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そんなロレンツォの思いもどこ吹く風。
「え、ナフトちゃん。もっと時間があるみたいよぉ」
「いつもの強引作戦で行こう? どうせ他の奴らも退屈してるって!」
「強引作戦以外に最近とってる戦術ってないよねぇ~」
「君たちといると、どうも私の持ち味が出ないな」
とロレンツォ。
「持ち味? そ・れ・な・らっ」
とナフト。
「私たちがぁ〜♪」
とモナ。
「十二分に発揮してくるよ。後方支援及び作戦指揮は頼んだからね。ロレンツォ」
ふと、ナフトは踵をもう一度返すとキスをした。今日で八人目の男性となるロレンツォの頬へと。
――二〇五〇
キグナスは水中から海上へ、ドプンと静かな水の隆起を帯びて上昇した。ついで、カタパルトにはキグナスが配備される。二人を乗せた白鳥は、海上から宇宙空間へ静かな音を出して飛びはじめ。雲を超え、空を越え、音速を超えて、宇宙へと向かう。こんな超高高度をとんでもないスピードで飛んでくる「完全な」ステルス機を想定している国は、今のところ存在しない。月。白く輝く。月光。静かに届く。それは、流線美と機能美を併せ持つキグナスの体にふさわしい光を与えたいがためだろうかと思うほどに。 宇宙は静寂に包まれていて、地上は戦争の音にくるまれていて。蜃気楼の射出まではあと十数分ある。ここで作戦を確認しあったら二流。作戦を覚えていないなら三流。では瞑想をしているのは何流なのだろうか。一人座禅をし、半眼をしているナフト。ナフトは単なる瞑想から、徐々に思考・思索へと脳内回路を切り替えた。
機械的なものではない、有機的にもナフトほどにもなると実行できる。戦闘時には必要な思考回路も時には休ませる必要もある。思考の内容は、社会体制と自分達についてだった。ここ最近のルーティーンと化している。ナフトは社会の中での自分の意義を探したい衝動に襲われることがある。
――自分は何のために戦う? ――軍のためにデータを取るため? いいえ、違う。もう軍は抜けているし、被験体でもない。――E-DENに仕えるため? どこかに仕えたいと思ったことはない。楽しいからE-DENにいる。――では戦うために戦う? おそらくこのあたりが本質には近いようだが、トートロジーに過ぎない。だから、きっと違う――。
ナフトは軽く首を振る。もっと思考を深くしないとならないと思った。思考を内部から外へと移そうか。
歴史家によると、資本は独占された。資本の独占――それは、経済生活の中で決定的かつ最も重要な役割をしているものに変わった。生産と資本は集積され、金融資本と産業資本は融合を果たした。するとそれを土台とする金融寡頭政治――超絶な貧富の格差が成立した。貧しさから脱却するためには。兵士として志願するか、死んでこの世を否定しながら消え去るしかない。やがて、資本家は団体を作り、その団体は自然と国へとまとまった。国は世界を分割し、第(N)一(I)帝国(C)、第二帝国、第三帝国の領土に三分されて。三国は、『戦争の維持』を決めた。核戦争以外の大抵のことは各国が納得いく形で承認されていき。納得がいかなくとも、明日の家がある保証がない人々もいる中。そして――。予想通り、かつ皮肉にも世界は戦争ビジネスで栄えた。第(N)一(I)帝国(C)は、人間の一生を完全に管理し、あらゆる特殊能力を持ち合わせた強化人間を創り、領土を広げた。第二帝国は、機械に頼り、製造・販売・保守・兵器開発を行い続けて、合理的に国を発展させた。第三帝国は、医療技術とバイオテクノロジーに特化して、バイオ兵器を使い、これらに対抗した。ナフトは、歴史テキストの数ページ目に書かれてあったことを思い出しへどが出そうになる。歪な国しかないからだった。そして、『歪を歪と指摘する人間』はいない。歪が日常になれば、正常は歪となり。どの国も戦争をビジネスとして捉えている。いや、世界が、か。死への恐怖感ですら、貧困層の増加ですら。カネという垂涎ものの黒蜜の前では麻痺してしまうのが世の常――が行き過ぎている。死への恐怖感をもビジネスにしてしまっているから。こんなことをE-DENのメンバーの前言ったら、いくらナフトでも精神鑑定を受けるだろう。クスッと目を瞑っている自分が笑っていることに、ナフトは気がついた。心では笑ってなんかいないのに。そんな笑みなんか必要ないのに。余計なことを考えさせるのも、最新式の偵察兵器である暗い迷彩落下装置『蜃気楼』のせいだろうか。これではダメと深い瞑想に思考を再びモード・チェンジする。
モナはというと蜃気楼の最新の装置との粒子干渉が楽しいらしく、鼻歌を歌っていた。ナフトはもうしばらく思い出に耽ることにして。自分の所属から自分を探ることを考える。
「ナフト・アーベンフロート、三十一歳。E-DEN委員会が有するエージェントの中でもSクラスを保持している。かつて第一帝国と第二帝国の技術提携の被験者として肉体改造を行った。そして、特殊な武器である大剣『グングニル』を使う。グングニル……。それは、二股に分かれた大剣で、今までナフトと『もう一名』しか扱えたことがない。とある能力を第一・第二帝国の研究で植え付けられた後、とある部隊にいた。 これはあまり他人に話すことはない。秘密が女を女らしくするらしい。戦闘データを収集するために生まれたため、戦闘データを蓄積する傾向は今でも消しきれずに、厄介な展開になることがある」
これが大凡、E-DENや各帝国が把握しているナフトの情報だ。相方のモナ・バーベルツ。モナも同じような境遇らしい。あの日以来、彼女の国籍と型番は存在しないことになっている。
「体の九〇%が第二帝国と第三帝国によって機械化されており、ナノマシンを使うことができる。本人曰く、粒子が見えればどんな機械類にも干渉することができる『メジャー・シーキング』を得意とする。また、武器の情報さえあれば、どんなものでも再構築することができ、土壌や大気から銃弾を無限に補填できる。主に電気や電子を使っている兵器や乗り物を彼女は好んで扱う。ある事件を境に、ナフト・アーベンフロートと行動を共にしている。そして、ナノマシンは治療行為ができ、本人が飛ぶこともできる機能を持っている」
これが大凡、E-DENや各帝国が把握しているモナの情報。情報の垂れ流しこそ最大の恐怖である。しかし、このレベルなら安心だ。自分の特技や動き、扱う武器のあれこれを詳細に知らせたがるのは三流品――各帝国の型番兵器など――である。