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8.鍔夜、怒りのパッションピンク!

「あのインテリヤクザの弱みを握りたい」


 ひさしぶりに、私は居酒屋ちょうちんメロンで一人のみをしていた。ビールとからあげを前に、大将と奥さんに愚痴る。


「つばやさん、スキがないしいっつも『俺は大人の男だ。魅力的な男だ。ワッハッハ』みたいな顔しやがってむかつくんですけど。手のひらでコロコロされてしゃくにさわる!仕返ししたい!」


 たぶん、獅子に吠えるチワワのような威勢だと自分でも気づいてるけれど、大将を困らせるばかりだった。申し訳ないけど、でもむかつくんじゃ!

 荒れ狂うビール4杯目。からあげを乱暴に食う。奥さんがお上品に答えてくれた。


「みかるちゃん、つばやさん、ああ見えてすごいひとだからねえ。若いのにすごい人なのよ。みかるちゃんが捕まえるとは思わなかったけどね、ふふ」

「なにがどうすごいんっすか? え、闇金の下っ端じゃないの」


 と、自分で言って気づく。あのマンション、下っ端じゃ買えそうにない。

 もしかして、あのヤクザ、偉いヤクザ! 


「偉いヤクザなら、尚更なんかあるだろうよぅ。女遊び激しいとか」

「聞いたことないねえ」

「めっちゃ部下に嫌われてるとか」

「いや、めっちゃ慕われてるわよ」

「ああーー!もう、鼻毛出てたことあるとかでべそとかでも、あ、でべそじゃなかったなぁ、すっげーきれいな肉体しやがって」

「みかるちゃん、ソレおじちゃんに言って大丈夫………?」 


 困惑の大将。くっそ、言ってやろうか。とんでもねえモノ股間に隠してんぞあいつって。

 そしたら、うしろのテーブルで飲んでた男の人が「ブっ」と吹き出す。そしてこらえきれなくなったのかゲラゲラ笑いだした。


「ひー、おかしい。あの鍔夜の女ってどんなかと思えば、こんなちんちくりんの上に口わりぃし、怖いもの知らずだな!」


 結った黒髪が振り向く。俳優みたいなきれいな顔をおかしいと言わんばかりの表情に変えてゲラゲラ。失礼じゃねえのかと思うけど、

 つばやさんのしりあい=ヤクザ………!


「大将、来てよかったぜひさしぶりに。この店やっぱおもしれえわ。あ、ちょうちんコロッケおねがい。みかるちゃんにも。あ、ビール追加しなよ」

「コロッケ!ビール!やったー!のむ!」


 はっ。脊髄反射で酒に釣られた。男はニンマリ笑う。くろずくめで怪しい。つばやさんより年下に見えるけどつかめない。


「みかるちゃん、この人は月壁組の幹部の朝熊さんよ」

「ひー。幹部」

「あぁ。よろしくな、みかるちゃん」


 闇金のエライ人疑惑のつばやさんと、どっちが偉いんだろう。朝熊さんは、カウンター席のわたしのとなりにいどうする。


「で、鍔夜の弱点、知りたいんだっけ?」


 悪い顔が面白がって言う。そうだった、知りたいのです!


「え、弱点ありますか!」

「鍔夜の弱点ねぇ、実の所俺も知りたいな。顔が不細工ってことぐらいしかないね、今のとこ」 

「何言ってるんですか?くっそイケメンじゃないですかつばやさん」

「まあ、好みは分かれそうな顔だわなあ」


 そんな大将まで。

 朝熊さんはニヤニヤしながら私を見ていた。


「……ビールぬるくなっちゃうよ」

「はっ!いかん!飲みます!」


 ぐびぐび。


「で、良かったらお話しようよ。みかるちゃん」


 色気をたたえた朝熊スマイル。普通の女ならころっと落ちただろう、ヤクザに見えぬ甘い俳優みたいな笑みに何も感じなかった。それよりも「斎藤鍔夜の弱み」と「酒」しか、眼中にない。


「つばやさん、実はたまにホッチキスの位置まちがえるとかありませんか」

「一度もないよ。それどころか、上の指示メモ一切取らず正確に覚えて部下に的確に指示出すんだからたまげたもんだね」

「たまにめっちゃダサいシャツ着てきたりしませんか」

「いや、まあハデだとは思うけどそんなことはない」

「でーっかい失敗ありますか!」

「無いこともないけど、トラブルの処理が正確で早いんだよね、あいつ」

「くそ〜〜! 仕事できる大人だ! 惚れ直しそう!」 

「俺は何に付き合わされてるんだろうね?」


 ガン無視して、うんうん唸る。


「くそっ……乳首もパッションピンクだし……ほんとに完璧じゃん」

「ブフッ」


 朝熊さんが吹き出す。

 バンバンテーブルを叩いて笑っていた。何に受けてんだよ。

 ふと、スマホを見ると噂をすればなんとやらな、斎藤からのメッセージがきていた。


斎藤:今どこにいる

斎藤:ちょうちんメロンだろ

斎藤:今から行くから待っとけ

斎藤:あほのみかる


「うわぁ!なにこれ、行動筒抜けなんだけど!!」


 スマホを放りなげそうになった。勘弁してくれよ!


「撤収する!ずらかる!大将、お代はつばやさんに請求してくれ!」

「え、みかるちゃん行っちゃうの?」


 朝熊さんがとぼける。


「嘘ついてたんだよー、ごはん誘われたのに友達と飲むからって! 弱み握るスパイ活動のために一人飲みしたくて!あー殺される、早めに逃げないと怒られる」


 ばたばたと支度し、


「アデュー」と三人に手を振る。自転車を爆走させてボロアパートに帰宅した。


○○。


 その五分後に、がらがらと戸が開く。いるはずのみかるがいなくて、その代わり


「よう!鍔夜!」


 と、久方ぶりな同僚がいるのは、なぜなんだ。そして大将は鍔夜に、申し訳なさそうに伝票を差し出した。


「お代はつばやさんにつけておけと……」

「しばく……あのクソガキ……」


 なんで自分の誘いを蹴ってまで一人のみをしてたのか、理解に苦しむし腹が立つ。イライラしながら財布から一万を抜いてレジに置き、出ようとすると


「おい!1杯だけでも飲もうぜ」


と朝熊が言う。


「同じ組の幹部同士じゃねえか、釣れねえな」

「…………あいつに会ったか?」


 その返事は、微笑で返された。


〇〇。


「みかるちゃんな。可愛い子じゃん。まさか鍔夜のタイプがああいうのとは」

「…………俺にも分からん。馬鹿だし酒好きで、二十歳超えてるくせにガキみてえで」 


 頭を抱える鍔夜が若干気の毒だった。更に頭を悩ませる事実「弱み握ろうとしてるよ」を言うべきか迷うが。

面白いから言う。朝熊は、おもしろいことが大好きだった。


「みかるちゃんね、鍔夜の弱みを握りたいんだって」

「は…………?」

「いろいろ質問されたよ〜。失敗したことないのかとか」

「それ聞いてどうするつもりだアイツ……」 


 朝熊はニンマリ笑う。あの子もこの男も鈍感だ。自分の好きな男の、知らない部分を知りたい。そういうことじゃないのかと思うが、鍔夜にはピンとこないらしい。 


「鍔夜、仕事のこととか言わないんだ?」

「……大雑把にしか言ってねえよ。幹部とも言ってねえ」

「下っ端だと思ってたみたいだよあの感じだと」

「なんか、なんかすげぇムカつく……」


 みかるが食べ残したらしいからあげを口に入れる。さらに朝熊は言った。


「なぁ、鍔夜、乳首パッションピンクなの?」 

「………………あァァ?」


 ぴーんっと時が止まった。狂獅子と恐れられた男に殺気が宿る。どす黒いオーラがまるで魔王のように滲み出ていた。


「みかるてめェェ!適当なことばっか言ってんじゃねえよ殺す、ぶっ殺す!」

「落ち着けよっ、くく、ひゃひゃひゃ!あははは!どんな乳首だよ、おっかしい」

「お前が下っ端だったら今頃息してねえよ」

「みかるちゃんのとこ行くの?」


 立ち上がった大男は、にやつく朝熊をじろりと見下ろして言った。

「おいたする、悪い子にはお仕置きしねぇとな……」


〇〇。



 有名大卒で頭のキレるインテリ系かつ、腕っ節のある負け知らずの若い組員。それが朝熊の知る斎藤鍔夜というイカれた男の印象だった。金髪サングラスという、いかにもチンピラな格好であるが、硬派で真面目。一方で目的のために手段や使う人間を選ばない冷酷さも秘めている。礼儀作法からなにから、すべてを評価されて叩き上げた出世頭で、垂柳組、組長の長男が作った月壁組の幹部と金融の副社長を兼任する化物だ。


 しかし、女の影がないことでも有名で、寄ってくる女に一切目もくれないことから、男色を好むとさえ噂された男だ。その本性は見つけた獲物は骨までしゃぶるただの獣だったらしい。そして見つけられた獣は、酒好きのチワワだった。


……なんてね、面白いなぁ。


 ウイスキーに氷を溶かす。さて、あのチワワは無事でいるか。


〇〇。



 そしてチワワ、自宅ボロアパートに避難ナウ。スマホがさっきからうるさい。斎藤からの電話がひっきりなしにかかってくる。 


「もー!悪かったって!なんだよ!」 


 ヤケクソになって出ると


『おう。降りてこい今すぐ。じゃねえと潰すぞ』


 とのこと。何を潰すつもりだ!


 鍵持ってるくせに来ないということは、チェーンかけてることもお気づきなわけか。くそっ。

 何も潰されるわけにもいかないので、チェーンも外してドアを開けると190センチの壁。その壁に羽交い締めにされる! 


「は、はなせー!」

「暴れたらどうなるかわかってんだろうな」


 ぞぞぞ。

 今更気づく。過去最高の激怒っぷりだ。

 どれが怒らせたのか逆に見当がつかない。なに?断ったこと?お代払わせたこと?まさか大将、いや、朝熊!げろったか! 


 ドンッと車に押し込まれて無慈悲に走り出す。マンションに着いて無言で襟首つかまれてつばやさんのお部屋に。 


「ど、どれ?」

「ハァ?」


 まるで昨今流行った、壁ドンのように壁に追いやられた。間抜けな私の声、怒りを帯びた低いドス声。


「ど、どれがそんなに怒らせた?」

「全部」

「や、やっぱり!」

「どうしてやろうかなァ」


 めっっちゃくちゃこわいんだけど!

 焦りは理不尽な怒りに変わる。キッと睨みつけた。


「つばやさんがわるいんですよ」

「ほう?俺が悪いのか」


 言い返してみろと言わんばかりの威圧。それがしゃくにさわるのだと、精一杯の敵意を剥き出しにする。


「つばやさんが超絶完璧男前人間で、スキがなくて、いっつもいっつも手のひらで転がされるからたまには私が転がしたかっただけだもん!」


「……なんか逆に俺のほうが振り回されてねぇか?」

「うるせえ!」


 酔っぱらいで、ヤケクソなわたしは叫ぶ! 


「だから弱みにぎってやりたかったのに!」

「で、俺が悪いのか」

「ああ! 悪いよ! つばやさんがかっこよくて完璧なのが悪いんだ謝れ」


 へなへな、とつばやさんはしゃがみこんでしまった。顔を大きな手が覆っている。動かなくなった。死んだのか?


「お前って、本当に馬鹿だよな」 

「ばかじゃないですー。センター世界史100点でーす」

「それはすごいけどよ……何年前の栄光に縋ってんだよ」


 痛いところついてくる。


「許してやるよ」


 そして、なんだかんだでこのヤクザ甘いのだ!

「やったー!」と喜べば、右手をがっと掴まれる。


「そして優位にも立たせてやろう。簡単だ。これだけで許してやるってんだからな」


 悪い顔。空気がおかしい。


「みかるからキスしろ」

「は!?」

「できねえなら潰す」

「だから何をだよ!くっそ、この俺様系が」

「好きだろ?こういうの」

「だまれだまれ」


 ひぃー。顔が熱い。つばやさんはがっちり私の右手を掴んでいる。逃がしてくれなさそうだ。


「…………わかった、きす、しますから」

 腹をくくった。

「手、離してください。あと、目ぇつぶって」

「分かった」


 サングラス越しの、無防備な顔。そっと、わたしの小さな手で包む。緊張してきた。自分の顔を近づけて、目をつぶる。唇に、唇をあてる……!


 ゴチンッ


「っだ……!?」 


 勢いをつけすぎて、歯を当てた。


「…………」


 無言で怒るつばやさん。

 むりやり、手で目を隠してもう一回。今度はゆっくり、唇を押し当てた。


「んむ……」

「よくできました」


 なのに、ガッと両手がわたしの頭を掴む。


「でもな、この下手くそが。お仕置き続行」

「は!?お、おい、んぁっ、やぁっ」


 舌を絡めとられる。ああ、結局こうなる。なにやってもこの獣を煽るだけらしい。まだ弱みは握らせてくれそうにない。


つばやの乳首はパッションピンク

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