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虚構神話アダマント  作者: 揚げ漢和辞典
第一章 入隊
2/33

きっかけ

「俺達が魔法を使えるのは、小脳と喉の魔力嚢に魔力を蓄えてるからだってのは知ってるよな?」


 ディニーは考えていた。この村に来てからもう五年か。今頃両親は、兄はどうしているのだろうかーー


「お前ら『のう』って漢字で書けるか?魔力嚢の嚢。無理だよなぁ、テストん時まで覚えとけよー」


 そもそもあの世界に自分は本当にいたのだろうか。あの雪の世界は、トルアさんに拾われる前に見た夢だったのではないか。


「で、この魔力を手先やらなんやらに送って魔法を発動するんだが······」


 ここの人達は雪なんて知らない。氷の粒が降ってくるなんて話を信じてはもらえない。それに、夜になると空に見えたち「ディニー!」


 はっと目を覚ました。顔を上げると、先生のからかうような笑いがあった。


「ボーッとしてんじゃねえぞ?今俺かなり大事な話してるからな」


「あ、その······」


 返事が浮かばない。なんと返せば良いのだろう。ずっとこっちを見ている先生に対し、出てくるのは返事ではなく冷や汗だけだった。


「お前が魔法使えないのってさぁ、魔力囊もそうだけど頭も空っぽなんじゃね?」


「ちょ······、そんなことありませんよ」


 教室内で微かに笑い声が響いた。赤面するディニーをよそに、授業は先程と同じように続けられた。



 授業が終わり、生徒達はそれぞれの放課後を過ごし始めた。ディニーはその日黒板を掃除する当番で、一人教室に残っていた。


 黒板の汚れを大体落とし、後ろを振り返った瞬間、見覚えのある少年が教室に入ってきた。ディニーはセリウスという名前以外、彼のことを思い出せない。


 彼はディニーの後ろの席に向かい、机の中を探り始めた。しかし探し物は見つからなかったらしく、次にディニーの元に駆け寄る。


「ねえ、ペンダント見なかった? 写真が入るやつ、銀色の」


 かなり焦っている様子だった。相当大事な物を失くしたらしい。


「ペンダント···? あ、それなら確か、教卓の上に」


 落し物はとりあえず教卓の上に置かれることが多い。セリウスは教卓に飛びつき、すぐに落ち着きを取り戻した。


「これだ! ありがとう、助かった」


「そんなに大事な物だったの? かなり慌ててたみたいだけど」


「うん、家族写真が入ってて」


「家族···」


「とにかくありがとう。それじゃ」


 セリウスは返事を待たずに教室を出て行った。ディニーも荷物をまとめて帰る準備を始めた。引っ込み思案で友人のいないディニーだったが、この些細なきっかけからセリウスと少し話せるようになった。


 最初は授業の合間の談笑。二ヶ月もすると、帰り道を共にし、互いの話をするようになった。



「じゃ、ディニーはここの生まれじゃないんだ?」


 ある夕方。住宅街のレンガの中、ディニーは自分の身の上を話していた。


「うん。元々どこに住んでたのかも、よく分からなくて······」


「何も覚えてないの?」


「多少覚えてはいるんだけど、そこのことを知ってる人いないんだよ。知らない? 一面真っ白に凍ってて、氷の粒が雨みたいに降ってくるんだ」


「氷が···? 降ってくる? まさか」


「まあ信じてくれないよな······。皆そうだ」


 歩き続け、三叉路に差し掛かる。二人はいつも話に飽きるまでここで止まるのだった。


「セリウスはこの村の生まれ? ここ、赤眼の村だけど」


「正真正銘、ソルスワ村の生まれだよ。両親とも赤眼。でも僕は親の魔力が遺伝しなかったみたいで」


 赤眼の魔力は強力で、特別な能力がある。青い眼を持つセリウスの魔法成績が低いのも、ディニーと意気投合した理由のひとつだった。


「これ。この写真、家族で撮ったやつなんだ」


 と、ペンダントを取り出しながら言った。そこには幼いセリウスとその両親らしき人物、そしてもう一人少女が写っていた。


「これは、妹か?」


「うん。ソナっていうんだ」


 気づくと既に辺りは暗かった。カラスの声が響く。セリウスはカラスが鳴き止むのを待つように少し黙ったのち、こう付け加えた。


「この写真を撮った少しあとにね、ラフィカル教に連れていかれた」


「え···」


 突然告げられた事実に、ディニーは何も返せなかった。先よりも長くカラスが鳴き、慌てて会話を繋げる。


「ご、ごめん。嫌なこと聞いて」


「ううん」


 静かにペンダントをしまう。


「瞳が赤いってだけで悪魔の手先だとか言われて、差別される······ 僕は何もできなかった」


 ディニーは黙って聞いていた。セリウスの静かながら力のこもった語りを。


「もうすぐ僕らは卒業だろ? そしたらさ、反乱軍に入ろうと思うんだ」


「『ツバキ』に?」


「うん。もしかしたらまだソナが生きてるかもしれない。軍に入って、ソナを探したいんだ」


 大人しいセリウスがそんなことを考えていたとは。ディニーはその意外な将来設計に対し、やはり返す言葉が浮かばなかった。


 沈黙に耐えかね、唐突にセリウスは言った。


「そうだ! ディニーと一緒に村に来たって剣さ、どんなやつなの?」


「え、ど、どうしたんだ急に」


「気になるじゃないか。それに触って、気がついたらこの村にいたんでしょ」


「まあ······、正直俺の夢だったんじゃないかって思うけど」


「まあそうだよねぇ」


「······ええー」


 苦笑いしながらも、ディニーはなんとかその剣について説明しようとした。


「結構大きくて······、変わった形してるんだ。片刃の剣が二つくっついてる感じで、真ん中が空いてるんだよ。で、刃の根元は水晶みたいに半透明なんだ」


「へぇ」


「あ、でも水晶って言っても丸みはなくて、ひし形に刃がくっついてる感じ」


「ひし形にくっついてる?」


「え、えーと、水晶の部分はひし形の板みたいで、あと刃も変わった形してるんだ。普通ものを切るところが、引き戸みたいな溝になってて······」


「······イマイチわからないなぁ」


「だよな···」


 それからもディニーは説明を続けた。しかし残念ながらセリウスには伝わらなかった。


「あー······、じゃあさ、今からディニーの家に遊びに行ってもいい?」


「え? い、今から?」


「実物見た方が早いと思って。駄目だった?」


「いや、とんでもない!」


 嬉しかった。物心ついてすぐ世界が氷に包まれ、流れ着いたこの村でも独りだった。彼にとって、友人を家に招き入れるという体験は、それだけで夢のようなことなのだ。


 有頂天となった本心を抑えながら、ディニーはセリウスと共に三叉路を左に行った。

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