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依頼をこなそう・前編

長らくお待たせして申し訳ないです。


ギャグ風にしたかったんですが、作者自身そう言ったことを考えるのが大の苦手な人間のために完全に難産でした……。


それで面白くなっているかと問われれば……鼻で笑ってください(涙目)

 模擬戦を終え、スケア達はDランクの冒険者になった。……Fランクではなく、Dランクにされてしまった。


 なんでも、ヴェルグを倒した時点でランクFにするのは容認し難く、なにより新人や上のランクの冒険者にいらぬプレッシャーがかかるらしい。依頼主からも何気ない口撃を受けるのだそうだ。

 知ったことかと思うが、話しているうちに知識面でも問題ないと判断してこのような措置をとったのだそうだ。本当はもっと上にしようかと思ったが、それはそれで他の冒険者達から不満をぶつけられることになるから出来なかったらしい。


 正直、ギルド側の都合など心底どうでもいい。だが、これはこれで望むところではなかった。

 

 スケアからしてみれば、少しでも騒ぎが起きることは避けたい。今回Sランク冒険者を一方的に倒した奴が何を、と自分でも思うが、望んで騒ぎを起こしたわけではない。

 勿論、それを認めない者がほとんどである。ヴェルグと戦う前の様子を思い返してみれば、端から見ればノリノリだったようにしか見えないだろう。

 そんな状況で、望んでいなかった、と言えば、どの口が、と思われるのも仕方のないことだ。

 

 なので、多少の問答は起きたが最後は仕方なくDランクであることを認めた。その時、メリーナが余計なことを言って、ギルドマスターが同調したのが無性にスケアを苛立たせた。

 その内容が、スケア専用のランクを作る、それが無理でもSランクよりも上のランクでなければならない、といったものだ。

 

 もちろん、そんなことを求めるつもりはないが、メリーナはそんなものを求め、ギルドマスターも認めて上申しようとしたのは頭が可笑しいのではないかと思わせた。

 

 その後、スケア達は宿へと戻り一晩経ってから再びギルドへと向かった。冒険者ギルドに入ると、それまで騒がしかったのがしんと静まりかえり、彼らの注目の的になった。その目には畏怖の念が込められており、誰も近づいてこようとしない。

 そんな視線を無視し、依頼ボードを前に、腕を組んで幾つかの依頼を流し読んでいく。

 

 その中には、先日メリーナに聞いた女騎士の依頼があった。報酬は大銀貨六枚。生かして依頼人──モルド公爵と言うらしい──の前に連れてこい、と言う簡単なお仕事だ。

 だが、誰も彼もがその程度の依頼を失敗し続けているらしい。搦め手、強硬手段……多くの冒険者達が手練手管を使っても全て薙ぎ払い、その結果、Bランク以上でなければならない、という条件が付け足されたらしい。

 

 スケアはDランクのためにそれは出来ないが、元々受けるつもりもない。本人確認をそのうちしようと考えてはいるが、少なくとも今ではない。

 何より先ずするべきことは、先立つものの補充である。スケア達が今泊まっている宿に宿泊するのはあと一日だけ。それはお金の心許なさからそれだけしか宿泊しようと思わなかったのだ。

 

 とはいえ、Dランクで受けられる依頼の報酬はたかが知れている。数をこなせば実績もつき、報酬も貯まってくるだろうが、平均的な報酬額は大銅貨八枚程。平均なのだからそれより上の時もあれば下の時もある。

 

 それでも、スケアは自給自足で生きる術もあるので買い足す物も最小限で済む。そうなれば、後は数をこなすだけだ。

 

「メリーナ。此度は別々に仕事をこなそう。今日だけで、少なくとも一人三つは依頼をこなすぞ」

「畏まりました。迅速に終わらせましょう」

 

 メリーナにとっては主に不自由な思いをさせることは唾棄すべきこと。その為、今のような貧しい思いは早々に断たなければならない。

 

 そんな彼女の思考はスケアも読んでおり、苦笑するに留まっていた。

 

 依頼を受けるにあたり、複数の依頼を同時に受注することは認められていない。その為、何度も往復する必要がある。加えて、いくつも依頼を受けるつもりなら、近場の依頼が良いだろう。

 そうなると、自然と採取依頼やどこぞの家の手伝いなどの小間使いのような依頼ぐらいしかない。勿論、討伐依頼も幾つか見受けられるが、ルーミラ近郊に姿を見せる魔獣や魔物は主にEランク、Dランクのあまり強くない存在が多い。そして、冒険者達の多くは名をあげようと躍起になるため、そう言った討伐依頼がすぐに他の冒険者達がすぐに受けてしまっている。討伐依頼の方が報酬も良いというのもあるが、荒くれ者の集まりということも理由のひとつに上がるのだろう。

 

 スケアは幾つかの依頼にあたりをつけ、そのうちのひとつの依頼を掲示板から剥がした。メリーナも、スケアと別の依頼を剥がした。

 

「では、始めよう」

「御意」

 

 

 

『庭の草が伸びきってしまったから草刈りをして欲しい』  報酬、銅貨四枚

 

「Dランクの冒険者が来るとは思わなかったねぇ」

「なに、冒険者とはいえど、血気盛んなことばかりではないと言うことだ」

「みたいだねえ。あんた、武器とか持ってなさそうだし、魔術師かい?」

「そうだ。少しは教えてやることも出来るぞ」

「それなら、ディーネさんとこのお子さんがいいかもね。家庭教師を募集してるって話さ」

「ふむ。機会があれば伺おうか」

「そうするといいよ」

 

 恰幅の良い中年の婦人につれられ、スケアは何の変哲も無い二階建ての家の庭に連れられてきた。

 確かに、ここしばらくは草刈りなどしていないのだろう雑草が好き放題に茂っていた。

 

 この世界の雑草は、地球の雑草よりも生命力、繁殖力が強く、一週間も経たないうちに膝の高さまで伸びきってしまう。それ故に、いちいち処理するのは手間だと放っておく家も少なくはなかった。

 

「すまないねぇ、こんなに伸びちまってて。一人で平気かい?」

「これだけならば、すぐに終わる。少し待て。“燃え散れ”」

 

 刹那、庭一面を炎が包み込んだ。突然のことに唖然とした婦人だったが、次の瞬間には炎は掻き消え、雑草は全て消え失せていた。

 驚くべきは、炎が一面を焼き払ったにもかかわらず雑草のみを消し炭にし、手入れのされている草花には何の被害もないことだろう。家屋に引火することもなく、綺麗なままの家と、雑草のない見てくれの良い庭があるだけだった。

 

「これでよいな?」

「え、えぇ……」

「雑草は根まで焼き尽くしておいた。今しばらくは雑草で悩むこともあるまい。では、依頼完了の証明を頼む」

 

 証明とは、依頼者に貸与される鈍色の丸いプレートのことだ。依頼を達成し、依頼人がそれを認めれば冒険者にそれを渡し、受け取った冒険者は冒険者ギルドに手渡してようやく依頼達成と認められる。

 

 その証明を貰うと、足早にその場から去った。

 

 

 

『森の中にある薬草を採ってきてほしい』  報酬、大銅貨五枚

 

「依頼の品の確認をお願いいたします」

 

 そう言って、メリーナはパンパンに膨れあがった袋を冒険者ギルドのカウンターに置いた。

 

 職員はすぐに確認を始めるが、表情をすぐに強張らせた。

 

「あ、あの……メリーナさん」

「なんでございましょう?」

「確かに、依頼の薬草は確認しました。森の奥深くにある薬草をこれだけ速く見つけて来たことには脱帽します」

 

 現在、まだ太陽が中点にも至っておらず、メリーナが依頼を受けて戻ってくるまでに二時間しか経っていない。

 一般的な冒険者なら、薬草を探し出して戻ってくるまででほぼ一日を使うものだ。森には街道には出てこない強力な魔獣や魔物が姿を見せるため、採取依頼だったとしても命の危険はある。その為、常に気をつけて動かなければならないために相応に時間がかかってしまう。

 

 しかし、こういった採取依頼を受ける主な冒険者はFランクやEランク。Dランクも少ないが受ける人物もいる。

 森には街道よりも強力な魔獣や魔物が現れるといっても所詮はDランクまで。魔族領なら話は変わるが、人間領のこんな辺境に現れるものはそこまで強くはない。特にDランクの冒険者なら油断せずにいれば達成する可能性は高いだろう。

 

 それも、パーティを組んでいたらの話だ。

 

 職員は、メリーナが単身で依頼を受けたのは知っている。だが、彼女はあの『竜殺し』を圧倒したスケアのメイドだ。そんなメリーナが何かしら優秀であるということは想像していた。

 

 しかし、

 

「それでも、これはおかしくはないですか!?」

 

 メリーナの持ってきた袋には薬草以外にも実に様々な物が押し込められていた。

 

「ゴブリンの耳が……十六」

「通り道を横断するように屯しておりましたので、鏖殺いたしました」


 ゴブリンはランクFの魔物で、冒険者が初めて認められる討伐依頼の相手だ。謂わば、初心者用の弱い魔物である。

 個々の戦闘能力は低く、戦い慣れしていない人物は先ずその動きをよく観察するところから始めるものだ。

 それでも彼らは群れて行動すると危険度は当然高くなる。冒険者になったばかりの者達にも、三体以上いる場合、一人で行動しているときは必ず逃げろと教えられる。

 

 それを、たった一人で十六体ものゴブリンを屠るのはやはり驚嘆に値するものだろう。

 

「トレントの枝が……四」

「快い方で、対話をして少し頂きました」

「魔物と対話するって初めて聞きましたよ」

「普通のことですが?」

 

 トレントはEランクの木の魔物で、擬態して襲ってくる魔物だ。戦闘能力はそこまで高くはないが、発見の難度からEランクに設定されている。初心者冒険者の壁として知られる魔物だった。

 

 これはメリーナにとっての当然だったが、超級ポーションを作る際に上位個体のワンダートレントの葉が必要になり、スケアが昔それを作成する際に対話をしていた姿を見ていたからこそ出来たことである。

 

「アースウルフの毛皮が……六」

「こちらの臭いに気付いて取り囲んできましたので、頭蓋を砕いて毛皮を剥ぎ取りました」

「土属性の魔術を使ってくるはずですが……」

「あの程度に手こずるようでは主様に仕える資格などありません」

「……き、綺麗に剥ぎ取れましたね」

「ですので、売ればそれなりに良いお値段になるでしょう。イロをつけてくださっても構いませんよ?」

「か、考えておきましょう」

 

 アースウルフはランクDの魔物で、職員の言ったように土、地属性の魔術を扱う魔獣で、常に複数体で行動する危険な相手である。

 

 ここまでの成果を見れば、何ら不思議ではないだろう。確かに些か数は多いかも知れないが、それを成し遂げられるほどに彼女が優秀であるということに他ならない。

 

 だが……。

 

「この血がこびりついた皮鎧は何ですか?」

「盗賊と思しき者共の巣を見つけたため、駆除いたしました」


 そう。まるでダンジョンにでも潜ったのかとでも言うような荷物を持ち帰ってきたのだ。

 

 ダンジョンでは時折質の良い武具が手に入ることがある。それで名を馳せた冒険者も存在する。

 

 だが、あくまでも今回は採取依頼のはずである。それをどうすれば、盗賊の身包みをはぎ取ってくることになるのか……。

 

「ち、ちなみに、盗賊の身元がわかる物はお持ちでしょうか? もしあるのなら、補償金が出ることが御座います」

 

 震える声で言う。そんな姿を不思議に思いながらも、メリーナは先程まで持っていたのとは別の袋を取り出し、その口を開けた。

 

「それはそれは。拾ってきておいて正解でした」

 

 ゴトリ、とひとつの首が転がり落ちてくる。それを見て、職員は猛烈な吐き気に襲われた。


 両目は見開いており、首の断面は引き千切られたように無残な惨状だった。鼻からは血が少量だけ流れ落ち、頭部が醜くひしゃげた状態で、なるべく直視したくない。

 

 普通は身元のわかる物と言えば、その人物が持っている武具である。だと言うのに、生首を持ち帰るなど、非常識にも程があるだろう。

 

 メリーナとしては、やはり当然のことである。悪魔王の軍勢がいる場所は、言ってしまえば非常識の塊だ。身元確認となれば首を選び、武具を戦利品として奪ってくる場所なのだ。

 その為、身元の確認が出来る物、と言われれば首を出すのが至極当然だと思っていた。

 

 袋には他にも沢山の首が入っているらしく、むわっと濃密な血臭がカウンターを漂った。職員は袋を受け取ると、確認の為に担当の同僚にそれを渡すのを見送る。担当の職員は嫌そうな顔になるも、すぐに裏に入った。裏で確認をとるようだ。

 

「それと、こちらも買い取って頂きたいのです。わたくしはもちろん、主様には不要な物ですので」

 

 そう言って、メリーナは三つ目の大きな袋をどこからか取り出し、カウンターに置く。

 職員が中を覗けば、そこにあるのはいくつもの無骨な武具が入っていた。先程の袋には入りきらなかった盗賊達の装備品──即ち、メリーナの戦利品である。

 

「か、畏まりました。少々お待ちください」

「迅速にお願いします。まだ他にも依頼を受けるつもりですので」

 

 疲れた表情の職員を急かし、メリーナは次の依頼をどれにするかを選びに行ったのだった。

 

 余談だが、補償金、売りに出した戦利品、報酬金を合わせて金貨三枚と大銀貨六枚、銀貨四枚、大銅貨九枚の大儲けだった。

 

 出来るメイドは違うのだ、とはメリーナの談である。

 

 

 

『ポーション作成を手伝って!』  報酬、銀貨四枚

 

「いや~、助かるよ。いつも手伝ってくれる人が体調を崩したみたいで、ノルマの達成が出来そうになかったの」

「然様か。ノルマとやらはあといくつ程か?」

「あと百本。あ、あたしが六十本作るから、残りの四十本を頼んでもいいかな?」

「なんだ、それだけでよいのか? では、取りかかるとしよう」

 

 薬草と薬品の臭いが立ちこめる空間。そこで割烹着のような白い羽織を着込んだ年若い女性に仕事の内容を聞き、試験管やすり鉢が置かれた小さめのテーブルに向かった。

 

「道具の使い方とかわかる?」

「無論だ。お主も急ぎ己の仕事に取りかからぬか」

「わかったわかった。お姉さん珍しいねえ。最近の冒険者ってポーションの作り方を知らない人ばっかりなのに」

「武勇を上げることを重視する奴原ばかりなのだ。例え(あやつ)らがポーションの作成法を認知していたとしても、斯様な複雑な事はなし得ぬだろうよ」

「あはは、言えてる」

 

 声をかけられながら、スケアは驚く速度でポーションの作成に取りかかっていた。

 一度に三本の試験管を人差し指、中指、薬指、小指に挟み、薬品を手慣れた様子で必要量を流し込む。次にポーションの素材となる薬草をすりつぶした物を適量入れ、混ざり合うように小刻みに振る。それをしている間に次に必要な物を空いた左手で準備し、それが終わればまた次の作業に必要な物を、と同時進行でポーションを作成していった。

 

 一時間半経過──

 

「こちらは終えたぞ」

「えっ、早くない!? チョット見せてみてよ!」

 

 女性は自分の作業の手を止め、慌ててこちらに近づいてきた。

 この一時間半の間、女性との会話を弾ませながらスケアは速度を変えることなくポーションを完成させていた。

 

 一時ポーションを作りまくっていた時期があったため、この程度の作業は手慣れたものだった。

 

 テーブルの上には四十本の完成されたポーションが並べられており、それを見て女性は目を瞠った。

 慌てて数本のポーションを手に取り、検分を始めた。

 

「……ねぇ、これ何?」

「異な事を。お主がポーションを作れと言ったのであろう」

「これが、ポーション……?」

 

 女性はまじまじとスケアの作ったポーションに見入ってしまう。

 

「どこからどう見ても、紛れもなく(上級)ポーションであろう」

「こんな(下級)ポーションは見たことない……」

 

 どこか微妙に食い違っている感が否めないが、やはりスケアには関係ないことである。

 放心している女性に依頼達成の証明を渡すように言い、それを受け取ってその場を後にした。

 

 ──なぜ、報酬とは別に大銀貨を二枚渡されたのだろうか?

 

 結局、最後までそれはわからないままだった。

 

 

 

『畑を荒らす暴れ牛を討伐してほしい』  報酬、銀貨五枚

 

「暴れ牛。そうお聞きしておりましたが?」

 

 そう言うメリーナの前には完全に降伏の体勢になった暴れ牛がいた。

 

 メリーナは何もしていない。来て、目が合い、勝手に降伏の姿勢を取られただけである。

 

「こ、こんなに大人しくなるとは思いもしなかった……!」

「何もしていませんが……」

「あんたすげえな! 祈りだけで暴れ牛を静めるなんて!」

「わたくしは聖マルタではありません。それと繰り返しますが、わたくしは何もしておりません」

 

 メリーナの言葉はあっさり無視された。

 

 ここまで大人しくなると、メリーナとしてもあまり討伐しようとは思わなかった。必要であれば殺すが、大人しい動物を相手にしてただ殺戮を行うのはメリーナの主義ではない。

 

「この牛はどうなさいますか?」

 

 老人に尋ねると、変に騒ぎ立てていた彼も難しそうな顔になった。彼としても、この状態の牛を殺すことには引け目があるようで、どうしようかと腕を組み、うなり声を上げていた。

 

 メリーナもどうするかを考える。

 

 恥ずかしながらメリーナはこれまでの人生で、スケアの力になる、という事しか考えてこなかった。その為、今回のようなときに役に立つだろう雑学などは全くといって良いほど無かった。

 

 こんな時、スケアならばどうするだろう。あの御方は自分などとは違い、なんでも知っている。生前の政務の際には次から次へと指示を出し、税として徴収している作物の量が少ないときなどには、こうすればよい、と瞬く間に問題を解決させていった。

 

 それを考えると、あぁ、やはり我が主は素晴らしい方である。

 

 ──そういえば、主様の故郷では昔、牛を使った農業が行われておりました。

 

 何かを牛に取り付け、後は歩かせて畑を耕していたと記憶している。

 

 それを伝えると、その手があったか、と老人が喜色ばんだ笑みを浮かべた。

 

「だが、その道具はどうすれば……」

 

 

「──話は聞いた。オレに任せな!」

 

 

 背後から何者かに声をかけられた。

 

 思わず身構える。メリーナはスケアほどではないが、ある程度の索敵能力を持っている。それも、主を真似て常に周囲への警戒を怠らないようにしている。その為、誰かが近づいてきたのなら気付かないはずがなかった。

 

 しかし、声の主は声をかけられるまで気付くことが出来なかった。

 間違いなく自分に匹敵する強者だ。


 そんなメリーナの警戒に気付いた様子の見せない老人は、声の主に目をやり、少し驚いた表情をしてみせた。

 

「おおっ、ロウガ殿!」

「よう爺さん。壮健そうだな」

「おうよ! まだまだ現役だっての」

「ハハッ、こりゃしばらくくたばりそうにねえや」

 

 二人は親しそうに会話を弾ませる。

 

 その声を聞き、名前を耳にして、メリーナは警戒心を一気に消沈させた。とても聞き覚えのある名前だった。

 

「差し詰め、隠形して近づいてきたといった具合ですか。おやめくださいといつも申しているでしょう、狼牙様?」

 

 振り返った先には、銀の短髪を粗野に跳ねさせた長身痩躯の美青年がいた。目測百九十前半、青い和服の左肩をはだけさせており、顕わになった左半分の上半身は無駄な贅肉のない凝縮された筋肉の鎧によってある種の人間を感嘆させる。

 

 彼のことはよく知っていた。主の生前の護法の一人であり、メリーナの苦手としている人物。

 灰原狼牙(はいばらろうが)。またの名を、酒呑童子。『大江山の鬼退治』にて、源頼光と頼光四天王の手によって首を落とされたはずの鬼である。

 

「そう邪険にすんなよ。久し振りの再会だってんだからよ」

「邪険にはしておりませんよ。なるべくお近づきになりたくないだけで御座います」

「ククッ、相変わらずだな、狂信者メイド」

「そっくりそのままお返しいたします、腕力バカ近衛隊長様」

「ガハハッ! テメェのその態度、嫌いじゃねぇぜ」

「是非とも嫌ってくださいまし。鳥肌が立ちます」

「いや、嫌いすぎじゃね?」

 

 狼牙が苦笑するように表情を歪め、気を取り直すように空咳をひとつ。

 

「まぁ、先も言ったが話は聞かせてもらった。日の本で牛を使った農業だって話だが、まぁ少なかったな。あいつの故郷での古い伝説にしかあいつも聞かなかったらしいしな」

「そういえば、貴方様も主様と同じ地でのご出身でございましたね」


 言われてメリーナも思いだした。

 酒呑童子は歴史ではなく、御伽草子でしかその名は聞かない。だが、その御伽草子自体日本でのもの。即ち、酒呑童子は主であるスケアとの同郷なのだ。

 

「ふむ。では、何か考えがあると?」

「考えって程じゃあねえな。一応、少ねえってだけで知識が無いわけじゃねえ。だから、オレが作ってやるって話だ」

「可能なのですか?」

「まあな。無理なら無理で後で報告に行ってやらぁ。その時は、野郎の知恵を借りりゃいい」

 

 野郎、と言うのは恐らくスケアのことを言っているのだろう。というより、お互いの共通の知り合いの男と言えば、間違いなくスケアに他ならない。

 今は女性の姿をしているが、元は男だった主だ。メリーナが常に懸想していた顔の主でもある。

 

 彼女は様々な知識を広く持ち得ている。それは彼女と契約していた人物の影響と、彼女のスキルである『深淵の叡智』の影響だろう。

 

 このスキルは様々な知識を持っており、尚且つ特殊な条件をクリアしてようやく手に入るスキルなのだという。

 条件は、『深淵到達』か、『神から直接教えを受ける』か、『神へと至る』か、『世界の理から外れる』かの四つ。

 

 普通に生活していてもこのスキルは手に入れることはなく、条件も達成されることはない特殊な技能(スキル)だ。

 

 そんなスキルの入手条件を、スケアはふたつもクリアしているのだ。

 

「あいつは矢鱈と知識があるからな。何かあれば、頼りゃ解決策のひとつは提示すんだろ」

「主様ですから。どこかの筋肉脳味噌とは大違いですね」

「なにげに毒を吐きやがらぁ。言っとくが、あいつも結構な脳筋だからな!?」


 ──脳筋が何か言っていますが、ちょっと何を言ってるのかわかりませんね。

 

「てめぇ、今心の中で失礼なことを考えなかったか?」

「まさか。自分に都合の良いように物事をお考えになるなんて、まさに主様に取りつく害虫だとしか言えませんよ」

「しまいにゃ怒んぞ!?」

 

 肩を怒らせながら狼牙が吼えるが、メリーナは右から左へと聞き流す。

 とはいえ、確かにメリーナはまだこなすべき仕事が残っており、業腹ながらこの後の仕事は狼牙に任せた方が良さそうでもある。

 

 そう判断した後の行動は早かった。

 

「では、後はお任せします。穀潰し様」

「やべぇ、コイツ隠すことすらしなくなりやがった」

「何を仰ってるんですか、遂にぼけました?」

「うーん、これはまともに取り合う方が負けだわなぁ」

「ロウガ殿、尻にしかれてんなぁ」

「やめてくれ。冗談でも笑えねぇ」

「それでは、後はこの碌でなしにお任せします」

「わかったよ。んじゃ、こいつは依頼達成の証明だ。持ってきな」

「……確かに。では、精々この穀潰しを有効活用してくださいませ」

「ロウガ殿。言い返さなくて良いのか?」

「早く行かねえと、テメエの主が寂しくて死んじまうぞ」

「────っ!!」

 

 なんてことだ。スケアが、寂しくて死んでしまう……?

 そんなこと、あってはならない。全く、狼牙は何を言っているのだ。主をその様に言うとは、不敬もここに極まれり。これは赦されることではない。

 

 それはともかく、主のピンチなら駆けつけないわけにはいかない。まったく、人をその気にさせるのが上手い男だ。腹立たしい。

 

「こうしていてはいけません! 主様ぁぁああああっ!! すぐに参りますぅぅううううっ!!」

「察した。あいつは死んでも変わらんらしい」

「あんたらどういう関係なんだ?」

「あ~……同じ主を頂いた関係、かね?」

 

 一も二もなく全力疾走で冒険者ギルドへ駆けていくメリーナ。その後ろで、呆然とした老人と、呆れ顔の狼牙の遣り取りがあった。

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