6.魅惑のハンバーグ
やくざといえば、乗ってくるのは黒塗りの高級車。目の前にそれがある。そっかー、やくざかーと思い知らされる、この存在感。
あんまり意識してなかったけど、平気で乗り降りしてたこの高級車、昼間に、しかも大学で見るといささか刺激が強い。こんなクソ田舎Fラン大にふさわしくなさすぎる。
「マジで怖いから遠目に見てるわ」とアキラは自販機の前で見ている。車から降りてきたつばやさんは、トレードマークなサングラス。ガタイの良い身体に黒ジャケットとシャツ、生地のよさそうな黒ズボンに革靴。ただのヤクザです本当に。
「つばやさん、うちの大学と似合わなすぎるんですけど。自然の緑を今にもなぎ倒さそうな雰囲気」
「お前酔ってなくてもくちわりぃなあ」
なるほどなんだか確かにお疲れのようだ。ちらりとアキラを見ると普通にドン引きしていた。身長差40cmのヤクザとアル中のカップルである。そりゃそーだ。
ためらいなく乗り込んだ助手席。つばやさんがどっかり運転席に座り、車を動かす。
「つばやさん、おつかれですねー」
なんか顔色悪いし。つばやさんはため息をついた。
「疲れたマジで……クソ、現場行ったり書類見たりトラブル続きで災難だよ最近ずっと……。はー。みかるに癒やしてもらわねえと」
「みかるよりアルコールのほうが癒やしてくれますぞ」
「お前だけだそれは」
やんや言ってる間に高級マンションに着く。つばやさん相当金持ちに違いないのだ。カードキーでエントランスに行き、またカードキーでエレベーターに乗る。8階建ての8階……つまりは最上階の奥がつばやさんの家だ。どんなブルジョワだよ。どんだけ儲けてんだ。そして相変わらず引くほど広いなこの部屋。
「で、忘れ物って何ですかー」
「これだよ、この馬鹿」
ぴろーん、
指に引っ掛けられたそれは、なんとまあお恥ずかしい。Aカップのブラジャー! 一応、うさぎさんとリボンのついた持ってる中では一番かわいいやつ!
「みかるちゃん、かわいいのつけてるよなぁ」
エロオヤジよろしくブラジャーを指に引っ掛けてニヤニヤわらうつばやさん。
「うわ。家でノーブラだからナチュラルに忘れてたわ」
「そのリアクション間違ってるからな。恥じろ」
おはずかしい。
というか、誰かが脱がしてぼーんって放ったから忘れたのもあるだろうに。
「つばやさん、このあと用事あります?」
ブラジャーを回収してリュックにぶちこんだわたしは聞いてみる。つばやさんは、「特にねえけど、飲みに行く元気もねえぞ」と。
「いいですって。ご所望のようなので、この阪奈みかる、全身全霊をかけて、つばやさんを癒やしてみせましょう」
ふっふっふ。と笑うと、ポケットからワンカップ焼酎をだしてぐびりと飲んだ。
「え…………お前学校行ってたよな…………なにその酒」
「こまけえこと気にすんなつばやさん。ちょっとまっててね!」
アル中をなめちゃいけない。
ポッケにアルコールは常識だ!
○○。
さて癒やすといってもどうしようか。とりあえずリュックの中のものを広げるけど歴史書に筆記用具に、大して役立ちそうなものはない。
「んっ!」
そして中にまずいものが紛れていた。隠しコマンド、知られざる秘密。自作漫画! これ見られたら人生終わる! ざっとリュックに隠す。ばれてないか、よかった。
作戦①
癒やしといえば動物に違いない。ソファーに寝そべるつばやさんの上にのぼって
パンダの赤ちゃんがコロコロ転がるユーチューブの動画を見せた。
「…………パンダってうめえのかな」
「食べないでください! おに! きちく!」
だめだ。つばやさんあたまおかしい。
作戦②
「はずかしーけど、お見せしましょう。幼い私の写真です」
嘘である。グーグルで適当に見つけてきた赤ちゃんの写真である。癒やしといえば赤ちゃんに決まってるのだ。
「嘘つけ、お前もっとブスだろ」
「赤ちゃんのころは可愛かったわ!」
だめだ。ナチュラル鬼畜。
作戦③
わかった、もうスタンダードにおいしいものたべてもらおう。冷蔵庫をみると、ミンチ肉が入ってた。たまごとパン粉もある。ハンバーグつくれそう!
清潔感の塊のようなキッチンで、おもむろにガッチャンガッチャンしだしたから心配なのか、つばやさんは起き上がってこっちを見てる。
「うろ覚えだ、最近作ってなかったから。えっとー、たまねぎみじん切りしたらいいんだよなあ」
「おい、みかる、何してんだ」
「ごはんつくろーとおもって。美味しいものたべるのも癒やしです!」
ザシュッ、
何やら不穏な音が響いた。
よそ見してたからたまねぎ横に切ったら包丁が勢い余って飛んでいった。
からーん、と左足のギリギリ横に落ちる。
時が止まったみたいに二人して固まった。
「みかる!! 俺が作るからやめろ!!」
「い、いまのはちょっと事故っただけです!」
顔を青くしたつばやさんに取り押さえられる。
「怪我したらどうすんだよ心臓にわりいわ」
「ガキじゃないんですから、独り暮らしだし料理ぐらいできます!」
胸を張って言う。
「ただ、ちょっとおつまみ度が減ると集中力おちます」
「……おつまみ度?」
「みかる調べで、からあげが10点とすると、ハンバーグは3点です。積極的な酒の宛にはならない。せいぜいビール、がんばってハイボールです。味付けにもよるけど和風だと……」
「みかる、みかる………おまえ、馬鹿、マジで…………」
呆れてものも言えないとはこのことだろうか。つばやさん、ついに座りこんでしまった。
「……気をつけて作るから。おつまみ度低くても、すきなひとに食わせるごはんは集中力2倍にします。だから、安心しててくださいよ」
「頼むからそうしてくれ」
「よーしっ、正直ハンバーグ成功したことないけど頑張るぞ〜」
れっつらクッキング。
なのにどうしてだろう。
ヤクザが後ろから動いてくれねえぞ。
○○。
「みかる。たまねぎのみじん切りはもっと、こうやったほうがいい」
「炒めるのは菜箸じゃなくて木べらを使え。油はサラダ油じゃなくてオリーブオイルを使え」
「肉に対して、パン粉はこのぐらいだ。おい、米は炊いてるか?米がほしい」
このヤクザ注文多いんだけど。
あんたが作れと言いたくなるけど、どうやら本当にお疲れらしいから、しかたなく頑張るしかない。
つばやさんにアレコレ指示されて、出来上がったハンバーグ。真ん中を凹ませてフライパンの上で、じゅーっ! 両面焼いて蓋をする。ここまでまだ、どれも割れてない。いつもなら、ぱっくり割れちゃうのに。
「つばやさん、料理うまいなぁさては」
だってちょっといいオリーブオイルやら、胡椒やら、ナツメグまで。いろんな調味料があるし、こんなの料理が趣味じゃないと置かないはず。炊飯器もいいやつだ。蒸気がすでに美味しそう!
「はー、ハラハラした……みかる…………」
洗い物をがちゃがちゃやってる、わたしの背中をでっかい腕が抱き寄せる。
つばやさんに包み込まれるみたいな、体温と香水が薫る。洗い物集中できない。
「……つばやさん、お疲れですねほんとに」
「こうやってるのが一番落ち着く。はあ、ちっちゃいなぁお前、可愛い」
デレデレヤクザ、かなり心臓に悪い。
ちゅ、と頭にキスが降る。勘弁してほしい、こっちはこんなに男の人が近くにいるの初めてなのに。つばやさんは蓋を開けてすこし菜箸でつつき、時計を見た。
「もう少しだな」
「ふぅー! ハンバーグ、ハンバーグ」
「つまみにならねえんじゃなかったのか?」
「それを抜きにして、ハンバーグ嫌いなやつなんかいませんよ!」
なるほど、とつばやさんは肯定する。
なんか、わたし自分でもたまにめちゃくちゃなこと言ってる自覚あるけど、それに突っ込まないつばやさんも大概だと思う。
もう私に作らせるのは諦めたのか、つばやさんがハンバーグをひっくり返し、お皿に盛り付ける。いつのまにつくったのか気づかなかったけど隣にポテトサラダまで添えてくれて。肉汁と赤ワインでつくった、つばやさんお手製のソースがかかったら、突風のような衝撃のいい匂いが鼻の奥までとんできた!
「ひええ、絶対おいしい」
「結局俺がつくってんじゃねえか」
「つばやさん、なにそのエプロン! 似合わねー!」
「おう、食わせねえぞ。黙って俺が食ってんの見るか?」
「ああ、素敵なイケメンつばや様。何着てもお美しい。きっと裸エプロンでもイケメンですわ」
「よし、みかるの分は無しな」
「うそだよ! ごめん! なんでもするからハンバーグ食べたい!」
この「なんでもするから」。これを聞いた鍔夜がにぃと悪い笑みを浮かべたのには、あほのみかるは気づけなかった。
なぜなら、ほかほかと、おいしい湯気をたたえるハンバーグしか目に入らない。炊きたてのご飯。真っ白なつぶつぶのごはん!もうこの光景で死ねる。そして、思い立った。立ち上がって「やっぱのみたいよー」と勝手に冷蔵庫からビールを出してきた。もちろん2つ。つばやさん呆れた表情。
グラスに注ぐ。ビールを注ぐのは上手いと評判なわたしだ。
かち、とグラスを鳴らす。
「いただき、いただきますっ」
お箸を刺すと、ぶわぁと流れる肉汁!ソースに絡めて口の中に。お肉が肉汁のプールでシンクロナイズしてる…………!!
「お、おいひぃ〜」
恍惚。たまんない。
つばやさんも、いつものかってえ表情を柔らかくして口の中で咀嚼していた。顔にうまいって書いてるぜ。
そして、いつの間にやらスマホで撮ったらしい写真をなにやら投稿しているようだった。
「なにしてるんですか、つばやさん」
「インスタグラム」
「は!?」
返ってきた言葉のえげつなさ!待て!わたしでもしてねえぞ!
インスタグラムヤクザは、投稿を終えたあとまた幸せそうにハンバーグをたべた。わたしも、ビールでハンバーグもなかなかいいなぁと、幸せを噛み締めた。
「みかる、ありがとうな」
よしよしと頭を撫でられる。食べ終えたあと、洗い物を二人で片付けてまったりと過ごす。
「結局つばやさんがつくったじゃん」
「でも、焼くまではしてくれただろ? 嬉しかったよ」
「……癒やされた?」
これが当初の目的だ。つばやさんはにんまりわらう。
「半分な」
「は、半分だと」
あれで半分か! もう手立てがないぞ!
焦る私の顎をごつごつの手がつかむ、また急に唇に降るキス。
「ん、つばやさん、なんだよ」
「半分しか癒やされてねえよ。あとはみかる自身に癒やしてもらわねえと」
「またか!またやるのか!この絶倫やくざ!」
「おいおい、なんでもやるって言っただろ」
「も、もう、この……………」
掴む手は、強い力なのにどこか優しい。ああ、逆らえない。阪奈みかるは、ちょろい。もうこの男に堕ちてしまって、
目を閉じたらそのまま、また抱き潰された。