7.ビンボーおつまみフルコース
インテリヤクザとの交際は、たぶんつつがなく続いている。一週間会わないときもあったら、3日連続お酒パーティすることもあったり、傍から見たらただのカップルだ。酒好きの。
つばやさんの知られざる実態もわかりつつある。まず、ほんとは仕事が好きじゃない。大概の場合めんどくさがってるし、さぼれるもんなら部下さんに押し付けてさぼっているらしい。ヤクザやってるつばやさん、どんな感じなんだろうか。そもそもヤクザの知識無くて映画借りてきたりもしてみたけど「地獄でなぜ悪い」じゃよくわからなかった。めちゃくちゃおもしろかったけど。
つばやさんの知られざる実態その2。薄々気づいてたけど、お酒に強い、ちょーつよい。だから、大抵私が先によっぱらう。わたしが調子に乗ってガブガブ飲むのが悪いんだけど、流石に15杯ほとんど冷静に飲んでたときには引いた。
知られざる実態その3。わたしより女子力高くて、おいしそうな料理が出てきたら大抵写真撮ってインスタグラムにあげている。「鍔」という激シブな名前なのに、おしゃれに加工した居酒屋おつまみごはんがいっぱい載ってる。あと、つばやさんがつくった絶品料理の数々も。さらに、この間見せてもらったらわたしの酔い潰れたニュプニュフ顔を投稿されてた。100いいねついてた。なんだよこれ。
知られざる実態4、とはいってもお家行った時点で察してる。超きれい好き。だから、阪奈みかるは今猛烈に焦っている。
ラインで齋藤から来た連絡。
齋藤:今、ちょっと家使えねえから泊めさせて
とのこと。
むりだ。あと3時間でヤクザがくる。なのに阪奈みかるの家はめちゃくちゃ汚かった。
溜まりまくった洗い物に、洗濯機の上でこんもり積まれた洗濯物。髪の毛落ちまくってて、それならまだいいけど酒飲みながらたべたお菓子の食べかすさえ掃除できてない。
「やくざにころされるう」
ひょうきんに独り言を言ってみてもやばさが変わるわけじゃない。テンション上げようと思って、パンクロックをかけてみる。うん、パンクロック聴きながら掃除しよう。このままじゃ彼氏兼やくざをあげられない。交際一ヶ月に満たずして、東京湾に沈められる。部屋汚いのが原因で。
歌いながら、とりあえず洗濯機まわす。洗い物片付ける。床に転がったペットボトルすてる。いいちこの紙パック、黒霧島の紙パックを台所の下におさめる。まるの紙パック………もう中身ないじゃん!馬鹿みかる! すてる。食べかけのおつまみを冷蔵庫にぶちこむ。気を利かせてビールとグラスを冷やす。床に散乱したプリントと教科書を本棚に入れる。あれ、もうぎゅうぎゅうではいんねえな。もういいわ、とゴミ袋にぶちこむ。なんとか足の踏み場確保して掃除機をかける。えぐいデスボのパンクロックがかかっている。心地良いデスボに合わせてヘドバンしながら掃除機かけてると、
「ピンポーーーン」
無慈悲なチャイムが鳴った。
○○。
「おい、入るぞみかる」
なあ、なぜこいつあたりまえのように合鍵もってるの。渡した記憶ないんだけど。わたしの戸惑いを一切合切無視して、つばやさんは勝手に鍵を開けて入ってくる。ようこそ廊下にキッチン+6畳の貧乏大学生のオアシスに。油まみれのコンロとか、洗って無造作に乾かされてる洗い物とか、雑に干された洗濯物に、ホルモン聴きながら歌いながら、ヘドバンしながら掃除機かけるクソ大学生。つばやさんの目に飛び込んできたのは悲しい現実だ。つばやさんは壁を「バンッ」と殴った。
「みかるゥ……貴様、よくこんな汚え家で生活できるなぁ?」
「滅相もない」
おお、おもしろいくらい怒ってる。とてもじゃないけど言えないよ、
「これでもあんたが来るまで一生懸命掃除したよ!」なんて。
むすっとしたままのつばやさんを、テーブルまでお招きして「ウェルカムドリンコ」とアサヒちゃんを目の前においた。
「てか、いきなり来るのがわるくないですか」
わたしもアサヒちゃんを飲みつつ、黙ったままのつばやさんを更に挑発する。ホルモンの最高に熱いパンクロックがこのぴりぴりした雰囲気をいい感じにしてる。え、してるか?してないかな?
もう知らねー。ぶおーーーーと、短い廊下に、掃除機をかけはじめる。そのままトイレもごしごし洗う。いけねー、風呂も洗わないと。掃除機を床にバンッと放りなげて、ふらふら風呂掃除はじめたから、つばやさんが無言で来て掃除機を片付け始めた。
「俺が来なかったらもっと最悪な生活してやがったなおまえ」
「滅相もない旦那ァ! たまたま掃除してなかっただけ!」
「嘘こけ、このアル中。ゴミに酒缶と酒瓶多すぎだろどんだけ家で飲んでんだてめえ」
言えない、台所の下の収納にまだ安酒コレクションがあるなんて。
「あと、なにあの音楽」
「テンションあげよーとおもって、やくざの取り立てがくるから」
「おお? ほんとに取り立ててやろうか? あ?」
こえー。なんか、ちょっとやくざみがいつもより強いよつばやさん!
「つばやさん、あっちでアサヒスーパードラァァイでものんでてよ! まだ、お呼びする体制じゃないのに、何勝手に合鍵つくって入ってきてんのさ! このインテリヤクザ! インスタグラムヤクザ!」
「インスタグラムヤクザってなんだよ」
まあ、待ってるわ。と言いながら6畳に戻ってくれた。貧乏大学生の希釈したお風呂洗剤でごしごし風呂釜を洗いつつ、髪の毛とりつつ。なんとか掃除して戻ると、つばやさん掃除機かけながらコロコロを転がして、本棚整理してた。
「ごめんみかる、我慢ならねえ」
「この潔癖ヤクザ」
振られるにおいしかしないんだけどこの状況。
○○。
つばやさんの手によって、種類ごとに整理し直された教科書とごみひとつ落ちてない絨毯の上は、久しぶりの感覚だった。
「あーつかれた」とビールを開ける。しゅわしゅわ、泡とキリリとした旨味苦味。疲れた身体、緊張をブッ壊す快感。なのに、座椅子が一つしかないからわたし、つばやさんのあぐらかいた膝の間で、つばやさんにもたれるみたいにしてビールのんでるのだ。
落ち着くか! こんなんでビール煽ったって緊張壊れるかよ!
ツマミ無しでビール飲むわたしと、勝手に冷蔵庫からチーズ出してきて食べつつ、既に2杯目のビールのんでるつばやさん。ふと、つばやさんの持ってきたビニール袋が目に入った。
「つばやさん、なにもってきたの」
「…………あ、ああ、手土産だよ、一応な」
できる大人かよ。わたしなんか実家から送られてきたじゃがいもぐらいしか持っていったことないのに。勝手に中を見て「きゃーっ!」と歓喜の雄叫びが出た!
「ジャックダニエル〜!」
「安物だけどな、もっといいの持ってきてやりたかったけど」
「十分高級品〜♪あ、こっちは、うわ!日本酒だ!新潟だ!うわ!焼酎もあるー!瓶だ!見たことないけどいいやつにちがいない!芋だ鹿児島だ〜!」
酒で喜びまくる女子大生(彼女)。
「つばやさん、酒器でしたら揃えてあるんで、まかせてくだせえ! 焼酎グラスにワイングラス、おちょこからロックグラス、さらには升までありまっせ!」
「本当に好きなんだなぁお前」
「え?何?つばやさんのこと?すきだけど?」
「知ってる知ってる、うぜえ酔い方すんなきょうは」
「さて、みかるちゃん、今から彼氏の胃袋をつかむおつまみをつくりますよ!」
立ち上がったので、つばやさん驚いて言う。
「お前、つくんのか料理」
ニヤリとして答えた。
「酒を美味しくするのはおつまみ!食べ物に限らず、空腹、歌、おしゃべり…………お酒を美味しくするのはなんでもおつまみです。しかしやはり、美味しいものを好きな人とたべる。これに尽きると思うのです」
幸い材料はある。ビールを飲み干して言いのけた。
「いつもわたしを幸せにしてくれるつばやさんを今日は幸せにしてみせますぜ!ふはっはっは!酒よ俺に力を!」
○○。
(…………既にめっちゃ楽しいし幸せなんだが)
つばやの思いは顔には出さないので伝わらず。
踵を返してキッチンに立った。
○○。
お酒は、ウイスキー、日本酒、焼酎。となると、なんでも合わせやすいウイスキーと焼酎はさておき、今日は日本酒を楽しみたい気分だ。
ぱーっと酔えちゃうウイスキー&焼酎にたいして日本酒はちびちび味わう、まさに侘び寂び、日本の美徳だとおもってる。さて、冷蔵庫にあるものを見て、自分の中のおつまみレシピと参照する。とりあえず閃いた。
「ツナ焼きおにぎり、なすびユッケ、胸肉の大葉巻き揚げ、あとは〜、、ん〜、ウイスキーにも合わせて……あ、トマト缶があるや。半分使ってなんちゃってチーズオムレツつくれるな。うふふふふ気合はいるぅ」
「みかる、つまみになると気合はいるな」
ぬっと背ぇ高が後ろから覗いた。
「急に来たのにわりぃな」
「えへへ、だいすきだから急に来てくれてもほんとは嬉しいんです〜、部屋がきれいじゃないのだけ申し訳ないけど」
可愛い酔っ払い方してしまってる。どうも、好きな人の前になると、なんかこういう可愛い人格が出てきてしまうらしい。アルコールの贖罪だぜ、まったく。
さて、とまずはなすユッケ。乱切りした茄子をオリーブオイルたっぷりで炒めたあと、小さじ一杯ずつのしょうゆ、みりん、さけ、砂糖少々にごまを入れたタレで絡める。味を見てまあまあ濃いめに仕上がったら、黒い器に移して、みじん切りにした大葉を散らしたあと黄身をのせる!
「なすユッケかんせー!」
「うまそう…………」
これは、ちょうちんメロンで教えてもらったレシピだ。はやくたべたいじゅるり。
次は冷凍してたごはんを解凍して、油を切ったツナを混ぜたあと、おにぎりの形にする。めんつゆでちょっと味付け。これは最後に焼くから横に置いといて。解凍した胸肉を一口大に切って、フォークでブスブス刺す。醤油とにんにくであじをつけたあと大葉を巻いて片栗粉にどーん!またタレにつけて片栗粉まぶして、油の中に。たまらん、もういいにおい。揚げながらたまごを溶いて、チーズとマヨネーズをとかして隣のフライパンで弱火でフツフツ。揚がった鶏をキッチンペーパーにだして、お皿にもりもり。彩りに大葉をのせる。大葉とりあえずのせればいいと考えがちの私だ。
ふわふわな頃合いを見てオムレツをくるくる巻いて、ケチャップとトマト缶を合わせたソースをかける!
最後におにぎりを焼いたら、手抜きなのに最高のおつまみコースの完成だ。
「見直したろ、つばやん」
伊達に居酒屋巡ってない。
机に並べて、お酒を注ぐと、ふわーっとたまんない匂い。
「みかる…………正直、めっちゃうまそう」
「だろー。わたし、お酒のためならなんでもできちゃうから」
笑うと、頭を撫でられる。
○○。
「いただきまーーーーーっ、うわあっ大葉巻き揚げうまっなにこれっ」
ちっちゃいテーブルに所狭しに並べられた、おつまみの数々。最初にぱくっと口に入れた、揚げたての大葉巻き揚げ、たまらない。さくさくの衣、揚げて柔らかくなった胸肉からジュワリと控えめな肉汁、そしてふわっと大葉が香る。どきどきしながらいただくのは、新潟の日本酒。冷やだね、やっぱり。生酒だというこのお酒、きりっとしてて料理にめちゃくちゃ合う。
よっぽど幸せそうな顔をしていたのか、つばやさんにくすっと笑われた。恥ずかしい。焼きおにぎりをほおばると、またうまい。このカロリーの高そうな味、たまらん。流し込んだ日本酒はすぐにからになってしまった。すると、つばやさんが「もっと飲めよ」と言って注いでくれる。
「おいしいですか、つばやさん」
「ああ。幸せだ。ありがとな」
そ、そんなに素直にお礼を言われるのは照れるよ。顔が熱い、お酒のせいかそれともこの男のせいか。とろりととろけたオムレツも、自信作のなすユッケも。全部一人のみのためのレシピだったのに、食べてもらえて、眉間のしわを緩めて笑ってくれて。
いい時間。幸せでしかない。
○○。
食べ終わったところで、ずいとつばやさんに見てほしいものをみせる。
「つばやさん、さておき、せっかく来てくれたわけですしゲームでもしませんか」
「ゲーム?」
「ええ。わたし強いんですよ!格闘ゲーム!」
「面白いじゃねえか」
今度こそ、日頃の恨みとばかりに、こてんぱんにしようとしたのに、ボロ負けしたのはまた別の話。この男、リアル大乱闘してるせいか知らんけど、大乱闘で無双しやがったからな。