ヒーロー
ああ、もう、疲れた。
さっき突然体から知らない魔法が出てきて、敵が皆吹っ飛んで······、それから、なんだっけ。必死で魔法使ってただけで、イマイチ覚えてない。
あ、あの人達すごく怒ってる。凄い怒鳴りながら走って来てるよ······。
麻痺魔法、あ、ダメだ。間に合わない。
私の人生、これで終わりかぁ······。
むなしいなー。こんなとこで、見せ物になって死んじゃうなんて。
······あれ?
何この······、赤い、魔力?
「お前ら······、いい加減にしろおおおおぉぉぉっ!」
うわ、斧弾いたよ。誰あれっ?
「な、何だお前はぁ······、ぐあぁっ!?」
次の瞬間、彼は斧の持ち主を切り裂いた。
え、ちょっと待って、はや、速くない?
「おい! 大丈夫か!?」
「······えっ」
私を··· 助けに来てくれた?
「歩けるか?」
「あ、うん、何とか」
「よし、早く逃げ······」
「あっ!? 後ろに!」
咄嗟に剣を受け止めた。しゃがんだ体制だから辛そうだ。それでも、
「っ······ ぅらあ!」
今度は剣ごと砕いた。そして、また切り裂く。速くて何が起こってるのか、理解が追いつかない。
「おい······、なんだよあいつ?」
「あのガキの仲間か?」
「いや、あの剣はまさか」
観客がどよめいてる。そりゃそうだよ。私だって混乱してるもん。
軍の人かな? でも一人だし、赤眼じゃないな。武器もなんか変わった形の······、剣、だよね?
「くそ······! 悪魔の手先がぁ!!」
今度はたくさんの魔力弾が、三人の兵士から放たれる。そうだ、あの人達の魔法が強力で、他の赤眼は皆やられたんだ。流石にまずいんじゃ。
「ちぃ、このくらいっ······」
視界を赤い光が覆った。魔力障壁まで使えるの、この人? でも押されてる。やっぱ三対一は無理だよ。
「よし、いいぞー!」
「破滅の剣だ! そのまま砕いちまえぇ!」
どうしよう。何か私に出来ることは? 魔法とか。
「っ! クソっ、もう破られかけてっ!?」
そうだ。あの人が守ってくれてる間に魔法を、麻痺魔法を!
「っぐ······!」
全身から魔力をかき集めて。相手は三人。人差し指、中指、薬指、それぞれに意識を集中ーー
「······うぉぉぁあ!!」
よし、撃てーーって、え?
目の前の壁は消えて、その人は敵の目の前に立っていた。そして彼はその巨大な斧を、軽々とひと振りした。魔法使い達が悲鳴を上げながら倒れる。
「ッハァ、ハァ······、今のは······」
「······すごい」
思わず声に出た。観客も騒ぎ出す。
「あ······、あれが、破滅の剣」
「化け物だ······。まさかこんな···」
「お、おい、どうするんだよ!? 俺達ろくな装備してないぞ!?」
人々の反応をよそに、彼は私の方に駆け寄ってくる。
「おい、歩けそうか? ······無理か」
あ、腰抜けてる。安心したからかな······。
「······仕方ない。とにかくここを離れよう。捕まってろ」
「えっ、ちょっと、まっ」
言い終わる前に、抱きかかえられてしまった。
「おい、あの剣また姿が変わったぞ!」
「魔力も変わった! 緑の魔力?」
「なんだあれ、翼、いや、······なんだあれ!?」
「俺たちを睨んでるぞ! こっちに来······」
急に景色が変わった。さっきまで私を見下ろしていた人々が、ずっとずっと下に見えた。強い風。遠ざかる喧騒。何これ。
私······、空、飛んでる?
何この高さ。思わず目を背け、彼の首に腕を回す。
「怪我はない?」
「え、あ、は、はいっ」
声が上ずる。いきなり聞かないでよ。いや、大事なことだけどさ。
もうわけがわからない。色々急過ぎる。気になることは山ほどあるけど、とりあえず一番は······。
「あなたは、誰なの?」
恐る恐る尋ねてみる。
「俺? 俺はディニー。パーケシィ・ディニーだ」
「ディニー······」
黒い髪と瞳。まっすぐな瞳だ。
一体この人はなんなんだろう。やっぱり私を助けに来たってことなのかな。不思議な剣を使って、あんな強い魔法も使って、しまいには空も飛んでーー
ーーヒーロー。ほんとに、子供のおとぎ話に出てくるヒーローみたいだ。