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後日談

 宴もたけなわ、1人テンションの下がっていたつばやさんは、15杯目のビールでついにヤケクソになった。


「おい組長って呼べよこれから」と言って笑いだすから、ごめんさすがに心配になった。そんなつばやさんを見ても一切悪びれるような素振りも見せない若頭さんは、「ほら、こうやって盃を交わした時点でもうオッケーってことだよね」とか言い出す始末。そんなアルコールを前に出されるとわたしには何も言えないよ。ヤクザ的にもアルコールってやっぱ強いんだね。盃を交わすなんてかっこいいな…………今度、大学の友達と真似しよう。


 お気楽なわたしの一方で、飲みすぎで気分悪そうなまま、タクシーで帰宅したつばやさん。帰ってからもわたしの安酒を無言で煽り続けるのでさすがに心配になる。なんでそこまで嫌なんだろう出世するの。めんどくさいんだろうけどさ、確かにさ。


「……組長、のみすぎっすよ」

「やめてくれ現実が見たくない」


 おまえが呼べって言ったんだろ、この酔っぱらい! やれやれって持ち上げた紙パックがやけに軽い。なんと、わたしの黒霧島がもうからっぽだ。2リットル紙パックで、半分残ってたのに! どういうことよ!


「ちょっとー、酔っ払いヤクザだめだよー」

「うるせェ……今日は飲ませろ」

「奥さんに対してそんな口聞いちゃだめだよ」

「くそが……あいつら知ってたなさては」


 イライラして思い浮かべているのはきっと、京都旅行に全面協力してくださったアゴコンビだ。うーん、そういえばボスだとか姐さんだとか言ってたぞ。あれマジだったんだなぁ。つばやさんは焼酎をストレートで飲み続ける。胃が荒れるってそんなことしたら。アルコールは崇め称え奉るものであって、ストレスをぶつけるものじゃないよ。って、ぶつけまくったことのあるわたしが言っても根拠なさそうだけどさ。


 仕方ないから、キッチンで適当に冷蔵庫の中にあったウインナーを炒めて持っていくと、お箸も使わないで乱暴に手づかみで口に放り投げる。荒れすぎ、荒れすぎだよつばやさん!


「クソ、めんどくせえ、出世なんか御免被ると言ってたじゃねえか……」

「組長はでも、若頭さんの部下なのは、そのままなんだよね」

「要はカシラの直接の部下になっちまったんだよ。めんどくさいモノ抱えて。いっそエハタが羨ましいわ、あのクソ腰巾着がぶっ殺すぞ……」


 めんどくさいものが、新しい組織のことなんだろう。全然よくわからないけれど、荒れてるのでとりあえず収まってもらおうと、頭をなでてあげた。


「まあがんばれ、ツバヤ」

「お前は気楽でいいよな、姐さん」



 ……なんかそれも、やめてほしいな~?



○○。



 その後、酒飲みな居酒屋店員は大学卒業後もちょうちんメロンでしごかれています。料理もお酒もたくさん覚えたし、楽しくやっております。


 やーこはまた高橋君と別れたり付き合ったりしてるらしいし、ユッコは突然海外に行くし、アキラは地元で元気にやってるらしいし。


 ええ、そして阪奈みかるは……居酒屋店員もやってるけど、三足の草鞋状態なのです。


「姐さん、この書類なんっすけど!」

「知らん! 殴っとけとりあえず」

「姐さん、組長から電話です!」

「締め切りの後にしてくれもう! 大丈夫だあの男は死なん!」


 周りでチンピラたちがごった返したみたいに慌てて走り回っている、金融バチの闇金事務所改め、つばやさんが組長なヤクザの事務所。ひっきりなしに鳴る電話、途切れることなく鼓膜を殴ってくる怒鳴り声、物をひっくり返したり外でも中でもグッチャグチャの見るに耐えないヤクザな風景だ。何やらまた抗争でも起こっているらしいが、こっちはこっちで修羅場だった。


「姐さん、ベタ終わりました!」

「姐さん、トーン指定これでいいですか!」


「あ、オッケーオッケー! 急げ、がんばれお前ら。終わったら飲みに行くぞ!」

「姐さん、飲んでる場合じゃないです、組長ピンチです!」

「うるせー、どうせピンピンしてるわ、気にせず飲もうぜ」


 がりがりペン入れして、トーン見て消しゴムかけさせて、時計を睨む。まずい、また締め切り破って担当に怒られる。

 だからってヤクザの事務所でしなくていいかもしれないんだけど、仕方ない。三足の草鞋なんだから……!


 そう、居酒屋店員もしてるんだけど、つばやさんに事務所の手伝いをさせられているのだ。ヤクザの片棒を担がされているのだ。あの男、やることがめちゃくちゃである。ふつう「こっちの世界にお前を巻き込むわけにはいかない」とか言うもんじゃないの? なんで積極的に巻き込んでるの? 頭おかしいの?


 その上、卒業後にやけくそになって描いた『ヤクザとビールとプリンセス』という漫画がまさかの大賞を受賞して漫画家デビュー。主人公「姫月こむぎ」が、ひょんなことからヤクザに目をつけられるうえに、ビール星人の王子「モルト」にも目をつけられるというクソ逆ハーレム漫画だったのに。何がウケたのか微塵も分からない!


 今はその連載版の締め切りにも追われているのだ。


 ヤクザの事務所で別の修羅場に襲われているのだ!


「やばいやばいやばい終わらん! つばやさん帰ってこないかな、あの人めっちゃ速いんだよ漫画描くの」

「姐さん組長に何やらせてんですか!」

「もう帰ってこい、わたしの漫画のために帰ってこいって伝えてくれ」


 頭が回ってない、ぐーるぐる。ぐるぐる。がりがりペン入れを終わらせて、消しゴムかけてトーン入れて、背景チェックして「よし、なんとか出せる状態になった」と言って封筒にいれた。出しにいこうと事務所を飛び出すと、


「うわっ、何そのかっこ、おかえり」

「お前クマがすげぇぞ、寝てねえなさては」


 嫌な笑みを浮かべて、なぜか血まみれ(たぶん返り血)で立っているのは、この「瑞酉組みずどりぐみ」というふざけた名前の組織の組長だった。酒という字を崩して「水」と「酉」っていう、酔った勢いでつけた良い名前だ。あ、水だけかっこいい字にして「瑞酉」なんてね。命名わたし。そして、その組長はわたしの旦那だった。


「ちょっとどいて、組長にかまってる暇ないんだよ」


 ぐい、と押しのけて出ようとすると、


「あ、今出ねえ方がいいぞ」


 と言われて。

 

 外付けの階段に飛び出した瞬間、


 ダダダダダッ!


 あまりにも物騒な銃声と、


「出てこいやゴラァ!」

「ふざけとんちゃうぞゴラァぶっ殺すぞ!」

「なんやふざけた組の名前のくせにふざけんなよゴラァ!」


「は!? なに、なに!?」


 足元になんか、転がってるんですけど、なんかあの……人が。思わず踵を返したけど、


「ま、まって原稿、原稿出しにいけないんだけど! ちょ、おまえ、なんで帰ってきた! いっそ帰ってくんなよ、あいつらどうにかしてからにしてよせめて!」

「いやァ、なんか呼ばれた気がして?」

「ふざけんな! このままじゃ『ヤクザとビールとプリンセス』が出せないから!」


 涙目で胸をたたいても、このクソヤクザは笑うだけである。めっちゃ怖い笑い方だ、相変わらず。


「まァ応援が来るまで待機だな」

「なんていうのよ担当さんに……ヤクザの抗争のせいで出しに行けませんでしたとかなんの冗談だよ……」

「仕方ねえだろ本職なんだから」

「本職なのは、おまえだ!」


 窓から覗いても、ああ外にヤクザがうろついてるよ。助けを求めるようにつばやさんを見たけれど、にやりと笑うだけだった。


「……ところで、組の名前おこられてますね」

「酔った勢いで決めるからこうなんだよ」

「いや、おまえこそノリノリだったくせに……!」


 そんなこんなで、インテリヤクザと酔っぱらガール改め、酒組の組長と新米漫画家兼、居酒屋店員はなんとかやっております。ああ、お酒が飲みたい……飲んで現実から目を背けたいよ〜!!


ありがとうございました!乾杯!

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