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43.悪ノリが過ぎませんかね!!

 プロポーズとは。主に、恋人同士で行われる、生涯をかけた最大の愛情を告げる行為のこと。その愛情は、共にこれからの人生を歩むこと……すなわち、「結婚」を申込むことで行われる。男性により行われることが多いが、そんなことは知ったこっちゃないのである。


 さて、言ったぞ〜、と胸をなでおろす。


 けれども、返ってきた反応といえば、変な静寂だけであった。直後、若頭さんは「ほ、ほんとに、プロポーズって!」と破顔してゲラゲラ笑い始めた。エハタの肩も震えているようである。


「あいつに、プロポーズ!?」


 目に涙をためて言う若頭さんに、困ったように答えた。


「うーん、いろいろ今までしてもらって、そのお返しをする方法がいまいち思いつかなくて」


 思えば、とっても、とっても大事にされてるものだ。飲みに行こうと言えば、疲れてても来てくれた。わがままをたくさん聞いてもらった。誘拐されたときは、すぐに助けに来てくれた。岡山まで来て、あにきと仲良くしてくれた。わたしの友達のことも、大事にしてくれてる。


 ちょっと、失踪した時の一連のことは腹が立つけど、わたしが危なくないように品宮さんをつけてくれたり、ちょうちんメロンまで手配してくれたりしたのは事実だったし。


 律儀に朝ごはんを用意してくれるし、部屋汚くしてたら怒って片付けてくれたし、服も買ってくれたし…………。


 ほんとに、わたしなんかのどこがいいのかなんてわかんないけど。


 わたしなんかのことがいいなら、わたしをつばやさんにあげるぐらいしか恩返しが思いつかなかったのだ。


 わたしはそんなに真剣な顔をしていたのだろうか。若頭さんは、「ふふ」と柔和に笑う。


「恩返しか、面白いこと考えるね」

「うう、しかし、つばやさんですよ相手は。……プロポーズといえば、指輪じゃないですか。あげようと思ったんですけど、やっぱ2万円じゃ安いですよね」


 いや、ペアリングだったら2つセットだから、1個1万か…………。わたしからすれば、十分大金だけど、1万の指輪をあの男の薬指にはめるのか?


「値段を気にしてるんだ」

「ええ、はい……。つばやさん、一応お偉いさんじゃないですかぁ。若頭さんだったら、1万の指輪とか、欲しいですか!?」


「いらない。安い」


 即答かよ。


 撃沈するわたしに、「みかるちゃんのはもっといらないね」と、つけ足す。


 つけ足す必要あった!? 今の!!


 若頭さんはクスクス笑う。朝熊さんのほうがまだマシな気がするぞ、この性格の悪さ!   


「まあ、それは僕だったらって話でしょ」

「うううー、そうかもしれないですけど」

「まあ、でも、立場上あいつもいろんな人と会うからね。安物は身につけられないんじゃない、実際」


 容赦なく叩きつけられる現実は甘くなかったようだ。


「……………やっぱそうですよねー、どうしよう」


 机に右頬をつけて、ため息をつく。若頭さんはニコニコと笑っているが、なんだか笑顔に暗黒の闇が見えるのは気のせいだろうか。

 

 つばやさんが、よからぬことを言い出す時と同じ雰囲気を察して、突っ伏した額から、たらーりと冷汗が出てくる。


「ふふふ、みかるちゃん。ここをどこだと思ってるの」 

「えっとー、若頭さん………?」

「ここはヤクザの本拠地だよ。つまり、金ならある。……………いくら貸してほしい? 今なら利子は半分で手を打ってあげよう」


 まるで「名案!」と言わんばかりの笑顔の瞳が、本気なのか冗談なのか全く分からない!!


 黙っていたエハタが「それはいいですね」と同調し始める。


 えっ、まって、なにこれ、


 わたし、プロポーズのために闇金デビューするの!?


 本気で慌てて、泣きそうになっているわたしを見て、若頭さんはまた吹き出してケラケラ笑った。


「嘘に決まってんじゃん、みかるちゃん、おっかしいなぁ」

「せ、性格悪いですよ!」


 若頭さんは「ごめんごめん」と微笑む。


「しかし、どうしたものかねぇ」

「プロポーズ…………難しいです」


 ついに、固まってしまう。ヤクザにプロポーズとか難易度MAXだ。


 大好きなヤクザ恋愛小説にも答えはない。ああいうのは大抵、ヤクザの押しが強いのだ。アル中の押しが強い小説が見当たらなくて、やっぱり詰んでる。


 もういっかい考えて出直そうかなぁ。ぼけーっと天井を見た。案外、この謎の応接室というか、和室の天井は普通だなぁ。うちのばあちゃんちと変わんないや。


 なんて、軽く意識を飛ばしていると、「はぁ」と重たく息を吐かれた。


「何を難しく考えてるのか知りませんけど」


 黙りこんだ静寂を切ったのは、性格の悪いエハタだった。


「みかるさん、鍔夜は確かにエリートですしそれなりの地位にいる男です。だからこそ、身につける物も相応の物でないといけません」

「…………何度も言わなくてもわかってますって」

「でも、高級な女がよかったら、あなたのような貧乏臭いチンチクリンを選びますかね」



 エハタの細い目が、ちょっとだけ緩んだ気がした。



「いらないんですよ、豪華な宝石も、きらびやかな女も、高級な品も。あの男がほしいのは、まぎれもなくあなたですから」


「……………は、は、い………?」


 一瞬、何を言ってるのか本気でわからなかったけれど、


 あ、そうか。納得してしまった。


 淡々とした言葉は、きっと長年仕事してきた身内として、つばやさんのことを良くも悪くもぜーんぶ、分かってるような……あったかい説得力が込められているようだったから。


「…………なんでこんな恥ずかしいことを言わないとだめなんです。要は、あなたに貰える物なら、あの男は何でも嬉しいんですから」


 気にしなくていいんです、と言いかけたであろうエハタさんの両手を、無意識に掴んでいた。


「な、なっ、!」

「エハタさんーーーー! やなやつとか思ってごめんなさいーーー、いいひとーーー」

「や、やめなさいこの酔っぱらい!」


 本気で感激していたのに、手を振り払われる。若頭さんが「うんうん、エハタの言うとおり」と言った。


「自信持ってプレゼントしたらいいよ」

「若頭さんっ………!」


 さっきと言ってること違うけど、許すよ、若頭さん!


 さらに、若頭さんは「あっ、そうだ」とわざとらしく手を鳴らす。


「そのプロポーズ大作戦、協力するよ」


 言い出したことは、とんでもないことで。




「月壁組全面協力! 鍔夜プロポーズ大作戦を決行する!!」




 おーっ、と掲げられた若頭さんの片手を認識するのに30秒ぐらいかかった。





 えっ、なに、ヤクザ全面協力?

 なんか、とんでもないことになった気がするけど…………気のせいかな? 酔ってんのかな、あたまがまわんないぞーーーって、


 ぽかんとしたわたしの視界の端で、エハタさんが頭痛を抑えるように額に手を当て、項垂れていた。

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