら、その程度の裁定であることを喜んでもらいたいものだ」


 狼牙は楽しげに肩を揺すり、全身から力を抜いて観戦の姿勢になる。


 スケアも同じく観戦しようと考えているが、必ず視線はモルドを捉えていた。呪文を詠唱せず、脳内でいくつもの術式を断続的に構築して彼に幻術を見せているのだ。

 彼の周囲には遮音の結界を張り、それを基盤に外には静かにしているモルドの姿を投影していた。今頃、結界の中では頭を掻き毟り、涙や鼻水、よだれで顔をグチャグチャにしたモルドが悲鳴を上げ続けていることだろう。


「では、始めよ」


 静かに、開戦の合図が響き渡った。

ようやく四人が揃いました。


エルザと狼牙のステータスは次回にでもと考えております。


次回、一章最後の予定です。

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