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虚構神話アダマント  作者: 揚げ漢和辞典
第一章 入隊
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醜悪

 雲行きが怪しい。見上げた空は灰色がかっており、なんとなくディニーを不安にさせた。


「ただいま」


 それでもいつものように扉を開ける。いつもと違うのは、家の中から返事が返ってこないことだった。


「トルアさーん?」


「あ、おかえりなさい」


 ディニーはリビングへ向かった。その声にようやく気がつくと、トルアは慌てて顔を上げた。


「何かあった?」


「いや······、薪を拾いに行ったら、ちょっと疲れちゃって」


「そうかぁ。頼まれれば俺が行ったのに」


「へーきよ、この位。それより夕飯の用意しないと」


「手伝うよ。野菜切るくらいなら、俺でもできる」


「いや、いいよ。大丈夫だから」


 そう言ってトルアは台所へ行ってしまった。やはりディニーの目には、彼女が疲れているように映った。

 やっぱりトルアさんには無理をさせてしまっている、早く生活を手伝えるようにならなければ。そんなことを考えながら、ディニーは自室へ向かった。



 一通りのことが終わったら、夕飯を食べ、眠りにつく。ディニーにはそれが当たり前のこととなっていた。


 その夜は当たり前のことができなかった。一切眠気が感じられない。ディニーは目を瞑りながら、自らが寝付くのを待った。


 何かが気になる。トルアさんの足音が、いつもと違う。いや、そもそもトルアさんはこんな遅くまで起きていない。

 考えれば考える程、違和感は強くなっていく。そして部屋の扉を開ける音が、違和感を恐怖に変えた。


 心臓が飛び出そうになった。何故。何故母親代わりの人に恐怖しているのか、ディニー本人にはわからなかった。


 声を出そうとしたが、出す勇気が無かった。こんな遅くに何をしてるの。それを聞いてしまうのは、自分が彼女に恐怖しているのを、認めてしまうことだと思ったからだ。


 そんな葛藤をよそに足音は迫ってくる。一歩。できるだけ音を立てないようにしている。また一歩。近づいてくる。一歩。


 真後ろ。


 耐えられなかった。ディニーはその恐怖を認めようとした。口を開いた瞬間ーー


 ーートルアの腕がディニーを押さえ込んだ。


 ディニーは必死で抵抗した。トルアにはディニーが突然目を覚ましたように見え、不意を突かれた。


 トルアを跳ね除けたディニーは、まず質問を投げる。


「何するんです!? なんでこんな!?」


「っ······」


 そこにトルアの姿は無かった。暗く見えにくいが、その表情は相手に対する敵意と必死さからのみ出来ていた。ディニーが知る女性の顔とは程遠い。


「仕方ないでしょう!? ······こうしないと! 私が殺されるのよ!!」


「殺され···? どういう」


「私は悪くない! 仕方のない······、どうしようもないことなのよ!!」


 叫び終えると同時に、部屋が急に明るくなる。トルアの指先には魔力が集まっており、橙色に光っていた。


「な!?」


 ディニーは咄嗟に身を守ろうとしたが、魔法の前には無力であった。光が消える頃には、ディニーの身体は麻痺して一切動かせなくなっていた。


 無抵抗のまま、玄関まで運ばれた。トルアはディニーと、そして棚にしまわれていた剣を、黒い鎧に差し出した。


「ご苦労だったな」


「これで······、私は助かるんですね?」


 ディニーはその顔の醜く歪んでいるのを見た。鎧の男に対する強い恐怖の表れた目と、媚びへつらおうとして異常に口角の上がった口を。


 違う。これは、こんなのはトルアさんじゃない。ディニーは必死でその現実から目を逸らそうとした。だが身体は動かず、現実は容赦なくディニーを打ちのめす。


「······愚かだな」


「え?」


「息子か弟か、そんな存在を裏切ってまで自らの命を守りたいのか」


「ラフィカル様? 何を······」


 言い終わるのを待たず、鎧の男はその醜悪な女を殴り飛ばした。女は家の奥に吹き飛び、壁に衝突する。


「かはっ······!」


「命じておいてなんだが······、私はね、お前のような人間が最も嫌いなんだ」


 男の腕の周りに魔力が集まり始めた。それは紫色らしく、暗闇の中あまり目立たない。

 女は腹を抑えながら、必死で顔を上げて懇願した。


「いや······! やめて下さい! あなたに従います、何でもやります!! 助けて下さい! 助けて!」


 ディニーは身体の痺れが取れかけていることに気づいた。今この男に飛びつけば、トルアさんを助けられるかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎった。



 ーー助けるなよ。こんなクズ。



 家と女は潰れた。


 ようやく立ち上がったディニーは、袖を手袋代わりに剣を掴み、逃げ出した。人が死んだことへの感情は無く、ただ目の前の脅威から逃げ出したい一心で、走った。


「チ······、手間が増えたな。悪い癖だ」


 再び腕に紫が集う。


「やめろぉぉぉぉ!」


 ディニーには聞き覚えのある声だった。振り返ると、セリウスが鎧を蹴り飛ばす光景。


「ディニー! 大丈夫!?」


 セリウスは急ぎディニーの元へ駆け寄った。しかし、混乱に陥った彼の返答は、セリウスの予想とは違っていた。


「······ディニー?」


 恐怖の表情で、彼はやっと言葉を振り絞る。


「······お前は、お前も、グルなのか?」


「は?」


 ディニーには全ての人間が同じように映っていた。セリウスも。鎧の男も。騒ぎを聞いて集まってきた野次馬も。

 全てトルアに見えていた。


 セリウスは混乱しているディニーに対し、とりあえず状況を説明しようとした。ディニーとトルアの叫び声と、もみ合う音が聞こえたこと。ただ事ではないと思い駆けつけると、鎧の男がディニーに魔法を打とうとしていたこと。


 鎧はそんな猶予を与えなかった。


「貴様ぁ!」


 魔力による弾が放たれる。セリウスは咄嗟にディニーを庇いながら伏せるが、かわし切れずに吹き飛ばされた。手前に剣が落ちる。


「身体強化如きでこの私に歯向かおうなど···!」


「まずい! ディニー、逃げ······」


 未だディニーはパニックに陥っていた。故に、その剣を握ることの危険性など鑑みることができない。彼はただ、何かしらの武器を手にして目の前の脅威に一矢報いようと考えていた。

 その為に、落ちた剣を掴んだのだった。

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