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虚構神話アダマント  作者: 揚げ漢和辞典
第一章 入隊
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創造主

 ディニーは魔動力車の中で拘束されながら、昨晩自らを売った女の顔と、今までで最も親密な関係であったトルアの顔を交互に思い出していた。


 初めて村のベッドで目覚めた時に見た、優しそうで美しい笑顔。

 最後にあの家で見た、自分のため全てを捨てようとした、愚かしい女の笑み。


 昼になって冷静さを少し取り戻したディニーは、あれらは同じ人間だったのだという実感を改めて得た。


 あの時、日常の安心が一瞬にして崩れ去った。冷静になって尚、ディニーはずっと引きずっていた。人が豹変する悲しみを。突き放される孤独感を。

 ーー期待を裏切られる、絶望を。


「起きたか」


 そもそもディニーは眠ってなどいなかった。鎧の男は半日に渡ってハンドルを動かし続けていたが、ようやくその手を止めた。


「足枷と目隠しを解いてやる。歩け」


 車の外はトンネルらしかった。駐車の為に作られたと思しきスペースから、細く薄暗い通路に繋がっていた。


 しばらく足音だけが響いた。鎧もディニーも、互いに口を聞かなかった。


 何故自分を狙ったのか。何故味方らしかったトルアをわざわざ殺したのか。そして、まさかこの男はあの剣について何か知っているのか······。ディニーにとって疑問は尽きなかったが、下手な言動は命取りだと感じ、ただ歩き続けた。


 しばらくして、ようやく鎧の男が喋り出した。


「······ディニー、といったな?」


「え? ······あ、ああ」


 突然の質問に、ディニーはすぐ反応できなかった。


「ディニー、お前は何処から来た?」


「何処から······? ソルスワだよ。お前が連れてきたんだろう」


「その前に、何処にいたかと聞いている」


「前って···」


 はじめ、ディニーには何のことか分からなかった。だがソルスワの前、という言葉に思い当たることは何か考えた時、はっと一つの光景を思い出した。


「······氷の世界だ」


「何?」


「一面が凍りついていて······、建物も大地も、皆雪に覆われている世界だ」


「ユキだと? 貴様······」


 そこまで言って、鎧は言葉を飲み込む。ディニーはその後に「とぼけるな」などと続いたのだろうかと想像した。


 鎧の男は急に足を止めた。またしても突然のことに、ディニーが止まるのは一瞬遅れた。


「······まさか、上層から来たというのか」


 上層。ディニーには理解できない。


「ほう······、成程なぁ、上に生き残りがいたとは······、だが確かにそれなら納得もいく······」


 独り言。どうもその男は、ディニーの生まれ故郷について何か知っているらしい。


「なんだ、あんたは何を知ってるっていうんだ······。そもそもあんたは何者なんだ?」


 警戒しつつも、堪えきれずに聞いた。


「何者······、か。そういえば自己紹介が遅れたな」


 歩を止めたといっても、その体は相変わらず前を向いていた。鎧の男はそれをゆっくりとディニーの方へ向ける。


「私の名はラフィカル」


 それだけなら何らおかしいことは無い、ただの名乗りであった。


「ーーこの世界の創造主だ」



 ーーラフィカル様の類まれなる力を天上人(てんじょうびと)は恐れ、故に迫害を始めました。元の世界に失望したラフィカル様は、新たに世界を生み出しそこに住まうことを決意したのです。

 ラフィカル様はまず魔力を生み出し、そして魔力を使い大地を作りました。そして天上から、人と共に生きる生物を選び連れてきたのです。

 最後に生み出されたのが、我々人間です。ラフィカル様はいつか(きた)る天上人の侵略に備え、我々にもその魔力の一部を分け与えて下さいました。

 そして今、天の悪魔の使いである赤眼が、この世界に現れつつあります。我々は悪魔を打倒し、そしていつか現れる破滅の剣、アダマントソードを止めなくてはならないのです。ラフィカル様から授かった、この世界を守る為にーー


 ーー二ページ程読み、飽きた。ディニーはその分厚い本を閉じ、音と埃を立てて机に放った。


「くっだらねえ······」


 今のところ、ディニーにとってラフィカルは正に変人。彼に対する恐怖は今やすっかり消え、しかしそれとは別の嫌悪感が溢れていた。


「ありえないだろ流石に!? これあいつが書かせたのか? んで信者はこれを読んでその通りに······」


 その瞬間、部屋の鍵が開く音がした。ディニーは咄嗟に独り言を止めた。


「やあ、どうだ調子は」


 これ以上なかった位、朗らかな声。


 そこは客用の寝室であった。扉には鍵がかけられ、窓はなく、いわば豪華な独房だ。


「気味が悪い。こんなところに連れてきて、下らない本を読ませて······、何がしたいんだあんたは!」


 拘束されていた時なら、こんな剣幕で怒鳴ることはありえなかっただろう。

 ディニーがラフィカル相手に感情を出せたのは、まず命は取られないだろうという確信があったからだ。例の剣ーーラフィカルの本によれば、おそらく破滅の剣ーーすらも、手元に返されていた。これはつまり。


「あんた、俺を舐めてるんだろう?」


「何?」


「確かに俺は剣術については素人だ。けどな、この剣はアダマントソードってやつなんだろ? うまく使えば逃げることも不可能じゃない」


「······お前はその剣のことを理解しているのか? あの夜も、出鱈目に振り回す事しかできなかっただろう」


 全くの正論である。


「いや、失礼。君が幾ら強かろうと弱かろうと、別に関係はないんだ」


「だったら······」


「君とは友人になれそうだと思ってね」


 何を言われたのか、ディニーにはわからなかった。一歩下がり、言葉にならない声を上げる。


「友人になりたい相手を拘束して、持ち物を奪うわけにはいかないだろう」


 平然と続けられる。ディニーにとっては、その言葉は隠喩などではないと、暗に訴えているように映った。


「······ふむ、唐突過ぎたか? ならそうだな······」


 しばらく腕を組んで考えた後、よし、と呟いて扉の方を向いた。


「付いてこい。見せたいものがある」


 ラフィカルは返事も待たずに部屋を出ていった。ディニーは困惑しながらも、ただ一つだけ確信を持った。


 ーーやはりこいつは変人だ。

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