90
水の都の成れの果て。ラズリーからほど近い岩場。どの帝国からも。南極点を通って向かえる場所。第四帝国は魔界で考えているようだ。岩は闇の影響を受け。冷たく月明かりを反射する。地は気に気圧されて。その冷気を静かに受け止める。モナはナフトを収納し。即座に現場に向かった。風を。大気を。時間さえも引き裂くように。思えば、すでに二四時間は行動中であった。
「ナフトちゃん、これって……」
「ああ、視えなくたって分かる。これは今までにないクラスの魔術的特異点だ。モナ、ジークムントエフェクトの用意を。いつでも展開できるように!」
「よっしゃ、了~解ぃ~!」
刹那、人間でも感じられるような邪気・殺気。二人は肌で感じ取った。その凄さを実感したのは、海底にいるはずのネフィリムの構成員もだった。映像を通してでも見たもの全員が、生理的に嫌悪感を感じるほどに凶々しい。人間の死体を、それもぐちゃぐちゃになった轢死体を見る以上の、悪寒、鳥肌、吐き気。それを近くで感じる二人の精神力は尋常ではない。周囲の岩場には隠れられる場所が複数。
「隠れるでしょ、ナフトちゃん。これって今までで三番目くらいにやっばいよぉ~」
慌てた風に手を振るってモナが言う。
「いや、一三番目くらいだろう。それに、このクラスなら、隠れてもここに突っ立ってても同じ。まずは、相手のお手並みでも拝見しようか」
ナフトが言う、胸を隠すように腕を組んで。
「お手並みはさっき見たじゃぁ〜ん。やばいよぉ〜」
「もっと知りたくない? 秘密を隠しているやつの考えって」
ナフトには好奇心の炎が灯ってしまったようだ。興味は刺激となり。 刺激は快感へと繋がる。経験的に知っていた。
「見て、ナフトちゃん。何かでっっかいのが出てくる!!」
巨大な鼻。特異点から突き出す。鱗一枚一枚が大きい。それに負けず大きな歯。尖っている、鋭く。首は長く聳えるようで。山のような巨体。第四帝国には、こんな生物がいるのか?
【これはトップシークレットだ。実は、第四帝国には、魔界で独自に進化した爬虫類もいる】
「今の今で言わないでよ、ロレンツォん~」
ナフト、ふざけ半分。
【国家間で調停されたものだ。仕方がないだろう。Sクラスのエージェントでも……】
その言葉が意味するのは。情報の隠蔽に関してか。――それとも作戦自体か。第一帝国の巨大輸送機の轟音以上の爆音。いつか子供の頃に見た、恐竜の鳴き声に似ていて。いや、もっと忌まわしく。悪い兆しを含んだ暴力の響き。事実、モナは爆発と勘違いをしたのかもしれない、耳をふさいでセンサーをオフにしている。低い音。かすれた音。啜り泣く声。王の貫禄を以て語り始める魔界の竜。左目は熱した鉄のように赤く。右目は深い海のようなダークブルー。オッドアイがこれほど憎らしく思えたことはない。そして、グズグズとすすり泣くような音とともに。聞いたこともないような。くぐもった重低音で。
「ああ、悲しい。なぜ世界はこうも愚かか……。ああ、苦々しい。なぜ天と冥はこのようなのか……。ああ、忌まわしい。なぜ私が君臨していないのか……」
その巨大な竜は、グズグスと啜り泣きをしながら言った。
「……我こそは、第四帝国背徳帝にして竜族の王、啜り泣く(すすりなく)暴竜、『ドラゴニウス・ソブ』であるぞ。我が配下、四〇万の軍勢と共に、この地を我らが拠点にする。そして、この悲しい世界に喜びをもたらそう。………そこの二人」
威圧感のある重低音が二人に向けられる。
(察知できるのか? このデカブツも魔法を使う? なら、面と向かって言ってやるか……)
「……なんだい? ドデカ爬虫類さん!? デカイのは態度とアソコだけにしておきなっ!」
「……ふっふっふっふ。……がーっはっはっはっはっは。 背徳帝の御前だぞ。ちょっとは上品に振る舞え、小娘」
風も圧力を持って。
「こんなに色っぽい女捕まえておいて?」
「一〇〇〇歳にも満たない餓鬼が何を言う。そうだな……お前たちが人類の代表となれ。そして、我が眷属となり、世界制覇を見届けるが良い!」
「私たちは人類の代表じゃないよ。あんたらがさっき放った刺客と同じ、いち兵隊さ」
「……今現在、お前たち二人以外の人類は見当たらない。……よって、我が決める。お前たちは人類の代表だ」




