魔術師なのだ。それでよければ死合おう
男──ヴェルグは強くなることを求めた。
この世は弱肉強食。強力な魔獣が人々を食らう様を昔からよく見ていた故の結論だった。
力のない人間が魔獣に食われる。それよりも強い人間に魔獣は討伐される。すると、更に強い魔獣に人間は殺される。更に更に……。とそんな光景を見てきたヴェルグには当然の考え方だったのだろう。
強くなくては生きていけない。強くなくては、魔獣に食い殺される。だから強くならないといけないのだ。どんな魔獣にも殺されないぐらいの強い人間になるんだ。
そう思ってからは強くなるための鍛錬を惜しまなかった。
十五で冒険者になってもう二十年にもなる。強さを求め、様々な魔獣と戦い、名を馳せた強者に会いに行き、手合わせしてきた。
そのお陰だろうか。冒険者としてのランクもSになり、最近竜を倒したことにより、『竜殺し』と呼ばれるようにもなっていた。
ずっとパーティを組むこともなく、依頼の都合上組まざるを得なかった場合以外は常に一人でやって来た。驕るわけではないが、自分でもかなり強くなったと思う。
それでも、その生き方は変えなかった。強いと言われる魔獣の討伐依頼が出れば進んで受けるし、強い人物がいると聞けば会いに行き、決闘を申し込んだ。
今回ルーミラにやって来たのは、強い女騎士の噂を聞いてきたためだ。なんでも、異種族の住む西区の門番まがいのようなことをしているらしい。貴族の私兵を相手に剣を使わずに全て撃退したと聞いた。
貴族お抱えの私兵も上級冒険者とまでは言わなくても、中級に劣らない程度の強さはある。それを苦も無く撃退したとなれば、余程の強さであろうと思った。
今時、異種族を守ろうとする人物は酷く珍しい。ヴェルグがそのような人物の存在を聞くのも、十年以上なかった。そんな変わったことをするのなら、確かに強くなくてはいけないだろう。
何かを守るための強さ。それはヴェルグのようなただ壊すための強さに比べるととても難しい。ちょっとやそっと強いだけでは守りたいものも守れない。それが痛いほどわかっているため、それが出来る女騎士を認めていた。
ヴェルグ自身、異種族に対して人々が抱いているような変な印象は抱いていない。自分にとって種族なんていうものは二の次。その人物が強いかどうかでしか見ていないのだ。
その結果、強い人物をこれまで幾人も見てきたため、それらと戦い、その人となりを何度も見てきているからだろう。
その為、種族的特徴があるだけで、後は人間と何ら変わりない存在だという認識でしかなかった。
街に着くまで、ヴェルグの頭の中は伝え聞く女騎士のことばかり考えていた。いかなる武芸、いかなる戦法。強いとだけしか聞かないその女騎士との戦いに思いを馳せ、どのように斬り合うか、どうくればどう対応するかのみを必死に思案していた。
そして街に着き、情報を得るために冒険者ギルドに足を運んだ。
そこで思わず瞠目した。騒がしいのが常である冒険者ギルドがまばらにしか会話が聞こえない。それ以上に多くの冒険者達が意識を手放していたことに驚きしかなかった。
ヴェルグは急ぎ意識のある冒険者に声をかける。
「お前さん、こいつはどういうことだ? 職員に毒でも盛られたか?」
見れば、多くのテーブルの上には中身の残った酒や食べかけの食べ物などが置かれており、暴れた後もないためにそのような結論に至った。
声をかけられた冒険者は一瞬青い顔をしながらヴェルグを見やり、すぐにその人物が誰かを判断して若干落ち着いた様子を見せる。
「あ、あんた……まさか『竜殺し』か……!?」
「おお、そうだ。それで、これはどういった騒ぎだ?」
「やべえ女が来たんだよ!」
「詳しく」
聞いていると、その男はB級冒険者らしく、そんな男ですら敵対してはいけないと思わせるような女が現れたらしい。
酒に酔ってナンパしようとした冒険者を殺気だけで気絶させ、その余波で周囲にいた者達も皆気を失ってしまったという。
「それは強いのか?」
「間違いねえ! 俺はサンダーバードと出くわしたことがあるが、あれが無力な子供かと思っちまったぐらいだぞ!?」
「ほお……!」
サンダーバードというのはAランクに分類される魔獣だ。サンダーバード一匹に街が壊滅したという話もあるほど危険な相手だ。
ヴェルグも戦ったことがあるが、危機一髪といった結果だった。
それが子供にしか思えないとは、それはそれはさぞ強い人物なのだろう。良ければ、一度手合わせを願いたいものだった。
「その女はどこにいる!」
「う、上の階だ! 階段を上ってすぐのとこに入っていくのを見た!」
「ガハハッ、礼を言う。あぁ……楽しみだ!」
男に礼を言って、急いで階段を駆け上っていく。言われた場所はどうやら会議室だ。そこに近づくほどに強大な気配をひしひしと感じた。
間違いない。いる。その部屋に下の惨状を引き起こした張本人がいる。
「ここかぁっ!!」
わざわざドアノブを回すのも煩わしくてドアを蹴破った。止め金がその衝撃で壊れ、ドアが椅子に座っていた人物に向かって飛んでいく。
だが、その女は何をするでもなく、飛来するそれなど見えていないかのように無視し、闖入者である自分にのみ意識を向けていた。そして、飛来したドアをメイド服の獣人が音もなく掴み止めた。獣人は掴み止めたそれを重量を感じていないかのように持ち上げ、壁にそっと立て掛けた。
それを見て表情に出しはしなかったが、思わず驚嘆した。今まで多くの強者を見てきたが、あのメイドはそれらと一線を画する存在であると直感的に悟った。
それだけで思わずにやけそうになる。世界は広い。これ程の存在がいるとは……!
ヴェルグは椅子に座ってこちらを注意深く見据える貴婦人に視線を向ける。
──こいつだ。
すぐにそう察した。漆黒の戦装束に左肩の肩当てに取り付けられた外套。そんな戦装束は動きを阻害しないような作りになっており、それだけでこの女は機動力を軸とした戦闘手段の持ち主なのだろう。
ぴっちりと肌に張り付くような服のためにその魅惑のボディラインが顕わになっている。そこから伝わってくる凝縮された筋肉。無駄に筋肉をつけず、かといって脂肪すらも感じられない、黄金比のような肉体美だった。
そして、その一対の深紅の瞳はこちらの所作を全て把握し、更にはその場に立っていることによって生じる要因から自身の事柄を丸裸にせんとしていた。
その瞳に知らず引き込まれそうになる。魅了の魔術に近いそれだが、本人からは魔術を使った痕跡は感じられなかった。その美貌に目を奪われたわけではないだろう。何かしらの要因で、自分は目の前の女に惹かれているのだ。
不意に椅子に座った女が笑う。
それを見て理解した。コイツは同類だ。自分のように、貪欲に強さを求める者だと。
「おまえらかぁっ!! 下の連中を黙らせた奴らはぁッ!!」
「人違いだ」
──なんだと?
「そうか。それはすまなんだ」
あっさり返された言葉によもや人違いかと頭を下げる。
しかし、これまで培ってきた直感は間違いなくこの女が下手人だと言っていた。
ヴェルグは、そんな自分の直感を信じることにした。
「……ってんなわけあるかぁああっ!! 俺の目は誤魔化されんぞ!!」
「なんだ、暑苦しい。がなるのなら余所でやらんか」
「おおっと、それはすまんな。性分なんだ」
「ならば、仕方あるまい。死んで直せ」
「カッカッカッ、これは手厳しい!」
思ったよりも話しやすい女じゃないか。これならば、決闘の申し出も快く受けてくれるかもしれない。
そう思い、ヴェルグは決闘を申し込んだのだった。
「……ふむ。武者修行、だと?」
詳しく話を聞いてみると、ヴェルグというこの男。小さい頃から強くなることを目的としており、冒険者となってからは強いと言われている人物に挑むのだという。
そして、今回たまたまこの街にいる強いと言われる人物のことを聞くために冒険者ギルドに来たところ、下の惨状を目にしたらしい。話を聞き、強い人物がいるのだと突貫してきたのだそうだ。
「なんとも行動的なことですね」
「全くだな。流石の儂ももう少しは大人しかったわ」
その行動力には呆れ半分好感半分といった気持ちになる。その強さを貪欲に望む姿は生前の自分の姿を彷彿とさせた。
「カッカッカッ! おまえがもう少し大人しかった? わかりやすい冗談だな!」
「吼えるではないか、駄犬。驕りが過ぎるのではないか?」
「許せ許せ。それほどまでにおまえとの決闘が楽しみなのだ。この気持ち、真の戦士たるおまえならわかるだろ?」
「然り。何事か宣えど、儂とお主は戦人。血湧き肉躍る武勇を求めるは必定であろう」
スケアの返答が彼の望むものだったのだろう。実に嬉しそうに口の端を持ち上げた。
「主様」
メリーナが静かに口を開く。横目でそちらを見れば、彼女の丹念に手入れのされた尻尾の先で自身の耳を指した。
それだけで何を言わんとしてるかを察する。一度頷き、よくやったという意思を込めて彼女の腕を軽く小突いた。
「ふむ、そうだな……。良い報せと悪い報せがある。どちらから聞きたい?」
「なんだ藪から棒に。そうだな……では、良い報せから」
よかろう、とスケアは指定された側の答えを紡ぐ。
「此奴を含め、儂らは確かにお主の対峙した中で特筆した強者であることだろう」
「おぉっ!」
ヴェルグは喜色ばんだ声を漏らす。
それは確かにヴェルグにとっては良い報せだろう。彼は強者を求めてここまで来たという。強くなることだけを掲げて日々を過ごしている。
その言葉は正に待ち望んでいた言葉なのだ。
「では、悪い報せとはなんだ?」
「うむ。此奴は違い、儂の話になるが……生憎と儂は魔術師だ。前衛ではなく、後衛で仲間の援護、大魔術等での絨毯爆撃を行うことを常としている身なのだ」
「……それは何の冗談だ?」
「事実だ。証明として、儂は今尚途中である冒険者登録の申請用紙にそう記入してある」
スケアの思わぬ言葉にヴェルグは硬直した。信じられないという気持ちが顔に出ている。何をもって自分を戦士だと認識していたが為に、彼の心情が透けて見えるようだった。
「それでもよいというのならば、儂は相手をしても構わん」
上記にある通り、何を言っても結局は戦を望む。スケア自身の流儀も『実戦あるのみ』。確かに修業も大切だ。しかし、それだけではいけない。
言ってしまえば、修行とは同じ事の反復練習である。それではその動きを体に覚えさせるだけに留まってしまう。
それを実戦で活かせなければ意味は無いのだ。その為、スケアもこれまでに実戦を繰り返して経験と技術を蓄えていったのだ。
ヴェルグは腕を組んで難しい顔をしている。
彼はスケアの戦装束越しに浮き出ている筋肉を見て戦士だと認識していたのは想像に難くない。もちろんそれだけではないかもしれない。
しかし、この世界の魔術師は以前も述べたように戦闘中も後方で援護するだけ。即ち、自分で派手な動きをしようとしない。下手をすれば戦闘が始まってから一度も動かずに終えることもあるぐらいだ。しかも、腹立たしいことにそれがこの世界の当然であり、魔術師達も前衛を請け負う者も、思うところはあっても疑問に思うことはない。
そんな魔術師が、筋肉を必要とするはずもない。だがスケアは魔術師であると公言し、従者であろう獣人も訂正する様子はない。
そうなると残る選択肢として、主従が嘘をついているか、真実を口にしているかである。
だとして、スケアがヴェルグに対して嘘をつく理由は何だというのか。嘘をついたとして、それがスケアに対してどんなメリットがあるのか。
そんなことを考えているのが表情からありありと見て取れる。
──この男、見た目の割には考えるのだな……。
そんな失礼なことを内心思った。
「儂はどちらでもよいぞ。──そこな男。お主はどうしてほしい?」
スケアは視線をヴェルグから外して蹴破られたドアに視線をやる。その視線をヴェルグも目で追う。
「……なんで俺に聞くんだ」
そこから筋骨隆々の禿頭の男が現れた。男は苦々しげに頭を掻くと、老いたかな、と呟いた。
彼等は知らないことのために仕方がないが、気配探知(EX)持ちから気付かれずにいるなどほぼほぼ不可能だ。それが可能だとすれば、周囲へ注意を向けていない人物か、気配遮断をEXで取得するしかない。後者の場合、それで見つかる可能性は半々になる。後は、当事者の力量次第である。
EX持ち二人から気付かれないようにするとか何その無理ゲー。
「ギルマス!」
「ほう、お主がギルドマスターか。儂の冒険者登録を急ぎ受理して貰いたいものだな」
「今急いでやらせてる。それより、なんで俺にそんなこと聞くんだよ」
「決まっているでしょう。貴方がギルドマスターという責任のある立場にある方なら、冒険者の力量をある程度は認知しておきたいでしょう? それで危険人物か否かの判断を下したい。だったら、今回の主様とSランク冒険者であるというヴェルグさんの死合は願ってもない事であるはず。主様はそう仰りたいのです」
「後で毛繕いをしてやろう」
「ありがたき幸せでございますぅ!」
メリーナの言葉に、ギルドマスターは降参だと言いたげに手を上げた。正にその通りなのだ。
この街の冒険者ギルドは本部ではないため、本部にどのような人物かを報告しておかなければならない。ただでさえ、軽く問題を起こした新人なのだ。その問題もとても新人と言えるような事柄でもない。内容によっては、ランクを上げてスケア達を権力の力で縛る必要が出て来るかもしれない。
その為にも、ある程度強さを見ておきたいというのも仕方のないことだろう。
「おい、ギルマス! さっきのスケア殿の言葉は……」
「魔術師だどうだって話か? 事実だ。少なくとも、申請用紙にはそう記入されてある」
そう言って、チラリとこちらを横目で睨んでくる。
支部とは言え、流石は冒険者という荒くれ者達を率いる存在と言うだけあり、スケアの言の問題に気付いているようだ。
申請用紙に書かれてあるのは所詮自己申告でしかなく、彼らにそれを確認する手段はないのだ。だからこそ、ギルドマスターは「少なくとも」と言ったのだ。
まぁ、スケアは近距離、中距離、遠距離の全てに対応するオールラウンダータイプ。残念なことに、この世界の常識の枠に収まらないだけで、確かに魔術師に違いなかった。
「だがまぁ、ヴェルグが悩むのもわかるぜ。お前が今まで挑んでんのは全員前衛の連中だからな。それでも問題は無いだろうさ。なにせ……」
ギルドマスターの鋭い眼光がスケアを貫く。
「テメェ、前衛も出来んだろ。信じられねえことにな」
「無論だ。その程度のこと、出来ずして戦場で生き残ることなど夢物語でしかないわ」
「なら問題ない。ヴェルグ。後はお前さん次第だ」
「よし、やる」
「即決か。お前らしいな」
ギルドマスターはヴェルグの応答に肩を竦めて笑った。
どうやら、この二人は意外に付き合いが長いようだ。
ギルドマスターは踵を返し、
「ついてきな。暴れられる場所に連れてってやる」
「うぉおおっ!! 楽しみだぁっ!」
「せめて五分は保てよ。そうでなければ退屈で仕方ない」
「カッカッカッ! その大口、二度と叩けんようにしてやる!」
「不敬な。主様、わたくしが始末をつけましょう」
「これは戦士の一騎討ち。例え貴様だろうと、戦士の矜持を踏み躙ることは許さん」
「御意」
「案外まともなんだな」
「どういう意味だ」
「なんでもねえよ」
意外に賑やかな面々が、ギルドの裏手にある修練場へと向かっていくのだった。