前々夜
「トルアさん、ただいまー」
ディニーはいつも通り、家のドアを開け帰宅した。いつもと違うのは、その後ろに同級生を連れていることだ。
「おかえりなさい······、あら? お友達?」
「あ、セリウスといいます。ディニー君の同級生です」
「あらそうなの! ディニー全然友達とか連れてこないから不安だったのよー。あ、どーぞ入って」
「はい、お邪魔します」
二人は奥の部屋に向かう。トルアは飲み物を出しに台所へ歩いた。
「随分若くて綺麗な人だね」
「実の母親じゃないからなぁ。俺の十歳上。どっちかっていうと姉さんって感じだ」
「そっか······、ディニーもディニーで昔は辛い思いしてたんだよね」
「······まあ、な」
元の家族と別れたことは、ディニーにとってあまり悲しくはなかった。ただでさえ過酷な吹雪の中の放浪。そしてあの兄······。
「で、例の剣はどこ?」
「俺の部屋にしまってある。一緒にここに流れ着いたものだから、俺が持っておいた方が良いって言われて」
言いながら部屋の奥の棚を開ける。ポケットからハンカチを取り出し、それで剣の柄を握る。
「これが···」
剣と言い切るにはやや異様な姿をしていた。柄にはまず平面状の水晶のようなもの。そこから二本の刃が、枝分かれするように伸びていた。刃と言っても、よく見ると物を切れそうな形ではなく、代わりに溝が出来ている。
「確かにこれは説明しにくい······。触ってもいい?」
「あ、直接は危ない」
「え?」
「昔この剣を触った人は何人かいたらしいんだけど、皆苦しんで気を失ったんだって」
「······そんな危ないものなの?」
「布越しなら大丈夫。ちょっと待って」
剣を置き、ハンカチを渡す。セリウスは恐る恐る剣を掴んだ。
「······軽い」
「そうだろ? 硬いんだけど、妙に軽いんだ」
「うん、紙みたいな軽さだ」
それだけ言い、剣を置く。
「もういいのか?」
「うん······、あんな話されたら怖いよ」
「死にゃしないよ。試してみる?」
剣の柄をセリウスに、突くように近づける。
「わ、待っ、やめてよー」
「冗談だよ。怖がりだなー」
「ディニーだって人の事言えないだろ? 面白かったなぁ、前の魔導器の実習···」
「う······、その話はもう勘弁してくれよ!」
そんな話にノックの音が割り込んだ。トルアが麦茶入りのグラスを乗せた盆を持って部屋に入る。
「魔導器がどうしたのー?」
「いやそれがですね、先月調理用の魔導器を使う授業で···」
「トルアさん聞かないでよ! セリウスも喋るなって!」
◆
一時間程ボードゲームをしていた。外を見るとすっかり暗くなっており、カラスさえも大人しく屋根に止まっていた。
「そろそろ帰らないとかな」
「そっか。帰り道気をつけてな」
「うん。じゃあまた来週」
「おう」
セリウスが帰り、ディニーはボードゲームを片付けた後、夕飯に呼ばれた。
「セリウス君とは仲良いの?」
赤い瞳がディニーの顔を覗き込む。
「ん、うん」
「ほんと安心したわ。ディニー友達いないんだもの」
「なんだよ······、トルアさんだって独身じゃないか」
「失礼ねー!? 女手一つであなたを食べさせてあげてるんだから、感謝しなさいよぉ」
「はいはい。まあでも、卒業したら畑手伝えるし、今より楽になるよ」
「魔法全然使えないんだもんね。畑しかできないや」
「トルアさんまで······」
苦笑いしかできなかった。気を紛らわす為に、ディニーはやや急ぎ目にスープを啜った。
◆
寝付くのがいつもより遅くなった。友人を家に入れるといる非日常に心が踊っていた。
ーーセリウスはオセロ強かったな。まるで勝てやしなかった。でもチェスならまだ勝てるかもな。
トルアさんもいつもより元気だったなぁ······
ソルスワに流れ着いたのは······ 本当に、幸運だ······
ーーと、薄暗い布団の中で、暖かな記憶を浮かべる。
頭が眠りにつき始め、だんだんと意識が朦朧としていく。夢が始まる直前、ふといつも感じている疑問を思い出した。
ーーあの剣は一体何なんだろうかーー
◆
「······見つからんな」
黒い鎧の独り言だった。この数ヶ月、各地で演説を活発に行っていたのは、ただ信徒を増やす為だけではない。
「反応がある以上、この地上にあるのは間違いない。やはりツバキが持っていると考えるべきか······」
鎧に継ぎ目は無く、関節すら全面装甲で守られていた。しかしそれは何ら支障なく動いている。鎧が皮膚そのものであるかのように、滑らかに。
「ツバキがまだ戦力として運用していないとなると、魔力囊を持たない者無しでこの世界に······ いや、それはない。かなりの田舎に流れたか?」
鎧は焦りを感じており、故に即座に行動を起こした。教祖ラフィカルはツバキの村を虱潰しに調べることにした。非戦闘地域の中では最北端にある、ソルスワ村から。